こよみマスター

その光景を、僕は今でも覚えている。夜風に揺れる桃色の髪、月光に照らされた純白の衣。それが僕、阿良々木暦と彼女との出会いであり、『聖杯戦争』の始まりだった。

第一話 こよみマスター

もう季節も秋めいて冬の足音が聞こえる時期になってきたか…思えばこの一年はいろんなことがあったな。春休みには吸血鬼になったり、
ゴールデンウィークには僕の初めての友人、羽川翼に憑りついた『猫』を退治したり…戦場ヶ原ひたぎ、八九寺真宵、神原駿河、千石撫子、羽川翼、
そして僕の妹である、火憐と月火。僕が今年のゴールデンウィークから今までに至るまで怪異から助けてきた少女の名前だ。
いや、助けたという表現はここでは適切じゃないな。彼女たちが一人で助かったのであってで、僕はただそのために少し手を差し伸べただけのことだ。
尤もこれは僕を助けてくれた忍野メメという男の受け売りなのだけど。そして彼女たちが怪異に見舞われたのは一度だけじゃないんだけど、
それを逐一話していると長くなりそうだからここでは割愛しよう。さて、そんなこんなで月日を重ねてきた僕が今何をしているかというと、
学校の帰り道、僕の彼女である戦場ヶ原ひたぎと談笑しているところだ。

「ふうん、そんなことがあったの。それは災難だったわね。まあ、私としては薄幸な阿良々木くんのほうが魅力的に見えるけど。
 ねえ、なんならもっと災難な目にあって私にもっと阿良々木くんの魅力を感じさせてくれないかしら?」
「それはつまり、薄幸ではない僕にはあまり魅力を感じないということか?!」
「そうは言ってないわ、でもこういう言葉があるじゃない。『他人の不幸は蜜の味』って」
「自分の彼氏を他人って言ったよこの人!」
「ふふふ、これはついうっかりして本音が出てしまったわ…あら?もう私の家に着いたみたい。楽しい時間はあっという間ね。それじゃ阿良々木くん、また明日」
「僕を言葉でいびって楽しめたのなら光栄だよ。じゃあまた明日」

とまあ、大体いつもこんな流れで戦場ヶ原を家まで送った後、僕も家路につく。彼女との楽しいひと時は終わりを告げ、初冬の肌寒さが容赦なく僕を襲う。
それにしても今日はやけに寒い。昨夜の天気予報では最高気温は22度と暖かい日になるはずだったのに、この寒さはまるで精肉店の冷蔵庫だ。
まあ実際のところ僕は精肉店の冷蔵庫に入ったことなんてないんだけど、先日放送されていたニュース番組で天井からつるされたたくさんの豚肉を見て、
その冷蔵庫がとても寒そうだったの覚えているからそれに例えただけのことだ。冬将軍の尖兵が奇襲でもかけてきたのだろうか?
なんて突拍子もないことを考えていたら、いつもとは違う道に入ってしまっていたことに気付いた。慌てて元来た道を引き返そうと踵を返したんだけど、
僕の背後、距離にして大体50mほどのところにある公園から何やら争う音が聞こえてくる。怒鳴り声とか罵声とかいう人の声は一切せずにただなんだろう、
金属と金属とが激しく何度もぶつかり合う音だ。それがなぜか妙に気になって、僕は返した踵を再び元に戻して僕は雑木林へと歩を進めた。
すでに夕日も大きく傾いて、朱色の光が街を切なげに染めている。もうすぐ『僕』の時間がやってくる。
たとえ何か『とんでもないこと』が僕の眼前に現れたとしても、よほどのことがない限るは大丈夫なはずだ。
これまでだってそうだったし、これからもそれは続いていくのだろう。それが、春休み最後の日に僕が一生背負うことになったものだから。
あれ、今一生って言ったっけ。吸血鬼に人生の終わりはあるのかな、あはは…なんて自嘲気味な笑いを一つ嗜んで、僕はたどり着いた雑木林の木の陰から
その『争い』の様子を伺った。そうしたら…なんのことはない。この近くに住んでる子供が錆びた鉄パイプでチャンバラごっこに興じているだけだった。


「これこれ君たち、もう遅い時間だしお家に帰った方がいいんじゃないか?」
「まだ平気だよ、大丈夫だって!」
「そうかい、怪異に襲われても知らないよ?」
「かいい、て何?」
「怪異っていうのは、そうだな…お化けとか怪物とかそんなものだよ。襲われたくなかったら早くお家に帰りな」
「お化けなんているわけないじゃん!なあ、もう『見えなくなる』くらいまで遊ぼうぜ翔太朗!」
「うん、隆行!」

やれやれ、こりゃだめだ…まあ、遅くに帰って母親にでも起怒られて痛い目をみれば反省するだろうさ。結局そのあとは何事もなく、陽も沈んで電信柱の明かりに照らされた
道を歩いて家までたどり着いて、そのあとはいつものように家の階段を上っていつものように自分の部屋のドアを開けて部屋に入って、いつものように着替えるんだけど
今日は一ついつもとは違う出来事があった。携帯電話に全く覚えのないメールが届いてた。最近巷で流行ってる架空請求かなんかだと思ってそのまま消去しようとしたけど、
戦場ヶ原との話の種になればと思って、とりあえず読むことにしてみた。

【Time】20XX/11/20 19:23
【From】Apocrypha運営チーム
【Sub】当選のお知らせ

おめでとうございます。あなたは当方の運営する全く新しいオンラインゲーム、
『Apocrypha(アポクリファ)』のテスターに選ばれました。
『Apocrypha』は英霊たちを自らの僕として従え、あらゆる願いをかなえられる
『聖杯』を巡り、戦うという設定になっております。
下記に添付させていただいたURLコードから当方のサイトにごアクセスいただき、
当アプリケーション『英霊召喚プログラム』をインストールしていただくことで
『Apocrypha』をいつでもどこでもお楽しみいただけます。

それでは、あなた様のごアクセスを心よりお待ち申しております

Apocrypha運営チーム



…当選のお知らせと言われてもまずこんなものに応募した覚えはないし、運営チームと言われてもそのチームが所属する企業名がないというのは不自然だ。
目下のところこのメールに対する疑惑レベルはMAXだけど、このメールで語られている設定とやらに若干の興味を覚えたりもする自分がいる。
そこでここはひとつ、騙されたと思ってあちらさんのサイトに行って『英霊召喚プログラム』とやらをインストールしてみようじゃないか。
そして本当に騙されたとしても、それが戦場ヶ原との話の種になって、楽しませることができれば僕は満足だ。
URLコードを選択して、アクセスする。すると、ただ真っ黒な背景に赤い文字で案内が書かれているという何とも不気味な仕様が僕を出迎える。
その案内に従って『英霊召喚プログラム』をインストールする。携帯電話の画面にゲージが表示されて、時間にして大体1分前後。ダウンロードが終わった。
そこでプログラムを起動しようとしたとき、ピロロロという着信音と共に再びメールが着信した。恐る恐る差出人を確認してみると、そこには僕の初めての友人の
名前があって、要件を簡潔に説明すると会って話さないかな?というものだった。僕の大切な友人の頼みを無下に出来るわけもなく、
やや厚着をして僕は羽川の家に向かった。自転車は過去の件で2台ともおしゃかになってしまったため徒歩で行くことになるんだけどそんなことは些細な問題だった。
問題なのは…今も携帯に表示されている『英霊召喚プログラム 起動』の文字だ。その文字を見つめて僕は思う。
もしこれがまた新しい怪異の始まりなんだとしたら、今度の神様はいったいどんな試練を僕に、僕たちに課するのだろうかって。
思えばこの時、このプログラムさえ起動しなければ『こんなこと』に巻き込まれずにすんだのだろう。
ただ、それが出来ていたなら、あの時瀕死の吸血鬼を見殺しにして去っていたのなら、春休みに僕が吸血鬼になることもなく、
ゴールデンウィークに『猫』を退治することもなく、戦場ヶ原たちとも関わらないままだっただろう。だけど、僕はそうしなかった。あの時そうしなかったからこそ
今の僕があるんだ、なんていうある種の開き直りで、僕はいつもの悪癖『厄介事に自ら首を突っ込む』を発動させ、起動ボタンをクリックする。
瞬間、僕の眼前に強烈な閃光が走り、それと同時に煙(のようなもの)の渦が現れる。その煙の渦も一瞬で霧散したかと思うと、現れたのは桃色の髪をポニーテールにまとめ
長く流し、純白の衣に身を包み、手に大剣を携えた女性の姿だった。
あまりの出来事に流石の僕も呆気にとられてしまったけど、そんな僕の様子をよそに眼前に現れた女性が口を開く。

「問おう、あなたが私のマスターか?」

それが僕、阿良々木暦と彼女、セイバーが向かうことになる戦い『聖杯戦争』の幕開けだった。

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最終更新:2011年10月29日 01:08
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