137 :ぽち:2012/06/25(月) 12:36:39

はい投下させて頂きまっする

憂鬱西南戦争 第四話

「で!アンタらはいったい何考えとるんだ!」
数少ない知性派、というかモノ考える事ができるひとりである宮崎八郎は
軍議の場で机を叩きつつ咆えた・・・・・・・がその場にいるほとんどは彼が何に怒っているのか理解できないといった顔だ。

「宮崎どん、おんしゃ何をそんなに怒ってごわっど?」
彼の率いる熊本協同隊は勇敢さと、何より近代兵器の理解の深さから(薩摩隼人を除き)薩摩軍最強部隊として周囲から一目も二目も置かれていた。

「新政府軍の薩摩討伐隊はあと10日ほどでここにたどり着くんですよ!
 それなのにあなたたちはまだ熊本城囲んでのんびりやってる!
 兵の休養やら補給やら陣地構築やら考えるとあと五日で陥とさなきゃいけないんですよ!
 ここまで20日ものんびりやっておいて今更「明日から本気出す」とかいう気ですか!」
「まあまあ落ち着いてくだされ宮崎どん」
「落ちついてなどいられません!戦とは!少なくとも近代の戦とは武器の質!
 そしてなにより情報の量と質で決まるのです!
 我々はそのすべてにおいて圧倒的劣っているんだ!
 ならばせめて速度だけは上回らねば!」
「じゃっどん攻めてくるんも百姓じゃろ?冷え切った火鉢の灰より簡単に吹き飛ばせっとじゃなかか?」
「そういいながら熊本城を囲んでもう二十日になるじゃないですか!」
「焦らんでよか焦らんでよか」
「焦れよ!これは四国の新聞なんだがな!こう書いてあるぞ
 『鉄壁とも謳われる熊本城の城壁に怯えず怯まず勇猛果敢に挑む薩兵、なるほどその勇名虚名にあらず』」
「おお、格好ええのぉ」
「最後まで聞け阿呆ども!その後にこう繋がってるんだよ!『但しアラビヤの野蛮を勇名と称する事が許るされるなら』
 つまりなにもかんがえずただ突っかかっていく馬鹿の集まり、と書いてあるんだ理解したかこの馬鹿ども!」

138 :ぽち:2012/06/25(月) 12:37:53

崎八郎は野村忍介とともに夜道を歩いていた。
今日の軍議とやらも結局ただ熊本城を包囲し続け、攻め落とそうという、何も決まってないに等しいものだった。

「うわああああああん」
突如宮崎が泣き出し始める。
何事かと驚く野村に宮崎は取りすがって泣き続ける。
「あいつらもう深刻に馬鹿だよぉ あいつら全くモノ考えてないよぉ」
「そいは仕方なか」「ほへ?」
ポツリと野村のが漏らした一言に宮崎はきょとんとする。
彼は自分と同じように、いやむしろ同胞な分あの阿呆どもの無思慮に対し
深く静かに、内に秘めねばならない分より激しく憤っていたのではないのか

「今あそこにいるのは阿呆の・・・・そして時代に乗り遅れた哀れな輩の残滓なんじゃ」

「多分(一部を除いて)もう皆判っちょる 侍が侍であった時代は終わったんじゃち
 少しでも頭回るモンはなんだかんだ理由つけて今回の出兵も避けちょる
 そんな『賢い』モンは新しい時代でも生きていけっじゃろ
 じゃっどん侍でなければ生きていけん、あるいは侍であることを忘れらるるこつば出来ん連中がこの戦(ゆっさ)を始めたんじゃ
 この戦に勝てたとしても明日を昨日に出来はせんもんを・・・・・・・」

「そしてある程度くらいに頭ば回って侍以外に生きていけん連中は・・・・・この戦で死にたい思うちょる
 『戦こそ薩摩隼人の華』『戦場での死こそ誉れ』そう教えられ続けた俺らが手にするおそらく最後の戦場じゃ
 みな死ぬために戦うとうる」
「おそらく西郷どんもそいは判うちょる
 西郷どんが俺らに送ってくれた戦死の機会、薩摩隼人葬送の宴じゃ」


俺は死ぬ気はないがな、という野村と分かれた宮崎はひとり熊本協同隊の陣へと帰還した。
彼の言葉を聴いた共同隊の首脳陣は当然ながら激怒した。なぜ自分たちがあの阿呆どもの心中に付き合わねばならんのか、これでは犬死ではないか

野村は焦った。
自分の言葉が引き起こした事態ではあるが、それでもここで脱落したくはなかった。
なんとか薩摩軍と合流し紅葉していたあの頃の雰囲気に戻したかった。
「死に犬死も何もあるものか」そう言ってみたが共感も受けもとれず、場は正直しらけた。

「皆さんに死なれては困りますなぁ まして犬死など」

139 :ぽち:2012/06/25(月) 12:39:31

突如聞こえたその声に一同は警戒する。
「何者!」
「ほーっほっほっほっほ 落ち着いてくださいまし ワタクシ名を喪・・・・・・いえいえワタクシの名などどうでもよろしうございます。
 ここはあなた方に耳寄りなお話を持ってまいったのですよ」
西洋の男性が着る服、真っ黒いその服を身をまとったいかにも怪しげな男が陣幕に姿を見せた。

「ワタクシ、東京の新政府から参りまして いえいえそういきり立たずもう少しお話を聞いては頂けませんか
 新政府の目的のひとつはここにいる皆様と同じ『自由民権』なのですよ」
「なんだと!」
あつて中江兆民の『民約論』を読んで以来『自由民権』という言葉に深い思い入れのある宮崎は一瞬で激怒した。
「ですから落ち着いて下さいよぉ 皆様は『自由民権』いうのをどう考えておられますか?
 ただ単に『民が相応の権利を持つ』程度にしか考えておられないのでは?」

一同押し黙る。
何故ならその黒尽くめの男の言葉は正鵠を射抜いていたから。
「ですがそれはある意味大変危険です いえいえ『官が好き勝手出来なくなるから』などではありません。
 権利を持つというのは同時に義務と責任を持つという事でもあるのです。
 これまで260年、読み書き算盤は教わってもそういった『考えること』を教わらなかった輩がどのような阿呆に育つかは
 あなたもたった今見てきたことでしょう。
 学び己を高めず権利だけを得たものがどのように回りに迷惑をかけるのか。
 過ちや失敗を他者のせいにしただ『騙された』と叫びその失敗を己の糧にしようとしない。
 ゆえに政府は『自由民権』の前に人々を教育によって教えはぐくむ事を選んだのです」

「ずいぶんと・・・・・・・・長く苦しい道のりでしょうね」
「十年二十年、いやもっとかかるかもしれません。
 ですが我々はなさねばなりません。それが明治新政府、そしてその上にある方々のご意思なのです。
 そしてそれには時間のみならず人手も必要なのです。
 宮崎八郎とその仲間たち、二十年後に政府に腕力ではなく知恵と言葉で戦いを挑む
 人々を育て上げるためにお力を・・・・・・・・貸してくださいませんか」


その晩、熊本共同隊約200名が離脱し、明治政府に降伏した。
以後すさまじい勢いで薩摩軍から脱落、脱走が相次ぐこととなる

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最終更新:2012年07月01日 17:15