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ひゅうが
2011/11/16(水) 22:15:11
提督たちの決断支援SS ――「ひかり」の速さで
――1936年1月 東京駅丸の内口前 鉄道省新館庁舎 第3会議室
「それではお手元の資料をどうぞ。」
パラパラと手元の紙をめくる音が響く。
演壇に立った島安次郎は、万感の思いでこちらを見ている十河信二 鉄道省 鉄道総局長に頷き返しつつ、何度も暗記したレジュメの内容を反芻した。
「本会議は、第2次日本改造計画において指摘された東海道本線の輸送量の限界を打破し、鉄道輸送のさらなる高速化に挑戦するべく検討された様々な意見を集約し、帝国議会に答申するためのものであります。」
島は、黒板をひっくり返し、あらかじめセットしておいた鳥の子用紙を示した。
そこには、「新幹線鉄道計画」と記されていた。
昭和の御代に入って以来、霞が関の中央省庁は総研をはじめとするシンクタンクに多くの政策課題を諮問している。
今回は、その検討に鉄道総局も加わった文字通り国家プロジェクトについて、その総決算であった。
国鉄総裁や内務省のお歴々、そして総研や内閣からも何人かが出席している。
驚くべきは、大蔵省。大蔵省主計局の辻正信までもがここにいることを思えば、その重要性がよくわかるだろう。
「去る昭和10年に完了を迎えました帝都復興計画により、都市部の鉄道路線は勅令をもちまして建設と高架化あるいは地下化が進み、ほぼ完成の域に達しつつあります。
また、『用地買収法』によりまして公共事業予定地については震災前地価または計画策定以前時点におきます地価による先行買収と代執行が許可されておりますので、東海道本線をはじめとしました『幹線鉄道』の用地に関しては余裕があります。」
「まぁ、帝都復興法にもぐりこませておいた条文のおかげだがね。」
帝都復興法の条文。勅令によって定められたものだけにその内容は強烈だ。
鉄道や道路の建設計画が持ち上がる前に用地を先行して買い取り、利さやを得ることを阻止するため「建設計画発表前の平均地価」での買収と建設を半分強制的に執行することが認められている。
これ以後、公共事業費の圧縮のために「国有地化予定地と軍用地の扱いを同等にする」という条文が国土法に紛れ込まされたため、明治期に流行した土地転がしは急速に終息していくことになっていた。
「そうです。おかげで東海道本線の複々線化はほぼ完了しました。鉄道付属地まで余裕を持って設定しておいたおかげで軌道とそれ以外の分離は完全になり、なお余裕があります。また、将来的な道路網のために軍用地をもって買収しておいた部分もあり、あとは帝都復興に際して建設した高架鉄道の技術と経験をもってすれば、極論すればこの東海道新幹線を2つ同時に作ることすら可能です。」
「それは困りますね。予算の裏付けがない。」
「むろん、冗談です。来るべき全国への新幹線鉄道――ここは総研の略称として新幹線と呼びますが――敷設の試金石として、最初からの無理は禁物ですから。それに辻さん。
この計画がもたらす経済効果、無視できるものではありませんよね?」
587.
ひゅうが
2011/11/16(水) 22:17:20
「確かに。」
大蔵省の魔王と呼ばれる辻正信はゆっくり頷く。
「帝都と大阪を3時間ほどで結ぶ。いずれは半日で帝都と博多、そして青森を結ぶ。これは物流の革命といってもいい。ともすれば、朝一で帝都で会議を行い、昼過ぎに大阪で商談をまとめて京都に足をのばして遅めの昼食をとり、そして午後には帝都へ帰ってその日のうちに商談の吟味ができる。貨物に応用すれば、航空便の数分の1の単価で宇治のとれたて抹茶や青森の林檎をその日のうちに万世橋近くの青果市場で売ることも可能です。」
言いたいことをいわれてしまい、島は苦笑した。
「辻さん。今こそそれを作るべきです。確かに欧州情勢は緊迫しており、軍需が必要なのは分かります。ですが――」
「いいでしょう。」
「へ?」
「いいでしょう、と言っているのですよ。島さん。上海事変以来、米国は満州と中華に露骨にテコ入れしている。鉄道に関しても。」
島は頷いた。満鉄から日本人の経営陣が奉天軍閥の圧力のもと一掃されつつあることは鉄道省内部にも深刻な波紋を呼んでいた。
「最大速度200キロ?世界一?片腹痛い。我々は、この『新幹線』で世界に勝負をかければいい。やるとなれば『平均200キロ』を目指しましょう。」
海外に売れるものはひとつでも必要なのですよ、という言葉を辻は口には出さなかった。
辻にとってこの新幹線計画は、満鉄を締め上げ、取り上げ、日本経済を押し殺そうとするアメリカ人へのカウンターアタックだった。そのためには、鉄道屋の誇りだろうが何だろうが、利用する腹だった。
「いいですな。」
十河が言った。
「米国人は日本の鉄道を見て『マッチの火で動いているような』と馬鹿にしておるようです。満鉄も、ジャップには過ぎた玩具だと。ならば――思い知らせてやろう。マッチ一本の火力でもこの島国をまるで『ひかり』のような速さで結んで。」
――1936年。帝国議会は「帝国新幹線鉄道法」を制定。
同時に日本国有鉄道は15年後を目途に東京・大阪間を専用軌道で最大時速250キロで疾走する「新幹線」の建設を発表した。
東海道本線を最大時速200キロで走る「つばめ」の就役が目を引いてはいたが、当時の日本鉄道界への目は冷淡そのもの(満鉄は米国の技術と思い込んでいた)で、ほぼ誰もそれを信じなかった。
列強諸国は、15年後、自らの見識違いを大いに悔やむことになる・・・
【あとがき】――新幹線ネタで一本。戦中を挟んでいますのでどうかは分かりませんが、史実の弾丸鉄道計画と同時期に史実版新幹線が検討されていたらという話でした。
588.
ひゅうが
2011/11/16(水) 22:23:50
補足――ここでの十河さんは、帝都復興院関連の汚職事件に巻き込まれることなく鉄道省に残ったと仮定しております。
作中描写を見る限り後藤新平の帝都復興案が大規模化されて実行されているようですので、それにあわせて外様の満鉄ではなく鉄道省内で頭角を現したのでしょう。
少し花がない話になってしまいました(汗)
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