890 :SARU ◆CXfJNqat7g:2012/03/22(木) 00:19:35
僕は○ー○ル○

──1977年 加洲共和国、

大歓声の中、M1鉄帽を阿弥陀に被った痩せぎすの東洋人が奇妙な弦楽器を手にステージ中央へ歩み出た。三線(さんしん)──三味線(しゃみせん)と区別する為、胴に蛇皮を張っている事から蛇皮線(じゃびせん)とも呼ばれる──を静かに、しかし強い意志で掻き鳴らし始めると、周囲のバンジョー、スティールギター、エレキギターがそれに続く。
甘く感傷的なメロディーラインがドラムのアタック音で反転するや否や、糾弾する様な歌声が響く。
「♪After scorched by sunburst.(烈日に灼かれ)──」

「で、この男が転生者だという訳だね」
そう言って夢幻会の会合で上映されている公演の映像を指さす。バンドで唯一の東洋人というか有色人種である鉄帽姿の男を。
「よもやここでコレを聴く事になるとは……本来この曲を造る筈だった人物が存在していないのは調査済です」
フロリダ出身の両親は例の津波で流されてしまった──生まれて来る訳がない。
「見た所、沖縄出身の様だが」
「はい、ハワイ移民の日系三世で1942年に旧米の──」
ミシシッピ川流域の洲名を口にした。パラリと書類をめくり言葉を続ける。
「日米戦勃発と津波災害で旧米本土の日系人社会は事実上解体されましたが、これは当時のガーナー政権の意向というよりも単に余裕が無かったんでしょう。政府も社会も」
「南部や中西部は人種間闘争の様相を呈していましたから、軍務経験のある人間をなし崩しの内に自警団へ編入するのは日常茶飯事でした。あの鉄帽も父親の物だそうで」
「レッドリヴァー紛争でもインディアン……もとい、先住民側に日系人がちらほら混じっていたよ。おかげで熱戦教やら何やら送り込んでも枢軸から文句を付けられ無かったがね」
枢軸軍が直接部隊を派遣、治安活動を行っていたミシシッピ川上流域ではアイオワ洲、サウスダコタ洲までも勢力圏に加えていた物の、政治的理由から白人優位的なテキサス洲改めテキサス共和國を現地利権代表とした下流域では、加洲共和國をはじめとする反独勢力からコロラド川を補給路として有形無形の援助を受けた北米先住民の徹底したゲリラ戦に素人同然のテキサス軍が翻弄される有様だった。
親衛隊が梃子入れ(と厄介払い)で送り出したディルレヴァンガー聯隊指揮官(SS大佐)によって現地編成された義勇親衛騎馬第69旅団“スティーヴン・オースティン”の蛮行を以てしても、テキサス共和國がレッド川を越えて拡張する事は出来なかった。
「我々も武器弾薬や情報で日系難民を“買った”様な物だからな。あまり大きな顔は出来んよ」

「♪I roud "Gimme a hard drink,fourty-nine proof"(『酒をくれ』と叫んだ、『四十九度(※)の』)」

「帝國臣民でも、本来の意味での日系人でもない、琉球人の彼にとってカリフォルニア──加洲共和國は決して楽園では無かったようですね」
「父親はレッド川で戦死、母親もハイスクール在学中に亡くしてから身寄りも無く、蛇皮線一棹で西海岸を渡り歩いていました。この頃にはもう元歌を弾き語りしていたそうです」
「経済成長とロックが席巻し始めた加洲でかね」
たまたま西海岸のメーカーと交渉していて難を逃れていたレス・ポールが作り、バディ・ホリィによって広まったエレキギターとロックンロールは、人種を問わず新時代の象徴として六十年代の帝國勢力圏に君臨した。その陰で様々な民族音楽が社会の片隅に追い遣られ始めていた。
「バレンゼエラはラテン音楽の救世主になりましたよ。墜ちた飛行機に『メヒ公お断り』で乗れなかったのが転機だったんでしょう。どうせならバディ・ホリィも一緒に放り出してくれれば良かったのに」
これが“歴史の修正力”か。
脱線を戒める咳払い。
「そしてリンダ・ロンシュタットのバックバンドと出会った、というわけか」
「それにしても“元の”歌詞はもっとゆんゆんしていたというか、一発キメて書きました感があったんですが……こいつはメッセージ性が前のめり過ぎですよ」
「まあいい。当面、こちらからの接触はせず定期的監視に留める事にしよう。後は来日公演の時にお膳立てしよう」
「解散」

映写幕にはこの歌の原作曲・原作詞者にしてロックバンドの新規加入メンバーである鉄帽男の絶望を湛えた瞳が大写しになっていた。
「♪How do you do,here is the California.(初めまして、ここは加洲の邦)」

─終─

※源詩の49米プルーフを正確に翻訳するとアルコール度数98(!)という蒸留酒(spirits)であるが、ここでは旧米を構成していた四十九州という数字が重要な意味を持つのでこう訳した。

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最終更新:2012年03月22日 20:34