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ネタSS「戦線膠着と反撃への序曲」


広漠たるシベリアの大地の上を凍てつく烈風が吹きすさび、粉雪が視界を覆って舞い飛ぶ。
まだ若いE.U.軍の歩哨が、ぶるりと一つ大きく震えて肩をすくめ、縮こまって顔を冷気から
遠ざけようとする。201X年、12月のノヴォシビルスク。日本語に訳すなら「新シベリア市」と
でもなるであろう名前を付けられたこの町は今、E.U.(ユーロ・ユニバース)と大清連邦との
“国境紛争”――事実上の総力戦の、最前線と化していた。


大清連邦がE.U.に突如難癖をつけ、100万を越す大軍を用いて国境を突破したのがこの年の
4月である。E.U.共同軍事演習のため現地に在ったモーデル中将の見事な防戦で進撃速度
を多少落としつつも、圧倒的な物量によってE.U.側の防衛線を押し切った清軍は、10月末
には西シベリア低地への出口に達しようとしていた。だが、そこからはE.U.側が待ちに
待っていた援軍…「冬将軍」の到来によって急激に進撃速度を落とし、11月頃から戦線は
西はノヴォシビルスク、北はヤクーツクの前面で停滞を迎えることになる。

一般的な説によると、この頃には清国の事実上の支配者と呼べる状態だった大宦官高亥に
とって、E.U.がこの期に及んでなお講和を申し入れようともしないという事態はまったくの
予想外であったとされる。確かにそう、当時のE.U.の経済状態から考えれば、減っていく己の
財布の中身を見て停戦を考えるというのが妥当なところだろう。実際、E.U.四十人委員会では
連日、継戦を訴える大統領を詰る罵声が飛び交っていた。それでもなおE.U.の方針が失地回復
から動かないのは、ひとえにこの頃ようやく委員の過半数を掌握するに至ったとされる秘密結社、
「E.U.枢軸会議」の力によるものだった。彼ら…中でも特に指導者の一人であるアドルフ・
ヒトラーは、シベリアに何があるのかは知らないまでも、『清が危険を冒して手に入れようと
するだけのナニカ』が存在するのだろうという予測に達していた。つまり、E.U.から見れば
何があっても他人に渡すわけにはいかないだろうものが。

故に枢軸会議はここで引く気などさらさら無く、敵をシベリアの冬で散々に痛めつけた上での
本格的な反攻を企図していたのである。そのために、打てる手は全て打っていた。


ふと、歩哨は顔を上げた。後方…宿営地の方角から、かすかにロシア語の合唱が聞こえてくる。

――…我らがE.U.(ユーロ・ユニバース)は、全世界を懲罰する まるで欧州の大熊の如く
子羊共はあてもなく彷徨い、我らシベリアの大熊は全く労せず狩りを行う…

それは、このところここノヴォシビルスクに篭もったE.U.軍の中でもロシア系の部隊を中心
に流行っている歌だった。作曲者も知れないその歌は、露悪的な歌詞が逆に好まれたのか、
他州部隊の一部でもわざわざロシア語を覚えて歌うものがいるほどだった。余談だが、この
名もない歌(『熊の行進』『シベリアマーチ』『ノヴォシビルスク防衛隊の歌』など、様々な
通称はあった)は増援の部隊の間でも流行した。あげく戦後退役兵が有志を募って楽譜に起こし、
オーケストラ録音を実現したという逸話があるほどで、当時の彼らがどれほど「強い祖国」に
憧れていたかを示していると言えるだろう。

歩哨は寒さを紛らわそうと、小声で歌に加わった。雪原に勇壮でどこか物悲しい、スラブ調
の旋律が流れてゆく。

“…我らの兄弟には――良き運命が待つ 我が国の惜しみの無さに、並ぶものはない
世界の民よ、お前達を灰に変えるなど造作もない 世界に冠たるこの強国から、恭しき
一礼を捧げよう…”

尚、後にこの歌を聴いたヒトラーは某グルジアの髭親父の顔が眼前にちらついたか少々不機嫌
になったが、同時にこの歌詞の内容を好むような者が一定数いるのならば、自分達による政権奪取
は可能であるとの確信を抱くに至る。そしてこの歌の存在を知った夢幻会は血相を変えて作詞・
作曲者を探し回ったが、既にこの歌を最初に歌っていたとされる部隊は反攻作戦時に全滅して
おり、彼らの努力は徒労に終わったのだった。

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   *   *


大清連邦首都、哈爾浜。

高亥は豪奢な執務室をいらいらと歩き回っていた。E.U.はいつになっても講和を打診してくる
様子すらない。

(まったく、E.U.の白人どもは揃いも揃って算盤勘定もできぬ阿呆ばかりか…誤算であったの)

戦争序盤で圧倒的な活躍を見せた100万の大軍も、シベリアの冬を前にしてはその数それ自体が
足枷となる。講和がならない以上常に一定数の部隊を前線に貼り付けておかねばならない。
必定送るべき補給物資は膨大なものとなり、それに寒気が追い打ちをかける。当分はまだ戦後
に得られるであろうサクラダイトでカバーできる程度のコストで収まってくれるだろうが、それ
にも限度というものがあった。

(阿呆と言えば、曹も大概よの。確かにゲームのようなものとはいえ、ちと軽く考えすぎじゃ…
ゲーム機を動かす電池の残量も気にしてくれねば困るわ)

元々自分が軍事に疎いことを理解していた高亥は、実際の指揮を曹将軍に任せていた。それ
自体は間違った選択ではなかっただろうが、ほぼ丸投げにしたのがまずかった。結果として
「敵軍事力の撃滅」にこだわりすぎた曹はE.U.軍を深追いさせすぎ、清軍は線路を破壊しつつ
シベリア鉄道沿いに奥地へ撤退していく敵軍を追いかけ、西シベリアに入り込むことになる。
もちろんそれだけなら軍を後退させ、本当に必要な部分だけに再配置すればよいのだが…

(そうじゃ、奴らさえおらねば…)

不快な事情を思い出して高亥が苦虫を噛み潰したとき、間の悪いことに侍従が控えめに部屋
の戸を叩き、「他の大宦官様方より、高亥様にお会いしたいとのことでございます」と伝えて
きた。素っ気無く「今忙しいとでも伝えて帰らせよ」と言い捨て、侍従を追い出す。荒っぽく
扉を閉めると、むらむらと怒りが腹の底から沸き起こってきた。

「おのれ…自分らは働きもせぬくせに一人前に口だけは出してきおって!」

腹立ち紛れに壁に掛かっていた飾り太刀を引っつかみ、抜き打ちに執務机の上にあった大きな
花瓶を叩き斬る。それでも飽き足らず、今度は反対側の壁の絵画へと袈裟懸けに斬りつけた。
油絵を半ば両断して壁に埋まった剣から視線を放し、高亥はぜいぜいと息を切らしながら冥い
怒りに沈んだ。

(…もう我慢などするものか。この戦が終わり次第、完全に決着を付けてくれる。あのような
“汚物”は、さっさと“消毒”してしまうのが一番よい)

――そう、伸びきった補給線の整理を妨げ、過剰に膨大な費用を軍に浪費させている元凶
こそ、高亥以外の大宦官たちだった。最初は無意味に見えたシベリア侵攻に難色を示した
彼らだったが、事が意外と簡単に進むにつれ徐々に興味を持つようになった。そして何も
考えずに曹将軍を煽って敵を深追いさせたばかりか、高亥が伸びすぎた戦線を整理させようと
すれば「せっかく得た土地を手放すなどとんでもない!」と騒いで邪魔をする。実質一人で
この大清連邦を切り盛りしているという自負がある高亥からすれば、物事を真面目に考えて
いるのかすら怪しい他の大宦官たちなど軽蔑の対象でしかない。その軽蔑の対象に自分の
行動を阻害されているという事実が、更に彼を苛立たせていた。

高亥の悲劇は、一つには優秀な参謀を得られず孤軍奮闘を強いられたことだろう。実質的な
副官、あるいは側近として曹将軍がいたものの、これは彼にとってほとんどただの「手駒」
の域を出ず、彼は何をするにもほぼ己一人の頭脳に頼らざるを得なかった。彼が真に己の
「右腕」と呼べる腹心を得られなかったことは、後々まで影響を残すことになる。

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   *   *


スイス某所の山荘では、十数名の白人たちが祝杯を挙げていた。

「それでは、我らがポルシェ博士のKMF完成を祝して――!」

「「乾杯(プロージット)!!」」

そう、偶然状態が良好なままで鹵獲したジェンシーを徹底解析するなどの努力が実って、
ついにポルシェ博士のチームが開発中だったKMFの機動試験が成功したのだ。工場での
ロールアウトはまだ先だが、春頃に予定されている大反攻までにはどうにか一定の数を
揃えることが出来そうだった。

このとき完成したKMF…制式名称として、Mk6「シュトゥルムフント」の名が与えられた
機体のコンセプトは、日本風に言うなら「早い、安い、うまい」であった。要するに、
製造と運用にカネのかかるアレクサンダやオルレアンを「ハイ」として、この機体には
「ロー」の役割を担わせようとしたのだ。

この要求にポルシェ博士は、革新的な動力システムで応えた。と言ってもまさかここで
“複雑”な機構を使うほど彼も馬鹿ではない。彼は、ユグドラシルドライブにおいて
コアルミナスを浮かせておく溶液を改良したのだった。彼の発明した仮称「P液」は従来
用いられてきた液体に数倍する発電効率を生み出すものであり、このため動力ユニットは
在来機に比べて小型化、軽量化されている。P液はその特性上慎重な扱いが求められるとは
いえ、量産は安価かつ容易。さらに機体の様々な部分を簡略化(例として、簡易化され悪路
走破性が落とされたランドスピナーがある)、デザインも量産性を重視した無骨なものとし、
ひたすら低価格に抑えている。

武装に関しては手持ち武器としてアサルトライフル(銃剣着用可)、ロケットランチャー、
機体装備として対人機銃、スラッシュハーケンなどを持ち、ガン・ルゥの火力を上回っている
とされる。

ただし、問題もあった。P液は揮発性・引火性が非常に高いのだ。加えてコストと機動性を
優先して装甲をほぼ「無いよりマシ」というレベルに抑えたので、「シュトゥルムフント」
は被弾すれば即引火爆発し、イギリス州兵に「ワンショット・ライター」と皮肉られるような
代物になっていた。

もっとも「シュトゥルムフント」は最終的に当初の目標の一つである「ガン・ルゥを機動力、
攻撃力で圧倒する」という点に関してはほぼ達成していたため、欠点を押して強引に前線に
投入されることとなる。

蛇足ながら、この機体の概要を掴んだ夢幻会では、あるメンバーが「…これ、なんて○トムズ?」
というボヤキをもらし、他のメンバーも「被弾一発で爆発とかブラック過ぎにも程があるだろjk」
「なるほど、ファシストだけにブラック兵器か」「誰がうまいこと言えと(ry」と呆れ果てて
いた。


再び宴席。そういえば、とムッソリーニがヒトラーに尋ねる。

「お宅の宣伝大臣が見当たらないようだが、今日は来ていないのかな?」

「ああ、ヨーゼフなら今日は“党”の集会の打ち合わせで来られないそうだ」

「なるほどね…もったいないことをする」

得心しつつも、勤勉を絵に描いたようなゲッベルスの行動にムッソリーニは少々呆れ顔になった。
一応友人の部下たちを高く評価はしているのだが、彼としてはたまにはもう少し休んでもよい
のではと思うことが多々あるのだ。せっかくのパーティーなのだから。

E.U.枢軸会議は秘密結社ではあるものの、全員が黒幕に徹しているわけではない。例えばポルシェ
博士はE.U.政府関係の研究所に所属しているし、多くの軍人は正規のルートで軍務についている。
そして、ゲッベルスはというと「E.U.共和主義労働者党」を率いて、E.U.を構成する各州での
宣伝・啓蒙活動に励んでいた。

この「E.U.共和主義労働者党」というのは、枢軸会議がE.U.乗っ取りの布石として用意した、
一種の傀儡政党である。E.U.は各州の自立性が高く、連邦というよりは多国間同盟の趣が濃い。
つまり、中央政府を掌握したぐらいで強引な行動に及べば、各州が離反して逆にE.U.そのもの
が瓦解してしまう可能性が高いのだ。故に、枢軸会議としては党の足場が固まるのを待って
表に登場し、正々堂々と選挙によって政権を手にするつもりだった。そう、かつて「第三帝国
世界」でヒトラーがNSDAPを率いて合法的にヴァイマル共和国を手に入れた、その過程を再現
しようというわけだ。

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ヒトラーやムッソリーニがこの時点で直接表に出なかった理由はただ一つ、“夢幻会”の存在を
危惧したためである。自分たちがE.U.を乗っ取ろうとしていることが彼らに知れれば、どんな
手段を用いて妨害してくるかわからない…という彼らの恐怖は半ば以上被害妄想的ではあったが、
少なくとも彼らから見ればそれなりの説得力があった。なにしろ、相手はあの「突然変異」の
日本人なのだ。慎重の上にも慎重を期すべき相手だった。

そしてこの当時のゲッベルスは、E.U.各地を回って「黄色い盗賊への報復」を訴え、民意を戦争
へと煽っていた。さまざまな手段、手法を駆使して大衆を酔わせ、清への敵愾心を煽るその手腕は
世界を変えてもいささかも衰えておらず、E.U.の世論は右肩上がりで「継戦賛成」の割合を増加
させていた。E.U.大統領らが非難されつつも継戦を固持できたのも、この事実が背景にあったため、
講和派の非難の矛先が鈍っていたという側面がある。

そして、財政問題に「戦後賠償」という魔法の言葉で目をつぶり、E.U.は膨大な費用を費やして
着々と反攻準備を進めていく。反撃に向けて、E.U.という大釜の圧力は徐々に高まりつつあった。



続く。

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最終更新:2013年03月10日 13:18