565 :ひゅうが:2012/03/16(金) 21:49:57
※ 前作から数か月後の8月が舞台です。フリードリヒ4世退位とルードヴィヒ1世即位に関しては
前スレ915-916のYVH氏を参照してください。(手抜き)
銀河憂鬱伝説ネタ 本編――「憂鬱なる訪問~嶋田in同盟~」その1
――宇宙歴789(皇紀4249)年8月。
日本帝国政府による自由惑星同盟史上初の「国賓」訪問は、8月末に至り各種経済協定と軍事協定を締結し終了を迎える。
基本条約によって確認された相互承認と主権の尊重にあわせて自由惑星同盟は正式にその法的国境線を画定するに至る。
中でも、事前通告と承認さえあれば互いの国土に軍事力を派遣できるように制定された地位協定は基本条約に規定される「緊急援助」も可能としていたために銀河帝国に深刻な波紋を広げていた。
加えて、日系企業と同盟企業の合弁企業の設立に関する諸協定も締結。
相互承認さえ限定的であった銀河帝国やその名目上の領土であるフェザーン自治領はこれに乗り遅れ、フェザーン商人たちの(手段を問わない)必死の働きかけで銀河帝国はさらなる交渉のテーブルにつくことになる。
だがそれはまだ未来の話であり、このときの自由惑星同盟はここ数十年の停滞が嘘のように経済的な成長を開始。
何もかもを投げ出しかねない勢いをもって全力でそれにまい進し始めた。
とりわけ、急かされた銀河帝国がイゼルローン回廊内において捕虜交換の実務協議に入ったことはそれに拍車をかけた。
緊張緩和の時代。
のちにこれから数年はそう呼ばれることになる。
――皇紀4250(宇宙歴790)年1月20日 銀河系いて座腕 バーラト星系
自由惑星同盟 首都ハイネセン
ヘッドラインニュースは、捕虜交換の日程が決定したという自由惑星同盟のニュースチャンネルと、日本側諸国への観光ツアーを伝える広告を伝えている。
ありふれた3Dモニターのほかは、座席備え付けのリンク経由で様々な情報が流れ込んできている。
「もうつくのか。」
嶋田茉莉は手早くチェックを済ませつつ、久方ぶりに大きく伸びをして睡眠から目覚めた。
すぐにこなさなければならない仕事がないということは、嶋田の精神衛生に正負両面の影響を与えていたのだが、今回はその中でも正の面が圧倒的に大きい。
考えてみれば久しぶりである。
現在統合軍令本部次長として作戦計画の策定にあたっている嶋田がここにいられるのは、これらの作業が一段落したからに他ならないからだ。
だからこそ、仕事を部下に任せ(押し付けともいう)てここまで足を延ばすことができていたのだった。
「さてさて。ヤン・ウェンリー中佐殿の招待、鬼が出るか蛇が出るか。」
前世からの癖で独り言を「個人識別圏」内用の簡易量子波ですると、嶋田は見計らったかのように窓の外の一方向に目を転じた。
「おい!あれ見てみろ!」
「帝国野郎の御座船か…」
船内で誰からともなくざわめきが起き始めた。
船長が気を利かせたらしく、窓に備え付けられている情報画面に「!」印つきで望遠画像と表示アイコンを出したため、誰もかれもがそれに気付いたらしい。
「ゴールデンバウム朝銀河帝国軍 先代御召艦『アルデバラン』か…」
嶋田はその艦の名前を呟く。
そして微苦笑した。
このタイミングですれ違うというのはいささか作為じみている。
先々週から同盟領内への進入が報道されていた「先代」銀河帝国皇帝にして現ジッキンゲン・ゴールデンバウム大公と帝国側外交団が座乗する優美な――原作知識を持つ者にとっては「ブリュンヒルト」に似た流線型のといった方が早い――軍艦は、周囲に日本宇宙軍と同盟軍の補助軍事企業のチャーターした護衛艦を侍らせながら高速で宙域を通り越して行く。
566 :ひゅうが:2012/03/16(金) 21:50:47
その後方からはどこかの団体がチャーターしたらしい抗議船の群れが宇宙空間に「侵略者は出ていけ」といったお決まりの文句をレーザーで描き出しつつ追尾しているが、さらに後方から同盟軍第1艦隊の分遣隊に半ば強制的に退去させられたようだった。
「あの…日本の方ですか?」
「はい。そうですが?」
と、嶋田は通路側から声をかけられた。
ビジネスクラスの個人座席に歩み寄ってきた老婦人に、嶋田は「何か御用ですか?」と小首を傾げてみせた。
既に軍用義体はこの老女の心拍や発汗状況から精神状態が不安定と判断し警戒モードに入っている。
どうやらこの老婦人は嶋田が服務規程に従って着用している第2種軍装から日本宇宙軍の軍人であると判断したらしい。
「私、メイヤーと申します。」
「お初にお目にかかります。メイヤー夫人。」
嶋田は一礼した。
民間人と対する際にはにこやかに。そう規定されているし、会社勤めをしていた頃はそれなりに練習もしていたため不自然には思われなかったようだ。
「大日本帝国宇宙軍 嶋田茉莉中将です。部署は残念ながら申し上げられませんが。」
制服の袖元を「つ…」と指でなぞり、嶋田は空中に身分証を映し出した。
数か月前に行われた改訂で、同盟公用語で見えるようになっている。
「え?…中将…。 ではアドミラル。少し質問してもよろしいですか?」
「どうぞ。メイヤー夫人。」
極力穏やかに応対しつつ嶋田の乏しい原作知識は、ようやくのことで目の前の人物が何者かを突き止めていた。
何のことはない。
原作の中で宇宙港でヤンに孫への握手と言葉をねだった老婦人だ。
周囲から、この婦人よりさらに興奮した乗客たちが集まってくるのを確認しながら嶋田は続きを促した。
「なぜ、日本軍はあの侵略者の元締めを護衛しているのです?」
夫人は言った。
「さすがに、外交官特権を交付されている人物には相応の待遇をしなければならないでしょう。」
まずは一般論で返す。
「それはそうでしょうが、別に放っておいても。」
夫人は、そういう答えがほしいのではないと顔をしかめる。
「夫人。あなたはまさか、誰かにあの艦が沈められればいいと思っておられるので?」
不思議そうな顔で嶋田はそう言った。
すると、彼女の周囲に集まってきていた男性たちが激発する。
「そうだ!!そうに決まっているだろう!!」
「なんでわかってくれないんだ!あんたも――」
「だとしても、です。」
最終更新:2012年03月19日 19:42