938 :ルルブ:2015/01/19(月) 21:03:21
「第三話 毒蛇」

1945年8月17日未明

霞ヶ関近郊のとある省庁。そこに本田宗一郎が主体となって開発した新型車両インサイトが1台止まった。
流線的な車両から降りてきた少佐の階級章をつけた男は一服する。

「タバコはアメリカ産に限る」

そう思っている。まあ、一本吸い終わって、吸殻を携帯灰皿に入れる。
気がつくと4時になっている。

「あと2時間ほどで始電が走るな」

付き合っているとは言い難いが、大人の男女関係にある亡命ロシア貴族の子女から貰った双頭の鷲が描かれた懐中時計を見やる。
男が出てきた。頑丈なカバンを持っている。そして海軍のよく使う背嚢も背負っていた。

「貴方が草加拓海中佐ですか?」

「そうです・・・・・少佐」

そう言って助手席のドアを開けてやる。時間が惜しい。さっさと乗れ。
無言で言う。
草加と名乗る海軍中佐も同意したのか、そのまま車に乗り込んだ。
無言のまま羽田空港へ向かう車内。
と、草加がタバコを差し出す。日本産。

「吸うと聞きましたが・・・・如何ですか?」

「僕のことをよくご存知で・・・・もらいます」

「どうぞ」

車内にある熱伝導ライターで火をつける。
窓を少し開け、大正時代の帝都大改造時代に夢幻会主導で行われた高速環状道路を時速100kmで突っ切る。
法定速度ギリギリで一度速度違反で捕まったのだが、軍用ナンバーがある為か、それとも助手席の男の見せた書類のおかげか、内務省の警察官は慌てて敬礼し解放する。

「で、草加中佐殿態々満州帰りの厄介者を捕まえて何をしたいのですか?
僕に何の用が? お役に立てれば幸いですけど?」

自家用車でこの速度。嫌味はない諧謔的な笑みを見せる少佐に中佐は黙々としていた。
盗聴の可能性はない。ましてこの車の本当の持ち主のことを考えると尚更。
徐ろに彼は口を開く。

「少佐。私の帯びた任務は特殊であり重大です。そして私が考えるに解決策はそれほど多くはなく、しかしある方法が有効と判断しました。
が、残念ながら私には力が足らない。だから少佐の、正確には少佐の親族のお力等を必要としたい」

「親族?」

「ええ、親族です」

こいつは

「そいつは面白い。そいつは愉快だ。は、親族。僕ではなく僕の親族ときたか。
どうやら僕の第一印象は間違っていたらしい。中佐の噂は聞いていたが・・・・そこまで俗物的な方とはね」

ハンドルを握りながら頭をふる。
更に自分のポケットからタバコを出そうとして、彼は言った。

「もちろん、貴方が不愉快になるのは知っている。その上でお話した。
さて、少佐。話は変わるが・・・・・・・」

どうやら本題だ。そして本題を聞いた男は笑い出した。

「ふ、ふふふ。はははは。そうか、そうか。中佐の狙いは僕の出自に僕の義兄か。
確かに。確かに。中佐の思惑通り、僕の義兄は由緒正しき華族であり、帝国の貴族議員であるな。
その伝手を使いたい。その為に僕を利用する、か」

無言となる車内。道路はやがて空港に入る。警備の警察が小型小銃片手に検問するも、一枚の書類で簡単に通過。
少佐は車を羽田空港第一駐車場に入れてくると言って草加を第一ターミナルに下ろす。
そして周囲に誰もいないことを確認し、窓を占めて、ソニーと言う新興企業の開発した音楽機器を最大し、

「ふ、これで奴は英雄になるのか?
だが奴は知っているのか? 国家が望む真の英雄とは何かを?
僕は知っている。ああ、畜生。畜生め。残念なことにあの上海で僕は知ってしまった。
国家にとって真に必要な英雄とはモノを言わぬ英雄であると言う事を。
おめでとう、中佐。誠におめでとう。心より賛辞を贈ろう。戦争の先輩として。
貴官があの戦争で、あの戦場でどんな地獄を生き抜いたかは知らぬが、君が今求めるモノは恐らく違うだろうよ。
クソッタレが!!!」

少佐と呼ばれた男は盛大に毒づく。

940 :ルルブ:2015/01/19(月) 21:03:59
大英帝国。

グレートブリテン島に本国をおき、連合王国として産業革命の鏑矢となった帝国。
欧州の海軍全てを制し、七つの海を支配し、太陽の沈まぬ帝国とも国王陛下の大帝国とも謳われていたこの国は今、混迷期に突入している。

『フリッツに負けて、カエル野郎に恨まれて、戦争で負けた挙句、ヤンキーとアカに全額つぎ込んだギャンブルのせいで破産寸前。
止めにサムライからも見捨てられかけていて、世界中から孤立しちまった』

要約するならばこう言う言葉になる。
それは至極当然にして、当事者にとって不愉快極まりない。
だが、現実。
そこからは逃げれない。否、英国紳士の誇りにかけて逃げるわけにはいかぬ。
それが我らの矜持。誇りなのだから。
妄想に浸る余裕がある隣国のチョビ髭伍長閣下や、喚き散らして好き放題できた筆髭のグルジア親父殿とは違うのだ。

『分断し統治せよ』

彼ら英国紳士の世界統治の大原則。
だが、それは崩れた。認めよう。認めるしかない。もはや国王陛下の忠実な代理人は世界の主催者ではないのだ。
ナチス・ドイツによる事実上の欧州統一と日本による新興にして強固な太平洋経済圏ブロックの確立である。
世界を支配していた矜持はあっても実力は既にない。
仮に英本土上陸作戦が成功すれば英国王立陸軍は本土防衛は困難極まるだろう、いや、不可能だと言っている。
故に、英国防衛その前提条件である制海権と制空権の確保なのだが、迎撃側の利点を考慮しても危ういというのが円卓の結論。
海軍力でもやがて質で追いつかれ、空軍力では明らかに互角であり、陸軍力は泣けてくる程差がある。
幸いな事はその対象、現在のローマ帝国となり、蘇ったナポレオン、つまりはアドルフ・ヒトラーが率いるナチス・ドイツの主戦力が東部戦線と北米戦線、そして新領土の治安維持に振り向けられている事だけだ。
そう、英国軍の軍事力は既に地方大国レベルまで低下している。
かつて世界中の海洋を支配し、植民地を支配した帝国は消えた。
だが。

「だからこそ、黙って消える訳にはいかない、そうだね?」

今こそ立ち上がるときと愛国に燃える円卓の騎士。
彼らは他国が聞けば、「こいつ気が狂ったのか?」とでも言われかねない事を平然とやっていた。
全ては国王陛下と大英帝国の為に、と。
この様な情勢下。不眠不休で国家体制維持のために邁進する愛国者たち(自由フランスなどから見れば最悪の裏切り者集団だろうが)の中で。
円卓会議の一室である一報が議題に上る。
本来なら冗談か誤報ですと言われても可笑しくない、いや、当然の知らせに、何故か積極的な反応したのは『連年失態続きにもかかわらず潰されない奇跡の機関』、「MI機関」である。

『日本国海上自衛隊所属イージス護衛艦みらい』

彼らが集ったのは無論、訳がある。暇ではないのだから。というか、暇な無駄飯食い(生物・非生物を問わず)は問答無用で国外追放(売却とも言う)である。割と真面目に。
こんな中で東洋から届いた一通の電報。幸か不幸か世界中を巻き込むかも知れない電報が理由だ。

その電信の報告を受け取った(正確には経由した)のはインド総督府。
そして最初の受信者はコロンボに活動拠点を持つ英国海軍東洋艦隊である。
彼らはインド洋演習で日本海軍と別れた後、艦隊と共にスペイン領である欧州枢軸のインド拠点、西インド洋のゴア市をを艦隊で威圧。
欧州枢軸に対して睨みを聞かせていた所、8月15日に件の電報を受信する。

941 :ルルブ:2015/01/19(月) 21:04:36
『誤字か誤信ではないか?』

初めて報告を受けた者も、一応上告した者も、東洋艦隊の主席幕僚たちも最初は殆どがこう考えた。無理もない。
事実、戦前の英国軍以外の海軍なら所詮は黄色人種の艦隊であるし、自国の所属を間違えても仕方ない。
いやはや、インド洋まで来れただけ大したもの。誤報だ、誤信だ。
そう受け取るだろう。
だが、そこで艦隊司令官のフィリップス大将は待ったをかけた。

『日本海軍は我が王立海軍の直弟子であり、二度の大戦で共に欧州まで遠征し、戦った戦友である。
その後の対米戦、それ以前の対独・対伊戦の奮戦と圧倒的勝利、そして数ヶ月前のインド洋合同演習での艦隊運用の見事さにBOBやこの演習での航空機の先進性。
認めるしかない、彼らは我が軍と同等。いや、我が軍以上の練度と質を持つのだ、と』

そして大将は参謀たちに逆に問いただした。

『そんな彼らが、あそこまで強大な海軍国がこんな初歩的なミスを、しかもこれほど強烈な電波で誤信をするだろうか?
私にはそうは思えない。では謀略か何かか?それも違う気がする。
海軍単独の謀略・諜報戦などナンセンスであろう。
何より、謀略を仕掛けるには陸上から距離が遠すぎる上、中途半端な内容だ。
だが、電信の内容と強度は本格的である。まるで戦艦や空母から発信したような、と先ほどの通信員は報告していただろう?
そして・・・・通信参謀、改めて確認するがその電報は確かに一つの文として完結しているのだな?』

頷く参謀。
決定打。

『通信参謀、本国にこの事を通信しろ。そして日本軍全体の動き、いや、政府間の連絡にも網を張れ。できる限り慎重に、だが、大胆に、だ。
電文は・・・・・こうだ』

スタッフが慌ててメモを出す。
それを見た彼は続けた。正確に英国上層部に自分の疑惑が伝わるように、と思いながら。

『我、インド洋ニテ所属不明ノ電波発信ヲ傍受セリ。発信元ハ日本国海上自衛隊所属護衛艦ミライ。
追伸、電信ニ寄ラバ、護衛艦ミライ所属ハ日本帝国海軍ニアラズ。日本国海上自衛隊ナル軍事組織ナリ。以上』

この報告を受けて大英帝国情報機関は動き出そうとしていた。

942 :ルルブ:2015/01/19(月) 21:05:33
1945年8月19日

「大尉」

「は」

草加中佐は傍らにいて、明らかに緊張している津田大尉に声をかける。
外は回転翼機の、ヘリの爆音で煩くて聞き取りにくい。

「君は平行世界を信じるかな?」

きょとんとする。
何を言っているのか分からなかった。

「あ、へ、平行世界、でありますか?」

「そうだ。例えばだが・・・・・・対米戦に敗れ、原爆を本土に投下され、日本中が富嶽に匹敵する爆撃機で滅菌作戦の様な攻撃を受ける世界」

「!?」

「さらには本土が直接敵軍の上陸を許しており、それを阻止する術は既に体当たりによる自爆攻撃しかない。
無論、無敵皇軍は過去の話であって陸軍主力も連合艦隊も海軍航空隊も壊滅状態。残存艦隊は油もなく、母港にも帰還できず、ただ朽ち果てている落城寸前の鋼鉄のオブジェだ」

ゾッとするとはこの事か?
一瞬だが時が止まり、音が消えた気がする。
周囲の整備兵や、陸軍上層部の意向からか、陸軍から出向で件の巡洋艦みらいに乗艦する予定の支那と北米両方の大陸を渡り歩いた少佐もこちらを見ている。

「そのまま日本の海外統治領は無論、自国の内政自治権まで全て奪われ、何百万という餓死者を出し、戦死者をうみ、海外在住の邦人を拉致されてしまいその事に異議さえ申し立てられない敗戦国、無条件降伏した占領下の日本」

絶句する周りを無視し中佐は続けた。
それは今の帝国の繁栄の完全なる否定。そしてアメリカ合衆国と中華民国が辿った道と酷似した日本の運命。

「派手に散る、戦って全力を尽くして華々しく名誉ある死を承った。
万歳と叫びながら、律儀に健気に勇敢に・・・・・そして悲壮なまでに美しく・・・・・悲しい死を迎える」

草加の言葉は変わらない。
だが、妙に現実感がある。それはまるでハワイ沖で散ったアメリカ海軍のような気がする。しかしどことなく憐みはなかった。
いいや、怒りさえ抱いている様な気がしてくる。

「そんな世界があるかもしれない・・・・・そうだとしたら津田大尉、君はその時自分が何かできるとしたら、先ずはどうする?」

答えを求める草加中佐は、自分の先輩は。
顔こそ笑顔だった。だが、底冷えするような冷たい視線を空に向けていた。
そう、今は隠れつつある太陽の方角へ。

「私には・・・・・」

答えは言えず、中佐も答えを求めてなかった。
だから自分たちはそのままヘリに乗ろうとし、

「中佐」

「ん?」

あの空港以来一言も業務以外で口をきいてなかった相手が自ら喋った。
そこに暗い情熱を灯しながら。

「自分ならその時の国家指導者をくびり殺しますな。容赦なく。一切の躊躇なく鏖殺する。
無能な働き者は処刑せよ。正に格言至言です」

この言葉にぴたりと草加中佐は立ち止まった。
だが、振り返らない。
言った陸軍の少佐も脇目もふらずに大胆不敵に歩み続ける。
まるでそうであれ、そうだろうとも、それこそが戦争で上に立つものの義務であると言わんばかりに。

「我が国の伝統として散る桜は美しいとも言います。
それについてはどうですか? 少佐?」

「例え伝統と名誉がそれを許したとしても、僕は僕自身の為にそれを行なった者はゆるせませんね」

陸軍の軍服に特注の軍刀を装備した小柄な男はそれだけ言うと真っ先に機体へ乗り込む。
後は知らぬ存ぜぬ好きにせよ、そう言わんばかりに。
草加も一瞬だけ肩をすくめると彼に続いた。我に返る津田。

「少佐、中佐。兵士たちが不安になります。
冗談は酒の席だけにしてください」

津田はそれしか言えなかった。
他の兵も直ぐに仕事に戻る。そうする事で戯言を忘れるように。

943 :ルルブ:2015/01/19(月) 21:08:37
みらい艦上

角松は数名の小銃とヘルメット、防弾ベストで武装した乗組員と共に待っていた。
戦艦伊吹を名乗った軍艦から一機のヘリコプターが向かっている。
だから後部甲板を開けておいてくれ。そういう事だった。

「副長・・・・前方を・・・・旧軍の・・・・軍人たちが・・・・来ます」

それは誰が言ったのだろうか?
まるで50年代の映画に出てくるヘリが飛んでくる。

「乗っているのは三人・・・・・軍服からして旧軍の人間。しかも陸が1に海が2、てところか?」

双眼鏡を下にする。思わず腰のベレッタに手をやるが・・・・ゆっくりとそれを戻す。
周りは緊張している。誤射を防ぐために89式のマガジンは空だ。
実際に白兵戦になって実弾が使えるのは支給されているシグ、つまり拳銃1マガジン分のみである。
不本意な撃ちあいを避けつつ、部下を守る苦肉の策に思わず、だが、無表情のまま自嘲する角松。

(俺の仕事は案内係りだ。撃ち合いじゃない)

それに「向こうも同じ言語を話す日本人」だ。

言うじゃないか。

格言だ。

「話せばわかる」

そう言い聞かせて。

(で、犬養毅首相みたいに問答無用で撃たれ・・・・やめとくか。正夢になると嫌だからな)

とにかく喉が渇いた。緊張をほぐすためにも皆と一服したいがそれを我慢する。
音が近づく、つまりはヘリが近づいてきた。着艦間近。
そして見事な着艦。目視で確認する。
直ぐに艦内電話を使い、CICにいるであろう同期に連絡をとる。

「菊池三佐を・・・・そうだ俺だ、角松だ。海軍さんのヘリが無事に着陸した。
これより客人を艦長室まで案内する。
ああ、わかっている。それよりみらいの周囲に展開している・・・・・自称大日本帝国海軍の動きに異常はないか?」

『問題ない・・・・・見事な艦隊運動であるとしか言い様がない。
左舷と右舷に戦艦と数隻の巡洋艦部隊が距離を保ちつつそれぞれの主砲を全門向けている以外は、な』

「ふん、楽しい海洋実習だな?」

思わず皮肉が出る。
何が楽しくて大艦隊に砲門を向けられた状態で巡航しなければならんのか。
まともな軍事教練を受けた人間なら罵倒の100ダースは出るだろう。
或いはさっさと逃げ出すか。

944 :ルルブ:2015/01/19(月) 21:09:35
『ああ、そう思うよ。向こう側にしたらいつでも撃沈できるつもりだろう・・・・それと空母部隊は当然のようにハープーンの射程外にいる。
仮に戦艦を沈めても・・・・沈むかどうか怪しいが・・・・・空襲は必至だな』

「もっとも」

『もっとも、俺たちの先祖にミサイルという兵器の概念があるかどうか・・・・』

「了解した。いざと言う時は任せる。ああ、やはりあまり待たせて話を拗らせるのは良くない。
これから出迎える。それに直感だが奴さんはきっとミサイルに相当する兵器の概念はあると思うぜ。以上」

俺はヘルメットを被り直すとそのまま胸を張って出て行く。
虚勢でもいい。ヘマさえ打たなければとにかく今は前で話をする事が、相手に飲まれず相手を飲むことが必要なんだ。
そう周りと自分自身に言い聞かせて。

「ようこそ、みらいへ。
俺は日本国海上自衛隊護衛艦みらい副長の角松洋介二佐だ。乗艦を歓迎する」

捧げ銃の格好で6名の自衛官が礼を施し、自分も敬礼する。
すっと、白い海軍中佐の階級をつけた男が敬礼をする。
続けてまるで悪人のような陸軍少佐も、そしてまだ自分より若そうな大尉も敬礼する。

「こちらこそ、小官の名前は草加拓海。階級は貴方と同じ中佐だ。お会いできた事を光栄に思う。
それでこちらが、津田大尉。もう一人の方は特務の為に単に少佐と読んで貰えると助かる」

「一応、二名のみと伺っている。というと、陸軍の方と草加中佐を案内すれば良いと捉えるが・・・・・どうか?」

「その通りだが・・・・何か不服かな?」

草加と角松のやり取り。
その間無言で直立不動の帝国軍将校。対して困惑する自衛官。

(こいつ・・・・挑発してるのか? なら乗ってやる・・・・外交は強気から、だ)

それが正しいかどうかは別として。
草加に対する角松の直感は言っていた。ここで怯むな、と。

「自分は特使と呼ばれる人々を案内する様に言われている。その中で得体の知れない人物を艦の最高責任者に会わせるわけにはいかない。
どうしても会いたいのなら姓名と官職を名乗ってもらいたい。そこの陸軍少佐に」

どうしたものか。

(どうする気ですか中佐!)

津田大尉は自己紹介をした後に思う。未だに口を開かない左横に立っている少佐を。
彼が特別なのはその独特の気配だ。
勇敢で臆病かつ大胆不敵な小心者。

(北満州では投降しようとしたゲリラの村を問答無用で焼き払ったと聞くが・・・・この少佐はどうでるのだ?
そして草加中佐は何故こんなやつを?)

にやり。
少佐は笑った。

「どうやら貴方は有能な将校のようですな。戦時昇進続けのにわか佐官の僕と違いまして。
中佐殿、こちらの中佐殿の言うとおりです。
ここは海軍さんに花を持たせる、それでいいのではありませんか? 海軍には海軍の礼儀があるでしょう」

言外に二佐を中佐と言い直し、更に釘を指す。
口調こそ穏やかだが笑顔が邪悪である。

「そうですな。少佐がそう言うならばお言葉に甘えましょう。
それで・・・・・角松洋介中佐、艦長の元へご案内をお願いしますが・・・・よろしいでしょうか?」

「こちら・・・・・」

そう言って二人は先の見えない『みらい』に進んでいった。
一人の凶相の陸軍所属の少佐を残して。

第三話 完

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最終更新:2023年02月28日 16:27