569. ひゅうが 2011/11/13(日) 19:10:04
提督たちの憂鬱支援SS――「救助」

――1910年4月15日  日本  広島沖

第6潜水艇の艇内は沈黙に包まれていた。
現在の水深は不明。100メートルはないと思われるが、それでも自力での浮上は不可能だった。
予備浮力がほとんどないホランド式潜水艇に特有のものであったが、吸排気筒からの浸水はそれだけの海水を艇内に溜めこませていた。
浸水を探知した後の行動は早かったが・・・それでも遅いものは遅かった。


「諸君。残念ながら、浮上は不可能という可能性が高い・・・」

艇長をつとめる佐久間勉大尉は苦しげに言った。

「深海という場所が未知の場所である以上、我々は今や潜水しているのではなく沈没しているも同然なのだ――」

14名の乗員たちは泣き笑いのような表情になっていた。
やっと浸水を止められたのに・・・

佐久間が、最後の命令になるであろう配置を伝えようとした時だった。

コーン。と、船体を何かの音が叩いた。



――1941年6月  北海

英国海軍潜水艦P37「アップホルダー」は、水深150mの海底に着底していた。
地中海で任務についていた「アップホルダー」は、ジブラルタルの潜水艦基地が枢軸国軍の攻勢で危険が迫りつつあることから本国へ退避しようと試みていたのだ。
だが、13カ月という長期にわたる地中海での作戦行動が災いしたのか、それともジブラルタルでのオーバーホールを受けられなかったのが災いしたのか。

潜水艦の命であるベント弁が故障。スカパフロー泊地への入港直前になって謎の潜水艦との衝突事故を生じてしまい、海底へと没してしまったのだった。
艦長をつとめているマルコム・ウォンクリン少佐は、各部から入れられる報告に絶望的になるのを抑えつつ、解決策がないことを自覚しつつあった。

「機関はシャフトが曲がっており作動不能か。」

「はい。ベント弁は修理ができる状況にありませんし、何より・・・」

分かっている。とウォンクリンは言った。
彼らは、艦首部から海底に突っ込んでいる。
そして、何かに引っ掛かっていた。

何かは分かる。スカパフロー沖に沈んでいるのは・・・帝政ドイツ海軍の亡霊たちだ。
Z状態という軍艦としては最悪の選択を強制された者たちは、海底にやってきた獲物を逃すはずはない。
緊急信号は発信しているが――


「やれやれ。地中海からわざわざ追いかけてこなくともいいのだが――」

乗員たちは笑った。
彼らの操る「アップホルダー」は地中海で10万トン以上の枢軸軍艦船を撃沈。
ヴィクトリア勲章を受けていたのだ。

「さて・・・困ったことに電池残量は、節約して24時間を切っている。空気はもって・・・」

「7時間ほどです。艦長。」

うむ。とウォンクリンは頷いた。
この深度では、脱出用ハッチを使っても安全に浮上できるかどうか分からない。
何より、英国海軍は伝統として――悪しき伝統として水兵に水泳訓練を施すことにあまり熱心ではない。

帆船時代は、沿岸都市で強制的な「徴募」を行ってようやく兵員を確保していた英国海軍では、泳いで脱走されては困るからだった。


「その間、ゆっくり過ごそう。酒保を開く。その間に身辺整理を行おう。」

うおおお。
やけっぱちであったが、ラム酒をたらふく飲めることに乗員たちは歓喜した。

濁ってゆく空気の中、ウォンクリンは心理的な整理を行おうと、指令室から艦長室へ向かおうとした。その時だった。
570. ひゅうが 2011/11/13(日) 19:10:36
コーン!
高い音波が船体を打った。

「こ・・・これは・・・」

「アクティブ・ソナーの音波です!」

ソナー員が耳を押さえながら言う。
それは、モールス信号だった。

「こちら・・・IJN‐AF、日本帝国海軍  遣欧艦隊だと?」

「艦長!壁を叩きましょう。こちらが生きていることを知らせなければ!」

海中では、音は非常に遠くまで広がる。
それを利用し、自ら音波を発し障害物となる艦を発見するアクティブソナーに乗せられた信号に対し、こちらは電池残量の問題から船体をハンマーで叩くことで健在を知らせるのだ。

浸水に備えて設置されていた工具のハンマーで、壁を叩いた。






「こちら、P‐37『アップホルダー』。艦長以下30名、健在!」

おおっ。
潜水母艦「長鯨」の聴音室で歓声が沸き起こった。

「そうか!健在か!」

遣欧艦隊  潜水艦隊司令をつとめる佐久間勉少将は、嬉しそうに何度も頷いた。

スカパフローの英本国艦隊司令部から救難出動の要請があったのは、3時間ほど前だった。
遣欧艦隊がひきつれていた潜水母艦には、事故を起こした潜水艦の救難を行う潜水艇が付属していると伝えていたのがよかったらしい。

すでに準備を整えていた「長鯨」には、潜水救難の第一人者である佐久間自らが乗り込み、潜水計画を練っていたがともかく位置の特定をしなければはじまらない。
そこで、大出力ソナーで全周に向けて探信音波を放ったのだ。

結果は、予想以上によかった。
ことに、全員生存というのは喜ばしい。
佐久間は、自分のときは浸水した吸排気筒を海女を動員して修理し、そこから酸素ボンベを差しいれるという方法をとりつつ泳ぎに自信がある者を脱出させたが、これほどの深さではそうもいかないことが分かっていた。

そして、この「長鯨」には、切り札が搭載されている。


「予想よりやや南にそれていますね・・・沈没艦に前部が引っ掛かっているようですので、後部ハッチを使って救出を行うべきでしょう。」

「そうだな。ハッチの幅は日英ともに差がないから支障はない。では、頼むぞ。酒巻くん。西村博士。」

お任せを!
と、海軍の嘱託技術者として乗り組んでいる西村博士が胸を張り、潜水艇の艇長をつとめる酒巻和男少佐も敬礼で答えた。

「長鯨」の艦中央部に搭載されているクレーンが動きだし、25メートルほどの小型潜水艇がおろされた。
前部に潜水球のような耐圧球と幅の広い丸い窓が5個ほど空いている潜水艇には、前部には大型のマニュピュレーターがあり、艦底部には動力と同調しているわけではないものの、移動が容易になるように特殊ゴム製のローラーがついている。
側面には方向転換用の補助スクリューも装備されていた。

「・・・待ってろよ。今、助けてやるからな!」




――その後、英独休戦にともない、この話は話題にのぼることなく霧消したかに見えた。
が、1943年になり、英国の「ロンドンタイムズ」に記事が載り、ドイツ宣伝省が「英国の裏切り」の非難として取り上げたこともあってこの話は半分国際問題化するのだが、それはまた後の話である。
571. ひゅうが 2011/11/13(日) 19:14:13
>>569-570

【あとがき】――というわけで、佐久間艇と酒巻艇をコラボさせてみました(爆)
作中の「アップホルダー」は実在しており、実際に11万8千トンもの艦を沈めるという殊勲を上げているのですが、この時期にオーバーホールを受けております。
そこから妄想をたくましくしてみました。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年12月30日 23:18