544 :taka:2013/02/14(木) 13:14:55

煤けた空気の中、遠くで戦闘機のエンジンの音が聞こえる。
だが、2人の男の居る建物の中はとても静かだった。

「成るほど……時間が取れんのも無理は無かった訳で。作戦機の被害が甚大では我々もローテーションから離れられませんからね」
「そうだ。一応、膠着はしてるが損害の比率はこちらの方が上だ。特にベルカのエース共が居る作戦区の損害はバカにならん」
「例の鬼神コンビやエルジアのエース。戦術で戦略を引っ繰り返す連中に初めてお目にかかった訳ですな」

南ベルカの旧ベルカ空軍基地。
今は進出したオーシアの航空部隊が多数駐屯している基地の片隅、破壊されたままの格納庫で2人の男が喋っていた。

「しかし、この分では持久戦になったらオーシアの負けだ」
「引き分けではなく負けと言い切りますか」

待機用の椅子に腰掛け珈琲を啜る眼鏡の男に、立ったまま喋っていた男が一枚の紙を渡す。

「見ろよ、本国の情報部に居る同志から送って貰った情報だ」
「……! これは……拙いな」

眼鏡に隠れていた目がみるみる歪む。
対して立っていた男の表情は嘲笑に歪んでいた。

「エルジアの大統領の非難声明と同時に無敵艦隊が動き出した。主要な軍港に戦闘艦を回航し始めたらしい。演習という名目はあるがな」
「エルジアがもう動くとは……」
「しかたあるまいよ。ベルカの見立てでは連中の国土にはかなりの破片が降り注ぐ。
 何時まで経ってもオーシアが停戦に動かないから痺れを切らしたんだろう。それに、下の方も見ろよ」
「……ユークトバニア海軍の領海侵犯が度重なる。偵察機が度々領海ラインぎりぎりに接近。その度にスクランブルが出撃」
「そうだ。ユークトバニアもお怒りのご様子だよ。そこには載ってないが、潜水艦の活動まで見られるらしい。
 しかも、こちらにわざわざ解るようにな」
「ははっ、ここまで酷くなるとはなぁ。この戦争を所望した連中の引きつった顔が目に浮かびますね」

眼鏡の男の顔にも嘲笑が浮かぶ。
彼らにオーシアに対する忠誠心や愛国心はない。僅かに残っていた躊躇すらこの欺瞞に満ちた戦争で吹き飛んだ。

「それで隊長。どうするんです?」
「……今は何もしない。今回の戦争前後での決起や具体的な作戦は見送ろうと思う」
「いいのですか。この戦争は我々に取っても好機であり転機だと言っていたではないですか」
「少なくともユリシーズを破壊しなければ、世界の再構築どころか人類そのものが滅びかねない。
 精々、オーシアの内部への浸透と、同志と戦力の補強に努めるとしよう。
 政界は強硬派と停戦派でてんてこ舞い。大統領と与党は野党からの突き上げを喰らいまくっている。
 財界もお目当ての資源利権が手に入ってないから株価が下がり、特需を期待していた連中の悲鳴で大合唱だ。
 ……が、その分混乱していれば我々の付け入る隙が幾らでも出来る。連中に取っては災難だが精々利用させて貰うとしよう」

立っていた男が、座っていた眼鏡の男に背を向ける。

「それに、今の我々の力でベルカの背後に居る連中には太刀打ち出来そうにない」
「……俺達を探っているっていう連中の事ですか?」
「ああ、底の見えない組織だよ。カリス・プラン、そして今回の戦争でベルカを主導してるのも間違いなく奴らだ。
 奴らが俺達の敵であるかそうでないかはまだ解らない。しかし、何となく相容れそうにない感じがするがね」
「……」
「だからこそ、今は静かに。力を蓄えよう。ユリシーズが破壊された後、世界秩序が再構築される機会が必ず訪れる。
 そうなれば奴らも表舞台に姿を現すだろう。その時に全てが決まる。
 俺達が世界を変えるか、それとも奴らが世界を変えるか。どちらかが」

そう言い終わった後、男は足音を立てず格納庫から去っていった。
眼鏡の男は視線を落とし、コップに残っていた冷めきった珈琲を飲み干し、やがて格納庫から去っていった。

こうして、人知れず、近々歴史の舞台に姿を現す筈だった組織は闇の中に身を潜める事となる。
彼らが今後、この世界の表舞台に姿を現すかどうか。

それはまだ、誰にも解らない。

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最終更新:2013年02月16日 21:26