72 :ルルブ:2015/01/21(水) 06:05:32
「第五話 策謀」

1945年8月22日夕刻・マラッカ海峡・海上自衛隊護衛艦みらい

このみらいは2000年代に建造された純軍事的な軍艦としては珍しくなく、遠洋航海時の来客を迎える為に貴賓室が設けられている。
そこには当然の事だが、お茶や珈琲、お菓子に2020年代の標準TVなどホテルの一室の様なおもてなし設備がある。

「ふーむ」

勿論、みらいの乗組員はこの世界で次にくるお客様が「大日本帝国」であり、確実に自分たちの技術を求めるもの、いいや奪おうとするだろうと考えていてた。
実際、夢幻会などという超常現象の集団、自分たちの体験を先に経験した先輩方によって日本列島が動かされていなければ何としてもこの未知と驚異の塊である艦を強奪するだろう。
80年後の兵器、80年先の未来情報は絶対に手に入らない存在であり、例えパンドラの箱といえども手に入る可能性があるのなら躊躇なく開けるのが人間の本性。
そう、キリスト教徒らが持つ聖書にあるような楽園を追放される知恵の実、アダムとイブが食したというりんご。
これを食べることに耐えられる者はどれくらいいただろう?
その艦内で、派遣されている陸軍少佐はタバコをこの軍艦の将校から貰った。

「箱ごとくれるとは・・・・・いくら本数が少ないとは言え・・・・・くくく、信用されたものだな」

そう笑みを浮かべ、確か尾栗という人間に案内されて、これを貰った事を感謝している。
一本だけ味見する。
幸いかどうか知らないが、彼は随分と気さくに話しかけてきた。
全くもって気さくすぎる。
そう思いながらテーブルの上に置いてあったケーキを食べると、ずっと気になっていたそのナイフとフォークを改めて見る。

「透明で、軽い存在。軍用ナイフにしては強度がない。しかし、実用には耐えられるであろう素材。
というと、これは民需用か・・・・それでも」

それとなく窓から海を眺めるふりをして二つを軍服の内ポケットにしまう。
続けて何事もなかったかのような仕草で用意された陶磁器に入ったブラックコーヒーを飲む。

(ふむ、今はない筈の中南米諸国の珈琲豆だったな。やはりこの軍艦は異質だ)

だが、自分も十分に異質だろう。
あの北満洲での蛮行と現地の住民に恐れらた自分だ。
思い出すのは敗退する中華民国残党軍を掃討していた時の一幕。
たまたま本来の所属から離れて特務で亡命ロシア人・・・・たしかアレクセイ、いや、アンドレイ・バラノヴィッチ・コンドラチェンコ少尉らの案内を受けていた時か。

『あの、大尉殿。攻めた村。あそこには囚われた知り合いがいたのですが・・・・恩赦は?』

『申し訳ありませんご老人。あの場所に民間人の生存者はいませんでしたよ』

『そんなハズは! せ、せがれが!! いくら倭人とはいえそもそもの・・・・』

『ご老人、何かを言いたいようだが・・・・・それ以上言うならば僕はご老人も敵と見るしかなくなり、僕は僕の義務を果たさなければならなくなる。
我々日本陸軍北満洲派遣軍はゲリラとして戦争行為を行った存在を発見し、帝国の安全確保の為に正当かつ通常の軍事活動をした。
それ以外でもそれ以上でもないと思う。

『それに・・・・』

『そ、それに?』

『それにだ、それ以上言うならばご老人に対して聞きたいが遠慮していた事を聞こうとも思うのだが・・・・・それでもよろしいのか?』

背筋が凍るような笑みを浮かべた自覚はある。
実際にあの少尉は怖気がしましたよ、と苦笑いしていた。
では、良い生活を。
そういって最近民需に切り替えているがそれでも三菱に匹敵する様な軍用車を作れるトヨタの専用軍用ジープの後部座席に乗った自分。
そこで。

『あの、大尉、嘘はいけませんよ。嘘じゃないですか、最後は投降しようとしていたでしょうに』

と少尉は言う。だから言い返した。

『嘘は言ってない。彼らは邦人を集団で囲んで拉致して虐殺と強姦をしたのは間違いなく・・・・それにあの男はまだ小さなナイフを隠し持っていた。
だから少尉、僕が君ら部下と自分の身を守るために彼らを村ごと焼き払ったのは過剰かもしれないが正当防衛だ』

その言葉に少尉だけでなく猪口曹長までも肩をすくめる。
全く不愉快な任務であり、まさに戦争そのものだった。

73 :ルルブ:2015/01/21(水) 06:06:07
と、数ヶ月前を回想していると何やら気配がする。
どうやら実戦経験がなさそうな海軍大尉の怒鳴り声が扉の向こう側から聞こえてきた。
ああ、間違いない。
これはこれは厄介事だ。
どこか心の中で屈託しつつも嬉々として厄介事を粉砕した後、彼は提案した。
洗練された艦内通話用電話を取り、2番、5番と数字を続けて押し、電話の連絡先が繋がるのを辛抱強く待つ。

「ああ、もしもし。実は船酔いをしてしまった様で・・・・できれば医務室に案内して薬をもらえるとありがたいのだが・・・・・情けない事に自分の所属は陸軍で・・・・うん、分かった。
案内してもらないかね? そうか、そうだな・・・・すまないが一旦切る。それでは」

向こう側からは少し待つように言う。
その間、草加中佐と津田大尉は物凄い勢いで会談の内容を専用のノートに記入している。
見ていると頭が痛くなりそうなほど、だ。
心なしか津田大尉の方は怒っているみたいだが。

(何を言われたのやら)

自分と同い年くらいだが、実戦経験の有無が、その質の違いがかは知らないが自分とは雲泥の差で潔癖症のようだ。
対して羽田空港に向かう車以来の短い付き合いの男はかなり冷静だった。
これはこれで興味深い。
ふと、気になったのか気晴らしに草加に声をかける。他愛の無い話だ。

「そういえば草加中佐はなぜ海軍を?」

が、何気ない会話にこそ本性が潜む。
自らの体験からなのか、この陸軍少佐は細心の注意を払いつつも表面上は穏やかな(全然穏やかな顔ではないのだが)見せて草加拓海に問うた。
そうしたら彼らしいようならしくないような意外な答えが戻ってくる。

「その質問の前に少佐にお聞きしたいのですが・・・・少佐はジパングと言う単語を聞いた事はありますか?
なにを思い浮かべますか? 何故人は神を創り出したのでしょうか?」

「?」

続ける草加。

「私は夢を見ていた。遠き果てにある黄金の国ジパングを夢見て。
遠い遠い昔に夢を見た、ある航路を逝く船にもう一度乗りたくて、でしょうか」

なんともロマンチックな理由だ。
津田大尉なら国家のため、御国の為にとか言いそうなんだが。
これはこれで予想外であり・・・・・何故だろうか。
この僕に匹敵すると思われる複雑な中佐が、「国家の為」とかそんな在り来たりな理由でないことは逆に好ましく感じる。

「自分は・・・・草加中佐が羨ましい」

だからだろう。ふと、本音が溢れる。
相手は海軍中佐にして政府上層部に信頼されている厄介であり、何もかもが不透明な男。
不透明だからこそ厄介だ。全てが覆われていれば距離の取り方も楽なものを。
だが、ええい構うものか。
少佐は彼らしくない言葉で話を続ける。

「少なくとも草加中佐は自分がどこから来ているのか知っているようだ。
それだけで、僕とは大違いだ」

自嘲のような笑いが浮かぶ。
ああ、言うべきではない、言っても詮無いことだとは分かっている。誰も特はしない。
だが。それでも言うべきか?口が勝手に開く。
この軍艦の独特な雰囲気だ。
何もかも自由に発言して良い。
しかもその自由には責任を負う事はないと言う様な、甘く甘美な、そして唾棄すべき感情が渦巻いているこの「みらい」の責任だろう。

「意外かもしれないでしょうが・・・・僕は時々思うのですよ。
あの15歳の進路相談の時、義兄と義父に陸軍ではなく海軍を志望すると言えばよかったな、と」

その理由は?
中佐の返答に自分は答える。
簡単で簡潔に。

「簡単です。陸軍ほど距離を歩かなくて良い、ただそれだけ」

真面目に聞いていた津田大尉が吹き出した。
思わず目元が上がる。
慌てて謝罪する津田。ふ、まさに微笑を浮かべた草加とはえらい違いだ。

「それは大きな違いですね、少佐」

「ええ中佐。大きな違いですとも。それともう一つ」

「なんですかな?」

「軍とは関係ない私事で恐縮極まりないのだが、草加中佐。僕は一匹猫を飼っていましてね。
千早というのですが・・・・・海軍士官であり、乗艦が大型の軍艦であり、有力貴族議員の一員を身内にもつなら将来は一緒に乗り込めるでしょう?」

なるほど、良き英国海軍時代の伝統というわけですか。
ええ、良き英国海軍の見習うべき伝統でしょう。

74 :ルルブ:2015/01/21(水) 06:06:47
と、任務に戻る海軍の二人。
またもや手持ち無沙汰となり、コーヒーのお代わりを用意していると電子音がなり響く。

「ん、ああ、さっきの電話だな」

受話器を取る。

「僕ですが・・・・そうか、分かった。ああ、すまないね。お待ちしている」

内容は医務室には連れて行けないので、こちらから桃井という女性士官を送るということである。
その際に水も持っていく、と。
薬が届けられたのはちょうど5分後のことであった。
ご丁寧に腹痛対策、下痢止め、頭痛対策、吐き気対策、酔い止めの5つの成分がある混合役ですと小さな箱ごと頂いた。

「ありがとう・・・・ええと・・・・」

わざと分からないふりをする少佐に彼女は答えた。

「先程はこちらこそありがとうございます。
桃井、と申します。それでは失礼しますわ・・・・その」

ああ、自分はまだ名乗ってなかった。
そういう事になっているな。敢えて、だが。

(そろそろ猿芝居もいいだろう)

にやりと笑うと彼はあえて敬礼した。

「直衛。日本陸軍近衛師団第一連隊所属の新城直衛です。
階級はご覧通り少佐。名乗りが遅れたことと船に弱い事をを申し訳なく思う。
艦長らにも離艦時に改めて名乗るので・・・・すまないがそれまでこちらで待機する故をよろしく頼む」

75 :ルルブ:2015/01/21(水) 06:10:33
1945年8月23日 日本・神戸

「はぁ暑いわね、死にそうなくらいに」

異人館と呼ばれている、幕末から明治時代に開拓された新興住宅地にして今ではこの神戸でも歴史と伝統、国際性ある高級邸宅。
二階建てのドイツ風邸宅の書斎に居るのは二人の男女。ソビエト連邦のロシアの大地で起きた共産主義革命の時に主君の友人として故郷を去った目の前の令嬢。
母を、父を、伯父を、親族全てを失い、それでも養育係りのドイツ系ロシア人にしてコサック騎兵少将の彼の元で客観的に見てまともに不自由なく育った彼女。
日露両国語を話せて書ける才女ではあるし、既に亡命生活の方がロシア時代より長いのだが、そのロシア系亡命帰属の子女にとっても8月の日本の気温は耐え難い。
とは言わないが、やはり耐えにくいのだ。

「相変わらず蒸し暑い・・・・よくもあの男はこんな国で育ったものよ」

聴く者が聞けば何たる侮辱だと怒るだろう。
だが、その言葉には大きな愛着がある事を知っている。
趣味の木彫り人形を作っていながら、神戸の仕立て屋で作ったスーツに身を固めているクラウス・フォン・メレンティン。
元々の最終階級はロシア帝国軍少将。これはロシア革命で大佐から急遽昇進させれたから。
それまでは優秀ながらも民族間の問題で大佐。
ドイツ系の名前から、開明時代のロシア帝国に移住した東プロイセンのユンカーをその祖先にもち、故に最前線で武功を上げ続けてきたからこそ、ドイツ系ロシア人将校の最後の出世頭となる。
ただ、忠臣としての観点から見ればロマノフ王朝皇帝一家・一族の覚えもめでたく、有力貴族であった件の令嬢に仕える様勅命を受けた。
あれから第一次世界大戦と革命勃発を契機に、主君の子育てという使命感から激動の時代を駆け巡り、この島国に兄夫婦と主君の遺児と共に落ち延びる。
人に歴史あり、と言う。
まさにその生ける伝説にして激動の時代の生き証人は思う。
そんな彼だが微笑みながら溜息をつく。

(もっと素直になるよう教育すべきでしたか)

と。彼は知っていた。
ロシア帝国貴族階級の一員として対ソビエト連邦諜報網構築のためにロシア正教会と接触すべく満州の奉天に派遣されたある日。
亡命ロシア人の一団を匪賊の集団が強襲。
それを救った当時一介の中尉に恋慕した貴族女性。
もっとも、残務処理でその日の夜ホテルにいなかったクラウスは幸せだろう。
相手の男、新城直衛中尉と主君であるユーリアがどれだけ倒錯した夜の営みを3日3晩続けていたのか。
知れば冷静冷徹に腰のホルダーにある鉄の物体から鉛の塊を件の男に、新城直衛とかいう男の後頭部に叩き込んでいただろうから。

「直衛は今は南方なのよね・・・・ふん、あんな赤道直下に行くとは・・・・極度のサドかと思っていたけどマゾだったのかしら」

(・・・・お嬢様はそのサドにしてマゾというとんでもない人物に初夜と帝室から賜った由緒ある時計をお渡しになったのでしょう)

しかも私を人払いした上で。
本当に素直ではない。
さて、話を変えるか。本題はここではないのだし。

「やれやれ、そこまで言うなら姫もついていけばよかったのでは?
或いはわざわざ労力を咲いて姫自らが彼の彼女を預かる事もないでしょうに。
違いますか?」

ふむ、見事な出来栄え。
上手く削れた、もう今は死んだ子供の頃の愛馬の木造模型を机の上に置きつつ、道具を使って木片をゴミ箱に捨てる。

「クラウス・・・・・あまり子供扱いしないでくれる?
もう成人して・・・・神戸の大学を卒業してからも4年になるのよ?」

「はは、4年など。この老骨にとっては一瞬のできごと。
今でも覚えておりますぞ。サンクトペテルブルクで姫の騎士として正式に叙勲されたあの日のことを・・・・・おっと、無駄口が過ぎましたかな」

笑う守役と亡国の貴族子女。

「ふん・・・・・それで、駒城の方々はなんと?」

ようやく本題だ。
彼の本家にして、自分の後援者たちが、何故か知らないが先週あたりからどうも活発に動いている。
その理由は謎の内容であり、しかし確実に影響力を持って存在する一通の手紙。
これこそが理由。
この太陽の帝国の貴族たちが蠢きだしている。しかも何かしらの方向性を持って。
軍人出身でなくともこれが異常事態であるのは分かるだろう。
少なくとも、平時の動きではない。
ユーリアもクラウスもそれは気がついている。伊達にロシア革命を生き延びてないのだ。

76 :名無しさん:2015/01/21(水) 06:13:36
寄港した際にフロッグマンで艦底に機雷を設置して撃沈するとかどうだ
しかし、みらいの連中『自分達の所属する日本国』とは違うとは考えてても戦後特定アジアなどの主張する『あくのだいにほんていこく』とは同一存在と無意識にみなしてないか、これ
話を聞くと変な感じがするがやはりこの日本が悪いんだろう、とか考えてる節が見え隠れしてるような……

77 :ルルブ:2015/01/21(水) 06:14:46
「先日お屋敷にきた者の言うとおりですよ。
お嬢様の白系ロシア人社会や亡命欧州人子女のコミュニティを使いたい、伝手を使いたい、と」

ふーん。
やっぱりだ。
怪しいなぁ。
すごく怪しい。
怪しすぎる。

件の駒城家はこの国の革命である明治維新で成り上がった新興武家。
その後に発生した西南戦争で子爵家から伯爵家に格上げした名家。
幕末という時代から歴代当主は貿易業に力をいれ、結果として帝国議会の衆議院、貴族議員に一族を送る。
しかも当代当主も次代当主も現実主義の穏健派であった筈。
が、開祖にあたる人物の初めての経歴は新選組という京都を守る日本史上数少ない武装警察の一員。
佐幕派としても有能な政治家として頭角を現し、新選組を存続させ、しかも革命終了間際に天皇家護衛の任務を与えられていた。
このコネは今でも残っている。
それが亡命貴族や亡命者ネットワークに働きかけている。
何の前触れもなく、に。少なくともクラウスは気がつかなった。
そしてユーリアは知っている。クラウスは無能とは程遠い存在であり、往年の手腕と人脈は健在である事も。

「そう、ならば是非もなしね。
とりあえずお茶会を開くから駒城の方々をお呼びして。もちろん、ほかの方々もお呼びするわ。
恩師である大学の教授に、学友たち。そうね、北海道から帰ってきたサーシャたちに賛美歌でも歌ってもらいましょう。
その声を録音してサーシャの・・・・たしか守・藤堂だったか、彼に送ればいいでしょう」

素晴らしいですな、我が主君よ。
クラウスは追加する。

「ドイツ第三帝国神戸領事館とソビエト連邦神戸領事館にもそのミサへの出席の案内状を出すべきではありませんか?
姫様のご学友は宝塚歌劇団にスカウトされるほどの実力ですから。そうなれば・・・・」

この上ないソビエトの無神論者どもへの嫌がらせになるでしょう。
ついでに黒いドイツ人と赤い祖国の人間を同じテーブルに座らせるのも楽しいでしょうな。

「・・・・・・・・クラウス」

「はい?」

「・・・・・・・・・あなた・・・・・・存外性格が悪かったのね」

「ははは、それは姫様の守役ですから」

「それは一体どう意味?」

「さて・・・・一体どう言う意味でしょうな?」

78 :ルルブ:2015/01/21(水) 06:19:40
同日、みらい士官室。

「先手を取ろうとしたのは・・・・・失敗だったか」

それは梅津の悔恨。
警戒していた。あれだけの対応の速さに艦隊の派遣から考えて、この世界の日本がこのみらいの軍艦としてか何か知らないが何らかの価値を認め、求めているのは馬鹿でも分かるだろう。
だから先手を打って此方の覚悟を示し、それから交渉するつもりだった。
新聞から知った。
が、この世界には我々の知るアメリカがなくとも、自由を標榜するカルフォルニア共和国や宥和政策推進派で国際協調路線だと思われるイギリス、もしくは自分たち平成時代のようなオーストラリア政府、カナダ政府ならば亡命受け入れも可能だ、そう判断していたのだが。

「・・・・・・・・甘かったな。
この世界の情勢を鵜呑みにしてはいけない、一方的な意見に惑わされてはいけないと思い込み過ぎて自縄自縛に陥った」

誰もいない士官食堂で梅津は一人孤独を味わいながら悔しさと後悔に打ちひしがれていた。
ぎり、と。歯ぎしりする。するしかない。
原爆投下を賛美していたイラン大使とサウジアラビア王子。
日英独が自国の都合で北米分割を決定したのは、まるで第二次世界大戦後の中東情勢=パレスチナ問題と同じに見えた。
アフリカ分断を参考にしたとしか思えない中国大陸分断政策はこの日本の軍国主義の大成功例に聞こえていた。
実際に日本のラジオ放送は自分たちの太平洋覇権が如何に正当であり、欧州らが如何に邪悪かを論じている。
自分たちの「平成日本」時代のイスラム国がアメリカらを攻撃する口実のように。
尤も、僅か1週間での電波傍受だけではどうしようもなかったかもしれない。
それだけ日本帝国をなのったこの時代、この世界の日本の対応が素早かったとも言える。
ましてみらいはイージス艦であり、戦闘艦艇であって乗組員は外交官でも情報分析官でもない。
言い方は悪いが一介の軍人であり、しかも外交に疎い、大戦略が描けない、思い込みが激しいと世界中に思われている「日本人」なのだから。

「臨機応変という意味で角松副長を選んだが・・・・・冷徹さの観点から菊池三佐も連れてくるべきだった。そうすれば少しは変わっただろうに・・・・」

あの津田大尉という海軍大尉の皇室に対する反応は聞いた。
皇室に対する尊敬と敬意。そして原爆投下を批難した時の我々に対する露骨な嫌悪。
彼らにとって原爆投下は、アメリカ軍が原爆という様々な衝撃力で太平洋戦争を終わらせたと信じているように、大日本帝国存続と繁栄の為に必要不可欠な事と信じている。
そう、信じきっている。

「当たり前だな・・・・・彼ら自身があの戦争の勝者であり、侵略の脅威から国を守った防人。
かたや我々自衛隊の先祖は敗北者となり、無謀な精神論で国を戦乱と亡国に導いた戦犯。
そう捉えらてしまうし、そう捉えて交渉に当たるべきだった」

今から何かできるだろうか?
少なくとも海軍中佐である草加拓海。政府の特命全権大使は嫌悪感までは抱いてない。
表面上は。
だが内心はどうだったのか?
この世界は平成とは違う。我々の知る昭和のとも全く違う。
これに気がついていると思い込んでいのだが失敗の理由。
取り返しが効くかどうか怪しすぎる失態だった。

(平成とは違う、昭和というだけで甘く・・・・偏った見方をしていたのは帝国を名乗る彼らではなく、旧軍だと思い込んでいる自分たちではなかったか?
少なくともオーストラリアやカナダ、崩壊したと聞くアメリカの後継国家らがどんな国々か知ってから回答してもよかった。
しかし、草加中佐の指摘していたように今のみらいには選択肢がなさすぎたのも事実だろう。彼の指摘通りこの軍艦には余剰な物資など全く無い。
結果論でしかないが・・・・もともとアラビア半島で補給を受けるつもりだったのが響いたな)

だが、それは叶うのだろうか?
ここは新聞によれば大日本帝国の完全なる内海扱い。
食糧の供給を断ち、真水を抑え、封鎖によって重油を使い果たさせるのも簡単な筈だ。

(いっそのことこちらから攻撃すれば・・・・・馬鹿な!!
何を考えている。それでは我々の意義が、銃を抜かぬことを誇りとしている自衛官としての存在意義がなくなる)

それにそんな事をすれば戦争になる。
「みらいの平成日本国」と「現在の昭和大日本帝国」との戦争に。

(まだだ、まだ諦めれられない。まだ諦めるには早すぎる。何かしらの打開策があるはず)

79 :ルルブ:2015/01/21(水) 06:20:37
悩む梅津一佐。
実は角松二佐も同意見だった。
だが、あの男、草加拓海は軍人というよりも古代史にあるような、もしくは日本史に残るような政治家的な武将だった。
決して、軍事力を盲信する、あるいは経験浅い未熟な、更には派閥の政治力で出世する様な甘い士官ではない。
仮にそんな士官であればもっと付け込む隙も逃げ出す隙もある。だが、ない。
交渉している限りだが、少なくとも軍人としての外交の技術と経験はあるのだろう。
当たり前過ぎて最初は見落としたが、穏やかで理知的な顔に似合わず苛烈な戦争の修羅場も実戦経験もあるのは間違いない。
我々「自衛官」とはそこは大きな、大きすぎる違い。

「何が目的なんだ・・・・・みらいの・・・・・我々の所有するモノの何が本当の目的なんだ?」

梅津の、艦長としての、いや、艦長であるが故の孤独と苦悩は続く。
そんな中、離艦する前に草加と例の陸軍少佐からある願いが出た。

『補給物資の件について追加したい条項があります。許可を頂きたい』

80 :ルルブ:2015/01/21(水) 06:21:13
同日・大英帝国・ロンドン



『国王陛下の弱みでも握っていてそれがある故に存続しているんだ』

『いいや違う、弱みを握られているのは陛下ではなく議会の無能どもさ』

『きっとMI機関の連中は自分を売る娼婦・男娼の集団なんだぜ? でなれけばこの20年間であんなに失敗してるのに存続できるかよ!!』

『難しいことわかんねぇが、一つ分かる。あいつら、単なる血税泥棒だ』

そんな陰口が当然のように、そして毎日のぼるイギリス諜報機関「MI機関」の対外部門。
前任者がインド洋演習時の情報収集不足のまたも発生したあまりの不甲斐なさ。
この責任を自分で取ってしまい、心労から自殺未遂をした。1ヶ月くらい前のこと。
結果、慌ててMI6史上初の女性局長が誕生している。
だが、まあ、理由はそれだけでは無いのだが。
とにかく写真と書類を見る。青いスーツに青いポケットチーフ、それに紺のネクタイをした男。
敵対国であるはずのイタリア産スーツを来て面接に来るとは、これもまた英国風ジョークだろうか?

「情報分析AA」

「行動力S」

「射撃戦AAA」

「身体能力、問題なし」

「殺人経験・・・・あり」

「特殊任務経験歴、2年」

「従軍経験、あり」

「海軍歴、士官学校を含めて10年と半年。その後MI4に移籍。裏切り者粛清の功績でMI6に昇格」

「親戚、先の本土空襲の際に名誉ある戦死」

「両親、幼少時に他界。相続人なし」

「海軍士官学校までは孤児院で育つ、日本語、ドイツ語は・・・・AとS」

「交友関係、全て青」

「性的傾向、青」

「恋人、無し」

「家族、無し」

「友人関係、青」

「女好き」

「ギャンブル運強し」

古風な執務室で白髪の女は書類を読み終える。
本当に彼で良いのか、彼は使えるのか、彼ほどの人材を投入する意味はあるのか、それを。
だいたい最後の方の項目はいったい。

「仕方ない・・・・・国王陛下とあのファシスト首相閣下の許可をもらいにいくしかないわね」

そう言ってファイルを暖炉に叩き込む。
一瞬だが、男の秘書は見た。
本来見てはいけないのでどちらかといえば視界にたまたま入ったと言える。
内容は簡潔だ。

「護衛艦MIRAI調査計画」

という謎の一文のみが表示されていたA4用紙を。

81 :ルルブ:2015/01/21(水) 06:21:46
1945年8月24日

艦隊はシンガポールで一旦給油する事にする。
その際、みらいの護衛という任務で数隻の潜水艦が周囲を警戒。
戦艦伊吹と鞍馬を中心とした打撃艦隊も空母機動艦隊もみらいから離れつつある。

「さて、これで何日目ですか?」

相変わらず笑みを浮かべる草加拓海。
そして一度も出席しない陸軍少佐。
異常だ。
何かある。
一日目の失態から菊池、梅津、角松の三名で構成されたみらい側だが、例の新城直衛とかいう注文の多い船酔いする陸軍少佐のお客は今日もいない。
確か、今日もどうしても気分が悪いと言って甲板で胃の中のモノをぶちまけていた。
ついでに食事も残している。
最初は罠かと思ったが、これが連続すると本当らしい。
しかも、だ。

『も、申し訳ない。と、といれを』

そのまま尾栗一尉に連れられて本来なら立ち入り禁止にしていた艦内士官室まで連れて・・・・盛大に戻したらしい。

(人選ミスなんだろうか?)

とにかく陸軍少佐の件に関してはおいておこう。
どうしようもないし、どうにもできない。
話を戻す。

「草加中佐、我々の交渉が何日続いているかどうかは関係ないと思いますが?」

菊池という冷静な男が冷静に語る。
確かにそうだ。
だから話を進めるか。草加はそう判断する。

「そうですね。幸か不幸かシンガポールも近くで時間もない。伊吹級戦艦と大鳳級大型空母がこの海域にいますのは世界中に知れ渡ている。
ならばマラッカ海峡やマレー半島の沿岸部には枢軸なり英国なりのスパイが活動している可能性もあります。詳細を得るために。
さて、本国から伝令が空母大鳳に到着、その後海上自衛隊の言うヘリを使用し昨夜の間に戦艦伊吹の自室にて受理しました」

そう言って一枚の書類を出す。
その際、津田大尉は退席させれた。

「彼にはまだ任が重すぎるでしょう。そう思いませんか角松中佐?」

微笑みながら敢えて角松に渡す草加。
その一枚を中央にいる梅津に渡す。三人で黙読。熟読。
一字一句逃すまい、間違うまい、隠れた意図を見つけるべく。
その日本国の国章が記された書類の内容は以下のとおり。

『大日本帝国政府は貴艦の要望を条件付きで受け入れる。
ついては誠意の証としてシンガポール南東の無人島に向け、第一級多目的輸送船「東進丸」を派遣せり。
詳細な補給場所についてはシンガポール駐留部隊総司令部にて文章に手渡す事とする。
尚、この際の受取人として、機密保持の観点並びみらいの独自性尊重を鑑み、中佐以上の階級保持者を送ることを希望する。
なお、これを閲覧後は草加拓海中佐の責任の下、焼却処分する事。
追伸、貴艦の持つであろう異議・疑問は帝都東京に承る。以上』

わずかそれだけ。
いくらの物資をいったいどれくらい受け取るのか、どの場所なのか、ほかに要求はあるのか一切が不明。
だが、それを断ることはみらいにはできない。
もう限界なのだ。艦がではなく、みらいに乗るほぼ全てに乗組員が、だ。無論、最大の重圧を受けている梅津三郎も。

「という訳です。無論、これを知るのは極一部であり・・・・みらいに関与している我が軍では自分のみ。
こちらの嶋田総理のサインが証拠です。
そして、海軍大臣の山本提督の名前もある。軍令部の古賀提督の名前も。如何ですか?」

彼らに選択の余地は少ない。
それと。

「それと本艦を離れる前に見える部署だけで結構ですから艦内見学をさせて頂けると・・・・・ありがたい」

82 :ルルブ:2015/01/21(水) 06:22:16
1945年8月25日 未明

初めてみらいで夜を過ごした草加拓海と新城直衛。
津田一馬は先に日本本国の嶋田総理大臣に会うように命令し、集めた情報と意見申告書、今後の見通しを書いた極秘書類を厳重に封筒し、持たせて発進させた。
今頃はシンガポールから内地へ向かう輸送機の中だろう。

「昨日は眠ましたか、中佐?」

「なんとか。それで、最後の艦内散歩は如何でしたか?」

「ええ、『よく』見せてもらいましたよ」

「それは『良かった』ですね。で、例のモノたちも?」

「今頃南シナ海上空ですか・・・・中佐、僕が言うのもアレだが貴方も怖い人だな」

「少佐、それは貴方もでしょ? 任務の為には自分を殺すことも道化を演じることも厭わない」

「・・・・・・・目的達成の為に手段を選べるとあればそれは幸せな世界でしょう。しかし幸か不幸かこの世界は幸せではない、要約が過ぎますか?」

「いいえ、これは一種の職業病です。そして・・・・正しい」

二人の会話が途絶えた。
水平線上が黒から赤に、そして白と青に変わっていく。

「正に日の丸、日本の国旗ですね」

草加の独白に、新城はあえて何も言わなかった。

第五話 完

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最終更新:2022年11月14日 14:56