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支援2_ひゅうがさま_東北航空小史1
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535.
ひゅうが
2011/11/06(日) 17:48:55
提督たちの憂鬱支援SS――東北航空小史1
1930年4月 アメリカ ペンシルバニア州ウィリアムズポート
「では、我々に、日本へ移転しろと、そう仰るのですか?」
「その通りです。」
はぁ。とエリオット・ローバンは溜息をついた。
大恐慌が世界を覆う中、実業家である彼の持つ事業は次々に赤字となっていた。
ニューヨークで行われていた彼の有線放送事業は破産寸前であり、またフォードなどの大企業の自動車やレールカー向けに行っていたガソリンエンジン供給も、今年はまだ発注がゼロだ。
加えて、世界恐慌前にはじめた航空機用エンジン開発も負担を大きくしていた。
ボーイングやライトなどの大手なら、いや、グラマンやヴォート、リパブリックくらいの体力があれば生き残ることはできただろう。
だが、彼らは運に見放されてもいた。
まず、工場が辺鄙なところだった。ペンシルバニア州の郡都で、サスケハナ川という大河を利用した製材・輸送業で栄えたウィリアムズポートは19世紀末には衰退し、巨大な製材工場の跡地を利用し、Demorest社というミシンメーカーが工場を構えた。
だが、五大湖沿岸に近いペンシルバニアでもこのウィリアムズポートは交通の整備が遅れており、ミシン工業から発展して自動車エンジンの部品製造にはじまる自動車産業が興りつつあったもののその地位はデトロイトなどの巨大工業都市に奪われつつあった。
――裏を返せば、それだけ発展余力があるのだが・・・とローバンは嘆息した。
政府は北部は自由という名の自助努力を推奨しているし、近頃はテネシー川や西海岸に巨大ダムを造るという「国土の東西均衡のとれた発展」を志向している。
彼らのような、中小メーカーのことまでいちいち構っていられないのだ。
「ミスター・ローバン。」
「エドで構いませんよ。ドクター・クラサキ。」
ありがとうございます。と、極東の島国からやってきた倉崎重蔵という名の機械メーカーのオーナーははにかんだ笑みを見せた。
だいぶ年はとっているが、その目は少年のように輝いている。
マンチュリアで数年を過ごしたことのあるエリオット・ローバンは、旅行した先の日本で時折見かけた同じ色の目に顔をほころばせた。
彼らの笑顔は、ときどきしか見られないがその分とても輝いている。
フロンティアスピリットといえばそれまでだが、あの国を自分たちがこれから作るのだという希望に燃え、それを実現してきた男たちの目だ。
ローバンは、そういう色が好きだった。
「我々は、御社とともに飛行機を作りたいのです。」
倉崎氏は言った。
「わが国は、半世紀あまりの努力のすえ、自分で船を造り大洋を渡り、世界と繋がることができるようになりました。ですが――」
倉崎氏は言った。
まだまだ発展途上国である我々は、自分の夢を形にできるだけの技術力がない。
聞けば、大恐慌の中で今にもついえようとしているメーカーはこの新大陸にたくさんあるという。
あなたたちの力を貸してほしい。と。
「メーカーが移転となれば、技術だけ持っていって我々はお払い箱という形にはなりませんか?」
ローバンは、メインバンクのデューセンバーグ銀行から事業売却をせっつかれていた。
そこへ来たこの東洋の人間。売却は規定路線だったがそれでも懸念はあった。
なんとなれば、今、この生産ラインで腕を組み倉崎氏をにらんでいる工員たちはローバンと一緒に空への夢を追いかけてきた仲間だ。
536.
ひゅうが
2011/11/06(日) 17:51:47
「いえ。そうはしません。詳しいことは書面にしますが、基本的にあなたがたには日本へ来ていただき、雇用を継続したいと思っています。また、退職を希望される方には我々負担で退職金も出します。」
「そいつはありがたいが、でもよう。ジャップ・・・いや失礼、ニップのことを俺らは知らない。言葉の問題もあるし、何よりあんたがた、そんな金どこに持ってたんだ?」
労働組合の議長で、ローバンとは「それなり」に仲のいいレントン・バースが精いっぱい分かりよいようにゆっくり喋った。
日本人はペンシルバニア訛りの強い英語(アイリッシュ英語に近い)が聞き取りづらいだろうと配慮したのだ。
「1兆ドル・・・これが我々の資産の元手となります。」
倉崎がにやりと笑った。
「い・・・一兆!?」
「まぁ正確には、我が国の国家元首が保有される個人資産――土地や金、家伝の美術品などをあわせたものですが。それを担保にしてお金を借り、運用を政府や今後成長を見込まれる分野に投資されたというわけです。
我が国はまだまだ外国から学ぶべきことが多いですからね。」
「ひゅ〜っ。そいつは豪気だ。エンペラーってだけあるわな。」
「あ。これは公言しないで下さいね。それと、給料などについても相談に応じますし、ご家族などには宿舎も支給します。メイドは付きませんが、日本で暮らしていただけるなら日本語などの講習は行いますし、望まれる方には高等教育も提供いたします。」
工場に集まっていた工員たちやエンジニアがざわつく。
「・・・そこまでしていただける理由は、何でしょうか?」
ローバンは半信半疑で問うた。破産会社の責任者として裁かれる覚悟できたのに、いつのまにかこんな話を聞かされて戸惑っているのだ。
「『空への希求』。私とノースロップ氏がともに抱く夢です。同じ夢を見ようという皆さんは、私たちと志を共にするのですから、それを遇するのに何の不足がありましょう?」
日本では、徳田球一らの尽力により実現しつつあった労使協調型の終身雇用制度。
それは、アメリカにとっては目新しいものだった。だが、倉崎は空への希求という言葉でそれをひとくくりにした。
なるほど。ノースロップもあっちに行くのか。とローバンは納得した。
ならば、労働者の待遇はよくしなければ。でなければライバル会社にノウハウもろとも貴重な労働力をとられてしまう。
「私は、太平洋と北米大陸を超えて1日で人を地球の裏へ送る飛行機を作りたい。一緒にやりませんか?」
――1930年6月。日本帝国の東北地方、宮城県仙台市に新たな企業が誕生した。
倉崎グループの一角を構成する航空機メーカーであり、のちにはロールスロイス社が作り上げた「マーリン」エンジンをライセンス生産し、さらには発展型の「グリフォン」エンジンやそれをはるかに上回る「セイバー」エンジンを量産するという快挙を成し遂げた。
巨大な爆撃機「富嶽」の心臓部を安定して生産し、日本初のジェットエンジンの燃焼室部分を作る高度なエンジンメーカー。
創業の地であったウィリアムズポートのある郡の名をとったそのメーカーの名を、
(株)ライカミング・倉崎・エンジンという。
【あとがき】――世界恐慌の中でけっこうな企業を買収した描写がありましたので投稿。
ライカミングはその筋ではXR7755という2.7トンの怪物エンジンを作った会社として有名ですが、
CH-47のエンジンも作っているなかなかいいメーカーです。
ノースロップ社の移転話を見て思いつきました。
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最終更新:2011年12月30日 22:33
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