854 :ぽち:2012/07/24(火) 00:24:10

一人の、もはや老女と形容すべき女性がベランダに佇んでいた。
小さな、ブランデーグラスよりも小さなコップで水と見紛うばかりに透明な飲み物を
それこそ水のように痛飲していた。

「過ぎると体に毒、というのは全ての酒に共通ですよ、グランマ いやライラック伯爵夫人」
「ムッシュかい」


グランマの憂鬱

「何をそんなに荒れてるんです?長い時と膨大な手間をかけて練り続けた作戦がようやく成功したというのに」
「ふん、『オペレーション・モーゼ』かい フランス人であるあたしが汚らわしくも下品な英語を作戦名に使用するなんてくそったれな事をしたのも
 全てはこの作戦を成功させるためさね」
「フランス貴族28名とその関係者を日本に亡命させるという『オペレーション・モーゼ』」
 しかも自作自演のテロ行為まで起こして閉鎖したルーブルの展示品全てを日本に持ち込むという荒業まで成功させたじゃありませんか」
「何もなければ政府にあたしが持ってる全財産と人脈の全てを提供する、という代償を用意する事で何とか許可貰えたんだけどね。
 いっそそうなって欲しかったよ。
 まさかパリにカギ十字が立つ日を、しかも異国で迎える事になるなんて・・・・・・
 長生きはするモンじゃないね」

「でも、本当の目的は達成できたじゃないですか」
「ムッシュ!あんたそれをどこで・・・・・・・・・



 ああ、その通りさね
 『脱出した貴族たちの御付きの一人』に過ぎない子供をパリから脱出させあのちょび髭の目と手の届かないところに連れ出す
 それが『オペレーション・モーゼ』の本当の目的。
 でもあの子はまだ知らない
 自分が脱出行のメンバーの一人に選ばれた本当の理由・・・・・・・・自分がタンプル塔から脱出したルイ17世の正当な子孫なのだということを」
「あの子の身を抑えておけばフランスはおろかオーストリアの継承権すら主張できる  日本政府がこの計画に乗ったのもその辺が理由でしょう
 もっともそれが成るとは思ってないでしょうが」

855 :ぽち:2012/07/24(火) 00:25:48
「約20年ほどが限界だろうね  それを過ぎればもう国際的にも住民的にもロレーヌはおろか
 パリも『ドイツの一部』という認識を普通に持っちまうだろう。
 あの美しきフランス語がこの世から消滅しちまうんだ・・・・・・
 しかも何が悔しいってそういったくそったれな侵略行為を、これまであたしらフランスが普通にやってたって事なんだ
 ほんの数十年前にはベトナム、そしてこの日本も骨の髄まで食い漁るべく内乱という炎に油を注ぎ続けたんだ、あたしらは」

余談ではあるがアルザスは本来ドイツ語が母語であり教師が威張るほどフランス語が浸透してはいなかった
・・・・・・「最後の授業」なんて知ってる人少ないっぽいな


ここで再びグランマはくいっとグラスを干す。
「ふん、ねえムッシュ       あたしらフランス人は葡萄で酒を作ることに拘ってたけどアンタら日本人はコメで酒を造ってたんだねぇ
 ・・・・・・・だけど、アンタこの酒に怪しげな薬を入れたね」
「知らないですけど」
「いいや入れた   その証拠に・・・・・・・・あたしの心にドス黒いものが湧きあがってきて抑えられない」
「グランマ?」
「日本政府があたしらに提供してくれた土地、ナガオカっていったっけ?
 一時期日本の首都があった場所ってんで貴族連中はそれなりに満足してる。
 これからそれなりの土地として整えるんだろうし世界中のフランス人も集まる。
 都市として発展させるために多くの日本人が移住するだろうさ
 でも・・・・・・・ね、    おそらくあの子の子の子やらその子やら
 下手するとあの子自身が連れ合いに日本人を選ぶことになるかもしれない
 そう考えた時、あたしはなんと「汚された」って感じちまったのさ
 お笑いだろ!あたしは自分が人種差別主義者とか欠片も思ってなかった!
 ムッシュがグリシーヌに、ブルーメール家の跡取りに子を生ませた時も心の底から祝福したもんさ!!!
 なのにブルボンの血筋に日本人の血が入るって想像しただけで心底怯えた!
 黒い頭に黒い目をして黄色い肌の男か『我こそブルボン王朝の正当なる子孫なり』と高らかに宣言する夢を見て
 絶叫しながら目を覚ましちまったよ!!
 それはブルーメール家の子を相手に、と考えても同じだった
 あたしは自分がこんな卑しい人間だったなんて思いもしなかった!!!」



「グランマ、それは自分も同じです。
 立場が逆転して天皇陛下の血筋に日本人以外が入るとしたら自分も平静ではいられないでしょう
 誰だって自分が大切にしているものに他の何かが混ざると感じたら・・・・・・うろたえてしまうものですよ」

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最終更新:2012年08月02日 18:45