178 :ひゅうが:2013/11/19(火) 20:45:17

ネタ――大陸日本の日露戦争 【外伝】「未来―あるトルコ人の視点から―」

――西暦1905年3月15日 満州平野北部 哈爾浜(ハルビン)【会戦3日後】

3月。
故郷のアナトリアでは花のつぼみが開き、杏の花の良い香りが漂い始め、アーモンドの花の涼やかな香りと競い始めるころだ。
だが、このユーラシアの北辺では話は違う。
海から1000キロ以上も内陸に入ったこの大地では、白と黒こそがこの季節を支配する。
「なるほど、ロシア人が海にあこがれるのもわかるな…」
イスラム教徒らしく口に髭を蓄えた男性は、どこか「彼ら」と似ており、しかし似ていない人々がロシア人を油断なく警戒しながらスープを配っている様子を見ながらそう呟いた。

「こんなところにいたのですか。大佐。」
「ケマル。もういいのか?」
「はい。われら義勇トルコ中隊、欠員はありません。みんな大小の傷はありますが意気軒昂ですよ。」
そうか。と、オスマン=トルコ帝国陸軍 日本駐在武官アリー・セルジューク中佐はうれしそうにつぶやいた。
彼と、彼の部下である人懐っこい少佐は、おそらくは史上最大となる大会戦に参加し、そして生き残っていた。
彼らの部下も同様である。

それはある意味で奇跡のようなことだった。
つい数日前まで彼らが行っていたのはそれほどの激戦だったからだ。とりわけ、彼らの兵科である騎兵は損耗の可能性がこの数年で飛躍的に増大していた。
事実、音に聞こえたコサック騎兵は彼らとともに戦ったジェネラル・アキヤマの率いる日本騎兵だけでなく無粋な機械仕掛けの弾丸投射機「機関銃」の攻撃を受けて軍事的に言って殲滅寸前にまでいってる。
そんな中で彼らが生き残れたのは、ひとえに運と、それ以上に日本側の配慮によるところが大きい。
彼らトルコ騎兵は、秋山将軍の天幕のすぐそばに控えており、あの「最前線への中央突撃と背面展開」というカンネーの戦いのような騎兵の花道にあっても先鋒よりは安全であったのだ。
ただしそれだけで彼らが勝利の配当にあずかる資格がないというわけではない。
秋山将軍は指揮官陣頭という言葉を実践する男であり、彼らはまるで王を守る老親衛隊のように彼を守りつつコウシュウ(甲州)やヒタカミ(日高見)といった音に聞こえた日本騎兵の最精鋭たちとともにロシア軍の眼前を数十キロも旋回してのけたのだ。
数度ならず、秋山将軍の盾とさえなっている。
そのためか、すでに彼ら義勇トルコ中隊――多分に政治的な駆け引きの結果ついた名前だったが――は日本騎兵部隊やマンチュリア・フォース(満州総軍)の人々と戦友の絆で結ばれているといってもよかった。


180 :ひゅうが:2013/11/19(火) 20:45:52

「勝った、のですね。」
しみじみと、ムスタファ少佐が言った。
「ああ。勝った。それもあのコサック騎兵軍団や、ロシア軍150万を相手に。」
「大勝利ですね。」
「ああ。世界の歴史に残る大勝利だ。――有色人種が、白人に完全勝利したのだ。」
二人は、秋山将軍が手ずからいれてくれたオニオングラタンスープが入ったカップを口に運んだ。
目の前で日本軍の監視のもと天幕を張る作業中の大量のロシア人捕虜たちは、乾燥粉から戻したコーンポタージュであるからこれは勝者の配当というやつだろうか、とアリーは思う。

――アリー・セルジュークが日本という国と出会ったのは、も20年以上も昔のこと。
父が乗艦していた巡洋艦が、日本近海で遭難したというある種の悲劇がきっかけだった。
その出来事をきっかけとして日本とトルコは国交を樹立し、また対等の条約を結んだ初の列強となった。
以来、数奇な縁で自分はここにいる。
そして、歴史的な瞬間に立ち会った。
日露の開戦。誰もが日本敗北を予想する中、日本は勝った。少なくとも今、勝ちつつある。
欧州から根こそぎといった具合で動員されたロシアの150万の大軍を包囲殲滅した。
海ではまだ大艦隊が日本本土に迫りつつあるが、負けるとはアリーには思えなかった。
理由は様々あるが、一番の理由は、カンだ。
少なくとも、ロシア人の方が日本人より圧倒的に強いとは思えないのだ。

「なんだ。つまりその程度の差か。」
アリーは微笑した。
大佐?とムスタファが首を傾げるところに、アリーは自分が気付いた事実を彼に説明してやることにした。
その程度の差――日本人は、自分たちが白人に絶対的に劣るとは微塵も思わなかった。
言ってしまえばそれだけだが、とても大きな事実だ。
「なら、我々も勝てるでしょうか。」
ムスタファ言った。
「勝てるさ。ただし、そう信じて努力したのなら。そうしてはじめて、勝利の女神はほほ笑む。」
「閣下。」
ムスタファ少佐が苦笑しながら天をさす。
分かっているさ。だが神はそこまで狭量ではあらせられないはずだ。と彼は冒涜的に笑って見せた。むろん、次回の礼拝で主に詫びるつもりだが。


182 :ひゅうが:2013/11/19(火) 20:46:40

「だが――そのただひとつのことが、遠いな。」
アリーの言葉にムスタファも無言で頷く。
そう。あまりにも遠い。
愛する祖国、トルコでは自国を信じるとはいってもそれははるかな過去に過ぎ去った栄光に立脚してのこと。
ただ己を、己だけを、その魂を信じて自らを鍛え上げることが、できない。
鍛え上げなければ力は強くならない。
国を鍛えなければ――あれだけの鉄量、あれだけの火力、あれだけの兵を精強に保ち、かつ政治に完全に統率させることはできないのだ。

アリーは、この数日間ロシア軍の前に降り注いだまるで審判の日のようなとキリスト教徒がたとえるであろう巨大な鉄の暴風を思い浮かべた。

自国はあれに耐えられるか?
否だ。

ならばあれを作り出すことができるか?
残念ながら否だ。

日本人が恵まれている?
わが国はつい200年ほど前まで欧州そのもの以上の国力を持った超大国であったのだ。
それがなぜ今、できない?
それを考えた時、アリーは焦りのようなものを感じた。
「今の我々には、無理?なぜ?」
アリーはしばし考え、そして決意した。
「ケマル。」
「はい、大佐。」
「変えるぞ。」
「はい、大佐!!」
しかし変わらなかったときは?――変えるのみだ。それこそが、トルコを担った者の責務。
我々は過去と現在のみに責任を持つわけではない。
未来にこそ、責任を持つべきなのだ。トルコのために!
そして未来に責任を持たない者は、過去へ立ち去るべきなのだ――!

アリー・セルジューク大佐は、立ち上がった。
その姿は、彼の家に飾られている先祖の、「壮麗なる皇帝(スレイマン)」の騎馬の横で立ち上がる同名の先祖の姿を描いた画によく似ていた――


183 :ひゅうが:2013/11/19(火) 20:48:22

【あとがき】――というわけで、粗品でありますが投下であります。
ルルブ氏の「あるトルコ人の物語」よりキャラをお借りいたしました。
彼に、もう一歩を踏み出す切欠があればと思い、火力戦のただ中に送り込んでみた、それだけのお話であります。
問題がありますようであれば削除を要請いたします。

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最終更新:2014年01月31日 21:47