590 :taka:2013/02/16(土) 13:55:54



「あー、畜生、畜生、畜生~~~!!!!」

その日、エース志望のパン屋の倅は、呻き声を挙げながら基地の滑走路側を歩いていた。
何人かのパイロットや整備兵達が振り返るが「ああ、またか」な顔をして去っていく。

「なんで、なんでエース(笑)なんだよ。俺だって立派なんだよ、エースになったんだよ!! それなのにあれはねーだろ!!」

エース(笑)こと、パトリック・ジェームズ・ベケット。
彼は前日、遂にエースになった。出撃回数7回目でオーシアの戦闘爆撃機を撃破し、累計五機に到達。
元の部隊が分散派遣され、超有名で今や敵が見たら逃げるとさえ言われるガルム隊の三番機として編成されてから早数日。
元の部隊での撃破数も含めて漸く彼はエースに達したのだ。少し離れた基地に居る恋人も喜んでくれたし、彼が調子に乗っても悪くは無かった筈だ。

ただ、場所が悪かっただけなのだ。
基地内のバーで誇らしげに「これで俺も一端のエースになった訳っすよね」と言ったのだ。

ガルム隊一番機であるサイファーと、二番機であるピクシー。
丁度演奏が終わりギターを手に談笑していた黄色の13、談笑相手である蒼いリボン。
グリューン隊の隊長、インディコ隊の隊長、シュネー隊の隊長、最近前線に戻ったズィルバー隊の隊長。
髭ダンスを踊っていたシュヴァルツェ隊の隊長と、最高のエンゲージとイジェクト回数を誇るΩ11。

ドヤ顔でビールのジョッキを掲げたPJが作った沈黙は、ダンスポーズで静止していたΩ11が耐えきれずステージからイジェクトした事で解除された。

何となく生温い空気と生暖かい目線に途惑っていると、ピクシーが実に生暖かい笑顔でソフトドリンクを渡してきた。

「そーだな、よかったな。お前はエース()だ」

床に転がったまま、慰めのポーズを取っていたΩ11が一番むかついたのはここだけの話である。

確かに歴戦、異常な力量を誇るエース達の前であんな事言ったのは正直恥ずかしい。
酔った勢いで口に出した黒歴史である。彼らほどのエースの前で誇るのであれば、後桁を1つ増やさねばなるまい。

「そりゃー、俺は黄色の13みたくたった一日で13機撃墜したり、メビウスみたく一回の出撃でステルス10機墜としたり出来ないさ。
 サイファーやピクシーみたくバケモノみたいに強くないし『ガルムでも三番機ならいけそうだ、やれ!』とかオーシアの連中に言われたりするけどさ……」

そこで耐えきれなくなったのか、地団駄を踏んで天を仰ぎ、PJは叫んでしまった。

「ちくしょー! 俺はエースなんだ、あの娘だって認めてくれたんだ! 今から電話して慰めて貰うぞ畜生―――!!!」

そして、ガシリと肩を掴まれ硬直した。
やばい、騒いでしまったのを巡回中の憲兵に見とがめられたか?
冷や汗を流しながら視線を天から降ろしたPJが見たものは……。

「…………えーと、デトレフ・フレイジャー……少佐、殿?」

何時もはカッチリと整えられた髪はクシャリと乱れ。
整ってはいるが神経質そうな顔立ちは幾分歪み。
眼鏡の奧の瞳はギラギラと光り、目の下には隈が浮いていた。
誇らしげに着用しているベルカ空軍の勲章は少しよれ、ネクタイもかなり曲がっていた。

だが、それはベルカ空軍が誇るエースの1人、デトレフ・フレイジャー空軍少佐だった。

少佐はガッチリとPJの両肩を掴み、凝視してくる。
何故、自分がこのような扱いを受けているのか。誇り高く規律に厳しいエリートパイロットの逆鱗に触れたのか。
どう反応すれば良いのかPJが答えあぐねていると、デトレフ、紅い燕はポツリと呟いた。

「女性に縋るのは止めなさい……女は、怖い、怖いんだ。私は、どうしたら……どうすれば」

PJの両肩から手を離し、何やらブツブツ言いながら少佐はフラフラと歩き去っていった。

呆然と見送るPJの耳に、何やらカサカサと這い回るような足音が聞こえた様な気がした。

しかし、慌てて周囲を見渡したPJの視界に、不審な陰は見当たらなかったという……。


エース(笑)こと、パトリック・ジェームズ・ベケット。
彼がこの戦争が終わるまでに名だたるエース達と肩を並べられる程に成長するのか。
無事に終戦を迎え、別の基地に居る彼女にプロポーズの言葉と花束を渡すことが出来るのか……それはまだ誰にも解らない。

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最終更新:2013年02月16日 21:36