148 :yukikaze:2013/11/16(土) 16:06:45

ひゅうが氏のと比べると、思いっきり駄文であるのが痛感されるが、
恥を忍んで投下。衆愚政治って本当に怖いよねえ・・・

1940年のアメリカ大統領選挙は、ロング率いるアメリカ共産党の圧勝で終わった。
選挙中、ロングは「強いアメリカ」「誰もが王様」をスローガンに、所得再分配の強化と軍事力再建により、かつてのアメリカの栄光を取り戻すことを公約として掲げ、それが既存政党に絶望していた失業者達に大いにウケることになった。
選挙勝利後、ロングは「YES WE CAN」という、選挙中彼が決め台詞とした言葉を高らかに謳い上げ、大統領支持率も8割を超えるという結果を残した。

もっとも、こうしたロングの態度は、世界中の各国から疑惑と不信で見られることになる。
かつてロシアの地で、ボルシェビキがクーデターを起こそうとし、後一歩で成功する事件が起きたが(事件そのものは、政府首班のケレンスキーが、ペテルブルグ近郊に駐屯していた日英連合軍に鎮圧を依頼したことで失敗した)、こうしたことから、共産党政権が、好戦的で且つクーデターを起こすのも辞さないテロリスト集団と見られたからであった。
更に言えば、ロングの「強いアメリカ」路線が、アメリカの侵略的傾向の復活と見られても仕方のないものであり、夢幻会のある者は「あのバカは次元を超えてもバカのままなのか」
と、多いに嘆くことになる。

そんな周囲の不信とは無関係に、ロングはこれまでの均衡財政路線を完璧に捨て去り、積極的財政へと舵を転換していく。
赤字国債を大量に発行することで財源を確保すると共に、閉店休業状態であった造船業には、軍艦の新規建造計画を、各地の工場には、前年に勃発した第二次大戦を奇貨として、連合・枢軸双方に売りつける為の様々な物資の製造を命令することで、経済の活性化を作り上げていった。
また、近年進出してきた日系企業に対して、「アメリカ国民に受け入れられるために」という名のもとに、公共事業に対する予算を供出するよう義務付け、拒否した企業は問答無用で追い出すことまでし、日本との関係は急激に悪化することになる。
(もっとも、アメリカ国民の多くは、これまで日本に良いようにやられていたからか、「ロングは俺達の思いを代弁してくれた」と、大いに喜び彼の政策に諸手を挙げて賛同している)

こうしたロングの行動に、議会は苦々しい思いを抱いていたのだが、何しろ大統領選挙で両党とも惨敗を喫し、下手にロングに批判の声を上げると「抵抗勢力」のレッテルを共産党系機関誌やラジオから貼られ連日連夜批判のオンパレードを浴びるのである。しかも大衆の賛同付で。
1942年の中間選挙で、ロング政権による経済状況の向上により、上院・下院の多数が共産党に占められた時、アメリカ議会は完全に形骸化を迎えることになる。

そしてこれこそが、アメリカ合衆国崩壊を決定づけたと見なされることになった。
 

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最終更新:2014年01月20日 21:18