826 :ヒナヒナ:2012/02/17(金) 23:20:33
○駆逐艦スペンスの最期



かつて南国の海で大海戦があった。
ハワイ沖海戦だ。
この海戦には多くの意味がある。

史上最大の水上戦
日米軍が砲火を交えた最後の戦闘
アメリカの落日を決定付けた海戦
戦艦の最後の主戦場

この海戦を語る人間の数だけ表現があった。
多くの人間がこの歴史に興奮し、落涙し、研究を重ねた。

ハワイ沖海戦で沈んだのは三十余隻。
そのうち、駆逐艦4隻を除く、全てが米海軍の艦艇だ。
殆どが航空戦のあった海域と艦隊決戦の場であったハワイ沖に
艦隊司令であるパイ提督とともに沈んでいる。




―1943年1月19日 太平洋ハワイ沖 駆逐艦スペンス


ハルゼー率いる第5任務部隊に属するフレッチャー級駆逐艦スペンス艦橋の上空では、
次々に空母から飛立った攻撃隊が飛び立っていた。
ハワイに向けて進軍する日本艦隊を捕捉したためだ。
朝日を受けながら飛立つ攻撃機の群れ。

「見張りを強化しろ。発艦中に空母がやられたら一大事だ。」

艦長に発破をかけられて、海面下の恐怖である潜水艦と魚雷を警戒する見張り員たち。
空はこれだけの航空機の目があれば、そうそう日本軍機も接近できまい。
ということで、空は彼らに任せて、今は魚雷を警戒するべきということだった。
見張り台で二人の若い海兵のグレイとジョナサンが、
背中合わせに双眼鏡を覗き込みながら話している。

「ジョニー、この前話していたジャップの魚雷は追っかけてくるって話は本当なのか?」
「ああ、いろんな艦がやられている。生き残りの話じゃ雷跡も殆ど見えなかったってよ。」
「大丈夫かな。くそっ。こっちは朝日が反射して、海の中なんて見えやしない。」
「もう少ししたら場所を代わろうグレイ。朝日の方をずっと見てたら目がやられちまう。」
「津波で船も飛行機も新しく作れない。ここで、艦を沈められたら終りだな。」
「……グレイ、それ、士官には聞かれないようにしろよ。」

自軍の劣勢や祖国に起きた天変地異の話が蔓延し将兵の士気を下げる。
艦長から二等兵まで生死を共にすることになる艦上生活においては、
未だ決定的ではないが、統制は確実に緩み、その戦力を低下させていた。
艦隊行動に遅れた軽巡洋艦ジュノーの操船ミスを見れば明らかだった。

偵察機が飛んできた以外は、駆逐艦スペンスにとっては何事も無く時間が立った。
しかし、その間に空母エンタープライズを発艦した機が次々と通信を絶っていた。
そして、

「おいありゃ……。日本軍機か?」

827 :ヒナヒナ:2012/02/17(金) 23:21:03

その後、日本軍機の攻撃が始まったが、大型爆弾や魚雷を搭載した攻撃機は
空母レキシントンや、戦艦に攻撃が集中したため、
スペンスは何発かの小型の爆弾が命中したが撃沈を免れた。
しかし、その主砲と対空火器の一部が破損し、戦力としてはほとんど無力となったため、
艦載機を失ったエンタープライズとともにハワイに下げられることとなった。

オザワ・タクスフォースはパイ提督の戦艦部隊が押さえてくれる。
心配なのは潜水艦だ。ハワイ近海だからと言って安心は出来ないのだ。
エンタープライズと、その外周を警護するスペンスを含む艦隊はハワイを目指した。
潜水艦を極度に警戒する艦長からは、絶対に見逃すなと命令がでている。
幸いにも今日は満月に少し足りないだけなので、深夜まで照らしてくれる。
夜でも目を凝らせば、あるいは何か見えるかもしれない。

「なあ、ジョニー。残った奴ら無事かな? 俺達ハワイまでたどり着けるかな?」
「……何も考えずに海を見るんだ。」

駆逐艦スペンスの見張台で右腕を吊ったグレイがジョナサンに問いかける。
もちろん、グレイもジョナサンも殿部隊が無事だとは思っていない。

「実はさ、俺いい子がいてさ。ハワイの原住民の血が入った子なんだけど可愛いんだ。」
「そうか。」
「両親が絶対に白人じゃなきゃダメな人だから、その場だけにしようと思ってたけど、
もしハワイにまで帰れたら両親に手紙を書いて説得してみようと思ってるよ。」
「そうだな。」
「親子の縁を切られるかもしれないけど。
でも生きてハワイまでたどり着けたなら、なんでもできる気がするんだ。」
「できるかもな。」
「? ジョニー、どうしたんたんだ?」
「……俺の兄貴がサウスダコタに乗ってる。旗艦乗務だって喜んでいたのに。」
「それは……」

会話が途切れる。
行きは空元気でも威勢良かったが、ハワイへの帰路は沈黙が支配していた。
スペンスだけでない。帰路についた艦はおしなべてそんな感じだ。
他の艦からの通報を含めれば、帰路についてから潜水艦によって2回は攻撃された。
この艦隊が潜水艦自体に捕捉された回数はもっと多いだろう。
今のところ何とか凌いでいるが、そのうち何れかの艦がやられるのではないかと、
みな不安に思っている。

さらに1回潜水艦の接近報告があったあと、夜明けを迎えた。ハワイはもう近い。
仮眠後に再び見張りに付いたグレイとジョナサンは、薄明のなか空と海を覗く。

「おい、ジョニー、ハワイが見えたぞ。」
「まだ、俺たち生きてるよな。」

雨雲が晴れ、煙っていた大気が透明に戻ると、ハワイの島々が見えた。
見張台にいると気づかなかったが、意外と近くまで来ていたようだ。
周囲でも明るい顔をするもが多数いる。生きて帰れるという事を実感したのだ。
そのとき、先行する軽巡ジュノーより信号があった。

「え? 魚雷?」
「あそこだ! 左舷、2時に雷跡だ。艦橋に報告しろ。」

グレイが艦橋に伝えるか伝えないかのうちに、
駆逐艦スペンスは回避行動を取り始めた。
ジュノーからの報告の時点で舵を切り始めていたのかもしれない。
しかし、スペンスの船体に引き寄せられるかのように、控えめな雷跡が弧を描く。

「これが、ジャップの誘導魚雷か!」
「当たるぞ!」

誰かが叫んでいる。
直ぐに艦を揺るがす衝撃が走った……

828 :ヒナヒナ:2012/02/17(金) 23:21:36

―197×年1月 太平洋布哇(ハワイ)諸島


常夏のハワイであるが、さすがに1月は雨季のため、
さすがに望んで泳ぐ様な気温でもない。もちろん客足は遠のく。
しかし、代わりにカリフォルニア共和国から軍艦が頻繁に来港するようになる。
現在、ハワイは日本帝国領布哇県であるが、毎年この1月19日近くになると、
太平洋演習と称してカリフォルニア海軍がハワイに集まる。
かつて国に殉じた1万以上の戦友を弔うためだ。

流石に、アメリカの国歌は流れないが、献花などを行う。
カリフォルニア政府は下手をすると日本批判に繋がり、
両国の関係に罅を入れかねないこの行事を止めさせたかったが、
州軍に吸収合併された陸軍と違い、海軍は米海軍がそのまま収まったため、
頑なにこの慰霊祭を続けた。

日本帝国海軍も旧米海軍の戦友を弔う気持ちを無碍にはできず、
(特に実戦派かつ、敗者の気持ちも理解できる逆行者から同調者が出た)
同盟軍の演習と言うことで領内での航行を許し、それが今にまで続いている。

ハワイにしては涼しいが、すでに気温は20℃になるなか
乗組員は長袖の礼装を着て甲板に整列している。
艦隊司令がこのハワイ沖海戦での戦没艦を読み上げる。
多くの艦が読み上げられる中、最後には駆逐艦スペンスの名前があった。


その後、午後にもなると、カリフォルニア海軍の艦艇の何隻かはハワイに停泊し、
何日かは上陸したカリフォルニア海兵が街に見られるようになる。
海兵は娯楽産業にとってはいいお客であるのだが、
ハワイの目玉であるダイビングやクルージング業者は休業するのがお決まりだった。

とあるビーチにあるダイビング企業の持ち桟橋には
「本日休業―Closed―」と書かれた看板がかかっている。
桟橋の袂にあるハワイ風を意識した小屋にも薄いカーテンが引かれ来客を拒否している。
そこに日に焼けた50近くになる壮年の男が歩みより、看板を無視して小屋に入り込む。
中には、同じく良く日に焼けたアロハシャツの50男がハンモックで寝ていた。

「よう、ジョニー久しぶりだな。探したぞ。」
「……グレイか。休みの日に無粋な奴だな。
海戦記念日(日本の記念日1月20日)は観光業者にとって休みなんだ。」

文句を言いながら固く握手する男達。

「グレイ、お前去年乗艦任務から外されたって言ってなかったか?」
「兄貴の墓参りでもあるからな。無理言って輸送艦に乗せてもらった。
お前、嫁さんはどうした?」
「……昨日喧嘩して、家を叩き出された。」
「それで、こんな所で寝ていたのか。しかし、どうせまた迎えに来てもらえるんだろ。」
「アイツはまだ拗ねているだろうさ。…でもそろそろ子供達が迎えに来てくれるはずだ。」
「ふん。駆け落ち紛いに結婚して、ハワイで日本国籍まで取りやがったクセに。」
「お前だって、海軍枠で帰化して今やカリフォルニア人だろ。」


ハワイ沖海戦の帰路、駆逐艦スペンスは日本の潜水艦に雷撃され、
2本の魚雷の内1本が命中し突き刺さったが、幸運にも不発であった。
しかし、刺さった魚雷を抜く暇もなく、港に逃げ込むために最後尾を進んでいたが、
じきに港という所で、神の悪戯か魚雷が抜け落ちた。
そして、その衝撃で信管が作動したのか、抜けた魚雷が海中で爆発したのだ。
抜け落ちただけなら浸水を止められたのかもしれないが、
少し距離があいたとはいえ、至近で爆発した魚雷は船底の穴を拡大した。
結局、スペンスの艦長は母港の目と鼻の先で、総員退艦命令を出すはめになった。

こうして駆逐艦スペンスはハワイ沖海戦で最後に沈んだ艦となった。
この30年の間に、海草や小さなサンゴが着床し岩礁のようになり、
今ではハワイでも人気のダイビングスポットになっている。

駆逐艦スペンスは艦としての一生を終えた後、
たまにダイビング客を迎えながら、魚達とともに静かな眠りについている。


(了)

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最終更新:2012年02月18日 21:17