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跳梁跋扈


1917年、ロシアのユリウス暦で2月23日、グレゴリオ暦の3月8日に始まった革命は瞬く間にロシア帝国全土に拡散し、皇帝ニコライ2世が退位させられる事態へと発展する。

日露戦争による国力疲弊、トルキスタン・中央アジアの混乱と独立運動、そしてドイツとの総力戦がもたらす現代戦の浪費に300年続いたロマノフ王朝は耐え切れなくなったのだ。

アレクサンドル・ケレンスキーを首相としてロシア臨時政府が設立され、メンシェビキに扇動された労働者と兵士達はペトログラード・ソヴィエトを結成。
ともにドイツとの戦争継続を決定するが、方向性の異なる二者によるこの二重権力構造は更なる混乱をロシアの大地に生み出していく。


1917年3月22日ロンドン。
「北の熊がこんなに愚かだとは思わなかったね、クラウツに良いように狩られる訳だよ」

呆れた声でそう言ってダウニング街10番地の主――大英帝国首相デイビット・ロイド・ジョージはロシアから届けられた革命の報告書を執務机に放り出した。

戦争指導の為の利害調整、各方面の意見の摺り合わせに最終決定と多忙を極める宰相に新たな面倒事が告げられたのだから、英国紳士らしからぬ乱雑な所作も仕方のない事であろう。

「熊を狩場に追い立てた猟犬はワイマラナーだけではないようです、閣下」

そんな首相に同情しつつ、英国海軍大臣ウィンストン・チャーチルは更なる問題を告げねばならなかった。

「赤いボルゾイが、ロシアの平原を走り回っているそうですよ」

その暗喩にロイド・ジョージは不快げに眉を顰めた。

「『革命的祖国敗北主義』の愚か者か・・・」

政府への非協力を行って祖国を敗戦に導き、その混乱と政府の弱体化に乗じて革命を起こし政権を掌握する――この大戦が始まってからボリシェヴィキのウラジミール・レーニンが唱え始めた馬鹿げたスローガン。

『帝国主義戦争を内乱へ転化せよ』

社会主義という己の理想の為に祖国の敗北と君主制の滅亡を望み、祖国より思想を重視した挙句の果てに敵国へ協力するなどとても正気とは思えない。
思想の為に国家国民があるのではなく、国家国民の為に思想があるのだと何故狂信者達には理解できないのか。

「シベリア鉄道経由で満鉄調査部が調べていたそうですが、中央アジアの混乱をドイツと一緒に煽っていた節があります。
 もっとも、両者は特に連携している訳ではなく互いに利用しているだけのようですが」
「中央アジア出身のロシア軍兵士を独立側に参加させたのはロシア軍内部の左派どもかな?」
「おそらくは。いくらドイツでもロシア軍内部にまで離反工作は仕掛けられないでしょう」

今の国家は気に入らないから叩き壊せ、という子供じみた思想集団の行動力にロイド・ジョージは唖然とするも、同時に中央アジアの混乱がドイツ単独で引き起こされた訳ではない事に安堵もする。
大英帝国の各植民地がドイツに扇動されて独立運動を始めるという事態だけは、こちらの努力次第で避けられるからだ。

もっともこの大戦による英国の疲弊と中央アジアの独立騒ぎはインドを中心にして確実に英国植民地へと影響を与えており、遠からぬ将来に大英帝国はその体制の刷新を余儀なくされるのは間違いない。
権威と栄光を保ったまま大英帝国を存続させ、帝国の体制の変化を更なる成長へと繋げる。その道筋を開くのが彼の戦後の役割となる事は容易に想像がついた。

そして帝国の再編を完遂するには――目の前の歩く傲岸不遜が役に立つだろう。

907 :198:2014/07/14(月) 13:00:37
「そういえばロシア皇族の方々の亡命はいつ頃になりそうですか?」
「ああ、それだがね・・・」

チャーチルの問いかけに、逃避気味に戦後へと思考を巡らせていたロイド・ジョージは歯切れ悪く返す。

「残念ながら我が国への亡命は受け入れられそうにない」
「・・・ニコライ2世は国王陛下の血縁に当たられるお方ですよ、その亡命を受け入れないと?」
「だからこそ、と言えるかもしれないね」

革命によって退位させられたロマノフ皇室は皇族の身の安全を確保するために大英帝国への亡命を打診していた。
革命の結果がどう帰結するかはまだ判らないが、王政復古した際の関係強化や内政干渉の駒として皇室のイギリス亡命は歓迎すべき事柄ではあった。

しかしながらイギリス国内にも存在する、社会主義とロシア革命に対して好意的な労働者や知識階級がどのように騒ぎ出すか予想もつかず、イギリスにロマノフ皇室を受け入れる事は出来そうにない。
今知った中央アジアの混乱への関与と言い、改めて君主制の打破を目指す陰謀者達の地下茎が意外な長さを持っていることに驚かされる。
ましてや開戦以来良い所が無い、しかも英国王室と血の繋がりのある同盟国の皇帝が国を追われて落ち延びてくるという事実は長期の戦争を戦い続けているイギリス国民にまで厭戦感情を引き起こしかねなかった。

「陛下やロマノフの方々には申し訳ないが、ひとまず日本に行ってもらおうと思う」
「日本ですか、シベリア鉄道を使って?」
「うん。満鉄を使って特別列車を手配する。
 ペトログラード近郊にはあの秋山将軍もいるからね、ソヴィエトとやらが騒いでも黙らせられるだろう。
 彼らはいつも必要な時、必要な場所に居る――まったく、大した国だよ日本は」

意味ありげに低めたロイド・ジョージの声に、チャーチルが驚く。

「閣下はロシアの革命騒ぎに日本が関わっているとお考えですか」
「流石にそこまでは無いと思うが、いささか都合が良すぎる。さっきの情報を持ってきた満鉄調査部も日本の色が濃い。
だいたいロマノフの支配体制へ最初にヒビを入れたのは日露戦争の時の日本陸軍情報部じゃないか、私たちが知らない事を日本が知る事が出来たとしても不思議ではないよ」

ロマノフ皇室の滞在が一時的なものになるか長期的なものになるかは判らないが、どうにもお人好しが過ぎる日本の国民はロマノフ皇室を邪険に扱ったりはしないだろう。
それに日本の諺では追い詰められた鳥は猟師さえ撃ってはいけないらしいし、以前読んだ日本の『ドージンシ』とやらではかつての敵と助け合うのは『萌える』展開らしい・・・いや『燃える』だったか?

「なるほど、それで日本軍のロシア派遣を推したのですか」
「それだけが理由ではないがね・・・植民地人どもがここまで信用できないとは思わなかったよ」

机から新たな書類を取り出し、大英帝国宰相は忌々しそうにそう言った。

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4月6日。
アメリカ合衆国がドイツ帝国及びオーストリア=ハンガリー二重帝国への宣戦を布告。
開戦理由はドイツの無制限潜水艦作戦の再開とツィンメルマン電報事件によるアメリカへの敵対行動とされた・・・が、世界の誰もそんな建前は信用していなかった。

1916年半ば頃から中華大陸とフランス領インドシナへ派遣された10万名に上るアメリカの『治安維持軍』は白朗党が送り出す匪賊を苦労しながら討伐し、華南自由連合の勢力圏と仏印に一応の安定を作り出していたが、アメリカ軍はそれ以上に積極的な行動を起こそうとはせず中華民国国内における自国の権益の確保と維持に軍事行動の比重を傾けていた。

仏印から大人しく撤退する事でフランスとの無用な軋轢を避け、列強不在の混乱する中華では堂々と利権を漁るアメリカの行動は実に合理的だったが、当然ながら欧州列強の反発を買いアメリカの対独参戦に白けた視線を向けさせた。

ロシアの革命によって協商国が混乱したタイミングで参戦し、疲弊した欧州列強に対する戦後の主導権を握って利益を拡大する。

そんなアメリカの意図は最初から欧州列強に見透かされていたと言っても良いだろう。

自国の参戦に対する欧州の冷ややかな空気に半ば気付きながら、それでもアメリカは中華大陸向けに編制されていた戦力を元にして欧州へ向けた兵力の本格動員を開始する。
強引ともいえる兵力の移動計画は味方であるはずの協商国さえ鼻白ませるほどに性急だった。

たとえそこに戦争の大義が無くとも、欧州の大地がアメリカの若者の血で溺れようとも構わない。

第28代アメリカ合衆国大統領ウッドロウ・ウィルソンは実に現実的な理想家ではあったが、そんな大統領を支持・支援するアメリカの資本家達は、この時すでに血に酔っていたのだ。
より正確には彼らの投資で作られた軍需物資が産み出す富に。

辛亥革命・中華動乱に対する満鉄を使った二重投資、中立を利用した欧州列強への物資供給。
戦乱と混乱への投資がアメリカ資本家に富をもたらし、彼らの財産は血塗れになって増殖を続けている。

投資事業としての戦争行為とそれを利用した自己の繁栄――ウィルソンを支援する資本家達にとっては、もはや祖国アメリカの流血さえも忌避すべき事柄ではなくなっていた。

909 :198:2014/07/14(月) 13:01:40

6月7日重慶。
敵対勢力から『大匪賊』『餓狼』の異称で呼ばれる国民党扶漢討夷司令大都督・白朗は実に上機嫌であった。
孫文が使っていた執務机の上に腰掛け、先ほど届いたばかりの報告書に機嫌良く笑いかける。

「ああ、ようやくこの時が来たな」
「笑い事ではありませんぞ、都督閣下」

他人事のような呑気さで笑う白朗を王生岐は苛立たしげに睨みつけた。

白朗が手にする報告書は配下が北洋政府に勝利を収めたという勝報でもなく、華南自由連合からアメリカ軍が撤退したという朗報でもない。
華南に駐留するアメリカ軍がついに重慶を目指して進撃を始めた、という前線からの緊急電なのだ。

欧州へ本格参戦する前の肩慣らしに国民党を叩き潰して中華の権益を増やしておこうというアメリカの腹積もりは明らかだった。
利権確保と匪賊討伐に送り込まれたアメリカ治安維持軍とやらはそれほど重武装でも精鋭ぞろいでもないが、これを迎撃する為に国民党は全力で当たらねばならないだろう。
例え欧州参戦の景気付けに行われる攻勢であったとしても、列強とそれ以下の国の軍隊にはそれほどの開きがあるのだ。

「一刻も早く迎撃しなければ、連中はあっという間にここまで攻め込んできますぞ」
「判っているさ、出し惜しみせず全軍を美国の迎撃に向かわせる」

急かす王生岐に白朗は鷹揚に頷きながら笑い、落ち着くように身振りで示す。

「連中は水運を使って兵站を維持する為に長江を遡って来るだろう。
 巫山で美国軍を食い止めて、『義兵』を南下させて貴陽に向かわせよう」
「それが良いでしょうな」

上官の指示に王生岐は不快そうな表情も隠さずに頷く。

白朗が言った『義兵』とは今まで使ってきた匪賊のなれの果てだ。
満州八旗とアメリカ軍に各地から追い返されてきた敗残兵に酒と阿片を与えて編制したが、もはや十分な武器も持っていない。
それでも略奪を行う事ぐらいはできるし、まともな規律も判断も無い集団を戦場に送り込んで苦労するよりはアメリカの勢力圏に送り出して少しでも混乱を煽った方が良いだろう。

アメリカが勢力圏の混乱に躓いている間にロシアが革命の影響で欧州の戦争から脱落してしまえば、ドイツが勝利して国民党が生き残る可能性が出てくるかもしれない。

「・・・それでは、兵達に進軍の準備をさせてきます」
「よろしく頼む」

細々とした打ち合わせを終えて立ち去る王生岐の後姿を見送り、白朗は満足げな笑みを浮かべた。


6月10日。
四川盆地の東、巫山において防衛線を構築した国民党軍は侵攻してきたアメリカ・華南連合軍と激突。

貴陽へと向かった匪賊部隊はこれを予期して展開していた華南自由連合の防衛線に絡め捕られて混乱を引き起こす事なく壊滅するも、欧州の戦訓を無視して銃剣突撃に拘ったアメリカ軍は巫山の山岳地帯に塹壕を掘って防衛に徹する国民党軍相手に損害を積み重ねて後退する羽目になる。

大方の予想を裏切る戦勝に国民党軍は歓声を上げるが、その歓喜は重慶から届いた連絡によりすぐに混乱へと変わった。

孫文、重慶を脱出。

貴陽の華南自由連合及びアメリカ軍に合流した孫文は白朗の国民党支配の正当性を否定し、前線で戦う国民党主流派に自分の指揮下へと復帰するよう命令する。
人質である孫文が自由になった事を知った国民党主流派の部隊は即座に白朗派部隊へ襲い掛かり、巫山の防衛線を崩壊させてしまう。

この混乱に呼応して進軍を開始したアメリカ・華南連合軍を阻むものは最早存在していなかった。

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最終更新:2014年07月15日 19:57