882 :ライスイン:2015/02/02(月) 23:26:46
1915年1月13日、フランス リール


「師団長閣下、ドイツ軍の攻勢が激しく前線の連隊が突破されました」

リール防衛の任務に当っていたフランス軍歩兵師団の司令部に負傷した伝令が駆け込んできた。
15年1月の始まりと同時にドイツ本土及び占領下のベルギーからドイツ軍が一斉に開始。不意を突かれたフランス軍の
国境警備部隊は僅か3日の抗戦の後に敗走。各部隊はリールやメスなどの主要都市まで後退し防衛線を構築していた。
しかしロシアの動員が予想以上に遅く、ドイツ軍はオーストリア軍と共に東部に厳重な防衛陣地を構築。最低限の防衛部隊
を残して西部にて一斉攻撃に出ていた。

「軍団司令部へ要請したどうなった?」

師団長が参謀に尋ねる。

「先ほど入った連絡によりますと全戦線でドイツ軍が攻撃を仕掛けてきている為、遅れる兵力が無いとの事です。」

「くそっ、全面攻勢か。止むを得ん、後退するぞ。それとリール市長には無防備都市宣言を出すように伝えろ。」

援軍が来ず、戦線を支えきれないと判断した師団長は後退命令を出す。だが少し遅かった。

「砲撃来ます!!」


司令部外の見張り兵が大声で叫んだ。その直後に司令部にドイツ群の砲弾が着弾し司令部要員は全滅した。
そして司令部壊滅により命令系統が損失したフランス歩兵師団は混乱の末敗走。リールは翌14日にドイツ軍に占領された。



                     孤立大陸 第13話「半島戦士、欧州の大地に立つ」



 1915年2月某日 東京 夢幻会会合場所

「フランス軍は早くも総崩れ、ドイツ軍はランス~ディジョン~アミアンを占領したか。」

「何故こうもフランス軍は脆いのだ?」

あまりのフランス軍の弱さに呆れる会合メンバー。

「我が国との戦争による影響がまだ響いている様です。開発能力の低下による兵器更新の遅れ(※1)も深刻なようです。」

事実、現時点でのフランス軍の兵器はお寒い状態であった。
国産機関銃は構造の欠陥や部品精度が悪くて使用できる状態ではなく、イギリス製のルイス軽機関銃やロシア製のマキシム重機関銃を
緊急輸入またはライセンス生産している有様であった。また各種野砲の砲弾備蓄量も少なく開戦後に緊急増産を行ってはいたがまだまだ不足していた。
 更にロシア軍ほどではないが動員が遅れ、しかもドイツは先にロシアを攻撃するだろうという誤った予測を元に各種計画を立てていたので国境付近
への兵力増派や要塞化工事も遅れていた要するに戦争できる状態ではなかったのだ。

「イ・・・イタリア軍程ではないが酷いな、パリは守り切れるのか?」

このままだと早期にパリが陥落してドイツ有利の停戦になるのではないか、会合メンバーの中にはそう考える者も多かった。

「その心配はないかと。戦車軍団を含むイギリス軍がルアーヴルに上陸しました、2月末にはパリ前面に到着するようです。」

「フランス軍も続々とパリに集結中です、訓練が終わった新規部隊も片っ端からパリに送り込んでいる様です。」

軍関係者からの報告に安堵する会合参加者。しかし・・・次の報告で凍りついた。

「それとパリ前面に展開しているイギリス軍先遣隊の中に奴らが・・・朝鮮人が数多く存在しています。」

「なんだとっ、あいつ等は我が軍の真似をするのか。棄民攻撃は条約で禁止されたはずだが?」

驚愕の報告に思わず聞き返す参加者。

「連合側植民地に存在していた朝鮮人”低賃金労働者”を徴兵しただけだそうです。」

「なら良いだろう。我が国に関わらなければ放っておこう。」

関わりたくないのか話題を変える参加者達。

883 :ライスイン:2015/02/02(月) 23:27:18
「駐英大使館からの連絡によりますと数日前に”積荷(※2)がリバプール港に到着し引き渡しが完了したとの事です。」

外務官僚の参加者が報告する。

「漸く届いたか。まあ旧式兵器の在庫一斉処分を行える良い機会だったからな。」

「ついでに欧州各国の戦車開発方針を誤らせる事が出来るかもしれません。もっとも英国なら勝手に変な方向に行きそうですが。」

英国へ届いた積荷、それは40式などの旧式戦車や多砲塔重戦車に小火器等であった。

「それと海軍では現行配備中を含めて旧式艦(※3)の英国への売却も検討しています。そして代替艦の建造計画も。」

「まあ、それは海戦の状況次第だな。」


 1915年3月1日 パリ東方50㎞地点 イギリス海外遠征軍陣地


「閣下、フランス軍の増援及び戦車軍団の到着は間に合いそうもありません。」

イギリス海外遠征軍司令官のフレンチ将軍に参謀が報告する。
彼は本来本隊と共に到着するはずが予想以上の戦局悪化に伴い先遣隊と共に急遽戦地入りしていた。

「フランスのジョッフル将軍からもこれ以上の攻勢には耐え切れそうにもないとの連絡が。」

次々と行われる悪い報告にフレンチ将軍は顔を顰める。
現状は南部ではヴェルダン要請近辺まで撤退したものの防衛線の構築に成功し、ドイツ軍の攻勢に耐えていた。
しかし北部ではベルギー早期陥落の影響による混乱とベルギーを当てにしていたが故の南部方面重視により兵力が足りず、易々とドイツ軍に
進撃を許していた。

「戦車軍団が攻撃可能地点まで到着するのにあと5日、フランス軍の増援が到着するのにあと4日か・・・。」

「はい、ですが現状では耐え切れそうにありません。」

悲観的な空気が司令部を漂う中、フレンチ将軍は遂に決断した。

「”あの連中”を使う。明日の朝に攻撃を仕掛けるぞ。」

「「「閣下、それは・・・。」」」

フレンチ将軍の決断に司令部要員は驚愕と嫌悪に包まれる。

「私だって使いたくないが現状では止むを得ん。出来るならここで使い潰してしまおう。」

884 :ライスイン:2015/02/02(月) 23:27:50
翌朝、ドイツ軍パリ攻撃部隊陣地

「て・・・敵襲、イギリス軍の攻撃だ~!!」

塹壕で眠りこけていたドイツ兵は見張りの大声に叩き起こされ、大慌てで配置についた。そして・・・

「いくニダ~、生き残ってイギリス人になるニダ~」

「ウリ達の国家を欧州に築くニダ~」

どう見てもイギリス人とは思えない背丈の低い貧相なアジア人の群れがドイツ軍陣地全域に突撃した来た。

「クソッ、奴らは朝鮮人だ。撃て、皆殺しにしろ。」

指揮官の命令が飛び、小銃やMG08重機関銃による弾幕が形成され朝鮮人達に叩きつけられる。後方からも小口径野砲による支援が開始された。
しかし数が予想以上に多く遂に塹壕内に突入され、乱戦になってしまう。
彼ら朝鮮人はイギリス軍第666軍団(※4)所属の朝鮮人兵士たちで欧州国家の国籍や新国家建設を餌にアフリカ植民地から掻き集められてきたのであった。

 10年近く前に低賃金労働者として連合植民地に連れてこられた彼ら朝鮮人(因みにドイツは受け取り拒否)。
現地人以下の下層階級として強制同然の重労働で数は減少していくかと思われていたが”かつての母国より遥かに良い環境・高待遇”の為、寧ろ増殖。
おまけに現地人との”混血”もあって当初の300万人から500万人へと増えていたのだ(混血含む)。
ただ問題も続発し、統治の障害になってきた為、処理もかねて欧州の戦場へ送り込まれたのだ。無論脱走等のトラブルを防ぐため、厳重な警備の元に
戦場まで輸送された。また戦場においては彼らの背後にイギリス軍正規兵からなる”応援団(※5)が配備され、士気が低下したり逃げ出そうとする等
彼らが挫けそうになった時には鉛玉を進呈して応援するなどの配慮も行われていた。

 この攻勢によって第666軍団はドイツ軍前衛陣地を突破、後続部隊の進撃路を切り開いた。もっとも第2陣地においてドイツ軍の反撃で壊滅的な打撃を受けた
為に後退せざるを得なかったが援軍到着の為の貴重な時間を稼ぐことには成功。後に行われた戦車軍団やフランス軍増援の攻撃でドイツ軍を50㎞以上押し返すことに
成功。後に第1次パリ攻防戦(※6)と呼ばれる事になる戦闘は集結しとりあえずパリは守られたのだった。


 こうして欧州で激しい戦いが続く一方で日本は平和と繁栄を享受していた・・・しかし何時までも無縁でいられることはなかった。
1915年3月5日、その事件は発生した。イタリア在住の邦人を避難させるために日本政府がチャーターした30000t級貨客船ナデシコⅠが地中海を航行中に通商破壊中の
ドイツ艦隊から攻撃されたのだ。攻撃したのは巡洋戦艦ゲーベンと小型巡洋艦ブレスラウからなるドイツ艦隊でトルコを出港後にオーストリアの港へ向かい、
そこを拠点に通商破壊作戦を行っていた。

 イタリアは2月に行われたイゾンツォでの戦闘において判断ミスなど様々な要因が重なり大敗。その後に行われた増援のオーストリア軍の攻撃を支えきれずに後退を重ね、
事件発生前の時点でボローニャまで占領され、急遽リボルノ~フェレンツェ~リミニに防衛線を構築していた。このような状況の為にイタリア陥落の可能性もある事から
日本政府は急きょ多数の貨客船をイタリアに派遣。在留邦人をリビアやジブチ等の近場の領土に移送していた。そんな中、最後の便であるナデシコⅠが攻撃を受けたのだ。
 なぜドイツ艦隊はナデシコⅠを攻撃したのかについては諸説ある。「国旗が見えなかったかまたは誤認した」「艦長が極度の反日で最初から沈めるつもりだった」
など様々な要因が考えられていた。ただナデシコⅠが攻撃を受けている事だけは事実であった。

885 :ライスイン:2015/02/02(月) 23:42:06
ナデシコⅠからのSOSを受信した帝国海軍地中海艦隊は丁度近場を航行中の鳳翔戦隊(※7)にナデシコⅠの救助とドイツ艦隊の攻撃を命令した。ただ鳳翔は機種改変と
重整備の為に艦攻を下しており、搭載機は偵察用に残した2機の艦攻以外は全て艦戦なのが唯一の不安要素だった。早速偵察に向かった艦攻からの無電でナデシコⅠが
位置を積み、鳳翔から嶋田繁太郎中尉率いる第1次攻撃隊12機(69式艦上戦闘機改2型 ※8)が250㎏徹甲爆弾を搭載して発艦した。因みに第1次攻撃隊は全機蒼一色に
塗装されていた(夢幻会上層部の意向で)。
 現場に到着し、ドイツ艦隊を確認した攻撃隊は早速攻撃を開始した。初めての実戦における対艦攻撃だったせいか殆どの機が攻撃を外してしまった。しかし攻撃隊長の
嶋田中尉が投下した250㎏徹甲爆弾が偶然にもゲーベンの煙突内に着弾。これによってゲーベンは爆発炎上した後に真っ二つに折れて轟沈した。この後に第1次攻撃隊の
機銃掃射と第2次攻撃隊の爆撃によってブレスラウも撃沈。ナデシコⅠは到着した鳳翔戦隊によって救助されたものの100人以上の死者と1000人を超える重軽症者を出した。
 後の話だが航空機によるゲーベン沈没は欧米ではあまり評価されなかった(特に戦艦派閥では)。これはオーストリアの設備ではゲーベンを完全整備できずに常に
整備不良の状態であった事や後の調査で建造を急ぐあまりに構造的に脆い部分の改善を怠ったり性能低下を承知で強度の低い鋼板が一部に使われていた等の事実が判明
したからだ。しかし事実は変わらず、嶋田中尉の経歴に

「世界初の航空機による敵艦撃沈」 「世界初の航空機による戦艦撃沈」

が加わった。そして彼はこの戦果により大尉に昇進し鳳翔航空隊の隊長に就任。彼の率いた攻撃隊は蒼一色に塗装されていたことから後に

                  「蒼き鋼の航空隊」

と呼称されるようになってゆくのであった。


 このナデシコⅠ攻撃事件の後、日本はドイツに強い調子で抗議した。ドイツ側も初めは連合国の国旗と誤認したなど丁重ながらも言い訳をしていた。しかし西部戦線で
優位に立つにつれて態度が傲慢かつ強硬になって行き、ゲーベンとブレスラウ撃沈の賠償や連合国側への輸出停止を要求するなど日本側の神経を逆なでする行動に出た。
これには日本側も激怒し要求を拒否すれば宣戦布告も辞さずと強い口調で迫ると共に欧州駐留兵力の増強を発表した。ここまで来ると普通なら日本へ謝罪して賠償を
行うのだがパリ攻撃が失敗したとはいえ陸戦での有利な状況がドイツを増長させ判断を誤らせた。

886 :ライスイン:2015/02/02(月) 23:42:50
1915年3月20日、ドイツは突如として日本非難の声明を発表して交渉の打ち切りを宣言。同時に日本へ宣戦布告した。
こうして日本は欧州での大戦に巻き込まれていくのだった。

※1:様々な影響で兵器の開発に失敗した結果、全体的に旧式装備が目立っていた。パリ防衛隊の一部では重機関銃の配備遅れから手回し式のガトリング砲が未だに
   使用されていた。

※2:40式戦車200輌、40式自走砲50輌、69式軽戦車20輌、69式重戦車30輌。40式系列は博物館や教導部隊配備を除き、全て輸出に回された。

※3:輸出予定の主力艦は河内型戦艦和泉、讃岐 及び鞍馬型装甲巡洋艦4隻で南遣艦隊配備中の鞍馬型についてはすでに移動を開始。その代わりに長門型2隻が配備。

※4:英仏伊各国の植民地に在住する徴兵した17~50歳の朝鮮人男子30000人で構成(500人で1個大隊とし、60個大隊で計30000人)。仏伊は運用に当って
   ”英国が指揮し全ての責任を負う”ことを条件にしていた。因みに続々と編成中。因みに彼らは戦争に生き残ればイギリス国籍を与えるか新国家の建設を餌に
   勧誘(徴兵)されていた。

※5:イギリス軍正規兵で構成され、小口径野砲や各種機関銃で朝鮮人達が脱走や犯罪を犯さないように「応援(鉛玉で)」する部隊。要するに督戦隊である。

※6:パリを巡って行われた最初の戦闘の為。この時初めて戦車が集中運用され大きな戦果が示された。

※7:空母鳳翔 巡洋艦多摩 球磨 神風型駆逐艦4隻。

※8:エンジン出力を強化して250㎏爆弾の搭載を可能にした戦闘爆撃型。


おまけ 主力艦輸出に伴う代替艦建造(機銃は表示省略)

播磨型戦艦:76000t、46㎝45口径3連装砲×3、15.5㎝60口径3連装砲×4、12.7㎝50口径連装高角砲×20、 速力:30kt
01:播磨(18年12月) 02:三河(19年5月)


 いかがでしょうか。欧州本土において遂に半島戦士が参上。ドイツ軍相手に大活躍?しました。
ドイツがアホな事を仕出かしたお蔭で遂に日本が欧州の戦争に巻き込まれる羽目に(現時点で連合に加わるかは不明)。
もっともそのおかげで嶋田さんに新たな伝説が加わりましたが(活躍させすぎでしょうか)。
今回はおまけで主力艦の輸出(予定)に伴う代替艦を書きましたが戦時下の建造計画については次回以降に書こうと思います。

~予告~

遂に日本は戦争に巻き込まれてしまった。戦局不利なイギリスは好条件を示して必死に日本を連合に勧誘する。
そのような中で西方にて大規模な海戦が、そして東方では動員が完了したロシアの攻撃が始まった。

次回”青と黄色の津波”

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最終更新:2015年02月05日 21:01