809 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/02/14(火) 21:44:55
 1943年、ドイツ軍ウクライナ戦線。

 未だ寒風吹きすさぶ黒色土(チェルノーゼム)の大地に、SS義勇兵団《フランデレン》はいた。
この兵団は当初、狙撃兵や迫撃砲が中心だったのだが、戦局の硬直化に伴って防衛力増強のため、
少数ながらも火砲が回されるようになっていた。また、最近周辺の損耗著しい部隊との再編を経て、
現在はSS義勇旅団《ランゲマルク》という名前に改称されている。



         提督たちの憂鬱 支援SS ~とある独逸の対戦車兵~



 担当する陣地に配備されたPak36対戦車砲の脇で、1人の兵士が双眼鏡片手に辺りを見回していた。
周囲を数名の兵士が囲んでいる。その中の1人が双眼鏡を持った兵士に声をかけた。


「どうだ?シュライネン一等兵」


「いつも通り、静かなもんですね。」


 欧州連合軍が、大西洋大津波で被災した北米の救援を名目に出発すると、
独ソ戦線では奇妙な膠着状態が生まれた。勿論この間もヒトラーとスターリンという、
講和に持ち込むための戦果を求める指導者2人の命令によって交戦が起きていたのだが、
戦果は出ず損害が増えるばかりで、国家を蝕む『毒素戦線』などという陰口も叩かれていた。

810 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/02/14(火) 21:45:31
「そうだな、静かなのに越したことはない」


 分隊長の下士官が感慨深げに言う。シュライネンを含む分隊の皆も一様に頷いた。
何しろ、砲口の向こう側はソ連赤軍のテリトリーなのだ。その向こうで牙を磨いでいるだろう、
機械仕掛けの怪物達の事を考えると、この静寂は1秒でも長く続いていてほしかった。
そんな思いを全員が共有する中、兵の1人が弾薬箱に腰掛けて不安げな顔をする。


「しかし分隊長殿、仮に連中が動き出しでもしたら、
 こんなドアノッカーじゃ一時間と持ちこたえられませんよ。」

「それは何とかなるだろう。お上が近いうちにPak40を引っ張ってくると言っていた」

「それ、前にも聞いた気がしますけど?」

「そう言っとかなきゃお前ら弱気になっちまうだろうが」


 分隊長の最後の一言に、兵達がクスクスと静かに笑う。
この一連の会話は、陣地ではもはや定例のジョークとなっていた。
場の空気が落ち着いた所で、別な兵が尋ねる。


「それにしても分隊長、"1人でも砲の操作が一通りできるようにしとけ"なんて、
 一体どういう風の吹き回しですか?こういう砲は複数人で動かすモンじゃ?」

811 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/02/14(火) 21:46:18
「こちとらただでさえ人手不足なんだ、1人でも動かせるに越したことはないだろうが。
 アカどもの砲撃で分隊が1人を除いて全滅でもしたらどうする?お前1人で戦えるか?」


 分隊長のやや意地の悪い言葉に、それを聞いていた1人であるレミ・シュライネンはゾッとした。
一瞬、迫り来る赤軍のスチームローラーに、友軍の死体に囲まれてたった1人で立ち向かう自分を幻視したのだ。
そんな不吉な幻覚を振り払うと、彼は冷や汗を一粒流して苦言を呈した。


「そんな、縁起の悪い事言わないでくださいよ」

「戦場で縁起もクソもあるか。砲撃音がした時、それで誰が死ぬかなんて誰にも分からん。
 俺達にできるのは神様に祈る事だけだよ。"自分は生き残りますように"ってな」


 分隊長はポケットからロザリオを取り出すとニヤリと微笑んだ。
すると、部下の兵達もつられてニヤリとしてしまった。奇妙な静寂という不安の中で、
こんな軽口も叩く分隊長は確かに、兵達から尊敬の目を向けられていた。
そしてレミ・シュライネンも、漠然とした安心感を感じていた。



 史実で同じ班の兵を全て失い、単騎で7両もの戦車を撃破する過酷な戦いを繰り広げた彼に、
この世界でこれからどのような運命が待ち受けるのか。それは誰も知らなかった………



                ~ f i n ~

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最終更新:2012年02月15日 07:43