497 :taka:2013/02/10(日) 17:28:03


空軍司令部の置かれた街の一角に、その酒場は存在する。
【鷹の巣】という名の酒場は、戦いに身を置く男達を今日も出迎える。

哀愁を帯びた旋律がクラシックギターから紡がれる。
小さなステージにおかれた客席の椅子に座ったエルジアの義勇兵がひたむきにギターを掻き鳴らしていた。
何時もは喧噪と濁声、怒声や歓声が溢れている店内は鎮まり返り誰もが静かに酒杯を傾けていた。

曲が終わり、途端に口笛と拍手が店内の時間を取り戻す。
何処かはにかんだ様子の義勇兵にパイロット達が声をかけ肩を叩き、カウンターに座った彼に次々と酒を注いでいく。
酒を頼むと酒場の娘は少しだけ頬を赤らめた後、足早にスコッチのロックを差し出してきた。

「一回の出撃で伝説を作ったお前さんにこんな一面があっただなんてな」
「意外だと思いますか? 腕の良いパイロットは須く戦争の歯車だと思うのは幻想ではないかと」

隣の席に座り赤ら顔で酒を飲むパイロット、エリッヒ・ヒレンベランド中尉がからかう様にいう。
ただ戦闘機乗りとして戦場を駆ける事を望んだ万年中尉は、年若いパイロットに笑いながらグラスを傾けた。
シュネー隊の名で知られる彼の部隊はオーシア軍相手でも存分に活躍し、今も尚続く南部奪還作戦でその名を轟かせている。
彼が思っている以上にベルカ空軍上層部はエリッヒを評価し、教導隊へと取り立てようとしたが本人は現場に残る事を望んだ。

「そう言うな。たった一日で数回出撃し直し、撃墜及び撃破13機。エルジアのパイロットと言えばもうお前さんの代名詞だろう」

黄色の13。
黄色のカラーリングを施したエルジア軍義勇兵の駆るSu-37が、僅か一日で13機を落とした。
この義勇兵はその本名以上に異名で有名になったのだ。

「そう言って貰えると有り難いですね。置いていったアイツにも顔向けが出来る」

ステージで陽気なダンスを披露している傭兵大尉と、囃し立てているピクシーとグリューン隊の面々を見やりながら黄色の13は呟いた。
怪訝そうな顔をするエリッヒに対し、彼は女物のハンカチに包まれていた一枚の写真を見せる。
そこにはエルジア空軍の候補生の制服を着た、美少女が恥じらうような面持ちで敬礼をしていた。

「どうしても付いていくと聞かなくて。説得するのに苦労しましたよ」
「ほぅ……隅におけないな。後輩か何かか?」
「志願する前に候補生の教育に携わりましたね。その時に懐かれたんですよ」

照れ臭く黄色の13が呟いた途端、それをこっそり覗いていたパイロット達からブーイングが飛び交う。
彼らはそそくさと自分の席に戻ると、次々にショットガンを注文しグラスをテーブルに叩き付け爆発させて呷った。
リア充爆発しろ、夜の撃墜王爆発しろ、怨嗟に満ちた声があちこちから洩れる。

ダン!
カウンターの内側からも一発のショットガンが鳴る。
泡がブクブクとこぼれ落ちるショットガン・グラスを無言で差し出す酒場の娘の笑顔は、どことなく瞳に光が無かった。
途惑った様子の黄色の13からエリッヒは目を逸らす。馬に蹴られて墜とされるのはご免だと。
彼の視線の先では酔い潰れる寸前の紅い燕と、イイ笑顔で更に酒を勧める801隊の女隊長の姿があった。
彼女の面持ちは可憐な笑顔だったが、目は完全に捕食者の目だった。

近々燕は食われるな。
そんな感慨を抱きつつエリッヒはグラスに残っていたワインを飲み干した。

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最終更新:2013年02月10日 18:50