806 :ひゅうが:2013/12/30(月) 01:38:30


大陸日本ネタSS――戦間期の大陸日本 外伝「日本訪問」


――西暦1922年5月5日 大日本帝国 帝都東京

「美しい…」

大英帝国特命全権大使 サー・ウィンストン・マールヴァラ・チャーチルは、差し回しの旅客飛行船から見下ろす極東の帝都を見て顔をほころばせた。

「そして大きいな。」

上空から見てもわかる緑と青。そして白と黒と灰色とそれらを彩る彩色でこの帝都は構成されていた。
東京湾に流れ込む大河とそれから引かれた運河網は三重に帝都を取り囲んでいて、碁盤の目のように区画され、らせんを巻くように周囲へと拡大する構造のこの帝都の大動脈であり、巨大な防壁であることを如実に示していた。
チャーチルがうならされたのは、らせん状に都市を拡大させるという構想が320年前にすでに立てられておりそのプランに従い現在も都市が拡張し続けられていることだった。
拡大する都市において防壁は基本的にその敵となるのだが、この方法をとれば城壁の延長は最小限にしつつ都市を拡大させ続けることができる。
とどのつまり、うずまきの巻き数を増やせばよいのだから。

日本人たちは、防壁と同時に大運河でもある水堀を内側に引き入れ、これらを有機的に連結することで人口1100万といわれる世界最大の大都市を維持しているという。
そしてその役目には、近代に入り巨大な道路と鉄道網が加わった。
沿海部の工業地帯からは白煙が立ち上っており、港湾やドックには軍艦や貿易用の大型貨客船の姿が見られる。
この町は、極東最大の帝国の中心にして、巨大な国力の源なのだ。

かと思えば近代建築群の横にみえる緑地帯の中にはアジアらしい寺院や、石造りの建物がある。
チャーチルを驚かせたのは、その中に少なくない十字架を掲げた教会があったことだった。
その横には、似たような趣の建造物がいくつかあるがどちらかといえばロシア正教やビザンツ建築、あるいは中近東の建築のようにチャーチルには思えた。

「君。日本はキリスト教化がそんなに進んでいたのかな?」

「ああ。あれは景教寺院ですよ。横にあるのはゾロアスター教やマニ教寺院です。」

チャーチルは、案内として大使館からわざわざシンガポールにまでチャーチルを迎えに来た若い海軍軍人の言葉になるほどと頷き、そして少しばかり自分を恥じた。
ネストリウス派キリスト教というと、どうしても異端という認識が先に出てしまう。
やはり我々は歴史の奴隷らしいな。
文書で読むよりもこうして見る方がよほどこの国のことが分かりそうだ。

「閣下が奇妙に思われるのも分かります。」

トーマス・フィリップスという名の中佐は破顔して言う。

「なにしろ、ゾロアスター教はインドの一部を除けば絶滅した宗教です。
あのマニ教にいたっては、かの聖アウグスティヌスが一度は属しながらも離れた『異端の中の異端』です。
あのカタリ派、アルビジョワ派もこのマニ教の一種であるといわれているくらいですからね。」

チャーチルは思わず目を見張った。
中世においてフランスをして「アルビジョワ十字軍」を起こさせ、南部の大半を巻き込んだ凄惨な虐殺劇を生じさせた「異端」カタリ派。
その名は、対岸であるわが大英帝国にとっても大きなものなのだ。
聖アウグスティヌスは言わずと知れた「神の国」を記した大聖人である。

807 :ひゅうが:2013/12/30(月) 01:39:02

「まるで、シーザー(カエサル)やアレクサンダーが目の前で凱旋式をやっているのを見ているような気分だよ。」

「ですが、じきに慣れましょう。ここは20世紀です。」

そうだな。とチャーチルは頷く。
飛行船は、美しい帝都の中枢へさしかかろうとしていた。
遠く外郭には、支城構成する星形の城塞群がある。
オランダやフランスでみられたイタリア式築城術によって作られた古い要塞だ。
大きいものは六角形を構成するように配されており、都市の建設当初から意図された配置であることを示している。
だが、そこにはいくつかの「砲塔」が見受けられる。
ここは現役の「帝都要塞地帯」なのだ。
そして、いくつかの「砦」にも砲台や、高射砲が見られた。
先の大戦の戦訓を受けて防空にも力を入れているらしい。
また、都市の中には環状線が見られたが、その支線はこれら要塞にも接続されていた。
その上に見受けられるのは列車砲。
驚くべき事に、軌道上で旋回して海上へ向けられている。仰角がつけられていないことにチャーチルは自然と安堵した。

「そうか。ここは巨大な要塞なのだな。コンスタンティノープル以上に巨大な。」

戦慄混じりにつぶやいたチャーチルは、フィリップスの無言の首肯を受けた。
彼らの視線の先には、八層十二階建ての天守閣が見えていた。
これもまた石造りであるようで、その上から漆喰で美しい白色に塗られている。
だが、その最上階の上には測距儀とおぼしき筒が左右に突きだしている。
そのとりあわせは限りなくアンバランスでありながらも、よく調和していた。
まるで、この大都市自体が巨大な戦艦であるとでも言いたげである。

――かつて、東ローマ帝国の帝都として1000年の栄華を誇ったコンスタンティノープル。それを守るテオドシウスの防壁は20メートルの高さの防壁を三重に張り巡らせ、難攻不落をうたわれた。
だが、帝国末期にはその城壁を修築する力なく、メフメト2世率いるオスマン・トルコによって都は落とされたという。
だが、この東の帝国は違う。少なくとも、この都市自体を強化し発展させているし、何よりその外郭には強力きわまりない軍備を有しているのだ。

「八八八艦隊計画か・・・」

チャーチルは、自身が来日するきっかけとなった日本帝国海軍の狂気のような海軍近代化計画の内容を思い出した。
自分は、傷ついた大英帝国を再編するためにこの計画を遂行可能な同盟国に協力を要請し、そして軍拡を抑止せねばならない。
そのために、ロイド・ジョージ政権の副首相である彼はわざわざこのような派手な来日をせねばならなかったのだ。

ゴクリ、とチャーチルは生唾を飲み込む。

「大英帝国は、この同盟国との絆を手放してはならない。」
幸い、日露戦争に加え先の大戦を経て英日の友情は絆というべきものにまで深化した。
ドイツも半ば屈服する形で英国の世界秩序へと組み込まれており、戦い疲れた欧州にこの三国に対することができる勢力は皆無である。
注意すべきは、あの新大陸の植民地人。
ジュネーヴにおいて枷をはめたものの、軍事的にはまだ足りない。
軍縮条約会議における大失態を受けておとなしくはなっているものの、国力からいってもいずれは日本海軍とわがロイヤルネイビーに対抗可能な大海軍を建設し始めようとするだろう。
その前に、英日は協力してあの傲慢で強欲な植民地人の財界を政治面から押さえ込まねばならないのだ。

「やってやらねばなるまい。」

チャーチルは、今や大英帝国のもうひとつの心臓へとなった同盟国の帝都、その中枢へ視線を向けた。
天守閣のふもと、深い森に囲まれた中に、隠れるようにバロック調と純日本風の宮殿の屋根が見受けられた。
そして、そこから堀を隔てた向こうには、建設中の帝国議会をはじめとする日本の中央官庁が林立している。
彼は、そこにいる人々とこれから数ヶ月をかけて交渉を行い、そして日本の国民に対し大英帝国ここにありという姿を示さねばならない。

そのために不敬を承知であのお方、ジョージ5世陛下の長女メアリー王女殿下にもお出まし願ったのだ。
かのお方はチャーチル同様、この東洋の帝国に数ヶ月間滞在する予定である。
日本の国民との間に友好ムードを作り上げるのに、うら若き姫殿下ほど適任な存在はいないだろう。

「まぁ。」

おっと、噂をすれば影。と思いながらチャーチルは、にこやかに展望室に同乗の最上位の身分にある御方を迎えた。
飛行船は、帝都上空を一周し、指定された羽田飛行場へとゆるやかに降下しつつあった――

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最終更新:2014年05月21日 22:14