836 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/02/26(日) 21:36:39

 ドイツ第三帝国はヴォルフスシャンツェのある日。

 そこでは今や欧州の覇者、巷では第二のナポレオンと目されるアドルフ・ヒトラーが、
スケッチブックを相手に格闘していた。そしてその横では第三帝国の軍需を支える大黒柱、
アルベルト・シュペーアがそれを些か冷ややかに、うんざりしたように見つめている。



         提督たちの憂鬱 支援SS ~とある総統の妄想都市(シムシティ)~



「シュペーア、どうだね?これは『北米新都市圏構想』の実現予定図なのだが……」

 ヒトラーは得意げに、自分のラフ画をシュペーアに見せる。
元々芸術家を志していただけあり、そのデッサンはとても精巧だった。
しかし、その精巧さもシュペーアの曇る内心を晴らすには至らない。

(ただでさえ『ゲルマニア計画』が遅滞しているのに、
 その上こんな事まで始めるとは……私の目が黒い内はペーパープランのままだといいが)


 ドイツが北米救援(という名の侵略)を実行に移した頃から、
ヒトラーは閣僚内でこの『北米新都市圏構想』をぶち上げていた。この構想は、
未曾有の大災害で壊滅したニューヨークなど北米の大都市に代わる新たな『北米の中心』を、
ドイツ人の手によって再建するという、いかにもヒトラーらしい壮大な構想で、
ナポレオン3世もビックリの『世界首都ゲルマニア』計画に匹敵する規模だった。

837 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/02/26(日) 21:37:14

 具体的には、北米の独領へラジオ放送の電波を届けるための、
全高333mという巨大な電波塔(エッフェル塔を模した形)を中心にして、
そこから幅77メートルの『大路』7本(それぞれ七大天使の名を冠する)を放射状に伸ばし、
それぞれの道を12本の『環状道』(十二使途の名を冠する)と環状の高架鉄道で繋いだ上で、
各所には意匠を凝らした大理石の彫刻を配置(大路のベンチは全て大理石製で彫り物がされている)、
都心の郊外は余暇を楽しむための運動場や公園、森林が隙間無く取り囲むという、
どう見ても予算度外視です、本当に(以下略)な厨二病全開の計画である。


 最初この構想を聞いたシュペーアは、主に建築学的な面で興味を示したが、
構想そのものは実現不可能な夢物語と考えていた。しかし彼の示した興味を構想への賛同と勘違いしたヒトラーは、
今日もせっせとデッサン描きに勤しみ、そして模型を作らせていたのである。


「特にこの津浪対策機構などは素晴らしいアイデアだと思わんかね?」


「はあ……都心部とそれを囲む緑地を一段高くして、それをまた鋸状にした防塁で囲み津浪で押し寄せる水を分散、
 谷部分に集中する水は地下へ引き込んで被害を和らげる、という事ですか?」


「この図だけで即座に理解できるとは流石だな。そして地下のスペースは平時には……」


 シュペーアの心中を知ってかしらずか、ヒトラーは自身の案の可否を尋ねてくる。
無視するのも不味いので適当に答えるとヒトラーはさらに調子に乗る。完全な悪循環だった。

838 :名無し三流 ◆Mo8CE2SZ.6:2012/02/26(日) 21:38:08
 1943年頃のヒトラーは、こういった巨大建築や文化関係に特に強く執着していた。
その理由は泥沼の独ソ戦からの逃避、国民の厭戦感情を逸らすためなど幾つか挙げられるが、
中でも有名な理由が『日本への対抗心』である。

 日本が日米戦争の際に明らかにした強大な兵器群は、
欧州列強の軍関係者に巨大な衝撃を与え、そのSAN値をマイナスにまで突入させていた。
ドイツなどは第一次大戦の頃から日本と険悪な関係にあったので、受けた衝撃の大きさは想像に難くない。

 ヒトラーが巨大建築に執着したのも、この衝撃に自国の軍へのプライドを傷つけられた事が原因ではないかという事だ。
兵器では対抗できないかもしれないが、建築や芸術なら負けない、という芸術家志望ならではの埋め合わせの仕方である。
もっとも、それに付き合わされる周囲はたまったものではないだろうが……


「そしてこのスタジアムは……」


(いつになったら終わるんだ……)


 もともと建築家である上にヒトラーとも近い位置にいたがために、
『付き合わされる周囲』の筆頭となったシュペーア、彼に心の休まる日が訪れるのはいつか。それは誰も知らない……



                  ~ fin ~

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最終更新:2012年02月29日 21:52