46 :わかる?の人:2014/05/13(火) 01:00:07
【ネタ】お狐様、東京へ行く 第二話 文明開化との遭遇

ざん。ざん。ざんっ。
マタギや木こりがその音を耳にしたら、あやかしの類いとみて怯えて物陰に隠れたであろう。
木々がしなる音とともに枝と枝を渡るその影は、猿か、天狗か。はたまた忍びか。
しかし木漏れ日の中、輝く光を顕すその影は、それらのいずれでもない事を示していた。
神社の者どもに追いかけられると面倒だ、と考えて道をたどらず、あえて山々を突っ切るその人影。
金瞳白金髪わがまま巫女姿のお狐様である。
唇の端を楽しげにつり上げながら軽々とした風情で飛び回るその姿。
現実的に考えれば、緑をかき分けるその課程で衣装のあちこちにかぎ裂きが出来るものだろう。
しかし仮にもこの豐葦原中国に現し身として在り続ける準神霊が変化したのであるからして、並大抵の木々程度でその衣装が傷つくことなどあるはずもないのだった。
まあそれはそれとして、木々を渡るさなか、胸元で激しくぽよんぽよんと撥ねまくるその我が儘な二つの果実の有様は、目にしたものがいるとすれば、かなり目に毒――と感じる以前に『痛くないのか?』と心配するほどだったが。
「うむ。じゅうぶん離れた。そろそろゆるりとゆこうか……おうっ?」
山野を幾度と超えたところだろうか。
深林の濃い方向に混じるようにして風上側から漂ってきた妙な匂いを感じて、反射的に巨木の大枝に手を絡め、足を止めた。
それを受けて、巨木がぎしり、としなった。
これは、鉄のにおい。炭が燃えた時のにおい。
それも木炭(きずみ)ではない。石炭(いしずみ)か。
「ふむ。ふむ。ふむう」
すんすんと鼻を鳴らす。
彼女としても少しぶりの剣呑な『におい』ではあるが、しかしかつてと違い血や火薬のそれは感じなかった。
それに、ひとのにおいもあったとはいえ、それが特段に濃いわけでもない。
「いくさ、というわけでもなさそうじゃなあ…なんじゃろう?」
緑深いこの場所では、視界でその正体を探るなどできようもない。
首を傾げながらも、ひょいっと地面に降り立ち、すこし警戒気味に木々をかき分けつつ進む。
この姿故に力の大部分はつかえぬとはいえ、それでも彼女の鼻の鋭さはその本性によるものであったから、匂いのもとは遠き先のこと。
それでいて警戒を怠らぬその姿は、まさしく人のなりをした狐であった。
「まあ、分からぬのなら仕方なし。ならば見てみるほかはなし。剣呑な気配は感じぬし、まあ面倒は起きぬじゃろう」
ひょいひょいと木々や茂みをすり抜けるようにして足早に進む。
突然、緑が途切れた。
「道…か…のう?」
緑を切り裂くようにしてあったのは、二つの道。
一つは人馬に向いた半ば土面が現れた砂利道で、もう一つは前者よりいささか高めに盛られた土手の上にあった。
赤茶けたかなり荒い砂利が敷き詰められた道とでも表現すべきだろうか。さらにその上に規則正しく並べられた木板、そしてさらにその上に乗っている――太い鉄の棒。
それらすべては、視界の聞く限り、道なりに沿って並んでいた。
「なんじゃ?匂いからして間違いないが、鉄の棒をなぜこんなところに並べておる?昨今のものは、よく分からぬ事をするものよのう…」
刀や鎧、あるいは砲にすればどれほどのものになるだろうか。もしこれが、この街道全てに敷き詰められているとしたら、一軍を武装して余りあるほどの鉄があるに違いない。

47 :わかる?の人:2014/05/13(火) 01:00:43
ブウォォォォォォ……
遠くから響く、なにかが吼えるような音に、びくん、と背筋が伸びた。
「なんじゃ、この音は?」
首を傾げるが、彼女の旧き智にもこのような音を立てるものの記憶はない。
うむむ、と唸りつつ、気配を消し木立に姿を隠す。
音とともに感じる地響きに、眉をしかめた。
「これほどの音を蹴立てるとは、何者であろう?あやかしであればなかなかの大妖であろうが…ふむぅ」
この国にいるほとんどのあやかしなら軽く一蹴できる身の上であるが、今の段階で目立てば、神社に連れ戻されるやもしれぬ。
それは面白くない。
何せ、思いついて旅に出たのには、いささか退屈になったからだ。
まだ山野を突っ切っただけで、今の世を楽しんでもいないのだ。
扶桑のますらおたちが奮戦した異国でのおおいくさは終わったという話だから、あの地にてつとめを果たし続ける必要もしばらくはなかろうし。
と。
しばしの物思いにふけっていたところ、異変があった。
がしゅ、がしゅ、がしゅ、がしゅ。
重い音が響いてきた。
どうも風下の方から来るのであるから、においはわからぬ。
木々の向こうでは、ふんわりとした黒煙が空に流れており、そしてそれを発するものがどんどんとこちらに近づいていた。
さて、なんであろうか。
自然に口角がつり上がった。
本質的にきつねであるこの身は、好奇心に突き動かされやすい。
奥羽に下って幾星霜。
近隣の里を人知れず見回り、見知らぬあやかしの出入りがないか確めつつ、ついでに田畑をためつすがめつ見ながら五穀豊穣の祈願をし、不帰の旅に旅だった御霊を見送り、産まれた赤子に言祝ぎをやりと、人間で言えば庭の手入れをするような道楽に、ずうっといそしんでいた。
それは心穏やかな日々であったが、さして変わらぬ毎日に退屈がたまっていたのも確か。
だからこそ、このときが楽しい。
「ふぉぉぉぉ!?」
それが現れた。
思わず、驚きの声が漏れる。
しかしその声は、そのものが立てる轟音の前には囁き声もおなじで。
くろがね、としかいいようのない塊が、鉄の路の上を走って現れた。
頭頂部の突起からは途切れることのない黒煙を吐き出し続けており、そのままの勢いで鉄路を突進していく。
どんな牛車や馬車でもこれほどとは、と思える重々しい鉄の車輪が力強く回りつづける。
あれを見れば、朧車や輪入道でも大慌てで逃げ出すに違いない!
それが、重々しく、だが力強く、速く、通り過ぎる。
それの後ろには、馬車を細長くした様な箱が同じように連なっていた。
「ぉぉぉ……お、おどろいた!これは驚いたぞ!」
いつしか現れていた九条の尻尾がぴんっとこわばっており。
そのすべてが、もふんと毛を逆立てていた。
ここまで驚き尽くしたことは、どれほどぶりであろうか。
しかし、分かる。
あれは、あやかしでもなんでもない。
彼女が愛すべきひとが為した業なのだと。
その証拠に、あれも、それに続く馬車のようなものにも、人の姿があった。
「くふ。くふふふふ…」
楽しそうにほくそ笑む。
ひとが、彼女らやあやかしの思惑を越えて偉業を為すことは、かつても少なからずあった。
だがしかし、これは、かなり予想外だ。
だからこそ、爽やかに、楽しげに、感慨深げに、断言した。
「いまのよは、おもしろいのう!」

つづく。

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最終更新:2014年05月18日 22:25