643 :わかる?のひと:2013/12/03(火) 23:50:07
【ネタ】戦略的劣勢下におけるアメリカ空母マフィアの苦難

――こいつは、なんというか、表現に困るな。畜生め。
ウィリアム・ハルゼー・ジュニア海軍大佐は、今日一日かけて見学した新鋭艦を、内心でそのように評した。
いまだにペンキの臭いが漂ってきそうなピカピカの新鋭艦ではあるし、ステイツが有する航空機運用艦としても最大の軍艦ではあるのだが…
――もう、なんというかだな…そうだ。日本のことわざでいうと、あれだ。木にバンブーを接木したような、って具合だな。
「ハルゼー大佐。この艦の感想はどうかね?」
この軍艦の艦長であるマーシャル大佐が困ったような目つきで尋ねてきた。
「はぁ。見学を受け入れて下すって、こういうのもなんですが…」
一瞬、言葉を濁し、当たり障りのないことをいおうかと思ったが、やはりそう言うのは自分の性分ではない、と諦めて正直に返答した。
「はっきり言って、ちぐはぐですな」
口にしてしまってから、少しばかり後悔した。
少なくとも、祖国がそれなりの自信を持って送り出した新鋭艦に対して、それはいささかどうかと思われた。
「それはまぁ…そうだろうな」
あまりに率直で簡潔で的確な言葉に、マーシャル大佐も苦笑で答えた。
そしてその言葉は、現在のアメリカ合衆国が現実に対してつけようとしている折り合いの形の歪さを評した意味合いも帯びていた。

航空戦艦アンティータム。
艦番号BV-1。

このかなり奇妙な軍艦が誕生したのは、海軍軍縮条約に対するアメリカなりの足掻きでもあった。
ワシントンに置いて行われた海軍軍縮条約に於いて、アメリカ合衆国はこれまでの政治姿勢のために、圧倒的に不利な立場に立たされた。
20対10。
言わずと知れた、英日同盟陣営とアメリカ合衆国の、戦略兵器・戦艦の保有枠比である。

これがアメリカの正面にて両国を迎え撃つ立場であれば、たとえば比が20対14でもあれば、全力迎撃によって侵攻を断念させることがおおむね可能だと考えられる。
しかし現実は不幸にも、日英はアメリカ合衆国を挟み撃ちする配置にあり、そして比は20対10。
かといって、英日に対して互角に戦える比率20対20を要求しようとしても両国は決してそれを認めないだろう。これまでのアメリカが行っていた政治選択の結果としての英日との政治的距離が、そのような情景を強固にしていた。

644 :わかる?のひと:2013/12/03(火) 23:50:49
モンロー主義の安寧に浸るアメリカ国民から見ると、満州利権と引き替えに結ばれた日米太平洋中立条約(加藤・ルート協定)によって太平洋は平穏に包まれているのであり、ここで法外なことをいい立てるのはむしろ、政治的な危険を招きかねない。
日英同盟に埋め込まれた『アメリカが自ら戦争を望まない限り、即時参戦義務は機能しない』という特別条項もまた、アメリカ国民の安心感を補強していた。
さらに、アメリカ側があえて英日への戦争に踏み切ろうとした瞬間、全ての枷が連動的に外れるという構造もまた、アメリカ国民をして『英日も我がモンロー主義の維持を望んでいるのだ!それは我々にとっても望ましい!平和と繁栄を!』と安穏な方向へと導いているのであった。

しかしながら、国防計画を策定する立場に取ってみれば、20対10という比率は、悲観的な未来を惹起するに値するものである。
戦艦の比率でこれほどの差をつけられているのなら、戦艦に準ずる補助艦艇――要するに大型の巡洋艦――に於いてそれを埋め合わせるのも無理になってしまった。
日本の提案により、大型巡洋艦の保有排水量もこの軍縮条約にて制限されることになったためだ。

これらのような政治的な状況から来る要請もあって、アメリカとしては砲力の不足をいかなる方式にてか補うべく、頭を絞った。
その試行錯誤の一つとして、水雷兵装の質的・量的な増強が模索されるのであるが、それはここでの本題ではないので述べない。
アメリカの秀才達がひねり出したのは、『戦艦としての能力を有しながら、その排水量を他の艦種に負担させられるような、特殊な軍艦を条約に盛り込ませる』事であった。
『条約型航空戦艦』の爆誕である。

条約上の制限項目はおおむね次の通り。

・主砲口径13.5インチ以下。砲門数7門以下。主砲配置は制限しない。
・1隻あたりの基準排水量は35000トンまでとする。隻数の制限はしない。
・船体上に、船体全長の2/5から半分までの長さをもった全幅飛行甲板を固定して装備すること。設備を用いた非固定方式による飛行甲板の伸縮は、これを認めない。
・航空機格納庫は固定式の飛行甲板下にのみ固定的に配置すること。構造・面積等は規定しない。
・飛行甲板の上に口径3インチ以上の砲熕設備を搭載してはならない。飛行甲板より上に突出しない形であれば、左右に搭載する事は可能である。
・飛行甲板下の空間に、バーベット・弾薬庫等、戦艦としての主砲を後付けで搭載可能とするための構造物を前もって有してはならない。
・条約上の排水量枠は、戦艦枠に属するものとする。ただし、基準排水量の半分までの任意量を、空母枠に配することが出来る。

主砲砲門数上限が妙に半端なのは、『戦艦と空母を足して二で割ったものなのだから、主砲は6門に制限する』という英日側と、『戦艦としても空母としても戦える軍艦であるから、主砲は8門は必要である』というアメリカ側の綱引きの結果である。
日英米の様々な綱引きによって誕生した条約型航空戦艦であるが、実際に建造されたのは、アンティータム型航空戦艦のみであった。あたりまえである。戦艦枠が足りないから、空母枠を使って戦艦を保有したい、という、アメリカ側の頓知が産んだ種別なのだから。
イギリスは一時、アメリカに追随して条約型航空戦艦を建造することを検討したものの結局断念したし、日本に至っては航空戦艦についてまともに取り合おうとせず、まっとうな空母のみの保有で満足してしまっている。
(なお、航空戦艦という枠であれば、後のソビエトのソヴィエツキー・ソユーズ型など一部が存在する)

645 :わかる?のひと:2013/12/03(火) 23:52:20
アンティータム型航空戦艦
同型艦アンティータム、レプライザル、キアサージ、ボクサー、タイコンデロガ、オリスカニー
基準排水量 35,000t
満載排水量 40,800t
全長 268m
全幅 32.3m
機関 蒸気ターボ・エレクトリック4軸推進 ボイラー16基 定格18万馬力
最大速力 33.8ノット
兵装
50口径34.3cm四連装1基、三連装1基、計7門
15.2cm単装8基
12.7cm単装高射砲6門
533mm魚雷発射管8門
搭載機 40~50機

概略
あまりの戦略的劣勢下におかれてとち狂ったアメリカ海軍戦艦マフィアが思いついた『ある程度の航空機運用能力を持った戦艦』として、レキシントン型巡洋戦艦を元に設計された。巡洋戦艦部隊に追随しつつ洋上捜索と防空をこなしながら、いざというときは水上砲戦を戦うという、コンセプトだけなら万能素敵巡洋戦艦である。
なお、排水量制限のため舷側装甲等、防御力は原型のレキシントン型よりさらに削減されている。
飛行甲板右側に寄せられた巨大な煙突の前後に、空母としての島型艦橋と、戦艦としての籠マストをそれぞれ有するという極めてキモ…もとい異例な外観を持つ。
これを押しつけられることになる海軍の空母マフィア(この当時はまだささやかな勢力ではあったが)の強い要望によって条約上限ぎりぎりの134mの飛行甲板を持ってはいるものの、空母として運用するにはやはり短く、艦載機の露天係止も困難となった。格納庫の規模も可能な限り取ってはいるものの、搭載機数は船体規模の割には小さいものとなった。

ちなみに、アンティータム型航空戦艦6隻の空母枠繰り込み分の排水量は105,000トン。
空母ラングレーが11,500トンであるから、使用済み枠は116,500トン。
アメリカの空母枠は135,000トンであるから、残り18,500トン。

後の視点からすると、残りの枠を全て消費して適度なサイズの空母を1隻建造すればまだいいのであるが、大西洋と太平洋の両洋から圧迫される悪夢を昼間から見ているアメリカ海軍の政治環境はひと味違った。
『9250トンの空母を2隻作って太平等と大西洋に分散配備すべし』
ヨークタウン型小型空母ヨークタウン、エンタープライズの誕生の瞬間であった。
アメリカ海軍空母マフィア(将来)の苦難はまだまだ終わらない。

おはり。


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最終更新:2014年05月22日 21:33