822 :ひゅうが:2012/02/16(木) 21:35:11
提督たちの憂鬱支援SS ――「坂の上~伊藤さんがログインしますた~」
――西暦1903(明治36)年10月2日
大日本帝国 帝都東京 華族会館
「達磨さぁ・・・こりゃ・・・」
「驚いたか?俊介さあ。」
大村益次郎の言葉の通り、伊藤博文は驚いていた。
かつては鹿鳴館と呼ばれていた館の一室に集まっているのは「驚いた」どころではない面々だった。
現首相の桂太郎を筆頭に、漢字革新倶楽部の森有礼、政敵であり盟友でもある山形有朋、枢密顧問官小松帯刀、貴族院議長 徳川家達、衆議院議長 大久保利通らがずらりとならび、その後方には参謀総長である大村の席を空けて海軍大臣 山本権兵衛と陸軍大臣 児玉源太郎が座っている。
その周辺には陸軍中の乃木希典中将や海軍総参謀長 日高壮乃丞中将、そして上原勇作陸軍大佐や伊地知孝介陸軍少将といった将官や佐官、それらに交じってなぜか伏見海軍大尉宮博恭王や帝大の学生らしい若い男がいた。
とどめは、奥の方にいる男たちだ。
北海道樺太開発(株)会長 西郷隆盛、三菱財閥名誉会長にして相談役 坂本竜馬。
「ここは、夢幻会。おはんも聞いたことはなかか? こん国にゃ、未来から来たっちゅう者がおるってことを。」
「――まさか。」
思い当たる節はある。
坂本竜馬暗殺未遂事件の際には妙な連中が彼を守ったというし、大久保さんを助けた連中と懇意にしていると聞く。
あの帝国憲法制定の時にやけに歯切れが悪い割には強硬だった大久保さん。
そしてあの日清戦争。
自分がある日広島大本営に出仕した際にはやけに手際が良く直隷決戦作戦案が完成しており、あとは自分が判を押すだけになっていた。
臥薪嘗胆の一環として塩専売制の確立が早期に実現したことや、日英同盟交渉がやけにすんなりいったこともそうだった。
「伊藤さぁ。おはんもわかっちょろう?もう、ロシアとは戦うほかない。」
「それはわかりもさん。」
伊藤は首を振った。
自分が心血を注いでいる満韓交換による日露協商。
親日派であるニコライ2世と親しく手紙のやり取りをしつつ、構想は実現に向けて動き出している。
少なくとも伊藤はそう考えていた。
823 :ひゅうが:2012/02/16(木) 21:35:46
「確かにおはんのいうように、ニコライ皇帝の意にすべてのロシア人が従うなら可能でありっしょう。」
大村は講義をするように言った。
「じゃが、それは無理じゃ。今度ロシアは極東総監府を作る。そこに赴任するのはエヴゲーニイ・アレクセイエフ。
公然と朝鮮奪取と北海道・対馬領有を主張しちょる軍の最右派じゃ・・・極東総監は対日外交もつかさどるっちゅうこっちゃから、おはんの懇意にしちょるウィッテ首相は失脚したも同然なんじゃろう――」
そんな・・・。
と伊藤は慄然となった。
「伊藤さ。」
奥にいる坂本竜馬が口を開いた。
「ここにおる者たちゃ、こん後に起こることぉ知っちょる者じゃ。来年、ついに日露は戦になる。その37年後には・・・」
「37年後?」
「アメリカじゃ。アメリカと戦い、日本帝国は滅ぼされる。」
伊藤は目を見開いた。
「そんな・・・」
「じゃから、伊藤どん。おいたちは力を集めにゃならん。おいも、ほんこつ(本来)な
らあ秩禄処分で食い詰めた薩摩の武士と一緒に朝敵となっとったはずじゃ。」
西郷が言葉を継いだ。
「協力しちゃくれんか?勝さあが逝き、おいも、もう長くはなか。」
大村が言った。
「――わかりました。まずは話を聞かせてください。」
こうして、伊藤博文は夢幻会に関わることになる。
そして西郷や坂本、それに山縣や桂よりもずっと長く彼らに関わり続けることになる。
日露と欧州の大戦から時を経た大正12年、実質的な議長役を伏見宮に譲った伊藤の前に、嶋田繁太郎という名の青年が現れるのは、まだ先の話である。
最終更新:2012年02月18日 21:15