983 :yukikaze:2013/12/06(金) 22:53:38

されば諸卿ら。英国戦艦史終幕でございます。

『クイーン・ヴィクトリア』
それはまさに英国の誇りの具現化というべき代物であった。
18インチ砲連装4基を備え、防御こそ対16インチ防御だが、30ノットで大洋を疾駆する巨大戦艦の姿は、海洋帝国の新たなる女王として君臨するにふさわしい存在であった。帝国の最盛期を築いた女王の名を冠せられたのも当然と言えた。

だが、本艦が活躍するにはいささか時機を逸していたのも事実である。
何故ならば、1940年5月、ドイツの度重なる膨張政策に遂に英仏は最後通告をだしドイツはそれに対して宣戦を布告。ここに第二次大戦が勃発したのである。
ユトランド沖海戦の大敗によりドイツ海軍の艦隊整備計画が通商破壊戦に特化したものとなりその分の予算が陸軍と空軍に回された結果、史実よりも強力になったドイツ陸空軍は、これ以降幾度となく日英連合軍を苦しめることになる。
事実、英国海軍は、1941年6月に起きたマルタ沖海戦で、地中海戦線を守り抜いていた第二機動艦隊を、ドイツ空軍の波状攻撃によって失う事態に直面し、一時は稼働空母がインヴィンシブルのみという最悪の事態にまで追い込まれることになる。

こうした事態に、イギリス海軍はアーク・ロイヤル級の更なる建造促進を図ると共に、建造途中のヴィクトリア級の内、建造が進んでいたヴィクトリアを除く3艦を、大型装甲空母に改装することを決定する。
実の所、戦艦を空母に改装するよりも、1から空母を建造する方が効率化という点ではいいのだが、アメリカ合衆国のロング大統領が敵対的な行動をするお蔭で、自艦隊主力をなかなか引き抜けない日本海軍の状況を見れば、1刻も早く新型空母を手に入れようと考えるのは無理もない事であろう。
もっとも、後にアルビオン級装甲空母と呼ばれるこの3姉妹が、改装に改装を重ねた末、1980年代まで立派に現役を務めあげたのをみれば、彼らの判断もあながち間違っていたとは言えないが。

こうして空母と護衛艦部隊の建造に全力を尽くす煽りを受けて、ヴィクトリアの建造ペースは、これまでとはうって変わって、かなり遅いものになってしまい、艦隊に配備されたのは1944年8月と、実に5年以上もかかることになってしまった。
アルビオン級が1944年半ばまでに何とか就役し、工事を継続しながらも大陸反攻作戦に参加したのと比べると、本級の存在意義が疑われるのも無理はない事であった。

本艦にとっての最大のハイライトは、1945年3月23日。ナチスドイツがまさに独裁を決定づけた日に、ドイツの降伏文書を調印する場所になった事であろう。
軍事的な価値は衰えたとはいえ、今なお戦艦に幻想が抱かれていたことを最大限に発揮した、英国の演出面での勝利であったと言えるであろう。
これ以後、本艦は共産アメリカへのプレゼンス効果を示すために、カナダへと移動し、以降、同地にて睨みを利かせることになる。
本艦は、1972年に退役をすることになるが、英国はこの英国最後の戦艦の役割を正しく理解し、記念艦として今なお威容を我々の前に示し続けている。

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最終更新:2014年05月22日 21:36