75 :グアンタナモの人:2012/05/06(日) 12:48:49
※提督たちの憂鬱 支援ネタSS 凍空の猟犬
一九七二年、ノルウェー王国北部。
ラップランドの峻険な山間部に築かれたノルウェー王国国防の要、クヴィスリング空軍基地はにわかに活気付いていた。
「あれが今度、日本が輸出を解禁する戦闘機か」
「あれと比べると、うちの<ヴィッゲン>が小鳥に見えるな」
ノルウェー空軍の関係者は口々にそう言いながら、山肌を刳り貫いて造られた強固な格納庫から姿を現した二つの機体を眺める。
一九メートル半ばはあろうかという全長。全幅も一三メートルはあるだろう。
備わる双発の発動機は、それだけで鋼の身体を宙に浮かせられる強力な推力を持つ。
外側に傾いた二つの尾翼も何処か誇らしく、輸出する際に用いられた〝鷲〟の通称を否応なしに感じることができた。
大日本帝国では航空母艦の艦載機として用いられているらしいが、この機体は陸上で運用するために必要な装備を廃しており、本家以上に洗練されているという話も小耳に挟む。
なんでも、かの三菱/スホーイ 二七式戦闘機<真鶴(まなづる)>とも全距離において互角で渡り合える機体に仕上がっているらしい。
そんな前口上に期待し、遠巻きで眺める彼らの前で、鋼で出来た二機の〝鷲〟は悠々と滑走路に向かっていく。
一機は白に近い灰色を基調に、両翼や尾翼の一部が紺色で染められている。
もう一機も同じ基調だったが、こちらは片翼と尾翼の一部が赤色に塗られている。
塗装こそこうして違っていたが、どちらの尾翼にも赤い猟犬らしきイラストが描かれていた。
「それにしても、何でうちの空軍基地でPVの撮影なんてやるんだ?」
「北欧に売り込むためのデモンストレーションも兼ねてるんだろうな。実際に見せられると、確かに惚れちまいそうだぜ」
空軍関係者から見れば、間違いなく垂涎の機体であろう。
ノルウェーがこの翼を得られたのなら、その防衛を確固たるものにできる。
そんな自信すら湧き上がってきそうだった。
「倉崎/ノースロップ=ダグラス 二五式戦闘機三一型乙<戦風>……いや、<イーグル>か」
刹那、〝鷲〟が吼える。
発動機から炎の噴流が吐き出され、ぐんぐんと加速。やがては地を蹴り、雪がちらつく凍空に舞い上がった。
〝鷲〟でありながら、まるで空へと翔け上げる猟犬であるかのような錯覚を彼らは覚える。
ノルウェー空軍の関係者だけではない。
招かれていた北欧諸国の空軍関係者や、当の大日本帝国空軍の関係者すらも同様の気持ちを抱いていた。
とある一団を除いては。
(……生きているうちに実写で鬼神と片羽の出撃を拝めるとは。しかもあの空軍基地にそっくりな場所からだなんて、涙と鼻血が纏めて出そうだ)
(このPVは間違いなく永久保存版だな。撮影機、絶対に手抜かりはするなよ)
大日本帝国空軍の高官らしき老人達が、静かにガッツポーズを決める。
輸出にあたり、言葉巧みに某空軍基地に酷似しているクヴィスリング空軍基地でのデモンストレーション飛行とPV撮影を主張した彼らの努力は、ここに結実したのだった。
(終)
最終更新:2012年05月07日 23:23