847 :ヒナヒナ:2012/02/28(火) 21:01:17
○“He Was A Hero.”


アリゾナと旧ニューメキシコの州境付近の砂漠地帯。
何も無い荒野に見えるが、ここは交通の要所になっている場所であった。
近くにある小高い丘という名の礫山に這いつくばって、
薄汚れた軍服の男が双眼鏡を覗いていた。
腹ばいの男の背後から手が伸びてくる……

「おい、ビリー交代の時間だってよ。遅飯喰って来い。」
「やっとかジェス。で、今日のメニューは?」
「チリコンカン(南部の州テキサスで有名な煮豆料理)」
「またか、昨日物資届いたんだろ?」
「トラック一杯の豆とケチャップがな。小麦は上だけしか食えないさ。」
「……まだ昼飯を食べられるだけマシと思うことにするよ。」
「今日の成果は?」
「コヨーテの群れが一群、以上」
「まぁ、何もないのはいいことだ。お前明日は朝番だから早く寝て置けよ。」

そういって、丘で見張りについていた男ビリーは、
仲間のジェスに持ち場を任せて遅い昼食をとる為に丘を下って、
少し離れた所にある前線基地に戻った。

アリゾナでは国境を巡る争いが続いている。
アリゾナは、南端がメキシコと国境を接しており
西では日本の保護国扱いのカリフォルニア共和国、
東は欧州支配地域と接しているという地勢的に不安定な地域だ。

カリフォルニアの電力源であるダムの守りに必要という理由もあり、
カリフォルニア共和国とは同盟を組んでいる。
そして、同国を通して日本の支援がある分、東部州などよりは恵まれていたが、
欧州支配地域との緩衝地帯としての役割を求められていた。
要は西部地域の外壁として血を流す役割を担ったともいえる。

メキシコからは難民や麻薬関係の密輸の取り締まり。
東部側からは本格攻勢こそ無いが、頻繁にドイツ軍などから嫌がらせがある。
カリフォルニア共和国は日本がバックに居るため、
よもや同盟関係にある国を裏切ったりはしないだろうが、
全面的に頼ろうとすれば、経済的に奴隷にされかねない。
(もっとも日本としては便利な壁が壊れてもらっては困るのでその気は無い)

そのため、アリゾナでは常に全方位を警戒していなければならず
その少ない軍事力のために、常にギリギリの戦いを強いられていた。
一応徴兵制を強いていたが、国土を巡る戦いではあるので比較的士気は高かった。

ビリーも徴兵で取られて、この東部防衛線に投入された若者の一人だ。
若くて健康な男性は例外なく数年間の兵役がある。
何かと大変な戦場ではあったが、下っ端兵士はみな似たような境遇だし、
武力で守らなくては日々の暮らしすら守れない事は知っている。
まあ、今のところビリーの隊の管轄の地域は安定している。問題は無い。



「小隊長殿。ハチンソン二等兵戻りました。問題は特にありません。」
「お疲れだ。ビリー、飯喰って来い。」
「はっ」

ビリーは隊が張っているテントに戻り報告を済ませると、
最近嗅ぎ飽きたケチャップの匂いのする方向へと向う。
食糧の配給は量こそ許せるが、見事に豆ばかりであった。
オマケに隊の炊事係がテキサスかぶれなので、このムカつく煮豆が毎日続くのだ。
実際には、他に作れる物がないというのが現状なのだが。

「また、このテキサスビーンズか。」
「おう、ビリー辛気臭い顔するなよ。量が喰えるだけ東部の奴らよりマシさ。」
「おう、ハンツ。せめて肉を入れてくれよ。」
「お偉いさんはビーンズに栄養分があるから肉がなくても大丈夫と言っていたらしいぞ。」
「自分達は肉とパン食ってるクセにな。」
「全くだ。」

848 :ヒナヒナ:2012/02/28(火) 21:01:55

不平を叩き合うのは隊内のコミュニケーションだ。
不満はあるし恐怖だってあるが、大戦時のような末期じみた雰囲気ではない。
数ヶ月に一度は、各部隊を後方に下げてくれて、その間は帰宅もできる。
少なくとも外地にいた東部の兵たちが感じたような、焦燥感ではない。
実際、ビリーには帰る家はあるし、徴兵前に約束した婚約者だっている。
実家は主要道路などから離れた田舎なので、滅多なことじゃ危険はない。
それに、食料と一緒に手紙だって送られてくることもある。
ビリーが豆ばかりの昼食をかっ込んでいると、別の兵が寄ってくる。

「おう、ビリー、昨日の夜の便で、またお前の嫁さんから手紙が来ていたぞ。」
「嫁じゃなくて、婚約者だよ。」
「親公認でやったかそうでないかだろ? 何が違うんだ。」

夢もない直接的な物言いに、食べながら器用に肩をすくめて応えるビリー。
ボール一杯の豆を食べ終わると、食器を片付けてテントに向う。
もちろん、手紙を受け取るのも忘れない。
テントに戻ってから封を切って中身を読む。村に置いてきた婚約者の字があった。


“愛しのビリーへ、
あなたが帰ってきてくれる日を思いながらこれを書いているわ。
どんなときでも自分の身を守ることを真っ先に考えてね。
頭を低くして、じっと息を殺して、決して目立とうとしちゃダメよ。
ビリー、英雄に何てならなくていいから、帰ってきてあたしをお嫁さんにして。
あなたのお母さんと一緒に待っているから絶対に迎えに来てね。
手紙なんかじゃなくて、本物のあなたに会いたいわ。
あなたの婚約者より”


ジェスに言われた通りに、明日は早番だから手紙を読んで早く寝よう。
返信は明日でもいいだろう。どうせ次の輸送車が来ないと持って行ってくれない。
この昼はクソ暑くて、夜はクソ寒い砂漠でも今日は夢見がよさそうだ。
ビリーはテントで眠りについた。



「ビリー!起きろ! 奴らが攻めてきたぞ!」

そんな叫び声の様なセリフで飛び起きたビリーは辺りを見回す。
半分開けっ放しになったテントの入り口からは、
外で慌しく戦闘準備をする隊の仲間達が見える。
ビリーは急いで上着を着て、靴を履いて外に飛び出る。
既に皆集まっていた。小隊長が大きな声を上げる。

「見張りについていたジェスがドイツ軍部隊を見つけた。
嫌がらせにしては数が多い。やつらは綻びを見つければ、一気に押しかけてくる。
現在、北の丘でジェスとラウリーが孤立しているが、我々はそこを死守せねばならん!
北の丘を抜かれて安全な道を確保されたら一気に西まで食い込まれる可能性がある。
自動車は二台。一台は囮で、もう一台は裏手からジェスとラウリーに合流、救出する。
囮部隊は危険なので志願制とする。誰か囮部隊に立候補する者は?」

小隊長の言葉を聞きながら、ビリーは責任感の前に、罪悪感があった。
時間が半日ずれていればそこにいるのは自分だった。
友人のジェスを身代わりに差し出した気がして気がとがめたのだ。
そして、おずおずとビリーの手が挙った。



“ジェニファー・ハチンソン様
貴方の息子であるビリー・ハチンソン上等兵の戦死を謹んでお伝えします。
ハチンソン上等兵は東部戦線最前線にて戦死しました。
国のために勇敢に戦い、戦友を助けるために任務に志願し凶弾に倒れました。
彼はまさに英雄でした。
彼は亡くなりましたが、彼の意志はこのアリゾナの大地を守る礎になるでしょう。
そして、あなたは国に尽くし亡くなった彼を誇りに思ってください。
アリゾナ共和国陸軍東部第二大隊”


(了)

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最終更新:2012年02月29日 21:35