572. ひゅうが 2011/11/13(日) 21:16:16
※なぜか筆が乗っちゃったのでひとつ。ネタです。


支援・ネタSS――「秘密兵器SY」

――1943年  某日  英国

「皆さま。セイユウというものをご存じでしょうか?」

「『お前が言え』か?」

「日本語か?」

「はい。」

英国の情報部、通称MI機関の長をつとめるコードネーム「M」はゆっくり頷いた。
ここは、後世「キャビネット・ウォールーム」と呼ばれる場所。
現在は英国の政軍両面の指導者たちが集まり、意見交換や情報部からの報告を受ける場所として使用されていた。

「セイユウとは、声優。つまり声の俳優といったところでしょうか。」

「活動弁士か?」

首相のハリファックスは、かつて財務官僚として、今は大英帝国の死命を握る情報部を30年以上も統括し続ける老勇に敬意を表する口調で問いかける。

「いえ。違います。無声映画時代の活動弁士が基本的にひとりで映画全編を歌い上げる吟遊詩人の末裔のような形であるとすれば、声優は文字通り声だけでキャラクター一人の全人格を表現します。まさに声の声優いうわけですな。」

「なるほど。20年代の映画の移行期に俳優とは別に声をあてたようなものか。」

「少し違います。」

「M」は、ベーカー街の有名人であった弟が作ってくれたという電動機付きの車いすを二つのスイッチで器用に操りながら、映写機の方に待機していた部下に合図を送り、スクリーンの前に立った。

「声優は、主にアニメーションのキャラクターに声をあてます。たとえば――」

室内が暗くなり、スクリーンに二枚の絵が映し出される。
右は、なぜか燃えるような赤い髪をしたまだ寄宿学校の前半くらいの年齢の少女。鋭いと評判のジャパニーズ・サムライソードを構え、日本の女学生が着るようになっているというセーラー服の亜種らしきものを身につけている。
スカートが短いことには皆が失笑したが。
左は、こちらもなぜかピンク色の髪色をした少女だった。こちらも体格は小さいが、教師が持つような小さな指揮棒のようなものを持ち、釣り目がちの目を上目づかいにしている。
マントを胸元のブローチで止めており、味気ない色の服装が逆に彼女のピンク色の豪奢な髪を際立たせているといえた。

「たとえば、この向かって右のキャラクター。いかにもサムライというか戦士のような外見で意思も強そうですが、女性、しかも少女というキャラクターでアンバランスさがあります。それがキャラクターの最大の特徴ですな。
左は、白人系ですが武器はもっておりません。気が強いながらもこの目の周辺を見ると――」

「ツンデレ、という?」

中年にさしかかりつつある英国海軍中将が言った。
彼は、大使館付きの駐在武官として5年ほど極東の日本へ行っていたことがあった。

「ふだんはツンツン突っ張っているけれども、気を許した者にはとことん気を許す。恋愛関係にあればまるで『デレデレ』しているように見えると聞いた。
日本語は擬音語が多いですから。イメージが意味を理解せずともおぼろげに分かるとか。」

ほう。
と卓を囲む面々は感心した。

「そう。それです。ともすればツンが暴力的になりすぎてしまう危険もありますがそれはさておき。この両者には明確な違いがあることはご理解いただけましたか?
――よろしい。これを声を使って演じ分けるのが声優というものなのです。実際にお聞きください。」

英国人たちは、レコードから流れてくる、舌足らず気味ながらも特徴的な二つの声を聞いた。
なるほど確かに違う。
演劇の国である英国人たちは、それが困難であることを理解した。


「ご承知の通り、日本では、アニメーション映画の製作がさかんです。これは、我が国では風刺画などにとどまっているデフォルメされたキャラクターを積極的に用い、逆にキャラクターの特徴を強調する――エド時代以降に発達したカブキの手法を取り入れたと思われます――マンガと呼ばれるコミックをもとにしたものもあれば、植民地人の作った子供向け作品のようなものもあります。」

「それは分かっている。だが。」

ハリファックスは言った。
573. ひゅうが 2011/11/13(日) 21:16:56
「だが、君が我々を呼び、わざわざ休日そのものという時間を要求したのにはわけがあると思うのだが?」

「その通りです。」

Mは、再び合図をした。


「まずは、ご覧になってみてください。給仕は呼べば来ますし、不便があれば係の者が応対します。まずは虚心に見てみられることをお勧めいたします。」






「つ・・・続きは!?続きはまだなのか!?」

「いえ。日本国内での公開がまだですので・・・」

Mに食ってかかっているのは、大臣の一人だった。
Mの返答を聞いて不満そうな顔になっている者も決して少なくはない。
実をいえばハリファックスもその一人だった。

なるほど、面白い。
キャラクターへの保護欲じみたものはもちろん、テンポよく進む物語に皆は魅入られていたのだった。
あのメロンパン――作ってみようか。
それに久しぶりにベリーパイも食べてみたくなった。


「面白かったでしょう?ですが、これは日本人の作ったある一定の政治的意図をもった作品です。」

Mの言葉は、半分孫に小遣いをあげる祖父の思考に入っていたハリファックスに冷水をあびせた。


「人を食べ物にしか思っていない『王』、そして、クロムウェルなどの名前を使ってある意味風刺をしている魔法の世界。
独裁や傲慢への嫌悪、そして欧米への不信。それらを類推するのは簡単です。」

ですが。とMは言った。

「まして、子供相手なら?  これは、日本側の政治的な意思表示です。『お前たちはもはや信頼できない』という。」

「し、しかし・・・」

「声優のスタッフリストの中に、リエ・クギミヤという名があることは覚えていただけましたか?」

Mは、何かの深淵をのぞきこむような表情で言った。

「これが、わが機関が危険を冒して○都アニメに潜入し手に入れたアフレコの情報。そして、リエ・クギミヤのプロフィールです。」

配られた資料を一読したハリファックスは驚愕した。
日本陸軍参謀本部付きの文字がそこにはあった。
男――それも中将だと!?


「あの声。あれを実現するために、中将という階級にある者を用いてまで声帯模写技術を使い、あの中毒性を含んだ声を実現したのでしょう。事実、日本国内でリエ・クギミヤの声は人気――陸海軍の広報用アニメーションにも出演し、それによって人気を高めております。」

「・・・恐ろしい。しかも面白いから始末に負えんな・・・」

ハリファックスは、10杯を越えたおかわりを再びのどに流し込んだ。


「それが日本人なのでしょう。職人気質。ドイツ人のそれのように頑固すぎはしませんが、しかし仕事は完璧かつ遊び心を忘れない。
我々が入手した情報によりますと、はじまったばかりのテレビジョン放送の深夜枠は、政治や文化などとならんでこういったアニメーションが多いと。
また、夕方の子供たちと家族がそろってみる5時代には、子供向けのアニメーションがすでに製作されているとのことです。」

「映画と同様、これから伸びる分野か――そのあたりに目をつけた総研・・・いや夢幻会は恐るべき存在だな。」

「その通りです。ですが、英国への敵意はともかくとして、これらの作品にはもうひとつの意思が表明されております。」

あの空の国の皇太子は死をもって義を通し、あの『王』の中にも人類に味方し、人と積極的に交流する者がいる。

「これは、最後のチャンスです。一回の裏切りは納得はできないが理解しよう。だが、次に何かやった場合は、我々はあの国の永遠の敵となる。
ことに、あの某隊長の「裏切り」に描写されたように、盟友と思われた相手の裏切りほど彼らを怒らせ、憤慨させるものはないのです・・・」

沈黙が、満ちた。



――戦後、英国は日本製のアニメーションや漫画などを積極的に輸入し、自国でもそれらを生産することにつとめた。
対立相手となったロシアその他としのぎを削る英国アニメ文化はこうして根づいていったといってもいい。
国庫による手厚い補助もあり、日系の製作会社も多数展開することになった英国は、毎年コミケの企業・国家ブースに最大規模のブースを構え、また作家たちもその人口の割には積極的に同人誌を製作するようになり、今日に至っている・・・



【あとがき】――某作品完結記念と快癒祈願をこめ一筆。
あと、某中将が「陸軍にくぎみー主義を広めるのだ!」と奮闘した結果、何か誤解されたようですw
結果・・・英国は汚染されたのだった(爆)!
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最終更新:2012年01月14日 18:50