868 :ひゅうが:2012/03/13(火) 00:28:01

提督たちの憂鬱支援SS――「島」


――西暦1942年1月 太平洋上

「完成しましたね…」

「ああ。完成したよ。」

二人の男が灯台の上に立っている。
彼らの眼下には、広大なサンゴ礁と、その上に広がる交差する2000メートルの滑走路と大型のレーダードームという光景が広がっている。
「まるで足型のような」といわれる形のその島は、はるか上空からみるとちょうど西を踵とし、真東につま先を向けているように見える。
東西約5キロ、南北1.5キロのこの小さな島は、「つま先」の部分に環礁の中の礁湖から浚渫されたサンゴ質の土砂が積み重ねられ、さらには特殊な鉄筋コンクリートでつくられた滑走路が島の北辺で「7」の字にクロスするように設けられている。

踵の部分は比較的浅い浅瀬が広がっていたためにここも全面的に埋め立てられ、はるか遠い日本本土から運ばれてきた土砂をもちいて平坦な陸地が作り出されていた。
その上にはマリアナ諸島や小笠原諸島から運ばれてきた樹木が植えられている。現在はまだこじんまりとした姿をしているが、いずれこのあたりは森になるのだろう。
その暁には平地に立ち並ぶ建物とあわせ、この島は緑に包まれることになる。

「今はまだ、海軍の水上機や対潜哨戒機基地です。ですがすでに気象庁の観測やラジオゾンデ事業もはじまっていますし3月には灯台も運用をはじめます。」

「ゆくゆくは、気象観測用ロケットや、小型の衛星打ち上げロケット基地に、だったな。」

「はい。最初は史実のジョンストン島のような核ミサイル実験基地になるかもしれません。ですが――」

「将来は誰からも文句をつけられることはない、か。」

はい。とラサ燐鉱工業離島開発部長 小川栄一は首肯した。

東京都下 沖の鳥島。
それがこの島の名前だった。

東京都の最南端に位置するこの島は、いわば「内地」の最南端である。
東に南鳥島、南に将来的な県政施行が検討されている「日本で二番目に内地に近い外地」マリアナ諸島があるこの地は、吹けば飛ぶような無人島だ。

869 :ひゅうが:2012/03/13(火) 00:28:47

全島が海抜1メートル程度であるため人が住むには適していない沖ノ鳥島が注目を集め始めたのは1930年のことになる。
この年、気象庁と陸海軍が合同で「気象ラジヲ探知計画」を発表。今でいう気象レーダーの設置先として沖ノ鳥島は注目され始めたのだ。
当時はラサ島と呼ばれる沖大東島に気象観測隊が展開していたが比島南方から接近する台風を精密観測するにはそれだけでは不十分というのがその理由である。

もちろん海軍にとってはそれだけではない。
当時新たなる脅威として注目され始めていた潜水艦を刈るためにこのあたりにも基地は必要であったし、灯台を作れば大海の真ん中であるこのあたりでの航行には大いに役に立つだろう。
だが、それだけでは予算はおりない。
援護の手は意外なところからきた。この計画に、離島開発で名を知られはじめていたラサ島燐鉱工業が参加を表明したのだ。
日本航空や全日本空輸といった航空会社が創立され、海外展開を始めつつあった時期において臨時滑走路を設けるという理由で合弁会社を作ると、同社は積極的な沖ノ鳥島整備をはじめた。
その動きを誰もがいぶかしんだが、ラサ島燐鉱工業はそれを断行した。
やがて、日米情勢の緊迫化に伴い計画には本格的に予算が付き、ラサ島燐鉱が開発済みの部分については政府が破格の金額を提示して買い取り、研究施設の優先建造権が付与されたことで周囲の人々はめいめい納得した。

だが、それを主導した小川の意図を知る者は少ない。


「もう、文句なしに立派な『島』です。大型の浚渫による残土などは台湾やマリアナから受け入れるルートが確立していますし、今度の鹿島港の掘り込みで出る土もうちが買い取ることになっています。」

「ですが小川さん。残土から希少元素を取り出すとはいえ、なにもここまでしなくとも。」

「忘れたのですか南雲さん。あの日々を。かつてはれっきとした島だったこの地が地球温暖化で沈降するや、我が物顔でこの海を荒らし続けた連中に私たちがどれだけ苦しめられたのかを。」



小川の鋭い眼に南雲忠一は「すみませんでした」と一礼した。
かつて平成と呼ばれた時代の南雲の上司は、いつものようにそれを軽く頷いて水に流す。

二人は、滑走路に進入しつつある92式陸上攻撃機改造の哨戒機に目を転じた。
礁湖で歓迎の放水を行う中型艇と同じく、その真っ白な胴体には青色でコンパスをあしらった意匠が施されていた。

太平洋戦争――そのさ中に日本近海で撃沈された米軍の潜水艦は25隻。
うち11隻は、この沖ノ鳥島に展開した海上保安庁と海軍の沖ノ鳥島航空隊の戦果であった。


…なお、戦後しばらくたって何を思ったか太平洋への「進出」を図った某国はこの島が人工的に嵩上げされていることを理由に領有権無効を主張して海底のマンガン団塊採掘計画を発表したが、だれにも相手にされなかったとか。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2012年03月19日 19:08