143 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:12:13
「第六話 統治者」



1945年8月25日

みらい副長角松洋介は、みらいの使者として日本海軍に案内されて、あのシンガポールに来た。
そこまでの道のりは後で梅津艦長に報告するしかない。
昭南島ホテルという戦後に日本の大手企業が現地の雇用確保を目的に建築した豪華ホテルの一室で。

「これが戦争に勝った国の人間が見れる朝日というやつなのか」

眼下に広がるのは異様でありながらも少年ならば殆どの少年が心が踊る景色。
それはシンガポール軍港に停泊する大日本帝国連合艦隊の威容。
戦艦と空母を中心とした現代の無敵艦隊、その一角。
実際、ホテルにぜひ見せてくれと東南アジア中、いや、世界各国の記者がおり、草加にですら質問攻めでいた。

(苦笑いするところをみるとあいつも人間だなと思えるんだが)

本来ならば軍事機密として隠すであろう部隊。
だが、それは戦勝国であり超大国である国家には当てはまらないらしい。少なくともこの世界の日本人はそう思っている。
それ故にあえて「客」へ見せ付けられる様に建設されたこのホテル。
ああ、当然の事だが宿泊者は厳重なチェックがされる。
ただし、例外はある。
それは政府特務をおびた人間。
軍民問わずというのが驚かされたが。

(そう言う意味ではこの世界の日本は帝国を名乗っていても「軍国主義」ではないのだろうか?
或いはこれも擬態か?)

と、ノックされる。
ベレッタの入っている引き出しを少しだけ開けて応答する。
どうぞ、と。
スーツを来ているがいつでも動ける体制で朝日を背に立つ。
襲撃者であれば少しでも優位に立てるように。

「おはよう、角松中佐。
おや、さすがは軍人だな。こんな朝早くからその格好とは。
ふふ、どうやら80年先も海軍は海軍のようだ。何故か安心するよ」

親しげに語るのは海軍の白い軍服を着ている草加拓海。
階級は中佐。
手にはパンとジャム、小皿が入ったバケットを持っている。
自分はこいつが用意したスーツにパナマ帽子だ。
なんでもこちらの日本政府主導で行われる企業移転・技術支援・国家建国支援の一環であるそうだ。
これを作ったのはマレー人だが、作り方と会社の運営方法(経理や財務だけでなく特許の概念に国際取引、税関関係をはじめ平成日本でも通用するような全ての業務)を教えている日本の国策会社の内一社。
しかも将来的には現地法人化する上に、現時点でも役員の二割が現地のマレー人。
経済面から国を乗っ取るには格好の種だと思う。
性質の悪ことにこれは損がする人間が短期的にはいないということ。
まさにwin/winの謀略だな。

「そのスーツの着心地はどうかな? 何分基本のサイズしかなかったのでね」

草加はパンを置くと、テーブルに用意してある紅茶をカップに注ぐ。
このホテル建設の資金やここにある美術費などは、世界の敵である華僑の安全を日本軍が保証するという理由とお題目で奪い取ったと言う事は日本の新聞で分かっている。
無論感情的な反発は当然ある。
だが、それに対する反発は先の軍事力と情報公開の巧さ(具体的には日米戦争の開戦理由などを挙げて)で抑えた。
本来ならば保護すべき筈の中華・華北系商人たちは世界の敵メキシコ以上の厄介者として弾圧されている。それから仕方なく守ってやるのだ、対価を払え、そういう事だろう。
言葉を飾らなければ。

「スーツか、ああ、問題ない。シャツの着心地も十分快適だ。
服に毒を塗られている訳でもなさそうだからな」

「ほう? というと?」

「日本が華僑や中国をどう扱っているか、で、そいつらが何考えてこういうもんを黙って作っているのか、その内心を考えるとゾッとする、って事だよ」

その言葉に含み笑いをする。
草加以外の人間は言う。

『中華民国? ああ、世界を戦乱に巻き込んだ最悪の連中で、災厄の種だ』

案内していた日本人支配人はもっと露骨だった。

「いや海軍さんと陸軍さんのおかげで助かりました。
あいつらを強制排除してくれた御蔭で漸く安心できる。
できればこのまま世界から消えてもらいたいですね」

俺は思わず言った。
それが幼稚な反論だったかもしれないが。

「仮に向こうが金を払うならこのホテルに泊めるか? いくら敵国とはいえ相手も同じ人間だろう?」

と。
だが、返って来たのは冷笑。

144 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:12:55
「ああ、その考えですときっと角松さんは内地のインテリ出身で国外は初めての経験ですな?
勿論お客様なら話は別です。相場の100倍で両手両足を縛った上で、使ってない地下倉庫でいいなら泊めますよ。
失礼ですが、上海大虐殺の件がありますし・・・・何より日本人を下手人にして亡国に追い込もうとした輩です。
情けは無用。まあ、ヒトラーのドイツみたいに強制労働させないだけまだ感謝されて欲しいですね」

そういって鍵を渡された。
草加は何も言わずにいたが、周りのベルボーイや日本人客、そして日本語を理解していたであろうアジア人らの態度が全てを物語る。
だから理解できてきた。

(ここは俺たちの知っているシンガポールではない、過去というよりも異世界なんだ)

と。
そのまま晩餐会があるから見学してはどうかと言われて廊下を出てロビーのフロントへ進む。
昼間の8時半。始業のチャイムがなると同時に国旗掲揚が行われた。
国際ホテルを売りにしている手前か、見知った東南アジアの国旗、そして知らないこの世界特有の国旗らが一斉に掲げらていく。

「中央にあるのは・・・・日の丸なんだな」

ホテル正面玄関から見える多数の国旗。
異様だった。
頭では理解していても、実際に目にしたこの世界の在りようがよくわかる。
俺は呟くと隣にいた男が言う。

「はぁ・・・・あんさん何言うてんでっか? そんなん当たり前でしゃろうに?
ここは日本なんでっせ? 間違えたらあきまへんよ?」

男はそう注意するとそのまま席を立つ。
官僚らしき人間、ホテルの職員は深々と最敬礼し、外国人というべき人々は胸に手を当ててまずは母国らしき国旗へ、そして次に日章旗に礼節を尽くす。
昨日も同じ。
今日も同じ。
ならばきっと、明日も同じだろう。
それがこの世界の、少なくとも太平洋に面する大日本帝国の勢力圏では常識なのだ。

「・・・・・すまない、変なことを言った」

男は続ける。

「まあ、確かに王道楽土建設とか言うてたのに朝鮮半島や支那で軍が・・・・おっと、わてこういうもんやし、何か話があるなら別の場所で聞きましょ」

名刺をもらう。
ごく自然に草加が用意した名刺入れにそれを入れてポケットの中にしまう。
皆が仕事に戻っていく。
ただ、こちらに向かって歩いていくる草加拓海に、いいや日本海軍将校へは深々と礼をする。
それは外国人も日本人も変わらない。

「どうした・・・・・昨日の朝と同じ風景だと思うが?」

平然とする草加。
当然とする周囲。
憮然とする角松。

145 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:13:27
「いいや、流石は占領軍と占領者と言うだけの事はあるな、と」

軍帽を脱ぐ。
彼も暑いのか俺に扇子をくれた。
自分も扇子で風を送る。

「ふ、貴方の反骨精神の強さには心から敬意を表するが・・・・・あまり私以外の前でその態度は取らないほうが良い」

これは友への忠告だ。
そう続けた。

「ほう? じゃあもっと露骨にやってやろうか・・・・そんでどうする?
友達を憲兵隊に突き出すか? 面白ぇな・・・・さて、何からやってみるかい?」

頭を振るって否定を表したのは意外。
いや、この何もかもが戦前・戦中とは違う「大日本帝国」の軍人なら当然なのだろうか?

「軍内部の警察組織である憲兵に民間人を尋問する権限などないはず。違うか?
私が懸念しているのはそちらではないよ。
第一、海外に派遣される部隊は現地との摩擦回避のために各民族独自の言語、風習、習慣、国内の部族間対立、誇りとするそれぞれの歴史、対日感情、他国や旧宗主国ら周囲と軋轢を考慮するよう叩き込まれている。
中国大陸派遣部隊以外は、な。それと突き出すなら内地から派遣された海外領土派遣特別高等警察、通称、特高の方々だ

「特高、だと?」

「彼らは基本都道府県のエリートで、まあ泊付の為の派遣だ。
我々軍や情報機関とはそこが違う。あくまで治安維持が専門。
あまり手荒な真似をして自分の評価を下方修正する様な事はない」

草加は先生が生徒に教えるようにゆっくりとだが丁寧に角松に、みらいから派遣された日本国の海上自衛官でみらい副長に言う。
わかりやすく、丁寧に、信頼を得ようとしている。
この姿勢がありありとわかるのだ。

「中国以外は・・・・・か。まあ、そこまですりゃあ現地の懐柔も簡単だろう?
新聞で書いてあったな、赤い黄金で買い取ったアジア地域にそれを紐付きで独立させた日本帝国。
治安維持とアジアに住む有色人種並び邦人保護の為の止む得ない軍事力の展開」

いくつもの新聞にそう載っている。
それが嘘か真実かどうかというのはもう疑いない。

(真実だ)

この世界の歴史は、そしてそこ生きてきた大日本帝国は俺たちが知る戦前・戦中の日本とは全く違う。
認めるしかないのだ。
俺たちが侵略戦争だと習ったあの「大東亜戦争」はこの世界では有色人種が白人による帝国主義植民地社会を完膚無きまでに打倒したアジア民族にとっての「解放戦争」にあたるのだ。
少なくとも、表向きはそう捉えていて、一部の例外地域を除き、アジア各国や新興国は大日本帝国の覇権の下で大いなるゼロ・サムゲームを続ける事を是としている。
これは間違いなかった。

146 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:13:59
「自分の目で見たものがそんなに信じられないのかな? 角松中佐らしくない」

草加と共にホテルのロビーを歩きながら言う。
南国特有の植物と太陽光がロビー全面の道路と噴水に反射していた。

「俺は疑ってかかるようにしている。
信じきって後ろから撃たれる、なんて事も当然にありえるんだからな」

そう言ってスーツの背広に隠してある鉄の塊に手をそれとなくやる。
シンガポールに向かう時に梅津艦長から護身用として与えられた拳銃であり、そしてこの世界でも存在してたソニー。
そのソニーが2000年代に開発する事になる小型のプラスチック製録音マイク。
記録時間はHDメモリーディスクで600時間。

「なるほど、このホテルに来るのは日本人とそれに頭を下げる人ばかり、と思っておられる様だ。
                • ならば市街地に繰り出して見るかな?」

「な、に?」

「そうだろう? 現地の、無血譲渡されて日本領土となったシンガポールなどはみらいの歴史にも存在しない。
という事はここの統治方法も記録に残ってない。いいや、存在してないのだ。
ならば直に見て艦長たる梅津大佐に報告するというのは至極当然のこと。
まして・・・・懐に物騒なシロモノを後生大事に抱えているならば尚更自らの目と足で、と思うが如何だろうか?」

草加は言うだけ言うとベルボーイに電話を借りれないかと言う。
まだ少年の、恐らく現地採用のマレー人(しかし、流暢ではないがカタコトでもない日本語を話した)が見よう見まねの敬礼をしてすぐに走り出す。
その際に草加は何かを感じ取っていたのか彼を呼び止めた。

「ああ、少年。これは報酬だ」

それは慈悲か?
いいやあいつはそんな男じゃない。
あの日本人の、しかもあこがれの太陽の帝国から祖国を解放してくれた軍人が財布から1円札を出し、それを躊躇なく自分に渡した。
目を白黒させているマレー人の少年。それは彼の月給数ヶ月分になる。
驚く少年は少しだけ怒った。
いや、悔しくて泣こうとしていたのを我慢している、そんな感じがする中。
草加は続けた。
まるで自分にいうように、己自らに戒めるように。

「君は自分の運命を切り拓くために努力して日本語を習い、日本人に認められるよう日本人以上の勤勉さでここに立った。
いまここで、この場所で私に会うには並々ならぬ努力があった筈だ。恐らく白人や日本人に決して負けないという強い意志で。
君の実力、高きに登ろうとする志は日本人も欧州で差別主義を続ける白人たちも見習うべきもの。
これはそれに対しての、大日本帝国帝国軍人として敬意の表れだと思って欲しい。
君と君の民族、そして祖国日本帝国の将来が現在よりもより良きものであることを祈っているよ」

わざとらしいが、効果的な言葉。
彼の意図することを汲み取れて、迷ったあとに純粋に感動するマレー人の少年。
どこまでが本気で、どこからが演技か。
疑い出すとキリがなく、かと言って嘘と決めつけるにはあの少年の笑顔は眩しすぎる。
今はこれが現実。

「ずいぶん、気前がいいんだな」

皮肉のひとつも言わないと飲み込まれそうだ。
この男、ではない。
この異世界の現実に。

「そうだな・・・・あの子らが大人になった時に私はもしかしたらいないかもしれない。そう考えると今のうちに打てる手立ては打っておきたくなる」

草加は全く誇張せず、自己弁護せず、淡々と己の心情を暴露する。

(この素晴らしき日本の未来のために、も)

肝心な事は巧妙に隠して。

147 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:14:33
電話に案内された草加は数時間外出する、所定の時間内には戻りシンガポール派遣軍総司令部に出頭する旨を伝えた。
因みにシンガポール派遣軍総司令部には陸海軍だけでなく大蔵省、外務省、内務省、経済産業省、日本商工会議所、公安委員会、内閣調査室国外派遣委員会=情報局、環太平洋諸国会議準備委員会など大日本帝国の東南アジア戦略の根幹を担う人々が詰め込まれている。
ため、シンガポールの一角には戦後の成田国際空港に匹敵する様な規模で10~15階の高層ビル群が建設中である。
尤も、今は防諜の関係と予算問題、時間的制約から、日本本土から持ってきた1万5千トン級豪華客船数隻とシンガポールに元々あったイギリス植民地総督府、イギリス東洋艦隊司令部を利用しているが。

「それで草加中佐、俺をどこへ連れてくつもりだ?」

またあの笑みを浮かべる。
まるで懐かしい存在に会っているような、嬉しさと寂しさを混在させ、それでいて楽しみを覚えているような妙な微笑み。

「もちろん、シンガポールの市場だ。汽車に乗ってな」

「ほう・・・・そいつは楽しそうだな」

俺は警戒する。
この男の真意を計り知れない、その事実に。

148 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:16:35
帝都・東京

8月26日に厚木基地に一機の一式輸送機が降り立つ。
飛行機を降りてそのまま専門の軍用バスで厚木駅向かう津田。
手には手錠をかけた上で厳重に鍵をかけてあるトランクケースがある。
ご丁寧なことに周囲には憲兵隊一個分隊が警戒にあたっていた。
自分ではないな、草加中佐から託されたこの書類か。

「ありがとう」

「は、任務ご苦労様であります!」

特別列車に乗り込むまで一言も口を聞かなかった彼らに謝意を表明し、津田は乗った。
滝、という中佐の案内の元。

「君が津田大尉だな?」

「君の話は田中局長から聞いている。私は陸軍の情報部に在籍している村中だ。よろしく」

夏なのに、いくら冷暖房が効いている一等電化列車の一等車とはいえ、トレンチコートを着ている陸軍少将。
草加中佐と同期だと最初に名乗った滝中佐。
自分たち以外は誰もいない列車の中で。

「は、中佐、少将。
自分が極秘任務を遂行中の津田であります。ですが、そうであるが故に失礼ですが中佐らの身分を確認したく存じ上げます。
滝中佐と村中少将が嶋田総理から「本特別事案」について直接の命令を受けた方でよろしいでしょうか?」

言外に身分証明書を出して欲しい。
こう伝えたのだが、どうやら伝わったらしい。
拝見する身分証明書。
軍歴証明書。

「読んだか? ここから東京までは三時間ほどだ。それと、新城少佐が送ってきたものも既に帝都にある。
あちらは敢えて荷物扱いで送った。その方が英独ソに嗅ぎつかれないだろうからな」

村中少将は何でもないという感じでそう言い切る。
そこには強烈な愛国心と敵対する者には容赦しないであろうという、あのみらいで会った新城直衛少佐と同じ意思が見受けられる。

「恐れ入ります」

津田はそれしか言わない。
向こうもそれ以上聞かない。
ただ、三人しか乗ってない軍用列車は帝都へ向けて走り続けるだけ。



翌日・首相官邸別館・地下二階・総力戦会議室

日米戦争や大規模災害に対応するために昭和15年に増築された首相官邸の別館。
ここに夢幻会のメンバーらと現役閣僚が一同に集う。
秘密保持の観点から秘書官はおらず、電子機器は無論、メモの持ち込みさえ厳禁。
粘土と木材で作られた立体的な世界地図(各地の重要拠点には日本の国旗が刺されている。例えばハワイやシンガポール、東京、パナマなどだ)を中央におき、その周りを天然木材で作った長机が囲む。
周囲には映写機が映像を映し出されるように白い壁となっており、エアコンが22度の温度設定で空調を管理する。
出口は一箇所だけ。しかも階段に直結してる。
部屋の大きさは小学校の体育館、その3分の2ほど。周囲には会議に必要な家具が考える限り持ち込まれていた。
無論、全て綺麗に整理整頓されている。

「皆、みましたね」

議事進行役の嶋田が言う。
会議室にいるメンバーが見たのは新城が護衛艦みらいから盗み出したもの。
ペーパーナイフ、キッチンナイフ、キッチンフォーク、珈琲豆、砂糖の入った袋、インスタントスープ、薬、タバコ、トイレットペーパー、ナイロン袋、ペットボトル、キャップ、ボールペン、そして、コカ・コーラ社の缶コーラと小さな自衛隊のカレンダー。
特に注目したのはこれだ。

「山本、どうだ?」

嶋田が同期に声をかける。
さっきから険しい顔で自分の持つ海洋学校使用の長期カレンダーと照らし合わせながら黙っている男に声をかける。。
山本海軍大臣が持ってきたのはみらい発見の報告と同時に嶋田が頼んで来た特注の回転カレンダー。
100年先まで分かるようにという注文した特注カレンダーで暦を確認する。
もちろん、人間が作る以上誤差が出るのは仕方ないし、失敗も考慮した。
結果、それぞれの民間企業5社に3つずつ、海軍大臣、海軍軍令部、連合艦隊司令部の三部書から別発注したのだが。

「信じたくないが・・・・・全部の日付が一致した・・・・・一日の誤差もない」

あちらこちら(夢幻会以外の閣僚たち)から驚きの、若干の恐怖がこもった溜息がでる。
中には両手で頭を抱える者もいた。まあ、流石に直ぐに立ち直ったが。

「つまり?」

「嶋田総理、山本大臣の確認した事はこの外務大臣たる吉田も今この手で、この目で確認しました。
このカレンダーですが、2025年8月、いえ、8月から12月までの暦が一切の間違いなく我々が用意させたカレンダーの日付曜日と共に合致している」

しかも「昭和」ではなく「平成」という文字。
それが四ヶ所もでかでかと記入されている。
つまりだ、これが意味するところは。

149 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:17:16
「よほど手の込んだ悪戯か・・・・・或いは本物、という訳か」

それは永田陸軍大臣の言葉。
10年くらいの先ならこういう物が市販されていても可笑しくない。遊びとして。
だが、ここは夢幻会の大半が過ごした日本、そしてその日本の未来かも知れない「みらい」に乗る人々日本とは違う。
人生80年の日本国ではなく、人生50年の大日本帝国なのだ。しかも戦争もあり、皇室も敬うのが当然。

「元号で遊ぶなど・・・・・帝国に住む人間では考えられん。たとえ阿部大臣が嫌いなアカでもそこまでしない」

山本はまたも呻いた。
それが現実の、しかも戦勝国にして世界列強筆頭になった元号を捨てて、今から80年先のカレンダーをこうも精巧に作り上げるなど到底考えられない。
だが、このカレンダーの異質さはそれだけではなかった。
このカレンダーにはいくつものスポンサーがあるのだ。
カレンダーを回されて見た男たち全員が例外なく押し殺して、しかし、深刻な呻き声をだす事になったスポンサーの名前が。
その名前を、

「陸上自衛隊」

「海上自衛隊」

「航空自衛隊」

「JAXA」

の四つという。

8月の写真として飾られたのは、帝国が世界に誇るはずの疾風でさえ骨董品に見えるジェット戦闘機。名前をF-35という。
9月の写真は4隻の巡洋艦が単縦陣を組んで航行する姿。場所は江田島らしきものが見えることからか瀬戸内海。
先頭の艦はこんごう級イージス艦らしい。
10月には陸軍がドイツ軍と殴り合い圧勝するために開発中の四式戦車の更なる発展版と思われる、十式という戦車に、これに付随する歩兵部隊。
11月の項目はには横須賀港上空から写したであろう、停泊中の大鳳級を大きく上回る超大型空母。
しかもよく拡大してみると艦尾には星条旗が掲げられていて、横には日本の軍艦旗を掲げる護衛艦がいた。
ご丁寧に日米同盟の象徴とも書いてある。

「とどめに・・・・・これだ」

12月の写真。
この世界では誰も見たことのない、この大日本帝国が一番近く、それでも見た事のない写真。

『青い球形の存在』

『漆黒の背景』

『白と青と茶色と緑のモザイク』

これはつまり。

「これが・・・・・・・・・・地球」

150 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:18:58
外務大臣の吉田茂が惚けるのも無理はない。
夢幻会の転生者達にとっては常識でも、飛行機さえ夢物語とされていた時代に生まれ育ってきた彼らに『宇宙から見た日本列島の写った地球の写真』はインパクトがありすぎる。
茫然自失、いいや、喚き散らさないだけ遥かにマシだと思わないと。

「そう、最後の一枚に写っているのは間違いなくこの日本帝国周辺の地理だ。
それは偵察機の上空写真からも知ってもらえるだろう」

嶋田は内心で、

(なんで俺なんだよ、この畜生め!!)

と、罵りながらも飾り物の独裁者らしく努めて威圧的に振舞う。
あのみらいを悪夢と思いながら。

「山本、海軍航空隊を共に作ったお前に聞く。
このF-35なる航空機の飛行写真は偽物だと思うか?」

出席者の視線が二人に集中した。
とにかく水を飲み鼓動を落ち着かせる山本。
嫌な重圧だが仕方がない。

「いいや、それはない。これほど鮮明な絵は我が国もドイツもイギリスもかけないだろうから、絵ではない。
これは現像された写真を更に模写したものであるという判断だ。これは皆と同じだった。
赤城の艦長時代の経験・・・・・・昔の経験から言ってこの写真を撮るならば相当な腕前と非常に高性能なカメラが必要だ。
それに見ろ、この影の部分を」

そう言ってカレンダーの写真の一点を指す。

「これは太陽光を反射する際にでる特有の光。航空力学では常識の光であり、故に偽造する際には見落としやすく、作りずらい。
だが、これは間違いなく自然の反射光だ。そして、風防に反射してるもう一機のF-35という同じ戦闘機の影」

ああ、やはりそうか。
認めたくない。
だが、認めるしかない。

「少なくとも、この写真は本物だ。そして、下の日付は80年先のグレゴリウス歴と寸分違わずに一致している。
私は・・・・・・まだ信じられないが現場の草加中佐に新城少佐の意見と人柄をも踏まえて結論を下したい」

固唾を呑んで皆が山本大臣の顔を見る。

「海上自衛隊イージス護衛艦みらい、この軍艦は我々の80年先以上の世界から来たという言葉は嘘ではない」

そう言い切る。
辻も同意見だった。
ただ彼はこうも付け加える。

「山本さんの言うことは正しいでしょう。私の方でも新城直衛少佐が貰った薬の製薬会社を調べました。
それこそ、個人経営の調剤薬局や漢方薬局から東証上場企業に、軍へと入札できそうな有名どころの海外薬品会社、その全てを徹夜させて。
ですが、結論はこんな株式会社は日本の会社登記簿を扱う法務省の法務局には存在せず、国外からの輸入の記録もない、と言う事です。
ですが、現物として我々の目の前に存在している。ご丁寧に未知の材質で包まれた錠剤とともに」

薬とカレンダー、未知の素材。
あの新城という男はよくもこれだけの現物証拠品を送ってきた。
特にカレンダーが素晴らしい。
映像と日付。双方がこの世のものではないという状況証拠を突きつけてくれる。
薬の方も成分分解をすれば薬学発展に大きく貢献するだろう。
まして説明書付だ。
加えて、他の非転生者がいるから言えないが、新城最大の功績はプラスチックの現物を数セット極秘裡に帝国本土へと持ち帰った事。
これで大手をふって、とは行かなくても、研究に成果を出せる。

(平和ボケして、いえ、例え戦地に派遣されている平成のアメリカ軍であってもこれは防げないでしょう。
自分たちにとっては当たり前すぎる日常品。無くしてもせいぜい注意される程度の品々。
当然です、生まれた時から世界中に溢れていて小学生のお小遣い程度で揃うものばかり。これを警戒する方がどうかしている。
だが、この異世界への漂流という異常事態では・・・・・とんでもなく貴重なもの、下手しなくてもダイアモンドやウラン、水爆の設計図並みの価値を持つ存在となるなど、よほど捻くたか自分の役割を理解していたかどちらかでない考えつかない。
ましてや、それを封筒に入れて、さも私物の様に持ち帰ることなど想像出来ない)

151 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:19:40
唯一警戒されそうなカレンダーも卓上カレンダーだ。
折り曲げればポケットに入る。
事実、思いっきり折り曲げた跡がある。
どうやって、みらいのどの部署から持ち去ったのかはわからない。だが、目の前にある全てが「みらい」の異質さと異様さ、そして危険性を証明した。
出席者全員の表情が全てを物語る。

「ただし、です。皆さんに肝に銘じて欲しいことがある。
この軍艦、皮肉な名前の「みらい」ですが、その未来の日本国がこの現在の帝国から続く未来と繋がっているとは限りませんけどね」

まあ、釘はさしておこう。
戦前までの資料はともかく、戦後の資料は100%の確率で単なる参考資料程度にしかならないだろうから。
だが、戦前までの資料だけは何としても確保する必要がある。
それを目線で転生者らにアイコンタクトする。
彼らも同意見だ。それを確認した嶋田は草加拓海からの案件を議題に上げることにした。

「さて、これでみらいという軍艦が本当に80年先から来た可能性がある、いや、確実視して動くべきという事を共有できた。
で、我々の取るべき方策だが・・・・・」

嶋田はここで言葉を区切る。

「件の接触した草加拓海という海軍中佐から昨日私宛に直接意見具申の書類が届いている。
既に目を通したので、説明させてもらおう」

と説明する前に山本がとなりで苦笑いする。
自分も独裁者の看板が板についてきたな、と。
それを見て思い出すのは昨日のこと。

152 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:20:14
『津田大尉、任務ご苦労だ』

『お忙しい中、このような時間帯にも関わらず自分のために人払いをして頂きありがとうございます』

『いや、シンガポールから直接来てくれたのだ。これくらいはしよう。
で、それかね。
やけに厳重だな・・・・・まさかシンガポールからずっと手錠で固定していたのか?
手を切られたらどうするんだね?』

『は、帝国の最重要機密であると考えました。
総理が仰る通りの事態、例え手を切られても我が身にかえて本国に持ち帰る。
その覚悟でこうしてお持ちしました』

『・・・・・・場を和ませるための冗談だったんだが・・・・・冗談が通じないのは俺の冗談が下手なんだろうなぁ』

『はぁ?』

『あ、いや、何でもない。それではそれを外してくれ』

『はい、失礼します』

『・・・・・・・・』

『こちらがカバン本体の鍵になります。草加中佐より二重封筒にて封をしてあります。
中は見ておりません』

『分かった・・・・・・津田大尉・・・・・君は報告にあった軍艦に乗ったのだな?』

『・・・・・・はい、総理』

『で、どう感じた?』

『・・・・・・・・・・・・・・』

『正直に言ってくれ。何を言っても思っても、いや、言わなくても罰することはない。君の昇進に影響することもない。
私は世界一般では対米、対中強硬派のこの帝国史上最大の独裁者と言われている。
が、あくまで日本人と日本国、そして陛下を守る為の非常時の劇薬だった。そう思いたい。
だからかな、現場の、しかも80年先の未来と接触した人間の忌憚のない意見が聞きたいのだ』

『・・・・・・・』

『では、質問を変えよう。君はこの書類の中身と・・・・・・80年先の未来というモノを知ったのか?』

『・・・・・・・』

『どうなんだ?』

『申し訳ありません。閣下』

『それはどう言う意味で申し訳ないんだい?』

『自分は海軍軍人として、情報将校として冷静に情報収集すべきでした。可能な限り。
ですが・・・・・怖かったのです』

『ふむ・・・・怖い? 私と同じ海軍軍人の君が、か?』

『は、未来を知る事が怖くてたまりません。
ですから私はみらいとの会談を殆ど草加中佐に任せ、みらいの内偵は陸軍の少佐に任せ、事務方に徹しておりました。
故に閣下が望むような情報に触れておりません・・・・いいえ、自らそれを放棄しここにいます』

『・・・・・・・・・・そうか、わかった。いやいや、事態が事態だ。
むしろ自分から80年先の世界に接触しようとしている新城少佐と草加中佐の方が異常なのだろう。
津田大尉は良くやってくれたよ。ありがとう。
私の方で一筆書いておこう。
事が終わったら君たちは・・・・・いや、君たちの家族も含めてだな。
越後湯沢でも函館でも和倉でも、或いは別府や有馬、那覇やサイパンなど好きな場所で2週間ほど休暇が取れるように手配しておく』

『あ、か、閣下』

『うん?』

『お心遣いはありがたいのですが・・・・・無礼を承知でお聞きします。
自分はこの先も帝国海軍軍人として軍務に復帰できるのでしょうか?』

『ああ、それは間違いない。こんな事で優秀な人材を手放せるほど我が国に余裕はないし、我々政府上層部も馬鹿ではない・・・・・ご苦労だった』

153 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:20:46
1945年8月25日 シンガポール港第一埠頭・白鳥号

ここは日本軍東南アジア方面軍ならび行政機関の全てが集中ている。
日本政府がタイタニック号をそのままパクリ建造した豪華客船(防水対策はオリジナルよりも遥かに優れているが)、使い勝手の良さから政府組織と軍司令部をおいている。
港には他数隻の日本国籍の大型客船が停泊しており、付近のホテルも日本軍と日本政府が正当な取引りで接収していた。

「我が大日本帝国は邦人ら全ての安全を確保する事をお約束する。
具体的にはゲリラ、裏社会の者が無辜の邦人、日本国籍の者を攻撃した場合、正規軍の火力を持って容赦なく、無慈悲に彼らを殲滅するであろう
帝国はテロには絶対に屈せず、帝国を脅かすものは包囲殲滅する。
我々は帝国の盾であり矛である。日本の臣民はそれを忘れず、そして帝国の一員の誇りをもって職務に邁進して欲しい」

演説しているのは陸軍中将、栗林。
史実では硫黄島を死守せんとした名将。
日本陸軍でも屈指の名将にして、悲劇の英雄としてハリウッドで映画化された人物。
柔軟な思考と米国留学経験は伊達ではないが、この世界は彼が必死の覚悟をして建築した地下要塞と防衛戦闘など無かったが故に、そこまで有名ではない。
だが、史実を知る夢幻会の非転生者ではない切り札軍人の筆頭が今村中将であるならば、その彼らがより不安定な北米大陸方面軍を管轄する事になったのは必然でもある。
結果、防御戦闘のエキスパートとして彼、栗林中将もに夢幻会は大きな期待を寄せており、彼自身も己の才覚でテ号作戦の立案に大きく関与し、軍内部で確固たる地位を築いている。だからこそ、その栗林中将にシンガポールに本部を置く東南アジア方面軍司令官職(暫定)が回ってきたのだ。

「帝国はこの地を守る。
帝国はこの地を見捨てない。
帝国は民間人を見捨てない。
仮に我々が退却するとしても、その時は最後の一人まで本土に送り届け、日本の未来のために最後の一人まで戦い続ける。
これこそが我が帝国軍の全てである
そして、当然のことながら帝国は友好国の人々にも手を差し伸べます。
例えそれがかつての裏切り者であっても、帝国は信義のために約束を守ります。
こちらに来訪された全てのアジアの友人達に心からの敬意と友情を評します。
そして、和をもって尊しとなさんと欲しております。
大日本帝国陸軍中将、栗林忠道。以上です」

拍手喝采。
手を振りながら一時退席していく栗林中将と参謀長。
それに代わって栗田中将が日本海軍の精強さが如何なるものかを語りだした。
正直の話、自画自賛している様にしか聞こえない。
反吐が出そうだ。
それは昼間の検閲で警察が問答無用で没収した中国人の書いていたノートが、彼らの前でまとめ焼かれているのを見たからだろうか?
それとなく草加がいない隙にその日本人警官らに注意しようとしたら、逆に大阪弁のあの男に言われた。

「あれが常識どす。これが日本の掲げる解放というやつでんがな」

と。
他の民族が漢民族を庇わないのは宣伝戦の勝利者が日本帝国だからか?
事実上の太平洋諸国の支配者が日本人だからだったから?
わからない。だが、草加が戻ってきた時にはその男はもうおらず、そのまま泰緬鉄道から降りてしまった。
演説から記者の質問へと場が移る。
記者たちの数の多さがこの世界の異質さ、いや、俺たちの世界との差異を際立たせている気がする。

「難しい顔をしている」

俺の表情を読んだのか。

「理由は彼らかな? 件の名将がまるでドイツの伍長閣下のような演説をしている。
それも日本人だけでなく、日本人以外もいるこの場所で。
だが、それは仕方のない事ではないか? 
戦争には勝利者と敗北者のふたつがあり、双方ともにそれぞれの立場から新たなる義務を負うのだ」

反論したい。
いや、すべきだ。
俺たちはそんな義務を負うために自衛官になったわけじゃない。

「だが、その義務とやらのために無辜の民衆を巻き込んでいるのがこの世界だ。
そして、軍事力だけでは人を抑えることはできん。力による支配は必ず反発を招き崩壊する!!
それは俺たちの歴史が証明している!! いつかはどんな帝国も瓦解する!!! だから俺たちは銃を抜かない事を誇りとしているんだ!!」

叫んだ。
どうだ、これが平成の自衛官の理想。

「第一!! 好きこのんででここにきたんじゃないんだ!!!
俺たちは日本人だ!!! 帝国の人間じゃない!!!」

154 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:21:17
しかし、草加は逆に言った。
落ち着くように、冷静に。

「とりあえず、私の部屋に戻ろうか。ここでは他の人々の目がありすぎる。
皆さん申し訳ない。彼は先日匪賊に襲われた。
そのことを思い出していたのか、どうやら飲みすぎているようだ。気にしないでくれ。」

無言のまま角松は草加の後ろをついていき、部屋に入った。
302号室の部屋の明かりをつけると、角松はベッドに、草加は夕焼けに照らされている机の隣にある一人用ソファに身を委ねる。

「先ほど廊下で貴方が叫んだ尊い理念。それは知っている。
角松洋介『ニ佐』。貴方の知る歴史はこの世界とは大きく異なるのだろう?
日本は膨張主義をとり、結果としてアメリカ合衆国の占領下になり、自分では何も決められない経済植民地という属国になった。
世界第二位の経済大国という飴をもらいながら、アメリカ合衆国の飼い犬だ。己で獲物を仕留める事をできず、仕留める術を知らず、更には自分がどこにいるのかどこに行くのか、どこにいけるのかも分からない。
それが国家か? それが独立国か?
確かに飼い慣らされるのは楽だ。餌を主人から与えてもらえるのは気が楽だ。住処も何もかも保証される、子供だな。
ああ、確かに我が軍は内部闘争で戦争を失った。
無謀な精神論で中国に深入りし、引き分けにもできず、負けを認められずに米英らと開戦。
補給線を無視して戦線を西はインド、南はソロモン海、北はベーリング海、東はハワイまで。
最後は特攻兵器と学徒動員という事態に陥り、それでも面子のために戦争を継続して、沖縄を占領された。
やがて敗戦の中で復興を遂げたのは世界史に、いや、人類史に残る大偉業であると私は確信しているが、それはモノの復興。
決して、ココロの復興はなってない。
でなければ・・・・・仮に対等である国家間同士の軍であればだが、簡単に米軍の指揮下に入り、世界中に軍を展開することに唯々諾々するという訳にはいくまい?」

こいつ!!!

「草加・・・・・お前何を!?」

思わず懐にあるベレッタに手を伸ばす。
が、

「そろそろ角松『二佐』は気がついているのではないかな?
私が何を知っているのか、何を言っているのか、を」

その根本にあったのはなんなのか、を。
気が付きつつある。
この男は危険だ。
何が危険だと? 

(草加は確固たる信念をもち、それで周りを巻き込めるカリスマ性のようなものを持っている)

理性が告げる。

(今はまだ海軍中佐という中堅官僚だ。だから良い。
だが、こいつは確実に上に登る。政府中枢に。大日本帝国を名乗るこの過去、いや、この異世界の日本の頂点に立つだろう。
そうなれば、歴史をコマのように扱い自分の好きなように動かす)

まるでSFや空想世界の主人公たちのように。
啓示の如く悟った。
こいつは全て最初から「みらい」と「未来」を知っていた。
少なくとも、「太平洋戦争を経験し、敗戦した昭和から続いている平成日本までの歴史」は知っている。

「こ、」

「殺すべき、かな?」

どうする。どうすればいい。
汗が止まらず、それでいてては少しづづ懐の拳銃に近づいた。
指先が、手のひらが鉄の冷たさに触れる。
それは草加も分かっている。
なのに、何もしない。
優雅に脚をくみ、椅子に体重を落として、背もたれれに背を預けている。
俺が迷っているのを知っている、目がそう言っている。

(やはり・・・・いや、だが)

155 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:22:30
その時だ。

『失礼します! 栗林忠道中将閣下が参られました。ドアを開けてもらえますでしょうか?』

何度かノックされた。
消音銃じゃないベレッタ。
例え音が誰に聞こえなくても人間一人分の死体や血痕を短時間で一人で処理することは出来ない。
しかもボーイなり護衛なり伝令なりの言葉が本当ならば東南アジアに展開する軍部の最高責任者が扉の向こう側にいる。

「角松『ニ佐』、いや、角松洋介殿」

「さっきからなんだ、それは。草加・・・・・何が言いたい?」

彼はそのまま彼の横まで来ると背中を見せて小声で語った。

「私はあの軍艦での会談をして良かったと心から思っている。そしてこうも思っている。
君たちみらいの人々は知るべきだ、と。
大日本帝国にして大日本帝国ではないこの世界の日本人が何を思い、何を守り、何を願い、何を背負っているのか、それを。
少なくとも、理想しか語れない軍隊ではこの世界を生きることはできん。
それはドイツでもイギリスでもソ連でも他のアジア、北米各国、南米、欧州諸国でも・・・・・無論。大日本帝国という名前の日本でも、だ」

「・・・・・・・・・」

「仮に他国なら、100万人の将兵を犠牲にしても君らの知識と「みらい」そのものを手に入れようとするだろう。
戦争さえ辞さないかもしれんな」

ドアを開けようとする。
外を確認。
見える限りの情報だと、書類ケースを持った栗林中将と参謀長の二人が数名の護衛兵を連れて待っている。

「お待たせしました栗林閣下・・・・・どうぞ」

「うん、そうか、参謀長、曹長。君たちは外で待っていてくれ。
エレベーターと階段を見張り、他の人間は誰もこの部屋に近づけないように、な」

「了解しました!」

敬礼する兵士と参謀長。

「かかれぃ!!」

その言葉と共にカラシニコフの様な自動小銃で武装した完全武装の小隊が散る。
確認し室内に入る。
一礼して、草加が椅子に案内する。
先ほどの演説の時とは全く別の表情を浮かべる目の前の陸軍中将。

「さて、君らの任務と軍籍証明書は確認したが・・・・・一応、内地で決められたという草加中佐の合言葉も確認したい。
いいかな?」

頷くのは草加だ。
ここで下手なことはできない。

「どうぞ」

はじめるか。
何をするのか見ものだな。
角松はそう思いながらベッドに腰掛けて二人の会談を見ている。

156 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:27:10
1945年8月25日 シンガポール空港

「笹島さん、久しぶりです」

新城が迎えたのは4機の一式旅客機だ。
60名の乗客をその荷物ごと運べるJALならびANAの主要旅客機。
そこから降りてくるのは妙齢の女性たち。
総数は212名。
絶対多数なのは日本人だが他にも白人、黒人、アジア人などいる。
ただわかるのは誰も彼も日本男児が好みそうな背格好をしていることか。

「私は案内役を頼まれただけだ。君の義兄殿たちの圧力に屈した人々からね。
大体彼女たちはなんなんだ? 見たところ単なる観光客には見えんが、軍人とも思えない。
それにだ、いくら統治下に入ったばかりの都市とはいえ、前線ですらない平時に海軍陸戦隊一個小隊に加え、礼儀とは言え私のような軍令部勤務の大佐を付けるのは異常だろう?」

まあ、答えないだろうな。
第一次世界大戦以来の知り合いは、軍務を軍務と忠実にする男だから。

「それは極秘事項であります、ただ大佐の経歴に傷が付くことはありません。
勿論、大佐が何も語らず探らなければ、です」

「わかっているさ、君とは長い付き合いだ。
藪をつついて蛇、いや、虎や熊を起こす様な真似はしない。では我々は休暇の後、帰国する、それで良いかね?」

勿論です。
敬礼する彼。
答礼する彼。
その傍らで笑いながらもどこか訓練されたような動きをする彼女ら。
やがて数台の大型バスが到着すると彼らは各々の目的地に向かった。

「ふん、誰だったかな。この世の人類の半分は女である。
ならば人類が男女関係なく戦争に参加するのは必然であるという当たり前なことを阿呆のように言った奴は」

新城はタバコを一本深く吸う。
そして投げ捨てた。
続けて、従卒に一通の手紙を渡す。
中にはこう書いてある。

『機材は到着せり』

と。
勿論、中を見るほどこのロシア系特殊部隊少尉は間抜けではない。
黙って去っていく。
行き先は埠頭。
その新城から連絡を受けた草加。
彼は自らの権限を行使し、みらいへの補給物資搬入と交互・監視付きとはいえシンガポールでの半舷上陸がみらい乗員全員に許可するよう上告。
それは受理される。

157 :ルルブ:2015/01/22(木) 13:27:43
1945年8月26日 帝都・東京

例の地下での会議を終えた山本海軍大臣は一人の退役軍人の訪問があると言われて驚いた。
名前を聞いてありえないとも。少なくとも、自分は彼にとって裏切り者である筈。
それに、嶋田から言われて、宮様の言もあって距離をとっていたのだから尚更会えない。会いたくない。
だから追い返せ、そうしようとしたのだが。

「失礼するよ、海軍大臣」

困惑する従卒らと警備兵。
彼らは弁解してきた。
曰く、「自分は山本五十六海軍大将に呼ばれている、理由は知らないが必ず来るようにと言われて来た、極秘だと。だから案内したまえ」、そう言ってここまで来てしまった。
無論、凶器になりそうなものは全て預かっており、録音機器などもないことは金属探知機(三菱が最近開発、量産化に成功した)で確認していた。
何より、戦前に彼の世話になったものは多く、恩や義理人情を考えた上に、最上級責任者である山本が不在だった。
このため決定的な判断や命令を下せる責任者が決まらず、無碍に追い返せなかった。
で、なし崩し的に山本が戻るのを大臣執務室のとなりの部屋で待っていたのだ。

「・・・・・なんでしょうか、米内閣下」

米内と呼ばれた男は笑う。

「私は退役した人間で閣下ではないが・・・・・単刀直入に聞こうか。
私のもとに昨日イギリスの友人からこんな手紙が来たのだが・・・・・心当たりはあるかね?
あるならば帝国のために私から彼らの情報を引き出そう。だから教えてもらえるかな?」

そこには日本語のカタカナでこうある。
恐らくはイギリス製品ののタイプライターで書かれた小さな便箋に入った、たった一枚の紙。

『ミライ』

と。
山本は必死で表情は押し殺し、答えた。

「軍機につきお答えできません。それでよろしいでしょうか?」

彼としては何も言わなかった。
そのつもりだ。
米内も無駄だと悟ったようで、直ぐに踵を返す。

「ああ、そうか。時間を取らせたね。引退した者が現役軍人に意見してはいかんな。
すまなかったな、山本大臣。
それと、その手紙は渡しておくよ。きっと役に立つ」

そう言って彼は来た道を戻る。
方や山本は部屋から全員追い出すと直ぐに嶋田総理の執務室あての第一特務回線の赤い電話をならす。

「嶋田・・・・・・俺だ・・・・・・話がしたい・・・・・そうだ、予想以上に厄介な事になってるようだ。
詳細は・・・・・・そうだな、盗聴の可能性もある。また近日中に」

受話器を置く。
そしてもう一度見た。

『ミライ』

そう書かれているイギリスからきたであろう手紙を。
一方、市電を乗り継いで自宅に戻った米内は思う。
いや、独白する。

「まだまだ甘いな、山本は。同じようにカマをかけた堀はこう言い返したのだぞ?」

『なんですか、これ。閣下といえども戯言はやめてください』

『では何も語らない、と?』

『語るもなにも、こんな意味が分からない文面を見せられても困るだけですね』

とな。
だが、山本は言った。

『軍機につき語れません』

と。

(ならばこの単語はやはり軍に関するもの。しかも山本が即答できたと言う事は海軍に関係するなにか、だな)

米内は秘蔵の日本酒を棚から出して飲みだした。越後湯沢の米を使った甘口の日本酒を熱燗で飲み出す。つまみは、ない。
久しぶりに良い夢がみれそうだ、そんな気がする。

第六話 完

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最終更新:2022年11月14日 17:53