974 :ルルブ:2015/01/20(火) 10:21:32
「第四話 葛藤」

海上自衛隊イージス護衛艦「みらい」と接触する大日本帝国軍遣印艦隊の戦艦「伊吹」「鞍馬」を中心とする艦隊。
彼らの漂流軍艦はその名前通り、本来の歴史では有り得たであろう存在として、また本来の歴史ではあり得なかった存在に対して、この邂逅は双方にとって少なくない影響を与えるであろう。
当然だがそれが如何程のものになるかは、接触を命じた夢幻会の中にも詳細が分かるものはいない。

1945年8月22日 みらい艦長室

双方の会談は日を跨いで行われている。
といっても、連絡将校や連絡の為に派遣されてくる役員間の意見交換となんら変わらない。
表向きは、だが。
当然だが、時空の漂流者とでも言うべき「みらい」と乗組員らが欲しいのはこの世界の情報であり、世界の覇者になった夢幻会を中心とした日本帝国が欲しいのはみらいの持つ情報そのもの。
そして、余計な混乱を招きたくない双方が極秘で小規模な会見で話を進めるのは簡単に合意できる。

みらい側は梅津艦長に角松ニ佐。
日本側は草加中佐と津田大尉。
件の陸軍少佐は貴賓室で優雅に待機している、らしい。
もっぱら話しているのは草加拓海と梅津三郎だ。

「梅津大佐。改めてこれまでの情報を整理しましょう。
つまり貴官ら自衛官という軍人に、この「みらい」という軍艦は日本国海上自衛隊所属。敢えて断言するが、我が大日本帝国海軍の艦船ではない、大日本帝国の民ではない、そうおっしゃるのですね?」

草加の問いかけに梅津一佐は背筋を伸ばし改めて答える。

「その通りです。我々は何の因果か、或いは何かがあってこの世界に来ました」

ほう?
草加の顎の前で両手が交差する。
秘書官役の津田大尉の万年筆が若干震えている。
怒りか、恐怖か、驚きか。
仮に例の陸軍少佐がいれば内心で罵倒しただろう。
目の前の人間の言う言葉に、あの上海大虐殺帰り特有の狂気を纏う少佐はかつての硝煙の匂いを思い出しながら。

「ふむ・・・・梅津艦長。それは片道通行で帰る方法は分からないとお伺いしたのですが・・・・にもかかわらず、貴官らは帝国への帰属には反対する、と?」

首を縦に降る。
肯定する艦長。
何も言わないということはとなりの副長も同じ意見か。

(よくそれが通ると思っているな・・・・楽観的なのか・・・・いや、よほど驚異的な、原爆に匹敵するような何か切り札があるとみるべきだな・・・・まさか単に理想論を語っているだけ、ではないだろう)

津田大尉は警戒レベルを上昇させる。

(そうだ、相手は所属不明であり、訓練も十分だが所詮はたった一隻の巡洋戦艦。
大きさも金剛級より小さい巡洋戦艦。
その程度で嶋田首相らから東南アジアに展開する帝国海軍各艦隊と、陸軍と警察そして民間への徴発権限に、シンガポール鎮守府展開中の陸海軍航空隊と、およそ考えられる全権を与えらたのが中佐だ)

会議冒頭の発言には流石に自分も度肝を抜かれた。

『私、草加拓海は伊吹級戦艦2隻、大鳳型空母1隻を基幹とする艦隊2つと総数240機の陸海軍航空隊、在シンガポール駐留陸軍の一部の指揮権を持ちます。
これは嶋田内閣の閣議決定で決まり、陸海軍各大臣、内務大臣の了承を得ております』

『こちらがその許可証であり、命令書です』

そういって取り出した命令書には畏れ多くも菊の御紋が。
しかも印刷されたのではなく、和紙に手書き。各大臣の印鑑も5つほど並んでいた。
だからすぐに折れると思ったのだが・・・・既に会談開始から4時間。
予想以上に長引いている。
用意してくれたポッドの水も何度も空になっている。

「仰る意味は分かります。同じ言語を話し、ほぼ同一のアイデンティティを持つ日本帝国に帰属する事が出来れば様々な意味で助かる。
中佐はそう言っているのですね?」

津田はまたもや思う。
そうだ、なぜ同じ日本人がここまで対立するのだ、と。
まして帝国は裏切り者のイギリス以外は有力な味方をはおらず、それでいて世界中に軍を派遣する義務を負っている。
国益のために。

(先ほどの話からすれば、あなたがたは半世紀以上未来から来たとの事。
とはいえ、事の是非や真実はともかく同じ日本人のはず!! 現にこうして日本語で話をし、艦尾には日本の国旗が、日の丸が掲げられている!!
なのになぜこの国難の時期に協力しないのですか!?)

975 :ルルブ:2015/01/20(火) 10:22:13
自分が情報将校ではなかったらそう怒鳴っていたかもしれない。
それだけ目の前の相手は煮えたぎらない態度に見える。
が、草加中佐は焦りの色を浮かべず飄々としていた。まるでおとぎ話の仙人のようだ。
因みに夢幻会主導の政府の影響下にある官公庁(無論、軍や警察、教育機関も含む)、最近は民事事件ばかりで影が薄いが司法(大審院)、一党独裁じゃないのかと陰口を叩かれる立法府(国会)の若手や優秀な識者は現状が決してバラ色でないと理解していた。
というか、させらている。

「梅津大佐は話が早くて助かりますね。それにお互いが共通の民族であることも幸運でした。
我々、つまり帝国政府としてはこの軍艦とそれに付随する一切合切を第三帝国や大英帝国、もしくは別のどこかの国々に渡すわけには行きません。
国家の利益のため、国家の存亡のため、そしてこれからの日本と日本人の繁栄のためにも。
国に忠義を尽くし、義務を果たさんとする姿勢は我々も貴方方も同様。
立場は若干違えども、「未来の日本人の為」、「現在を生きる、日本に住む日本人の為」に国家公務員として奉職する義務がある。
日本の未来のために、日本人のために。ならば我々はその一点において協力できるのではないですか?」

国のためではなく、国に住む人のために協力しよう。
過去の栄光ではなく、未来の可能性のために力を貸してくれ。
今を生きる日本人を守るために、日本の公務員として奉職するべき。
それは梅津らが想像し、対処しようとシュミレートしていた旧軍の軍人からは考え難いアプローチの方法である。
思わず角松も梅津も心が揺れる。大きくはなかったが。

「なればこ・・・・・」

反論しなければ。
しかし。

「そう、なればこそ、です。失礼。
話を遮りました梅津大佐。どうぞ」

反論を敢えて潰し、また促す。
この中佐は予想以上に役者であり、いや、政治家だ。それも一流の。
梅津は目の前の相手が隠しているであろう切り札が、いいや、手札の一枚さえも明確に見えてこない、見せようとしない事に恐れを抱く。
だが、恐怖を必死に殺す。相手に飲まれないために。

(自分が日本国の自衛官である為に・・・・・決して、旧軍の軍人ではない。それを忘れないために)

そこでヘルメットだけを机の上において、後は陸戦仕様の装備に身を固めていた角松が初めて口を開いた。
これだけは譲れないのだ、そう言わんとしている事が気迫でありありとわかる。
副長として艦長を支援している、その姿勢も。

「・・・・・・中佐の言うことは我々に「我々が生まれ育った日本の日本人」としての全てを捨てることを強要していると言っても過言ではない」

大きく息を吸う。

「草加中佐、津田大尉」

続ける。息を吐く。

「貴官らの祖国、大日本帝国を名乗る第二次世界大戦を勝ち抜いた太平洋の覇者は私たちの故郷ではない。
少なくとも貴国は・・・・隣国の中華人民共和国らと対立し、米軍とともに世界中に展開していた事実はあっても.
あの昭和20年8月15日に迎えた終戦から戦後80年間一度も戦争をした事がない銃を抜かない事を誇りとする日本国ではありません」

976 :ルルブ:2015/01/20(火) 10:22:50
80年戦争をしてない国家?
確かに半世紀先の2025年からここに出現したと聞いたが、まさかこれだけの軍艦を持ちながら80年一度も戦ってないというのか!?
驚いた。思わず腰を浮かし、椅子を倒す。

「あ! し、失礼しました!!」

津田は慌てて椅子を戻すも思う。この混乱と混沌とした時代。
弱肉強食、盛者必衰の理を表す世界を勝ち抜き生き抜いている日本とは考えられない。
独仏ソは奴隷制に民族浄化を進め、英国も可能な限りの植民地支配を強め、中華は国家秩序が崩壊し春秋戦国時代初期(末期ではない)もかくやという内乱状態。
米国は生物兵器流出によるバイオ・ハザードで東西南北で鉄条網と重機関銃による国境線封鎖。
アジア諸国は生き残りをかけ近代化と軍備増強に邁進し、日本は日清戦争からほぼ10年単位で戦争状態。
これが常識の世界で、80年もの長きにわたって一カ国と同盟を結び続け、戦火が及ばぬ国家があるなどと。

「例え同じ言語、同じ慣習、同じ通貨、同じ度量衡、同じ歴史を歩んでいても、ですか?」

が、草加中佐は冷静だ。
まるで知っているように。知っていたように。

「厳密には同じではない、と考えます。例えばこれです」

そう言って梅津は財布から500円硬貨と1万円札を出す。
見事だ。
職人の技と大量生産を両立させていると付け加える角松。
硬貨の見事さに、肖像画の透かしの入った和紙でできた札。
これを通貨として大量に用意し、流通させるのは戦後特需の日本でも難しいだろう。
いや、世界中でもこれを流通させるのは不可能だ。

「日本帝国ではこれは存在しないはず。しかし、我々の世界では・・・・・祖国ではこれがある。そこは小さくない違いではないでしょうか?」

言外にこれが80年の平和だ、そう言っている。
だから捨てる事はできない。

「・・・・・・・・」

沈黙する草加拓海中佐。
追撃する角松洋介ニ佐。

「貴方がた旧軍の言い方にすれば、我々みらいの乗組員は日本政府に奉職するのであり、大日本帝国に忠誠を誓った存在ではありません。
まして、この世界の日本は大義名分もなく、かつ一方的にメキシコで核兵器を実戦投入しています。
これは許されざる暴挙と言える」

「な!?」

津田大尉が何か言いたそうに口を開き、必死の自制心でそれを閉じる。
現役軍人にとっても、今を生きる日本の民間人にとってもメキシコへの核兵器投下は戦後秩序確定した分かりやすい事例。
繁栄する唯一の列強としての地位からか、このメヒカリ核攻撃を否定的に見る事は左翼よりの新聞社ですら出来ない。
核兵器万能論に加え、先制核攻撃と日本による新世界秩序の確立達成という過激論でさえ飛び交いつつある。
残った外敵が人種差別、奴隷制度を基本とするドイツ第三帝国などなのだから当然といえば当然であるが。

「そうですか・・・・・分かりました。
ところで話は変わりますがこの巡洋戦艦と我が艦隊はまもなくシンガポール鎮守府の防空識別範囲に入ります。
気になっていたのですが・・・・この艦の燃料の方はどうされますか?」

「・・・・・・」

痛いところを痛いタイミングでついてくる。
角松はそう思う。
仮に拒否すれば全軍を動かし、兵糧攻めでくるだろう。
内燃機関搭載の軍艦であり、自分たちが旧軍から発展してきた組織だと知っている以上、この軍艦の心臓部が何かしらの化石燃料で動いているのは理解している筈。

(ましてこの草加とかいう男は情報将校で中佐だ。政府の特命を受けるほど優秀な軍人)

角松の懸念を知っているかのように、或いは見透かしたかのように草加は続けた。
それは勿論、みらい艦長の梅津にも伝えるべくして伝える。

「まさか世界中を回れるだけの燃料があるとも思えません。
仮に東京帝国大学などで提唱されている理論上は可能な原子力機関を導入していたとしても水や食料はどうしようもない筈。
見る限り、この軍艦の人間は衣食住のうち食についてはどうしようもない。消費する一方で補給はない。
違いますか? 梅津大佐。大佐は艦の最高責任者・・・・みらい艦長としてどうされますか?」

言いたい事、いや、草加のやりたい事は分かった。
こいつは的確に俺たちを無力化したいのだ。
しかも無傷で「イージス艦みらい」そのもの全てを欲している。

977 :ルルブ:2015/01/20(火) 10:23:35
「草加中佐。我々が補給の為にシンガポールに寄港した場合の対価は何ですか?」

険しい視線で睨みつけ答えない角松に代替して梅津が腕を組みながら聞いてくる。
彼も角松同様に表情は硬い。
当然だろう、目の前の男は異質にして異物なる「みらい」をまるで知っているかのように扱い、適応している。
こちらに戸惑う横の津田という大尉に比べて遥かに度胸があり、肝が座っている。
というか、座りすぎている。
戦略も・・・・・詳細は分かりかねるが何か一本立てしていてそれに沿っているとしか思えない態度である。

「角松中佐。食料に水とこの半年間で日本各社が発行した日本文字の新聞スクラッチ、それに娯楽作品など私の権限で直ぐに提供できます。
勿論、重油もある程度の量は保証します。ただし、埠頭には入港せず外洋での洋上給油とさせて頂きますが・・・・・どうですか?」

やはり。
この軍艦を見せたくないのはあちらも同じ。
できれば内密に処理したい、という事。

「条件付きの重油補給というのはこの艦の進路を決める、そういう事ですね?」

梅津の言葉に軽く頷く草加。
それをみて苦虫を何十匹も噛み殺す津田、角松。だが別のことも思う。
国家とは利益のために軍を動かす。それがこの大艦隊だ。
みらいが超常現象でこの世界に来た。それはもう間違いない。
ということは、俺たちと同程度かそれ以上に「みらい」の情報も無かった。
無かった筈なのにあの初動の速さは異常だった。数日後には戦艦2隻が護衛部隊と共に出迎えである。
それはインターネットも何もない情報伝達が21世紀に比べて遥かに遅れている東京の政府上層部が即決即断したという事。

(普通じゃありえない。そう、ありえない速さだ。俺たちの世界のアメリカだってできないだろう。なのに1945年のこっち側の日本は即決した。
という事は・・・・・この大日本帝国政府も何かしら爆弾を、特大な奴を持っている、ということじゃないのか?
まあ、80年先の未来の軍艦だ。隠したいのは分かるが・・・・・なんとなくそれ以上の何かを感じるな。
直感だが・・・・・この軍艦に異常にこだわっている気がする。
この中佐といい、与えられた権限といい。この「みらい」を一隻の正体不明艦としてではなく、別の何かとして・・・・・考え過ぎ? いや、しかし)

いつのまにか角松は思考の海に潜ってしまった。
その後は草加と梅津のやりとりが続いている。

「それは主権の侵害だ」

「艦長ともあろう人物がいつまでも理想論を語れないのはお分かりのはずでは?」

「・・・・・・だが」

「ではこうしましょう。艦長らみらい幹部も乗組員も誰も拘束しません。その代わりに外部との接触は原則禁止。
代わりと言ってはあれですが、許可を取った上での接触時には我々が最大級のおもてなしをします。
貴方方の世界以上に危険なナチス・ドイツなどの世界情勢を鑑みて電子通信、レーダーの使用は厳禁としましょう。
そして重油の補給等が完了した後はシンガポールから艦隊と共に日本に来てもらい、そこで帝国首脳部と正式な面談を行う、という事で如何ですか?」

草加の出した譲歩。
身柄は拘束しない。
しかし、外部との連絡は一切許さない。
全ての接触は許可制にする。

「それまではこの状態である、と?」

梅津としても落としどころを探っている。
目の前の海軍軍人が指摘したように、永遠に海を漂う訳にはいかないのだ。
彼の自衛官として、艦長としての責任感がそれを告げる。

978 :ルルブ:2015/01/20(火) 10:24:15
「ドイツ海軍太平洋艦隊が存在していた場合、マラッカ海峡も危険になりますから」

ありもしない嘘。
まあ、冗談の一種だな。そう津田大尉は苦笑いする。

「ドイツのUボートか。こんな所に、まして大艦隊を襲撃できるほどの艦隊が水中にいるとも思えなませんが、どうなんです?」

「常識からしていないでしょうな。ただ・・・・・」

「ただ?」

「念には念を入れると言う事です」

海中にも部隊が展開している、暗にそう言ったと梅津はとらえた。

(つまり監視役、いざと言う時の死刑執行人か)

数分の沈黙。
置時計がなる。
視線を皆が見やる。そして互いに面と向かい合う。

「それで、返答の方をお聞かせ願いたいものですが。
彼此、私たちは6時間ほど貴艦に乗艦しているので一旦報告する義務があります。
我々は帝国海軍の軍人ですから」

「我々は帝国海軍の軍人、ですか。なるほど」

草加は最初にあった時と同じような穏やかな目に戻り、頷く。

「ええ、角松中佐。敢えてニ佐ではなく中佐呼ぶのも我々は貴方がたを同等の軍人であると考えている、考えたいと思っているからです。
よろしいでしょうか?」

嫌味じゃなかったのか?
角松は口にはしなかったが視線はそう言っていた。

「一時休会を申し上げる。とりあえず、迎賓室に案内しましょう」

「ありがとうございます、梅津大佐」

「こちらこそ有意義な時間をありがとうございます、草加中佐」

一旦退出する津田と草加。
そう言って案内される中。
女性自衛官が二人に350mlの赤いコカ・コーラを自動販売機で購入し、渡す。
そのままどうぞ、と言って部屋の鍵を開ける。
だが、津田はある文字に釘付けになった。

「へ、い、せ、い」

「?」

津田大尉が驚いている。
それを見た女性自衛官だが何事かと思い、まあ、無理もないかと思った。
彼女の歴史では「平成」が始まるのは、つまり「昭和」が終焉を迎えるのは40年近く未来の事なのだから。
そしてこの大尉さんがそれを見るとしたら老人と呼ばれる時代なのだ。

「ああ、平成ね。このみらいは平成36年に建艦されたから。
天皇もすごいお爺ちゃんだし平成の世も終わりが近づいているわよね。
まして大正の2倍、明治まであと10年ほどだったし。私が帰国した時には平成はなくなってる・・・・」

その言葉に一瞬だが唖然とし、次の瞬間に津田は気が付く。
彼女は何気ない仕草で、そう、本当に何気ない仕草で彼女は皇室の死を題材にし、それを恥じる事も怯む事もなく述べていた。
天気予報を語る日本国営放送局(NHK)ニュースキャスターの様な口調で。

「失礼ではないですか!!」

思わず津田が怒鳴った。

「陛下の御年を論ずる上、崩御されるかもしれぬというのにその態度は・・・・・如何に大和撫子とは言え無礼にも程がありますぞ!!!」

前線で戦った者、今なお、戦後秩序確立の為に身を粉にして働いている者にとり、この言葉はある意味当然。
敵国であるドイツがヒトラーを崇拝するように、この日本もまた皇室を尊崇している。
戦前・戦中・戦後、いや、明治維新以来の伝統はさすがの夢幻会といえども(或いはだからこそ、かもしれないが)破壊する事は出来ずにいる。
夢幻会が最も失敗している、或いは消極的なのが「皇室改革」なのだ。
それは「竹のカーテン」という日本史上最も厚く、重い扉の向こう側のこと。

「あ、それは・・・・・そうね・・・・・ごめんなさい」

謝る。
それを見て自分が改めて異世界にいる、異世界に来たと知る。
意外なことに扉が開いた。
室内から開けられたのだ。そして。

979 :ルルブ:2015/01/20(火) 10:26:22
「ああ、気を悪くしないでくれお嬢さん。
津田大尉も悪気があった訳では決して無い。
ただ単に我々日本人の当然の反応をしたまでのことです。
理解してもらえるとありがたいのだが・・・・・どうですかな?」

陸軍の軍服を着た男が部屋に用意されていた麦茶を飲みながら言って来た。
これは彼なりの援護射撃だろう。
ただ、日本人という言葉が妙に強調されていたのだが。とにかく謝り話を打ち切る事を優先する。

「こちらこそ申し訳ありません。また何かあればその艦内電話で25番を押してください。トイレなどは部屋の前にいる警備に指示を仰いでください」

「そうか、ところで君、僕たちは何時間後に解放されるのかな?
それともこのまま異国まで拉致されるのかい?」

嫌な言い方。何故か嫌味が含んであるように聞こえるのは外見上の狂気が見える表情のせいだと思いたい。
それでもちゃんとこの少佐に答えなければ。

「それは会談次第ですが・・・・・恐らく3時間以内には一度皆様には艦隊に戻って頂くと思います」

一礼する彼女に対して、

「そうか・・・・・結構だ」

少佐はもう興味はないと言わんばかりに、そっけない態度で退出させる。
ユーリアという愛称を持つロシア貴族の女性から貰った懐中時計を右手で弄びつつ。
軍帽を片付け、思い思いの席に腰掛ける三人。
とにかく、交渉の第一段階は終わったと言って良いだろう。

980 :ルルブ:2015/01/20(火) 10:28:07
帝都・東京 夢幻会会合

「それで嶋田君。現状はどうなっている?」

上座に位置する伏見宮殿下が聞いてくる。
他の面々も様々な(まるでルパン三世の変装マスクシリーズのような豊富さで)こちらを見る。

「みらい、ですが、接触はしました。
担当した草加中佐は無事に乗艦し、みらい上層部と会談を行った模様で、我々の会合で論じた通りの平成に建造された「みらい」というイージス護衛艦です。
装備類は若干かかなりか分かりませんが進化しているようですが基本は半世紀以上未来の軍艦である事に間違いはありません。
          • 尤も詳細は不明です。が、現地の草加中佐の交渉によりますと、どうやら日本本土回航までは条件付きで認められた模様です。
まあ、なんとかそこまでは上手くいきました。そこまでは何とか、です」

安堵のため息がそこらじゅうに出た。
ここには関係上20名前後しかいないが、前世の記憶を持ちしかも大日本帝国の脳髄として彼の国全体を指揮できる国家の上層階級。
仮にテロがこの場で起きた場合、いいや、ブン屋に会合しているという事実をすっぱ抜かれたそれだけで戦後世界は大変革を余儀なくされる。
だが、報告者にして責任者になってしまった宰相嶋田の歯切れは悪い。

「ん? そこまでは上手くいきました、だと? まだ何かあるのか? なにか問題が?」

一度緑茶をすすると嶋田は周りにだけ聞こえるように切り出す。
畳が敷かれ、その上に置いてある座椅子から若干身を乗り出して。
もちろん、貸切のこの料亭(武家屋敷を改造したもの)に夢幻会のメンバー以外はおらず、SPも全員が門の外を見張る為、部屋から半径30mは無人だったが。
が、念の為に声を落とした。

「みらいとの接触は間違いなく成功。無論、我が軍単独であり英独の介入はありません。
その後の報告でタンカーと補給船舶を手配するように草加中佐から要望がありましたのでシンガポール駐留部隊にその旨を山本海軍大臣経由で伝えております。」

詳細は草加中佐の帰国待ちです。
と、付け加える嶋田。
せっかく上手くいっている筈なのに彼の表情は暗い。決して明るくない。

「では何が?」

辻が聞いてくると、嶋田はひと呼吸おいて語りだす。
己の懸念する存在を。

「・・・・・・例の漂流していたイラン国籍の客船です」

それがあった!
しまった!!
ああ、思い出したくない。
忘れていた・・・・・どうしよう。

皆が忘れていた、或いは気にも止めてない事が今になって漸く思い至る。
あの船は特使を乗船させ、中東から日本に向けて派遣していた。それも二カ国分。
よりにもよって好意的に見て義務感による中立状態のイギリスと、同じく好意的に見て敵対的中立状態ドイツ。
それらの保護国であるサウジアラビア王国とイラン帝国の二カ国だ。
どちらも原油の産油国であり、今はなき史実世界では世界有数の埋蔵量にして「平成日本国」の生命線であった。
ついでに中東安定のための非常に重要な国家として日英交渉に議題に上る国でもある。
決して、お隣の半島のように無慈悲な無関心をする事など出来ない国家だ。まかり間違っていても。お得意様である。
その二国の大使らが件の巡洋艦「みらい」をその目で直接見ている。
例え彼らが「みらい」を「日本帝国海軍」の「最新の実験艦」だと誤認していたとしても、である。勿論、現時点ではそこまでわからない。
もう後ろを見るための手鏡はないのだから。

「彼らの来日目的が開催予定の環太平洋諸国会議の準備委員会に出る事です。なので何かの拍子にみらいの情報が漏れることが予想されます。
いえ、確実に漏れるでしょう。かと言って情報機関の隠し持ったナイフを使うのは不可能。
そんな映画のような強硬手段を使えば英国諜報部らに絶好の介入の機会を与えるだけです。しかも主催国でゲストを殺害されたとなれば帝国の威信は言うまでもなく崩壊。
対内的対外的にも帝国それ自体の安全と信頼は消えます。まず間違いなく」

それは英国の二の舞。
まして王道による東南アジア植民地開放や各地の自由政府、亡命ユダヤ人、亡命ポーランド人らの受け入れ支援を表明している日本政府。
ここで一カ国規模の人間を抹殺なできない。技術的には可能でも必ず証拠は残るだろうし、その証拠から確実に自分たちの首を絞める。

「みらいという未知の軍艦、幸いな事に彼らは帝国軍所属と信じているようですが、その新鋭艦と接触した事を外交カードにする事は間違いありません。
大和型や大鳳型に乗船できればそれだけで自慢の種になります。
まして外交任務を帯びた英独双方の属国であり、それに甘んじたくない気概のある外交官なら何に利用するか測りかねます」

981 :ルルブ:2015/01/20(火) 10:29:48
それはそうだ。
瞬き一つで、といえば言いすぎかもしれないが、仕草で、料理で、別の何かで数多くの国家を手玉にとり、意のままに動かす。
それこそ熟練した外交官の恐ろしさであり特権であり、ついでに言えば必要とされる能力だ。
「みらい」という「日本海軍最新鋭巡洋戦艦」との邂逅を利用しないのは誠実というより単なる馬鹿、いいや、極めつけの愚か者だ。外交官としては。
この際、人としての倫理観はおいておく。そんなものはアメリカ東部の廃墟同様、連山爆撃機による焼夷弾爆撃で滅菌処理してしまえば良い。

「イラン船による第三者との接触をみらいがしている以上、事は帝国内部の問題だけではない。
よって我々に与えられた選択は少ないのです」

嶋田の意見を汲み取ったのか、伏見宮が言葉を続ける。
彼の影響下にある華族の私邸を改造した料亭だけあって空調設備も防音設備も外観もいい。
まあ、誰もそれに気がつく余裕はないが。

「ひとつは全てを全世界に、或いは一部の世界や自陣営内部、国内へ公開する。だが、言うまでもなくこれは論外」

頷く面々。
それができれば最初から東南アジアに展開する海軍の全艦隊を動員する事など無い。
シンガポールへ、伝令役を兼任した特務将校を、目立つこと確実な特務用軍用機ではなく軍が訓練目的と財界からの要請で共同運用している日本航空の旅客機で送らない。

「次に部分的に開示する。虚実交えながら・・・・・例の作戦のように」

嫌な記憶を、忘れられるなら忘れたい記憶を思い出す。
だが、それが現実的なのはわかる。
まあ、問題はある。それは嶋田が口にする。

「この方法はかなりの割合で能動的であり、我々は受動的になります。それでもローマ帝国の格言にある様に人は見たい現実しか見ません。
あと、自惚れかもしれませんが我々の情報操作は上手くいきました。綱渡り的ですが・・・・これからも上手くいくと仮定した場合にこちらで情報をコントロールするのが一番楽でしょう」

「確かに。嶋田さんの言うとおり全部うまくいけば未来技術と未来知識の双方が現物付きで手に入る。
上手く活用すれば戦前のような裏技による繁栄をもたらす事は容易ですね」

尤も、最大の懸念にして難点は他国にバレない、隠したいこと全てを隠密に運べれば、ですが。
辻はという言葉でいったん締める。
それから何個も意見が出る。意見が出ては反論が出て、反論には反論が飛び交う。
夜も老けていた。

「他にもいくつかありますが・・・・・最も確実なのは・・・・・・」

嶋田はだいたいの意見を聞いたあとで言い淀む。
それは良心からではなく、現実に可能かどうか、仮に行えばどうなるかを考えたから。

「情報の秘匿という意味ではあの「みらい」を沈める事です。マリアナ海峡などの大深度を誇る海底奥深くに。
決して、枢軸も英国も、同盟国候補の国々も調査できない深海へ」

だが。
近衛が反論する。至極真っ当に。そして懸念を持って。

「できるのか? 相手はあの「みらい」だ。平成に建造されたイージス護衛艦だ。防空能力に対艦攻撃能力は単独ならば世界最高峰だ。
それも全てにおいて圧倒的な差で凌駕している。仮に軍事力を行使しても秘密はどうする?
海面に浮いた書物や流れ出した平成時代の産物、犠牲となる将兵に失われる軍艦、航空機。
使用される弾丸、物資、重油。
とてもではないが隠密作戦とは言えん。一人や二人なら事故死でも殉職でももみ消しでも簡単にできるが・・・・・半世紀先の最新鋭戦闘艦相手にでるであろう戦死者全てを極秘裡に処理するなど現実面で不可能だ」

そう、それ。
仮に実力行使に出れば漫画のみらいが米軍に与えたのと同程度の損害は覚悟しなければならない。
そんな紛争規模の軍事衝突、武力行使を行えば確実に列強の諜報網に知られるだろう。
国内の政治屋どもも反夢幻会勢力も動く。秘密は確実に漏れる。
これでは何の為に作戦を立案し実行するのか。本末転倒も良いところだ。

「止めに・・・・・日本軍全体の力が損なわれ、日露戦争以来続く軍事大国日本という幻想も崩壊しかねん」

続けての発言にまたもや会合メンバーが唸る。近衛の言うことも一理あるからだ。

(いや、政治的にはそちらの方が拙いかもしれない)

982 :ルルブ:2015/01/20(火) 10:31:05
日本が第一次世界大戦、第二次世界大戦で流した血と手に入れた戦果は、「東洋の小国=日本」から「太陽の大帝国=日本」へと世界中の認識を変化させた。
今は亡き「赤い皇帝」スターリンも、自伝でもある「我が闘争」で散々にコケおろしたヒトラーも、人種差別万歳!!・階級制度に栄光あれ!!を地で行くテキサス共和国や白豪主義のオーストラリアでさえ日本の活躍、躍進、圧倒的でさえ足りない軍事力を見て恐れを抱いている。恐怖している。
見える圧倒的な軍事抑止力。

世界最強最大の海軍力と最精鋭の陸軍に、世界最先端の空軍力。

その一角が、「たった一隻の反乱艦」相手に事実上惨敗したら?
世界最強の戦艦部隊がなすすべもなく撃沈されたら?
ハワイ沖で圧勝を収めた日本海軍航空隊が一隻相手に消滅したら?
その後に待ち受けるのはなんだろうか?
財政再建中の世で更なる大軍拡?
しかも元は身内と思われる反乱を起こした軍艦相手に、自国領内で惨敗した自らの精鋭の穴を埋めるために?
あの「太陽帝国」が?
冗談だろ?

「なんたる暗い「みらい」となることか」

それは誰が言ったのだろうか?

「とにかく、草加中佐には全権委任に近い権限を与えてある。もう一人の少佐も癖はあるが愛国心は強い。
いささか諧謔的で歪んではいるが・・・・・自らの義務を放棄する人間ではない。二人共な」

嶋田はそう言って周りを、否、自分を納得させる。

「草加拓海はこの件に関しては現状切れる手札で最高のカードだ。彼以上の適任者はいない。ここに集ってない夢幻会のメンバーを含めて、な。
それは皆も知っているし、あの日の会合で総意を得ている。
現状を確認したい気持ちは良く分かるが・・・・・いいや、とにかく、電波による連絡はイギリスやドイツあたりに傍受される恐れが高い。
吉報をまとう。彼ら現場の判断に・・・・・それに・・・・・やるべきことはやる」

(例え悪鬼外道と言われても)

夢幻会にとっての迷いも、みらいにとって迷いも晴れる気配はなかった。
ただ言えること。
それは蝶が羽ばたき嵐がおきつつある。
それだけ。

第四話 完

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最終更新:2023年04月11日 18:26