323 :ルルブ:2015/01/25(日) 00:46:38
「第八話 波紋」



平成日本を知っている夢幻会。
彼らはある戸籍を見たとき、当然の如く吹き出したという。
漫画、アニメ、映画の世界の人間が普通に存在しているのだ。
驚くな、という方がどうかしていた。
国外はさすがに無理だ。考えてみて欲しい。
人種差別上等の19世紀から20世紀中盤までの間に「大日本帝国の人間です、個人的に興味がありますので質問に答えてください」といって、怪しまれない筈がない
国家としての情報収集能力は列強にとって遥かに劣っているのは今も昔も変化しない現実。
それにこの世界で「人類滅亡」を企むとしても、力がない「日本帝国」程度では無理。
ある夢幻会の忘年会で言われたという言葉が物語ってる。

『なぁ』

『ん?』

『いるんだよな』

『あ、ああ』

『しかも国外にも』

『うん』

『詰んだな、これ』

だから日本国内に関しては後年それとなく接触している、らしい。
確証はないのだ。
いわゆる他人の空似か、平行世界の住人か、転生者なのか。
直感はある。だが、行動してない人間に尋問するわけにもいかないだろう?

『あなたは異世界からやってきましたね』

と、聞かれて嘘をつかれて間違った人間を、或いはスパイを夢幻会に侵入させるわけにはいかない。
特に初期は力がなかったが故に物理的に当然の如く不可能だった。
戦前から戦中になり発展期を迎えていた為にそれの維持が第一だ。
戦後は圧倒的な国際関係と国内政治基盤、なによりあの惨劇を引き起こしたという現実が「架空世界の人間」と思わしき存在へ声をかけることを躊躇わせた。

『どこでどんな反動を生み出すか分からない』

何より、滅茶苦茶になった夢幻会の知る歴史、『史実世界=個人の力が世界を左右できる戦後』とは違う戦後
今の時代にとって、幸運なことか結果論だが、個人が世界に干渉できることは平成時代の世界に比べ遥かに小さい。
一例をあげるなら、それぞれの勢力圏外に渡れば、差別や嫌がらせ、監視は日常になる。
ヘタをしたら世界中の流行である「国家安定の為に身を粉にして全身全霊をもって日夜働く秘密警察」のどなたかに捕まって国家安泰・護国国体維持のためにという名目で処刑、拷問などで死んでしまうだろう。
虫けらのように。
この世界でも客観的に見て、まあ自由だろうと言われる大日本帝国。
我ら夢幻会、このお膝元とて中国大陸で中華の人間相手に何をしているか、それ故に世界中から何をされているか、どう思われているかを考えると、個人レベルでやれる事はたかが知れている。
まあだからこそ、

『それにこちらのリストに出てくるメンバーは、あくまで個人か外国人。
仮に何か知っていても証拠はないよ』

という言葉で安心していたのだが。
あとはヤブヘビを恐れる人々の動き。

『また日本が何かしている!!』

という警戒心を与えないこと。
必要以上に刺激しないこと。

324 :ルルブ:2015/01/25(日) 00:47:33

これらも相まって、彼らを監視はするだけに、或いは私的な接近はしないようにしていた。
必要最低限、必要に迫られない限り。
そう、夢幻界にとって不穏な人物らが何らかの行動を起こす、もしくは予兆を見せる、別世界から来たという確信や状況証拠が揃うまでは介入はしない。
という大前提で動くことにしていた。
ついでに言い訳すると幕末明治期の日本なら何も言われなく、言っても妄想に近いとして信じてもらえずで無駄骨。
戦前の警戒された時代から孤立した上で戦中に突入しようという時の帝国時代の日本。
戦後の覇権国家となった日本。
彼らの祖国にとっては夢幻会は、絶対的な権力を持つ(少なくともこの世界の日本は世界三大帝国)のだ。
故に安易な夢幻会勧誘は危険だった。

(だいたい俺だって年単位で監視されていたんだからな)

嶋田はそう溜息をついた、らしい。。
まして、その朧げながらも組織としての存在を明らかにされつつある夢幻会が実力行使に出たとあれば尚更注意を引く。
それは列強全ての、いいや、現存する全ての国家の疑念の目が日本中枢に向けられる事を意味する。
そうなると事は慎重に運ぶべき。

『お金と家と安全がなければ趣味に生きれませんから』

とは誰の本音だっただろうか?
まして証拠も何もない個人。或いは言い方が悪くとも日本惨敗している政治的には敗戦国としての外国人。
彼らの言葉だけならば『この大日本帝国政府』が『真っ向から』とっつかみ合いの喧嘩せず無視しておく。
過剰反応をしなければ問題はない。

『単なる被害妄想か想像力が豊かすぎるだけですよ』

会合でも言っていたではないか。
事実は小説よりも奇なり、されど、嘘を交えた真実の方がまだ現実味がある、と。
だから夢幻会はあえて放置していたのだ。できる限りの手を使いつつも、それでも今までは問題ないと判断していたものは。
だが。
「軍艦みらいのタイムスリップという事例。これは今までの例とはある一点において完全に異なる」

嶋田が報告を受けて緊急だが極秘に招集した転生者のみの会合。
そこで言った言葉。

「軍艦として80年先の最先端技術で武装しているという事は・・・・誰もが否定できない物的な証拠が眼前にあるということになる。
仮に信じられなくても、手に入れた集団の誰かがいつかは確実にその技術を学び、応用し、発展せることはできる。
恐らくは兵装マニュアルも、歴史書も、インターネットからダウンロードした玉石混交の様々な情報もある。
そして少しでも悟ってしまえば・・・・・この世界のあるべき姿の一つはこれだったと思うだろう。
この時に戦前の帝国政府のあまりにも迷いがない対応を他国はどう考えるだろうか?
あまりにも鮮やかな大日本帝国の発展と対応を、世界を支配できる超大国を滅亡させたという文字を歴史に刻んだ実績をどう感じる?
日本人陰謀論が根強い欧州ならそれはどんな状況を生み出すだろう? 
まして相手はあのナチス・ドイツと大英帝国だ」

それは嫌な予言。
全員にとって笑える冗談を言える雰囲気ではない。

「80年先の技術、実物の軍艦、100名以上の証人に触って肌で感じられるモノ。
個人の頭の中という誰も見ることができない、証明する術を持たないものではなく、現実に目の前にあるんだ。
あの漫画の米軍のような疑心暗鬼から確信と野心が芽生える状態になるのはそう遠くない」

だから何としても手に入れる。
今までの、「え、この人もこの世界にいたの? 何してるの?」という様なジョークが通じる現実ではない。
と、嶋田は思った。
ほかの連中もあの作戦のあとだったので反論はない。
仮にあの作戦の前、対米戦以前であれば話は違っただろうが、既に時計の針は進みきっており、手鏡がないという事実は夢幻会の誰にとっても不幸な事である。
『みらい』発見時点での大日本帝国は太平洋の頂点に位置しており、世界中からありとあらゆるアプローチと視線を感じる大帝国だ。
止めに核兵器を使った唯一の国家にして有色人種期待の星であるし、絶対に漏れてはいけない前科と絶対に逃げられない義務を背負ってしまった勝利者にして罪人。

325 :ルルブ:2015/01/25(日) 00:48:27
思うのだ。
夢幻会を構成する人間は大なり小なりに。

(恨まれているだろうし、妬まれている。
勿論、憧れもあるだろうが嫉妬も強いな)

その全ての感情を受け止める必要があるからこそ、「現実に存在する、軍艦としての物的証拠の塊」という最悪の形で「80年先の未来」から漂流することになる、「1940年代までの我々が知る現在と非常に良く似た、或いは部分的には同じ歴史・情報」を「集団」として所有している「軍艦」は悪夢なのだ。
まあ、知り合いの中には列島改造だなんだの言って地名を変えたり、文化祭だ、表現の自由だ、同人誌作成だなどと自重しない方々が少なくなく(というか絶対多数)説得力がないのだが。
だが、これが遊びというか冗談に受け止めてもらえるのも、或いは真面目な政策として受け止められる、それもこれも「元になった世界を知っている」という裏付けが無いから。

(知らないからこそ受け入れる、そういう事だった。だからこそここまで来れた)

夢幻会、いいや転生者以外からみれば変わってはいるが同じ人間が悩んで考えた結論だからまあいいか、という感じに落ち着ける。
しかし。

「だが、今回は問題はある。少なくとも1945年8月15日までの歴史書はあの軍艦にあるだろう。
それだけが渡るなら各国の欺瞞で謀略行為だと言える。というか言い切るしかない。
だが、みらいという軍艦に全ての物資が積まれた状態で、その知識と歴史を知る人間、他にも何か我々が想像もつかなものを所有する人間が、軍艦である「みらい」と一緒にドイツなりイギリスなりに行ってしまったら?」

世界滅亡、とはいかないだろうが。
日本滅亡、にはなる可能性が飛躍的に高まる。
英独停戦どころか英独ソ三国同盟や対日世界連合軍など結成されたらもうたまらない。
大日本帝国宰相はあのデブの白い服を着た少佐ではないのだ。

「一心不乱の大戦争なぞ絶対にゴメンです」

という。
周囲も思っている。
平和だから。仮初や不安定でも明日を信じられる程度、今日の食事と寝る場所を心配せずに暮せるからこそ、各々の趣味と希望の未来創作に没頭できるのだ、と。
ちなみにそれをあの会議でみんなに真顔で言われたときは一瞬だが嶋田は思った。

「ほんとに自重しろよ」

と。
真面目に不真面目に生きるとか。
変人変態どもめ。

そんな中、草加拓海という男が僅か数時間で纏め上げた作戦。
最初から妙な気はしていた。
だが、平成の転生者とは一線が違う。
彼には目的達成のための殺人への忌避感というのがなく、軍務に忠実ではあるがそれ以上に何かを目的にした横の繋がりを作っていた。
だが、具体的には何もしない。
何かするわけでもない。
そして、平成の日本人では考えにくいことがいくつかあったのだ。
まるで「あの戦後」を知っている上でそれを忌避する、その姿勢、思考、態度、発言。
だからこそ、夢幻会は彼に接触したとも言える。
ただし、あくまで自分たちとは異なる存在であり劇薬に近い何かとして。

326 :ルルブ:2015/01/25(日) 00:49:00
『草加拓海という人間はこちらでも見受けられる、未来の平成時代からきた人間ではない、しかし、前世の記憶を持つ存在』

そう捉えておいた方が良い。
これが夢幻会の結論であって、結果的には正しかった。
草加は自己申告した。
この作戦の時に。

『私は今の日本は最善でなくとも最良に近いと思っております。
少なくともあの「みらい」という軍艦が辿ったであろう日本の歴史よりも。
だから行くのです。
それに、懐かしい人々にも会えそうな気がしますので』

嶋田は何気ない仕草をしていたが内心では冷や汗が止まらず、心臓の鼓動もバクバクであるのを覚えていた。
もっとも、それでも何とかした。
彼には気が付かれなかったと思いたい程度には無表情を保てたはずだ。
そして、今、彼からの与えられた計画は第一段階の大詰めを迎えようとしている。
至極当然の如く、絶対神である存在とは異なり全てを見透かす天空からの目を持たない自分たちは分からない。
この件で既に英国が動き出したことを。
日本単独の勝利という表向きの事象を夢幻会はある意味軽視しすぎていた、という事実を。
小さくない波紋が既に広がっている。

「あの、嶋田総理? よろしいでしょうか?」

首相専用の女性秘書官が声をかける。
彼女には悪いことをしている。
彼女は辻大臣の誇る名門のお嬢様学校を卒業したが、戦争で未亡人となり政府の戦後復興法の一環で優先的に保護されている。
子供もいるのに深夜残業とは。

「ああ、すまん。考え事をしてた。で、何かな?」

「はい、海軍省の山本閣下から嶋田総理宛に電話が入っております・・・・・赤電話です」

最後の方は小声だ。手も震えている。
当然だ。赤電話。第一級非常事態を意味する電話があろうことかこんな夜中で首相宛に鳴っている。しかも相手は首相の盟友、山本五十六海軍大臣。

「・・・・・・・・・・こちらに回せ。全員退室。以上」

327 :ルルブ:2015/01/25(日) 00:50:46
シンガポールでは大規模な歓迎会が開催される。
取り繕うことなく、誰に恥じることもなく、誰に遠慮する事もない戦勝祝いである。
大日本帝国海軍航空隊は先月のイラン演習、これにおいてドイツ空軍の誇る最精鋭かつ最新鋭ジェット戦闘機部隊に大勝利を収めた。

『我が帝国は演習結果の圧倒的な大戦果を武器に欧州枢軸、イギリス、ソビエト連邦に対して外交圧力に転じるであろう。
さらに自陣営引き締めと発展を目的とする相互協力を行う』

日本の民営ラジオは高らかにうたいあげている。
そして、次の言葉でこの放送は終了した。

『我らは勝者だ、大日本帝国、万歳!! 無敵皇軍万歳!!!』

そう、謳っている。
これこそがこの世界の現実。いささか宣伝戦争の一環であるのが見え隠れするが。
それを、それでも自衛官として「みらい」の乗る人々は思い知らされる。
俺たちは全く別の世界にきたんじゃないか、そんな事を。
この様な艦内の雰囲気の中、角松が同行を申し込んだ草加と共にみらいへと帰還する。

「草加中佐、中佐はここで待っていてくれ」

後部甲板で出迎えた梅津はそう言って彼を士官室に軟禁する。
艦長の梅津と菊池、尾栗、そして『大日本帝国』の占領下に直に接した角松の4名が艦長室にて集まる。
持ってきたのは草加拓海が提案し、シンガポール駐留軍総司令官=帝国側最高責任者が許可した半舷上陸。
彼らの方でホテルを用意し、そこで相互交流会を行いたい、という申し出。
もちろん、半分の人間は「みらい」に残すので実力行使による「みらい」強奪作戦は行わない。
そう草加は確約していた。
実際、大艦隊に包囲されてしかもラジオ放送はこの世界が昭和の戦後とは全く異なるということを言い続ける。
更に元の世界ではアラビア海に向けて何週間も上陸せずにいた。
あの時は、あちらでは米海軍と合流するという明確な目的、更に日本国という帰る場所があるから誰もが我慢できたし、疑問も持たなかった。
しかし、今は違う。
平成のイージス護衛艦みらいは飢餓感に苛まれている。
上も、下も、だ。
そう、情報が欲しいという飢餓感に。
陸に上がりたいという欲求に。

「・・・・・・・艦長、限界です」

菊池が角松と尾栗の報告を聞いて黙っていが言う。
言うしかない。
彼はみらいのNo3として艦を掌握していた。

ある意味で気楽な性格ゆえに楽観的な尾栗。

生真面目過ぎるが故に帝国を名乗っている日本との交渉に全神経を集中している梅津。

そして、草加によってみらいから引き離された角松。

彼らと違い、CICで士官食堂で、乗っているフリーカメラマン経由で、更には桃井や佐竹などとの意見交換で菊池は知っている。
この艦内の現状が、不安が、不満がどうなっているのか、誰よりも。
そしてあの三人の誰にも、もしかしたらそれ以上に強い信念と責任感を持つ男、菊池。

「既に艦の中にはなんでもいいから陸に上がりたいという欲求を持った者がいます。
そもそも我々はインド洋で数週間の禁欲を求められていました。
それも発散できるという希望があったから我慢できたのです。
が、既に洋上生活が1月、性欲が限界な者は多いでしょう。
しかもこちらに来てからは大日本帝国という、それが他国なのか過去の故郷なのか分からないですが、その艦隊に包囲されていた
実戦経験のない我々自衛隊が、実戦経験をもち、その上で不明瞭ながらも殺意を向ける未知の軍隊に包囲されて1週間以上です」

つまり、単純な言葉で表せる限界。

『長くは持たない』

『みらいも、乗組員も、俺も』

328 :ルルブ:2015/01/25(日) 00:51:28
加えて、あの新城という陸軍の制服を着ていた男は、船酔いしつつも故意に自分たち『大日本帝国』は君ら『日本人』を『同胞』として受け入れる用意があるぞ、と、尾栗に言っていたと聞く。
ちょうど、士官食堂で非番の者が何人もいる中、苦しそうな顔をしながらも笑顔で。
余談だがその笑顔がどうしても殺人鬼が殺人をしているようにしか見えなかったらしいのだが。
まあいい。

「乗組員は思っています。いえ、現に口にしているのを耳にしました。
角松副長は何らかの譲歩を勝ち取っている。だからあの海軍中佐から解放されて戻ってきた、と」

だが。
尾栗は言った。

「しかし菊池、それは希望的観測だろ?」

と。
確かにそうだ。希望的観測を何人かが述べているだけ。
違うんだ。
尾栗、そういう事は問題じゃないんだ。
そこは違う。

「交渉で角松が草加らこの時代の日本に勝利して帰還したのか。
それが本当かどうか、いや、違うだろうと俺たちが思う、考えているかが問題じゃない。
問題は乗組員らの大半がそれを望んでいて、そうでありたいと思っている、その事実だ。
だから草加は帰ってきたのだろう。
ここに戻ってもみらいの全員は一致団結できなくなっているはず、内部で意見が分裂していると見越していた。
だから自分が偵察のためにみらいへ来ても誰も害することはしない・・・・ちがうか、洋介?」

推論である。しかし、間違ってはないはず。
肯定してくれ、いや、否定して欲しいのか?
菊池は迷っていた。違う、菊池も迷っていた。
それはあの男の、草加の予想通りである。

「ああ、あいつは俺の性格を見抜いている。艦長の信念を知っている。
いいや、このみらいに乗った全員の自衛官としての存在意義と矛盾それ自体を理解していた」

角松が付け加える。
付け加えたくないが、付け加えるしかない事実を。

「草加の野郎はここで殺されることはないと確信している。
仮に野郎を殺し、全力で逃げ出す。
それをすれば俺たちは永遠の漂流者、フライング・ダッチマン号と同じになると吐かしてやがった。
敵対しているドイツ第三帝国にも、裏切り者の大英帝国にも、そいつらの支配下にある属国や勢力圏に行くだけの手段はない。
かといって、連合艦隊に先制攻撃するだけの覚悟はない。
大日本帝国の軍人、しかもあえて銃も軍刀もシンガポールの自室においてある男を殺せないだろう、少なくとも」

『少なくともこの世界を生きている私とは異なり、人一人の人命の重さと価値を理解している角松洋介という男は・・・・・違うかな?』

草加拓海がシンガポールの夜、自分の部屋から出る際に最後に言った言葉が角松洋介の脳裏から離れることはない。
だからこそ、草加拓海は角松洋介の戸惑いを知っていて、あの男と関係を続けるのは危険だという栗林中将の個人的な忠告を受け入れず(栗林中将は「望むな陸軍に派遣する海軍の連絡証拠うとして数日面倒を見る」とも言ってくれた)に「みらい」に戻ってきた。
そこまで裏の事情は知らないが角松に感じる。
草加は確かに何かの目的をもっている。
この「みらい」へ。

「そう・・・・か。菊池三佐の話はわかった。その上で確認しよう。
角松副長が見たシンガポールは何だった?
我々が生きている平成や昭和時代のシンガポールか? それとも歴史のある昭和の日本が占領下においたシンガポールだったか?」

梅津の問いに角松は重苦しく言った。

「どちらとも違う、異質な世界です」

そう断言する。

329 :ルルブ:2015/01/25(日) 00:53:25
菊池は決める。
ならば尚更言わなければ、と。

「梅津艦長、進言します。
角松副長が持ち帰った草加中佐と栗林中将の申し出を受けるべきです」

理由は?
全員の視線に菊池は冷静に判断する。

「我々の情報を秘蔵する、みらいを守るのは大前提です。
がそれ以上にこの世界に生きる人間の民意を知る必要があります。
草加や傍受する放送、初めて会ったイラン帝国とサウジアラビア王国の人間の言葉がどこまで正しく、どの辺りから嘘なのか判断する。
それが今の我々には必要な事です。ですが」

言うべきか?
言わざるべきか?
だが、あの男は、彼の人、草加拓海の手の内にある限り自分たちだけで最良と思われる判断を下すことはできないだろう。
恐らく、永遠に。

「ですが、我々「みらい」にはこの世界の現実が見えてない。
そして、この世界を見ようとしているつもりで・・・・・・巧妙に自分を騙しているだけです。少なくとも真実を知る勇気がない」

おい!
菊池!
三佐?

三人の視線に、態度に若干だがひるむ。
だは。彼も防衛大学校を出た。
その際に覚悟と判断を求められた。
自主退学か任官か、を。

(あの時は選べた。それは情報があったから。仲間としっかりと議論できた。
議論できたのは皆が皆、束縛されずに自由な立場から自分の意見を持てたから。
しかし、それは平成の情報化社会とグローバリズムが根本に存在しているから。
そう、そこが現在のみらいが置かれた状況との絶対的な違い)

故に。

「我々は自分で自分と自分の立ち位置を知るべき、見るべきです。
この世界を。
自らの頭で判断する、その判断を下せる土台を築く為にも」

信念。
理念。
思想。
それらに縛られる事なく、平成日本に生きている人間らしく判断する。

「菊池三佐・・・・・・そうか・・・・・角松副長」

「は」

「艦長権限だ。草加中佐をここに呼んでくれ・・・・・今すぐに」

それがどこかで思う。
あの男のシナリオ通りにことが進んでいるのではないのだろうか、と。
だが。

(賽は投げられた、ルビコン川を渡るしかない。
例えユリウス・カエサルの様な終わりを迎えるとしても)

菊池はそれだけを思う。
それは皮肉にもこの場の全員の意見であった。

330 :ルルブ:2015/01/25(日) 00:54:40
シンガポールの昭南島ホテル、第二会場「光」。
独立したばかりの各国要人、日本から派遣された軍部、警察、行政官の高官ら。
更には学者に民間人が集まっている。
食糧難の中華大陸から奪った食料をふんだんに使って歓待する大日本帝国。
ちなみにその下請けをしている、つまり会場を実質切り盛りしている存在を彼らは日本語読みでこういう。

『グ=ビンネン商業ギルド連合』

これはインドネシアのムスリムらを中心とした新興商会。
海援隊をモチーフにした海洋運送と現地日本法人の仲介を行う、史実では存在しないムスリム系の総合商社である。
ムスリムの格好をした男、通称、「放蕩なれど出来息子」が作り笑いを浮かべる。
相手は先日入港したイランの特命大使。
彼との会話。

「いやぁ~貴方も遠路はるばると大変でしたね。
しかも途中でモンスーンにあって危うく遭難するとは・・・・船乗りとしては恐ろし過ぎる体験ですから」

放蕩でき息子は用意したカクテルを渡しながら言う。
相手も油断なく答える。
それが続いてる中で、

「ほう? 新型の巡洋戦艦に助けられた? いつです?」

酒の勢いか、彼は妙なことを口にした。
恐らく日本の新組織である「海上自衛隊所属のみらい」という軍艦だ、と。
興味深い。
とても興味深い。実はノンアルーコルしか飲んでない男の脳はフル回転している。

(海上自衛隊? あの日本海軍にそんな組織は存在しない)

少なくとも表向き。
もしも存在するならばそれは裏の組織。
だが、そんな裏の組織が表で威風堂々と航海し、外国籍の船舶(しかも半ば敵対国)を助けるために名乗るはずもないし、曳航するなどありえない。
第一、自勢力圏の外にいたならば、敵対国が利用したり、或いは口封じや見殺しにしても文句は言われないのがこの世界。
だが、助けた上で自分たちの軍艦、しかも新型巡洋戦艦に乗船させた。

(船乗りの礼儀なら話はわかるけどねぇ・・・・それに日本海軍ならばやるだろう)

いろいろな理由で。
が、海上自衛隊?
大日本帝国海軍ではなく?
組織名が違った。
もう少し詳しく聞きたいが、下手にそれを聞くわけにはいかない。
痛い懐を探られるのは良くない。

「新型巡洋戦艦ですか・・・・・それはよかった。あなた個人の自慢の種になりますなぁ。羨ましい」

少し席を立つ。
立食パーティー形式にしたのはこうした臨機応変な対応をする為に。

「ありがとうございます・・・・ああ、ちょっと失礼します」

そのまま真新しい華南連邦産の林檎酒をもってある男らに会いに行く。
この会場で一番のゲストにしてターゲットとなっている人物。
目配せしてグ=ビンネン所属の人間がそれとなく彼らの周りに壁を作り、盟友であるナイゼル・ブリガンテを誘う。
相手は海軍軍人であり、ここでは一番の日本軍軍部高官の一人。
個人的にも憧れている英雄だ。

「やあ、山口提督、笹島大佐。
楽しんでおられますか?」

最大限の笑顔。
さあ、はじめよう。
楽しい楽しい舞踏曲だ。
組曲は10分かな?
日本の音楽は独特だからなぁ。
俺に踊りきれるだろうか?

彼は笑いながら手を上げる。
まるで親友にあったように。
映画の一幕のように。

331 :ルルブ:2015/01/25(日) 00:55:13
「君は?」

さも親しげに言うが、自分と彼らの面識など殆どない。
だが、関係ない。
関係など今から作れば良いのだ。
それこそ、我が商会の理念、「貧乏人に戻りたくないだろう? ならば剣を取れ」、だ。
攻撃こそ最大の防御とも言うし。

「ああ、お忘れですか・・・・嘆かわしいです。
私です、バイゼルマシン・シャイロック8世とナイゼル・ブリガンテです。
先ほど舞台挨拶をさせて頂いた商会の代表取締役と専務ですよ」

ああ、と笹島は相槌を打つ。
この間、山口は我関せずと食事に手をつける。
茶碗には米料理がある。
チャンス到来だな、内心でほくそ笑むシャイロック。

「お、気に入りましたか提督?
それは我が国の伝統料理でしてね」

「・・・・・・山口提督のそのお椀いっぱいで我が国ならば日本車が一台買えます。
お口に合えばよろしいが・・・・日本人は出された食事を残さない。
素晴らしい習慣だと思いますな。件の大陸の強盗集団に思い知らせたい程に」

「隣国タイが派遣してくれている、現役王室直属の料理人が作ったタイ王家秘伝の料理も用意できますよ?
魚を使った御国の醤油っぽいなにか、ですが」

なにせタイ王国政府は点数稼ぎに必死ですからね。
と、彼の目が言う。
涼しい顔をしている山口。
もくもくと食べる。
不快感を出さない彼ら。

「失礼、シャイロック殿。貴方がたの好意は嬉しいが、これからどうするのかね?」

山口がとりあえずタイ米の食事を食べきると聞く。
にやりと笑うシャイロックと静かに語りだすブリガンテ。

「先の戦争とインド洋演習の結果、もはや列強の影響力はなくなり太平洋並び東インド洋は『帝国の海』になりました。
アメリカ海軍、中国海軍は壊滅、イギリス海軍は全面撤退。
大日本帝国の海上覇権を邪魔する存在は既にないでしょう」

続けて。
笹島は内心舌を巻いた。
伊達に海援隊に入隊し、その後も日本で学び続けただけのことはあるな、と。
そこらへんの海軍士官よりもよほど的確に報告できている。要約も、だ。

「帝国の海、か・・・・いいねぇ。太陽の帝国、その宿願がついに叶ったり、ですね」

そして二人の眼光が、特に若手のシャイロック8世の眼光が明らかに鋭くなった。

「これも大日本帝国海軍の嶋田総理らが提唱し整備した海軍航空戦力があってこそ。
まさに慧眼です。
そして現実に空母機動艦隊の指揮を取った提督の功績は巨大です」

誘いか。
笹島も山口も同じことを思う。
だから注視する。
そして警戒する。

「我々の力だけではない。大自然の猛威でアメリカが東部を失ったからだ。
それに、私は凡将に過ぎんよ?」

「ご謙遜を」

さて、ここで話を区切ろう。
少し深入りしすぎたな、だが、ならば進むべきか。

「ところで提督、大佐。
このあと我々の誇る美姫らと一杯やりませんか?
もちろん、当方のおごりで、しかもホテルなので内密ですよ?」

332 :ルルブ:2015/01/25(日) 00:58:10
傍目にも目の前の日本海軍軍人が気分を害したのがわかる。
これが中華民国の人間なら即答でイエスといっただろうに。
まあ、だからこそ戦いやすいし、嫌な気分にならない。
むしろ高揚するのだ。彼らと話をすると。
だが、噂に聞いた先日の日本人は何か訳の分からないことを口走っていたが、その様な醜態は国の為にも晒せないと判断したのか冷静なままの二人。

「遠慮しよう。
私だけが酒池肉林をしては命を預かっている部下と部下の家族に示しがつかんし、何より旗艦大鳳の司令官室の方が落ち着くんでね」

そうですか。
それは残念。

「で、君らはどうするのかね?」

笹島が最後のフォローをする。
下手にこの部族連合と手を切るわけにはいかない。
彼らがいるからこそシンガポール在留日本人の生活は脅かされる事がないと言える。
彼らこそが事実上の海援隊、その後継者。
そして、非公式な警察機構なのだ。
本土から研修気分で組織されている特高とは意味が違う。
仮に誘拐事件など発生した時にパイプとなれるのはグ=ビンネン商業ギルド連合を名乗る総合商社だ。

「はぁ、まあこのまま東南アジアと太平洋の海で商売を続けますよ。
我々は海援隊で海のことを学びましが・・・・・陸のことは、ねぇ。
海上航路とその権益を日本とともに分かち合えている今、英領インドなどに深入りする気もないですし」

情報は与える。
かの帝国に不信感を持たれてはこんな新興企業など1日で滅びるだろうから。
それは避けるべき。
当然のこと。

「インドは3億の人間が住むというあの大英帝国の心臓であったはずだが?」

笹島の言葉も確認でしかない。
それはブリガンテにとっても想定内。

「その通りです。既にあったのです。
我々はムスリムであり、ヒンズー教ではない。仮に進出しても日本ほどの厚遇は得られないでしょう」

「なによりあんな貧乏人が多数を占める地域との交易など不経済。旨みはない」

少なくともこの安定した東南アジアと極東アジア、太平洋で出せる利益に比べて遥かに負担の方が大きい。
そう言い切る二人。

「そうか、なるほど。君らは正しい海洋国家の商人だ。
我々が大英帝国の弟子なら・・・・・」

「私たちは大日本帝国の弟子になるのですね」

そう言うシャイロックの目は、だが、まだ鋭い。
表情とは一致しない。警戒するしかない。
それは彼らの軍人としての直感。
前線で戦った男だからこそ騙されなかった。逆に言えば、普通の人間ならあの笑みに取り込まれているかもしれない。

「ああ、提督。一つお礼を述べたいと思いまして」

ついに切るか。ブリガンテはゆっくりと酒を飲む。
これを見たシャイロックは動いた。彼の疑問を問う。

「何かな?」

答えたのは山口提督。
無表情から小さな微笑み。
勿論、作り笑い。

「いえ、インド洋で我が同胞であるムスリムを帝国海軍の最新鋭巡洋戦艦が救助してくれたそうで。
そのお礼をしたいのですが・・・・たしか、梅津大佐という名前です。
名簿を見てないので分かりませんが・・・・こちらにおられるでしょうか?」

ぴたりと山口の微笑みがやんだ。
一瞬。
だが、確実に。

「すまないが私は知らんね。
君の同胞が助かったことは心から祝福するが・・・・そんな話は部下からきいてない。
それでは失礼するよ。笹島大佐、行くぞ」

333 :ルルブ:2015/01/25(日) 00:58:51
二人は去っていく日本人に謝罪を込めて日本式の礼儀で深々と頭を下げる。
いくら新興企業の一部では最も成功しているとは言え、あくまで大日本帝国の保護下でのこと。
これがイギリスやドイツならば確実に利用するだけ利用されて切り捨てられる。
だから綱渡りをするしかない。
かといって、大日本帝国と心中するのもゴメンだ。
自分たちは大日本帝国の人間ではないのだから。
故に危ない橋を渡り、それを補強する。
それを確認した。
二人はバルコニーにでてアラビア語で会話する。

『見たな』

『ああ、最後の最後で笑顔を維持できなくなった。
百戦錬磨の我らでなければ気がつかなっただろう。
事実、提督の横で我らを監視していた笹島大佐は気がついてないようだった』

『ではあの話は?』

『真実だろうな・・・・』

『シャイロック、何度も教えたが手札は多い方が良い。
まして『あの』日本海軍の機動艦隊の現役司令官と海軍軍令部勤務のエリート左官だ。
それとなく女をあてがうなり、家族や友人を買収するなりするべきではないか?』

麻薬だよ、それは。

『いや、提督は我々を頼りにしても信用してない。
あの笑顔がその証拠だ。
それに帝国は巨大。我らは弱小』

『つまり?』

『提督を怒らせたくない、そういう事だ』

『だが、カードにはなるな』

ああ。
そう言って彼らは会場に戻る。



1945年8月29日

第一陣の指揮を取るのは菊池。
角松はみらいに残った。
それは草加拓海の取引。

「角松中佐は私を信頼してない。
仮にシンガポールに戻れば陰謀を企むと思っておられる。不本意ながら」

貴重な平成のサイダーをガラスコップに注いで飲む。
角松は険しい顔で見ている。

「そこでだ、ならば菊池少佐か尾栗少佐が人員を率いて上陸してはどうかな?
私が暗号で要請すれば特別にチャーターした高速船で100名ずつシンガポールへ送れるのだが・・・・悪い話ではないだろう?」

草加は4人の前で言う。
加えて、その間自分が人質になる、とも。

「ついでに角松中佐、私に資料を見せてくれないかな?
未来の日本の姿を確かめたい」

そう言って頭を下げる草加。
彼の意見は・・・・・・・様々な要因から受け入れられる。

そして、

『ニイタカヤマノボレ1208』

この暗号がシンガポールと首相官邸に伝わる。
即座に動き出す大日本帝国。
夏服に着替えた新城は責任者として笑った。

「諸君、恐る事はない。諸君らは女性だがれっきとした帝国の防人だ・・・・」

凛とする女性らに新城直衛は自分を嘲笑いながら、形容し難い何かを見つつ、現実を罵倒して言う。
無論、指揮官としの義務を果たすべく、笑顔で、責任を逃れることなく、しかし、遺言を受け止めることもせずに。

「忘れるな。諸君らが防人(ガーズ)なのだ!」

一斉に敬礼するスーツを着た女性たち。
それは一瞬だけだが神戸にいるユーリアの姿を思い出せた。

334 :ルルブ:2015/01/25(日) 00:59:49
1945年8月29日 スイス 首都郊外 国際空港

現地時刻に一機の英国国籍の飛行機が着陸する。
真っ白に塗られたのは誤射を避けるため。
そして、機体は接収した旧アメリカ合衆国のB-17爆撃機の輸送機。

「どうぞ、カウフマン大尉、カウフマン婦人」

最終搭乗手続きを終えた二人。
出身も所属も階級も年齢も表向きの身分もバラバラなドイツ人グループが飛行機に乗る。
共通点は全員がナチス・ドイツの掲げる純潔ドイツ人ではない、という事くらいか。
もちろん、スイスの航空行政官らが知るはずもない。
このスイスがドイツの命令を拒絶することはきっと半世紀はないだろうな、と思う。

「となり良いですか、イギリス人」

皮肉を込めて隣に座っている洒落た伊達男をなじる。

「どうぞ、アドルフ・カウフマン大尉」

男はそれに動ずることなく飄々としていた。
むかつく。
だから言った。

「裏切り者がまた裏切るんですか、それなのに一等席をご利用とは・・・・いい身分ですね」

イアン・フレミングというスパイが活躍する小説を読んでいたイギリス人は言った。
基地を爆破し、敵国の女を口説き、洒落たスーツでカジノを荒らし、スポーティーなアストンマーティンで世界を走破する。
世界中で大英帝国と国王陛下のために戦う忠実なスパイ。
第一作目、「殺しのライセンス」をカバンにしまう。

「ああ、やはりドイツ人とイギリス人にはドーバー海峡の深さと同じくらいに深い見解の相違がありますな。
とはいえ、ロシア人とドイツ人程の仲違いはしてはいないでしょうけど。
それに大尉、そんなに怒っていてはご婦人とも・・・・・上手くいかないでしょうね。今までのように」

こいつ!
殴りつけたいのを堪えて、アドルフは座る。
反対側に命令と生理現象の処理以外は何もしない、終日黙ったままのエリザ・カウフマンを座らせて。
機長から離陸する旨のアナウンスが流れてきた。

「では長旅ですがよろしく、私の名前は・・・・」

一息つく。
そして、スーツのネクタイを直して言う。

「ボンド、ジェームズ・ボンド」

「アドルフ・カウフマンだ。忌々しいが日本までは一緒だな。よろしく」

彼らを乗せた飛行機は太陽の帝国へと向かう。


第八話 完

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最終更新:2022年11月14日 22:16