852 :SARU携帯:2012/03/02(金) 23:08:28
『孤星征く』

――194x年某月テキサス共和國

「左舷、異状無し」
「右舷、異状無し」
「左六十度に転舵」
「左六十度に転舵、アイ」
舵輪の回転と共に〈デイヴィス・クロケット〉の六百フィート近い巨体がその全長を感じさせない動きで向きを左へと変える。ドイツ製の機関も順調に作動中だ。
「現在、本艦の哨戒区域内に航空機は存在しません」
やはりドイツ製の電探(ラダール)が近辺に経空脅威が存在しない事を知らせる。一部に日本から密輸された電子部品を使用しているせいか、本家よりも探知距離が延びているのは部外秘である。
「ああ……」
〈デイヴィス・クロケット〉艦長が応答する。
今、この場に居るという歴史的皮肉を押し殺しつつ。

1943年4月、英独を中心とした欧州列強は『津波難民を救済し、アメリカ風邪の世界的蔓延を防ぐ』という美辞麗句の下、南部諸州へ軍を進めた。
イギリスがルイジアナ洲以東、具体的にはミシシッピ川左岸やカリブ海沿岸へ展開したのに対し、ドイツはメキシコ侵攻を睨みつつ資源地帯のテキサス洲に照準を定めた。
当時のテキサス洲改めテキサス共和國は国粋主義的膨張政策を採っており、撤退して来た駐墨聯邦軍の編入や民兵動員で肥大化した國軍が、ルイジアナ洲西部やニューメキシコ洲東部に加えてアーカンソー洲主要部にまで溢れ出していた。
反面、津波被害の大きな海岸部の復興は等閑に付されており、皮肉な事にドイツを中心とした枢軸国家部隊に上陸・展開を躊躇させる原因となっていた。
ドイツはその状況を唯手を拱いて見ていた訳ではない。
テキサス共和國首脳の一部、特に白人優位主義的傾向を持つ勢力とは秘密裏の接触を持っており、“戦後”の各種援助を約束すると引替に進行中だったメキシコ系住民の迫害を煽動しただけではなく、その対象を東洋人(※)以外の有色人種やその混血にまで拡大させていた。
こうした公然・非公然取り混ぜた工作が功を奏し、ヒューストンの瓦礫を掻き分けてドイツ軍が『テキサス共和國政府の依頼に拠り』進駐を始めた時には、リオグランデ川からミシシッピ川にまでに広がった親独国家が南部に厳然と存在を誇示していた。

853 :SARU携帯:2012/03/02(金) 23:19:41
嘗ての独立を更なる強大さで果たしたテキサス共和國だったが、それを取り巻く環境は厳しいものがたりあった。
殊に“ブリティッシュ・インディアン戦争”ことレッドリヴァー紛争の結果、レッド川を隔てた旧オクラホマ洲の大部分に自由北米土人同盟(フリー・インディアンズ)の割拠を許すという痛恨事に至っており、コロラド川やミシシッピ川経由で日英から有形無形の支援を受けた仮想敵の存在はテキサス共和國の現在に朧気な影を投げ掛けていた。
加えてメキシコ・峡谷(アリゾナ)・コロラドと長大な国境の大半が敵性国家であり、ドイツ等へ“朝貢”分を除いてすら豊富な石油資源に支えられた軍備を以てしても戦時には国内での機動防御が精一杯と予想されていた。
メキシコを含めて仮想敵国群の航空戦力は貧弱であり、ドイツが供与した各種防空兵器――強力な航空機の持ち込みは列強間の取り決めで自粛――を加味すれば制空権だけは確保可能というのが数少ない強味であり慰めでもある。
〈デイヴィス・クロケット〉はこうした現状を鑑みたドイツの提案と技術供与によって建造された。
ヘリウムガスを用いた為に先進国であるドイツの同類に比べて乏しい浮力は、現地の生産技術上の限界から小さく造らざるを得なかった船殻を二つ横並びに配置する事で強引に解決した。
哨戒用電探を搭載して領空を睥睨し、地上基地へリアルタイムの情報を提供するのが主任務である。

旧米海兵隊でF4F戦闘機の操縦士だった〈デイヴィス・クロケット〉艦長は、列強諸国の思惑に翻弄される“祖国”の現状に鬱屈した物を感じていなかった訳ではないが、それでも曲がりなりに空を飛べる幸運を主に感謝していた。
翌年、二番艦〈ジェームズ・ボウイ〉が就役し、国産資源であるヘリウムガスを生かして続々と建造された硬式・半硬式飛行船が国有航空会社ローンスターエアの下、50年代のカリブ海で覇を唱える萌芽がそこにあった。

―終―

※注
「粗野で程度の低い優越感しか持ち合わせていない牛追い(カウボーイ)には、日本(日系)人と支那人の区別がつく知性など期待出来んよ」独外務官僚某氏談
当時の独北米軍団(DAK)司令部幕僚によると、旧米分割を前に日本との摩擦を極力回避したい思惑があったと推測される。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2012年03月05日 21:38