625 :グアンタナモの人:2013/02/16(土) 21:56:03
○とある整備兵の日記 その3
:1995/4/24
今日は宴会だった。
どいつもこいつも気持ちよさそうに酒を呷り、調子付いた奴は下戸の俺にまで酒を飲ませようとしてきやがった。
浮かれるのは解るし、俺だって浮かれていた。
だがそうだからと言って、ビール一杯で吐くような人間に飲ませようとしないでくれ。フリではなく。
さて、何故こうまで皆が浮かれているのかを記したいと思う。
まず結論から言ってしまえば、ベルカの大反攻作戦が成功したのだ。
今から一週間前、南部戦線におけるベルカ軍の総反攻、ノルトヴィント作戦が発動。
五大湖周辺、及び以西の占領地を回復すべく、集結していたベルカ連邦軍とディレクタス条約機構軍が一斉に動いた。
俺達はこれまでの鬱憤を晴らすかのように、南部戦線のオーシア軍へと殴りかかったのだ。
オーシア軍は作戦名のせいなのか、この作戦を北部戦線のおける反攻と誤認。
そちらに主要な戦力を動かしていたため、南部戦線の戦力はがら空きとは言わないまでも、今までの基準からすればスカスカだったらしい。
そして作戦開始当時、俺が居たティオンビル基地はその大反攻における主要任務部隊が集結していた。
あまりに大規模な部隊を動かすと察知されると踏んだのか、集結した戦力は数だけで言えば、控えめと言えるものであろう。
しかしその代わり、各戦線から腕利きのエースを掻き集めたらしく、当時のティオンビルの内情は凄まじいものだった。
ツバメにフクロウ、藍の騎士にペリカン。さらに我らがゲルプと、リボン付き。
これだけでも相当お腹が一杯になるが、これに加えてガルムに黄色の13、ハゲタカまでも引っ張ってきたのだ。
もしも情報が漏れていたら、オーシアの連中は形振り構わずティオンビルに核弾頭をぶち込んでいたことだろう。
勿論、俺達整備員はそんな凄まじいメンツが全力を出せるよう、死ぬ気で頑張った。
しかも開戦以来初となる一大反攻。これで燃えないような奴はきっと(検閲)が無いに違いない。
その結果どうなったかは既に書いたはずだが、気分が良いのでもう一回書いておこう。
ノルトヴィント作戦は成功し、ベルカは南部戦線における失地を完全に回復!
オーシアを国境線の向こうへと叩き出してやった!
ざまあみろ、腐れオーシアめ!
見たか、俺達のベルカ魂を……
(まだ続きを書こうとしていたようだが、どうやらここで眠ってしまったらしい)
:1995/4/27
俺は奪還された懐かしのクラード基地に戻ってきた。
ティオンビルも悪い基地ではなかったし、たくさんの知り合いもできた。
だがそれでも、やはりここが俺の居場所らしい。
なんというか、とてもしっくりくるのだ。
またここから逃げ出す羽目になることは無いように願いたい。
ところで居場所といえば、一縷の望みをかけて自室があった兵舎に行ってみた。
もしかしたら前の日記帳が残っているかもしれないと思ったのだ。
だが案の定というべきか、自室があった兵舎は爆撃のせいで跡形もなく焼け落ちていた。
流石に日記帳の発見は絶望的だったので、この日記帳の使用を続行することにした。
尤も仮に見つかっていたとしても、既にここまで濃密に記された日記帳を止め、前の日記帳で書き始めたかは微妙だが。
:1994/4/28
比較的被害が軽微だった滑走路と格納庫が復旧が完了したので、クラード基地に戦闘機部隊が二つほどが前進してきた。
機種はベルクト。
何処の部隊だろうと近づいてみたら思わず、うわぁ、という気分になった。
前進してきたのは、グラーバク隊とオヴニル隊だった。
どちらもかなり有名なエース部隊である。一部ではガルムや赤い燕よりも有名かもしれない。
何故かは機首に施された塗装を見てくれば、すぐにでも理解できるだろう。
伝統あるベルカ空軍の所業とは思えないが、腕は良いので上は目を瞑っているらしい。
とりあえず整備をする際には、あの美少女のイラストに傷をつけないようにせねば。
(続)
最終更新:2013年04月07日 10:27