985 :ひゅうが:2013/12/19(木) 21:38:16


日本大陸ネタSS――戦間期の大陸日本「ネーバル・スキャンダル~ジュネーヴ海軍軍縮条約成立~」




【ネーバル・スキャンダル】


――西暦1922年、アメリカ合衆国の首都ワシントンD.Cにおいて史上初の全世界的な軍縮会議が開催された。
これは、第1次世界大戦後に各国で進みつつあった戦訓を活かした新世代の海軍整備計画が財政を圧迫しつつあったことを主な要因としており、軍縮が必要ということでは各国の当局者の意見は一致していたといってもいいだろう。
何しろ国家の総力を挙げた大戦争が終わったばかりなのだ。今は戦い疲れた人々に平和の配当が必要なのだった。
だが、欧州諸国がひとしきり戦い疲れていたのに対し、地球の反対側に位置する二カ国は意気軒昂だった。
言わずと知れた日米両国である。

この二カ国が遂行しようとしていた建艦計画は欧州諸国をして顔面蒼白にさせるのに十分な質と量を有していた。
アメリカ合衆国は、偉大なる「テディ」が予算を通過させながらもドレッドノートショックや第一次大戦、中国出兵の影響で伸び伸びになっていた戦艦10と巡洋戦艦10を3年間で建造する「ダニエルプラン」。
日本帝国はかつての六六六艦隊計画の質と量を維持するべく大戦中から遂行中の八八八艦隊計画で24隻の戦艦と実質的には高速戦艦である巡洋戦艦を量産する予定だった。
恐るべきことに両国はそれを実行できるだけの工業力と富を蓄積していたのだった。

だが、それでも「そこまでする必要があるのか」という意見が財務当局者にとり強かったことも事実。
中国出兵に際し可決された連邦電話税と連邦所得税を維持するか否かで中産階級の意見を真っ二つに割っているアメリカ合衆国はもとより、国土のインフラの再開発と大規模公共投資を主軸にした「日本列島改造計画」が国民的な話題となりつつあった日本帝国においても予算は無限ではなかったのだ。
これを見た老獪な大英帝国とドイツ帝国がジュネーヴの連盟安全保障理事会の席上で提案し米国が会議の主催に名乗りを上げたことから海軍軍縮会議の構想は急速に具体化。

第一次ソ連・ポーランド戦争時における不手際から国民からの人気が大きく落ち込んでいた元副大統領にして「苦悩する中継ぎ」ことトーマス・マーシャル大統領は最後の仕事とばかりに会議の準備に奔走した。しかし残念ながら彼の任期中に会議を開催することは叶わず、軍縮会議は彼に続くウォレン・ハーディングの手によって主催されることとなった。
だが、この時ハーディングは大きなミスを犯す。
彼は、前政権たるウィルソン政権が副大統領以下の人事を党内に配慮した結果、閣内不一致や政務の遅滞を生んだことに鑑みて閣内を彼の信頼する身内で固めたのである。
それ自体は問題ない。むしろ国民はこの新政権の人事を英断と称賛していたほどだ。
だが――後世「オハイオ・ギャング」と称される彼の政権内に入り込んだ人々は、さまざまな意味で金と欲にまみれた人々であったのだ。

彼らが行ったことは単純だった。

「自己と合衆国の利益を追求するためにその職権を濫用した」

のちに「ネーバル・スキャンダル」といわれるこの事件は次のような経路で行われたとされる。
受益者となったエドウィン・デンピ海軍長官とアルバート・B・フォール内務長官は、司法長官の補佐官であったジェス・スミスを通じてワシントンD.Cの首都警察を動かし黙認と一部の協力をとりつけ、チャールズ・フォーブズ退役軍人局長の一派を通じて主として日本大使館などの代表団に対する尾行と盗聴を指示。
また、暗号電文(当時は有線海底ケーブルを通じて電信のやりとりがなされていたため、暗号化された数字のみが通信会社に渡されていた。そのためその写しは協力者がいれば入手可能であった)の解読を実施した。
これらを行ったのは、当時の陸軍が「非紳士的である」として廃止していた暗号解読部門からリストラされた退役軍人たちであったとされる。
この動きは、デンピ海軍長官が所管するカリフォルニアの油田管轄権を内務省に移管し、その土地をフォール内務長官のペーパーカンパニーが事前に安価に払い下げされることで莫大な転売益を得ようとする「ティーポット・ドーム案件」実現の見返りであった。
また彼らは、首都周辺のマフィアと密造酒を通じてつながりもあった。
まさしく「ギャング」であったのだ。

986 :ひゅうが:2013/12/19(木) 21:38:55

そんなことも知らず、ハーディング大統領は中国大陸における利権の維持と拡大、そして満州市場や日本市場への参入をめざして会議を主導しようとしていた。
手始めに建造中の主力艦艇の全解体を表明し、日本海軍が実施中の建艦計画の停止と日英同盟廃止や多国間安全保障・中立条約の締結という合衆国に都合のいい国際環境の整備をめざしたのである。
最低でも対米8割を主張する日本側に対し、米国は6割と日英同盟解体を強硬に主張。
日本側財務当局者たちの間では7割5分程度での妥協すら議論に上りはじめていた。
そして、日英の強大化を望まないフランスやイタリアをはじめとする中堅列強諸国群も米国の方針に賛意を示すようになっていく。
当時の戦略兵器であった戦艦をしかも建造中の新型戦艦を全廃するという提案は各国に驚きをもって受け止められており、さらにはデンピ長官からの「適切な助言」もあって彼の構想はとうの日英とドイツを除けばほとんど実現寸前にまでいっていたのである。


だが、ギャングといわれたように彼らのたくらみはずさんであり、情報に関しては一家言持っていた英国情報部の手で暗号解読の事実が突き止められるとイモずる式にすべてが発覚。
会議の席上で調査報告書が大統領に手渡されて日英の代表が退場するという劇的な幕切れを迎えることになったのであった。



【ジュネーヴ海軍軍縮条約】

ハーディング政権がスキャンダルに揺れる間に、スキャンダルを暴露した日英はソ連の封じ込めを理由としてドイツに接近。
前年に成立していた英独相互安全保障条約(英独同盟)に加え、独自に英独海軍協定を締結して軍縮においても主導権を発揮する意思を示す。
さらには、トルコに加えスペインとアルゼンチンからの戦艦発注を受注するなど仏伊とアメリカの裏庭を思い切り刺激する行動に出た。
これには、仏伊に加えソ連が悲鳴を上げる。
この「日英による報復」の意味するところは明白だった。

「我々の邪魔をするな。われわれは貴国の敵意には敵意で応じよう。」

987 :ひゅうが:2013/12/19(木) 21:39:29
まずはもとから米国に隔意をもつフランスがこの圧力に「軍縮」の美名のもと同調。
もとから軍縮推進派でしたという顔をしてイタリアがジュネーヴに現れた時点で勝負は決した。
米国は、さらなるイヤミとばかりに「国際連盟からの招待状」を受け取り、スイスのジュネーヴという海のない土地で海軍軍縮条約を締結する羽目になったのだ。

「日英と米国は戦艦建造枠をそれぞれ10対10対10得る。ただし、平和への配慮として日本政府は今後10年間の新型戦艦新規起工を停止しこの建造枠を行使しない。」


「航空母艦の建造枠は、日英の哨戒範囲が広大であることを考慮し10対10対7.5とする。」

「巡洋艦以下については主砲30センチ以下、基準排水量2万5000トン未満とし、建造枠は10対10対7とする。」


これが軍縮の主眼とされた。
実質的には日本海軍はトン数比にして対米英8割2分程度で固定化がなされることとなり、英国も代艦建造以外の建造を停止した。
米国は日英による配慮という外交得点を得たが、そのかわりに日英同盟の存続を許す。
しかも、友好関係にあるドイツについては英独海軍協定の追認という形になり、すでに「退役」し転売が決定していた旧大海艦隊の主力艦はオランダとブラジル、さらにはウルグアイに売却されていった。
日英独をあわせればその海軍力は当時時点でも米国の2.2倍。
悪夢としか言いようがない。

ただし、代艦建造権は米国も多く得ているために「いつでも再開できる」ものの日本側が新規建造停止を表明しているのに対して余裕をもって海軍力の更新を続けることができる。
それに、10年後の更新時期に再度交渉すればよいだけの話だしその頃には艦齢10年以下の新型戦艦の数で日英を上回れることは確実である。
もしも再度会議が流産してもそのときはその時。改めて新規建艦をはじめればよい。

「奴らの新型戦艦を上回れる新型戦艦を我々はこれから作れるのだ」

とは当時のカーティス・ウィルバー海軍長官の言である。
ジュネーヴ軍縮条約締結時には、日本は関東大震災における甚大な被害を受け、枠はもっていても新規建艦ができるだけの状態ではなくなっていた。
アメリカはほくそ笑みつつ、そして知恵を絞りながら、10年の「海軍休日」を生きていくことになるのである。

988 :ひゅうが:2013/12/19(木) 21:42:34
【あとがき】――というわけで投下いたしました。
日英は広大な海上航路維持をするためという理由で米国の補助艦艇以下に大きな制限を課すことに成功しています。
また、米国も日本側の「自主的建艦停止」という外交上の勝利を勝ち取りました。
しかし全体的には米国側の敗北に近い内容ですね。
ただし国民や議会はあんまり気にしていません。なにせ、「あのデンピがトップをつとめていた一派」ですから(汗
それよりもソヴィエトの善良な子供たちを救えと彼らは叫んでいるのでしょう(汗

そして米国船舶のボスポラス海峡通過を容認するに至り、米国国務省は外交的勝利を宣言できる――かも?

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2014年05月21日 23:23