843 :名無しさん:2012/02/28(火) 12:38:08
 憂鬱世界。
 そのアメリカ東海岸の再建は実に、実に悩ましい話であった。
 無論、その地の価値自体は誰もが理解していた。
 そこにはかつてアメリカの中心があった。
 様々な機密があり、資料があった。
 だが、その地は津波で壊滅し、疫病が蔓延した。
 アメリカ風邪発生の中心地と呼べる地域。
 アメリカ風邪が克服されるまでその地に手が伸ばせなかったのも道理だろう。
 そして、アメリカ風邪撲滅はとてつもなく厄介だった。
 ペストに似ているという事はアメリカ風邪を媒介するのは人だけではなかった。人をどうにかしてもネズミなどの媒介動物がいる。
 この為、南部中心に進駐した欧州連合軍の地域でもアメリカ風邪は頻発した。
 最前線を構築し、少しずつ押し上げていっても、その後方で突如として発生するのだ。たまったものではない。
 これに対応する為に日本から大量の抗生物質を輸入した。
 本来ならば特許料を支払っても自分達で生産したかったのだが、この方面では、いやこの方面【でも】圧倒的な先駆者となっていた大日本帝国はそれを許さなかったのだ。
 もっとも、別にそれは高く売りつけようという訳ではなく、価格そのものは大分勉強したものだった。
 その理由を大日本帝国は『耐性菌が生まれるのを少しでも遅らせる為』としていた。
 この時点で既に発表がされており、ウイルスは野放図な抗生物質の使用に対して、生き残った僅かなウイルスが耐性を持ち、後はより強い抗生物質とのいたちごっこが始まる。そして、アメリカ風邪においてそれが発生すれば大変な事になる、とむしろワクチンの製造を各国共同で熱心に進めたのだった。
 それでも、後にアメリカ風邪の耐性菌は発生し、各国をおおいに悩ませる事になるのだが……。

 さて、東海岸に話を戻そう。
 この地域の開拓は実に後々に回され続けた。
 何しろ、どこにアメリカ風邪の保菌者がいるか分からない。
 列強の支援も資金的に苦しい上、南部を押さえた各国はまずそこの再開発に熱心だった。
 下手にその地域に逃れようとしても、侵入が発覚すれば容赦なく射殺された。
 結果として、東海岸を中心にある国家が誕生した。
 【アメリカ聖教国】である。
 ……実にカルト臭い匂いがぷんぷんする名称だが、事実カルト宗教そのものだった。
 原型はアメリカで一般的だったキリスト教だったのだろう。
 だが、そこから宗教が救ってくれない、から何時しかアメリカ風邪は神罰であり、神罰を受けた者は如何なる者であっても素直にそれを受け入れよ。そして、浄化の済んだ地に住む者は約束の地に住む者という解釈だった。
 そうして、どこからも助けの与えられぬ人々はその思いに縋った。
 そう思わねば、やっていられなかったのかもしれない。
 ゆえに彼らはアメリカ風邪を儀式の一環として保有し、それも列強によるアメリカ風邪撲滅を遅らせる事になった。
 何しろ、彼らは旧アメリカ軍の兵士を主体に軍隊そのものである『浄化軍』を結成し、更に生き延びた旧企業群の開発者や五大湖近辺を中心とした工場などを元に順次兵器を開発し、国力を高めつつあったのだ。 
 無論、列強もそれを把握しつつあったが、疫病故に下手に踏み込めぬという実にもどかしい状態が続いた。

 そして遂に列強と聖教国の国境が接する時が来た。
 この時、列強は既に恐るべき情報を入手していた。
 アメリカ風邪を神の神罰であり、浄化の手段と捉える彼らは更に強化されたアメリカ風邪を『浄化』の為の手段として保有しているという

 「……やむをえん。国境線を確定する気で交渉せよ」

 それが各国の決定だった。
 代わりにアメリカ風邪拡散は許さない、そういうスタンスだった。
 無論、それだけではなく、火炎放射器を初め、それこそ毒ガスさえ準備されていた。
 結果から言おう。
 交渉は失敗した。
 相手はカルトである。彼らにとっては浄化を妨げる相手は悪魔に等しく、そして狂気とも言える相手に通常の交渉は役に立たなかった。
 それこそ、最初の使者は全員が交渉の場に密かに持ち込まれた強化アメリカ風邪に汚染されて帰還、それが判明するまでに感染は爆発的に広がり、実に二個連隊相当が隔離される事態に陥ったのである。
 ここに至り、戦端が開かれた。
 西部方面の大日本帝国とカリフォルニア共和国。
 北部カナダに広がろうとする聖教国を抑える為にそちらに回ったイギリス。
 南部からはドイツ・イタリア、そしてフランスの連合軍。
 後に『生存戦争』と呼称される長く、そして悲惨な戦争の幕開けであり……。
 そして、終結してさえ残存勢力によるテロ活動が長く続く事になるのである。

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最終更新:2012年02月29日 21:44