408 :ルルブ:2015/01/26(月) 23:36:50
「第九話 豪華絢爛」



1945年8月31日、兵庫県 有馬温泉 『ホテル・カーディナル』

世界中の有名カクテルを飲ませることで日本一有名となったホテル。
二度目の世界大戦勃発前までは、日本から海外に飛び出てフランスやアメリカで本場のバーテンダーとして修行していた者も少なくない。
ビリヤードに、ダーツ、プールにテニスコート。更には屋内ジムに加えてホテル内部の理髪店やショッピングモール。
ここの支配人は投資する銀行家たちに対して自分からある条件をつける。

『わしは従来の日本旅館とホテルの二つを併せ持った旅籠を息子と共に作る。
そう、御国の為にもだが、それ以上に息子と夢を分かち合うために、だ』

という条件を。
みらいの所属していた平成の世ではそれほど珍しくはない、ホテルと旅館機能が一体化してるホテル、それがここ『カーディナル』と呼ばれるホテル。
日本にいて西洋の習慣を持ち込んだホテル。
日本であって、日本でない異国情緒あふれるホテル。
だが、やはり日本人的な気配りをするホテル。
それが人気となり、今や政界の有力者や亡命貴族階級なども大手を振って利用する西日本最大級の娯楽施設だ。

「来島副支配人」

「どうやら本格的に来たな・・・・みな、今日のゲストは国賓と思い、丁寧にお出迎えせよ」

支配人室。そこから見える景色。
自分たちが一から生み出した我が子のようなホテルに次々と三菱やトヨタ、ホンダ、日産社製品の乗用車の群れが乗り込んでくる。
中には上級官僚向けに販売されている「クラウン」、亡命貴族階級や移転企業重役が好む「フーガ」、それよりランクは落ちるが、日本大衆車の異名をとる「カローラ」や「昴」など。
また、中堅層の個人販売率首位を昨年とった「インサイト」が。
色とりどりの車が次々と有馬温泉の温泉地に建てられているこのホテルに集ってきている。
まあ、護衛役の面々は大半がマイクロバスか公共機関の後、徒歩での移動だったが。

そのホテル・カーディナル、第一宴会場「不死鳥」では。

ステージで日本人の男装劇団=宝塚歌劇団の演目が行われている。
題名は「革命前夜」。
フランス革命前夜の混沌期を題材に、男装しているフランス王家近衛隊女性士官が恋に落ちる話。
だが動乱と混迷の時代は彼女の恋を許さずに、相手とは引き裂かれ、忠誠を捧げたはずの主君を死に追い込んでいく。
一斉に火蓋を切る近衛兵に立ち向かう主人公は、最後に出会う。
後に戦争皇帝と呼ばれる野心家と。
演劇は4時間の長きに及び、一日目が終わる。
後は自由時間だ。
もちろん、挨拶もある。自分も。

(ふー、オヤジもよくやるな。俺はあんな場所に自分からは立ちたくないのだが)

若手のホープとして、父親にここへ赴任する様に言われた来島泰三。
よくわからないが、たまに父親は自分に敬語を使う。
そして自分もそれが違和感なく受け入れてしまう。
だからかな、妻になる女性に漏らしたことがある。

「あれは親父というより息子だと思うときがあるんだ」

と。
ただ、来島の現役代表取締役社長は横須賀の土地を売り払ってまでここに来た。


「夢で見た後悔をもう一度しないために」

よくわからん。ただ、事業拡大のために政府に押し売りをしていたのは分かる。
その為に自分が道化を演じているのも。
軍部と政治家、それに官僚が競い合うかのように我が父長ったらしい挨拶を行った。
正直全員が辟易したと思う。

(親父、商売の才能はあるんだが弁舌の才能はないんだよなぁ)

「では皆さん、唱和を。帝国に!」

「「「「「帝国に!!!」」」」」

409 :ルルブ:2015/01/26(月) 23:37:31
その言葉が終わると同時に一斉に動き出す。待ちに待った時が来た、と言わんばかり。
見ものだったのは一緒に同じテーブルに座らせられていたドイツ人とロシア人か。
ものすごい剣幕で互いに睨み合いながら過ぎ去っていく姿は周囲の失笑を買っているだろう。
その後もそれとなく公安委員会の連中が彼らを見張っている筈。

「ああ、駒城のお嬢様。今日はよく来てくだされた。お礼を申し上げる」

主催者の一人であるユーリア・ロマノフ・ツァーラ(ユーリア以降の家名は暗殺防止の為にクラウスが適当に名づけた偽名)が愛人の義姉に声をかける。
相手は日本の着物で、胸に駒城家の家紋と家花が入った姿で深々と一礼する。
顔を上げる。
彼女の腕には躾の良い飼い猫、新城直衛の猫、千早が抱かれていた。
家においても飼い主への説明責任を果たすのが面倒なので車で連れてきた。
ちなみ、本来の愛車は新城直衛少佐が羽田の個人駐車場に放置状態なので、戦中フィリピンや満州、中国から投降したアメリカ軍と接収したアメリカ資本の車、「フォード」を使っている。
ユーリア曰く、「乗り心地は恐らく日本車の方が上」。
ただし、生産性に関しては旧アメリカ合衆国の車の方が良いだろう。
日本の車は何かと外装だ、内装だ、安全性だ、快適性だ、燃費だ、と職人芸的な技術を追求をする。
それは国内向けには成功していたが、汎用性や柔軟性、どんな場所でも壊れない移動手段としての車としては失格。
拡大した勢力圏、つまり大日本帝国の守るべき現在の各占領地や軍が派遣されている戦地では成功しているとはまだ言えない。
それをよくわかっているのがトヨタ自動車やホンダ、富士重工やマツダなどの自動車各メーカーだった。
彼らは軍に自社製品を納入する傍ら、ソニーや松下などの新興企業と手を結び現地に多くの人員を派遣している。
まあ、それはひとまず閑話なのでおいておく。

「ええ、こちらこそ。
ユーリアさん、クラウスさん、お二人共お久しぶりですね。
直衛がお世話になっております。彼はお元気ですか?」

挨拶。
綺麗な声だった。
お互いにそう思う。
さすがは宝塚にスカウトされるほどの逸材。
今はステージで別の歌を合唱してるサーシャ程ではないけど。
明日はサーシャの晴れ舞台。

(明日は全員でサーシャのミサに出席だ、うん、彼女の歌声を録音するレコードを用意しておかないと)

それを忘れてはならない。
藤堂守は約束を破ったことを中々許さない。そう、彼もしつこいのだ。見かけに似合わず。
まるで新城直衛の様に。
サーシャの兄の方とは違って。

「もちろん、元気よ。軍務でどこかにいる筈ですけど」

そこへ、

「はは、お嬢様方、あの男は危険なまでに病的な性格ですから殺されるまで死にませんよ」

私の義理の父と言うべき人間が場を和らげたいのか壊したいのか分からないような介入をする。

「相変わらずの毒舌、ありがとうクラウス」

「いえいえ、前にも申し上げた通り、姫様の保護者ですから」

「だからどう言う意味かと聞いているのだけど?」

笑い声。
お上品な、誰もが認めるしかない名家のお嬢様の声が空気を震わす。
これこそ大日本帝国が今次大戦で勝利者となった証なのだ。
辻大蔵大臣あたりが見たら、夢幻会で嶋田総理らにそう力説することは間違いない。
幸運なことに彼らはここにはいないが。

「変わらないですね、二人は」

「あなたも、よ。蓮乃」

そういって彼女の着物の胸元をなぞる。
用意した西洋風な白と緑のドレスがユーリアのスレンダーな肉体を蠱惑的に見せるなら、駒城蓮乃の着物は彼女の儚い蝶の美しさを見せつけている。

「いやいや、姫様、彼女も変わられましたよ。
駒城の次期当主婦人はお美しくなられた」

「?」

「も?」

何かが含まれている言葉。
この見かけとは異なる、優男にして切れ者は一体何を言いたいのだ?

「つまり、新城直衛少佐の親愛なるご婦人方は麗しい、という意味です」

そしてこっそりと付け加えるクラウス。
無論、内心で、は、だが。

(新城直衛殿ご本人の性格とは正反対に、ですけど)

410 :ルルブ:2015/01/26(月) 23:38:04
他愛ない会話。
他愛ない日常。
だが、双方ともこの国の女社会では最も上位に位置する身分であり、やり手たち。
駒城蓮乃、そして彼女の家は現在の帝国皇統の一族と帝からの信頼が厚い。
彼女が皇太子の教育係りの選抜委員会委員長に、と、今上天皇直々に頼まれた事からそれは簡単に分かるだろう。
現実面で彼女は2年半の北米留学と半年のイギリス滞在、3ヶ月間の南米査察がある。
その能力と人格面から彼女は抜擢され、現在は皇太子らの教師=皇師だ。
因みにだが、南米13家の中で彼女ら駒城家と駒城蓮乃を迎え入れたのをラブレス家と言うのだが、最近はその開明的な思想から落ちぶれだしていた。
人種差別が世界の主流だった。混血や有色人種など家畜扱いだった。
が、大日本帝国の太平洋における圧倒的な大勝利とアメリカ合衆国の南米支配崩壊がそれを覆す。
彼らの支配する土地にレア・アースが見つかったのもきっかけの一つ。
既に『旭重工』という新興企業が現地に交渉に向かっている。
情報局の工作部隊と共に。
それは南米ならばまだ手が出る、手を出せるという幻想を政府の一部が抱いている証拠。

「蓮乃が来ているということは・・・・・結も?」

ユーリアは周りを見渡す。
そして見つけた。
東方三賢者とでも言うべきあの才女。
碇侯爵家の家紋をした着物で当たり障りのない笑顔を浮かべている女性とそれに付き従う強面の男。
一目見るだけではその男はただのガードマンだ。
だが、実は知っている。
彼が、あのサングラスをかけて、明らかにこのパーティーに不釣合いな無精ひげをしている黒い男こそがあの美女の王子様になるのだ。

「クラウス、つくづく人生と人の好みはわからないわねぇ」

(ですが、姫様。姫様のお相手も十分に世間一般から見て浮いてますが?)

とは、クラウスの本音だ。
もっとも、保護者にしてロシア帝国軍将官にまでなった男は笑顔を浮かべつつ黙る。
これこそ、彼が穏やかな印象を与え、勝手に情報を皆が漏らす秘訣。

「蓮乃、せっかく全日本剣術大学大会の上位三名が揃った。
別室でワインでもいかがかな?」

ユーリアはそう言ってボーイを呼ぶ。
主催者がいなくなるのは問題だ。
だから、主催者の地位を駒城家の次期当主閣下に渡すべくボールを投げつける。

「駒城当主らに伝えておいてくれ。奥方らを少し借りる、そのあいだは好きなように、と」

頷くボーイ。
クラウスは少しばかりの心としてチップを渡して周囲を監視して思った。

(いや、あの足取りは諜報員・・・・目の前の碇殿の部下と見るべきか?)

防諜のために派遣された連中。
まったくもってこの宮廷舞踏会という世界はロシアでも日本でも魑魅魍魎が跋扈する。
ユーリアは彼女らしくもなく弱気な溜息をつく。
新城に頼まれて1週間弱。
何とか頼まれたリストを満たしたが・・・・・帰ってきたら馬乗りさせてもらわないと割に合わないだろう。

「ああ、久しぶりね。二人共。
元気にしてる?」

そんな中、1歳になるかという赤ん坊をを抱いている旦那を連れて彼女は来た。
夫は直ぐに部屋にいる義理の母と乳母に真司を渡すつもりらしい。

『あら、玄道さんも行くの?』

『ああ』

『でもお仕事はいいのですか? 確か冬月先生がまた呼んでいるとか?』

『ああ、問題ない』

『ふーん』

『な、なんだ?』

『いえ、ね、知ってます? 玄道さんって嘘をつくとき人の目を見るんですよ?
それもその人が怯むくらいの厳しい視線なんですが・・・・気がついてました?』

『い、いや』

『でも、私には嘘をつかない、そうですよね、玄道さん?』

『あ、ああ。もちろんだ』

『では問題ない?』

『予定通りだ、何も、問題ない』

『私が冬月先生に小言をもらうことも?』

『!?』

『まあ、いいでしょう。
年に一回は京都の碇本家に帰省するのが、碇家の婿入り条件でしたからね。
まったく、私みたいな愛想がない研究ばかりしていた大和撫子とはかけ離れた女の何がよかったのかしら』

『結の何が良かったか、か? 決まっている・・・・・全てだ』

411 :ルルブ:2015/01/26(月) 23:38:41
というやりとりがあったのが8時間前。
そのまま大阪伊丹空港行きの飛行機で羽田空港から向かう。
伊丹からは碇家執事筆頭らが迎えの車を用意して待っており、そのまま三人を連れてこのホテルに来たのだ。
そして西日本でもっとも便利なホテルという異名は伊達ではなく、真司を連れて周囲を散策後、彼を執事と結の母に預ける事にする。
これからは仕事の時間なのだ。

(家族サービスはまた明日だな・・・・すまないな、真司)

泣き出した真司を何とか玄道が宥め、明日お前の好きな場所に連れて行くと約束にもならない約束をして執事たちに引き渡す。
この時碇結が苦笑いだけしていたのに比べ、父親の方はそれはもう、本当に呆れるほどのどすの効いた声で、

「絶対に守れ。死んでも守れ」

と述べたのはご愛嬌、といえる、だろうか?
まあいい。

「ユーリア、蓮乃ちゃん。久しぶりですね」

碇結が優雅に挨拶する。
軍人のような敬礼をするユーリアと深々とお辞儀する駒城蓮乃の二人。
仲が良さそうである。
実際、全員が違う大学出身だが、名家という繋がりから浅からぬ縁を持っている。
碇結は早稲田大学、駒城蓮乃は京都大学女学校、ユーリアは神戸大学。
そして。

駒城蓮乃は新興であるが故の旧武家階級出身家族と皇族に、

ユーリアは言うまでもなく亡命ロシア人コミュニティ、つまり昨今のロシア極東情勢を考慮して勢力を盛り返しつつあるロマノフ王朝に連なるやんごとなき方々へ、

碇結は本家筋が平安時代から続く公家と言う事で、帝国貴族議会ならび華族へ。

それぞれの持つパイプは深く、鋭く、大きい。
この3人がその気になればばらばらでも今の天皇家へ奏上さえ可能なのだ。
そう、草加拓海が睨んだ通り。

「結さんもお元気そうです」

「私は呼び捨てで、蓮乃はちゃんなのか? 喜ぶべきか悲しむべきかわからないわね」

勿論、蓮乃もユーリアもそれを知っている。
真の主催者は誰なのかは知らない。
だが、考えている事は大体の予想がついている。
故に笑える、笑い話ですむ同窓会を今のうちに楽しむ。
今だけできるのだから。
今だから許されるのだから。

「あら、私の夫を凶相だと言ってくれたのはユーリアでしょ?
面と向かって言うからあの人本当に傷ついて拗ねたのよ?
御蔭でずっと私があの人を膝枕して足はしびれるし・・・・だからユーリア」

「なんだ碇?」

「売られた喧嘩は買わないと、ね。
私も碇の家の女にして平安の御世から続く華族筆頭。
ここであのロシア貴族に舐められるわけにもいかないんだから」

(結ちゃんもユーリアちゃんもやっぱり笑顔が怖いなぁ)

412 :ルルブ:2015/01/26(月) 23:39:14
と、人ごとの様に蓮乃が思うのは伴侶が心穏やかな男の証拠だろう。
考えてみえばあの義弟の新城直衛(なおちゃん)も碇玄道さんも確かに一癖も二癖もあるし。
影響って出るんだなぁ。あんなに穏やかだった結ちゃんがこうなるんだから。
と、クラウスがいつの間にか用意していたグ=ビンネン商業ギルド連合がインドから持ち込んだ茶葉で作った紅茶を飲む。

「ほう? 言うようになったわね・・・・・学生時代に泣かせてやっただけで済んだ事を私に感謝すると思っていたが・・・・・そうも逆恨みされているとは。
だいたい、お前の旦那は怖いの事実でしょう。
泣く子も黙る男だろうに・・・・違うのか?」

「だからそれ、人のこと言えるかしら?」

碇結とユーリアの素晴らしい激闘の中でクラウスは思った。
幸か不幸かもうひとりの人間と同じことを。

(やれやれです。碇玄道も新城直衛もどっちもどっちでしょうに。
お嬢様らが彼らと付き合うと決めて、現実に付き合いだして、一体どれだけの怨嗟の声が男子の間に蔓延しているか分かってませんなぁ)

あの頃、ユーリアへの求婚者から来ていた手紙、つまり婚約の手続きを、裏方であの手この手で縁談になる前に盛大にぶち壊していたクラウスは笑顔のまま場を去った。
一時的に。
主君が求める秘密のお話ができる席を確保する為に。
三人の小さな接触は続く。
それはやがて駒城家の当主が木戸宮内大臣や碇家の当主らを連れてきたことで話は一気に加速する。
中には当然ながら玄道とクラウスの姿があった。

「それで、我が帝国の勝利による終戦を記念して、戦没者慰霊の為に追悼式典をしたいのです」

玄道は本音を言う。
そこは密室。
つまり、秘密が漏れるならこのメンバーのみ。
が、ソレはない。
何故なら誰もがお互いに理解し知っているからだ。
ここにいる全員が大日本帝国以外では生きていく事が出来ないという現実を。

「ほう?」

木戸のみが言葉を口にする。
政府内部でも似たような意見はある。
民間からも寄付を募って、大々的な戦没者慰霊式典を行いたい、と。
それか?
が、碇玄道はそれとなく、まるで今から友人と遊んでくると子供が親に告げるような感じで言った。
最大級の爆弾を火薬庫に投げ込む。

「ええ、その際に陛下の行幸をお願いしたいのです」

つまり、

「!!」

絶句する木戸と駒城夫妻に畳み掛ける。

「陛下のお姿を拝見するだけで遺族の方々は自分たちの犠牲が無駄ではなかった、と心から納得できると我々は考えます。
無論、国外に出ることはありません。
あくまで帝都東京で主催します。
ただ・・・・・・他にもお願いをして欲しいのです、木戸宮内大臣」

木戸はとりあえず水を飲む。
嫌な予感がする。
冷や汗が出る。
そうだ。この前もこの男はそうだった。
いつの間にか用意されていたワイングラスを掲げる。
赤ワインがまるで血のように赤い。

「1945年12月23日を目処に皇位継承権を持つ皇太子殿下指揮下の近衛師団第一連隊をその前後2週間程、国内各地で演習を行いたい。
それも皇太子殿下の指揮下で。
国威高揚のためです。
無論、当日は殿下護衛の為に首都圏を中心とした各地に警察、軍が第一級の警戒態勢を敷きますし、特殊部隊の動員、入国審査の厳密化、夜間外出の禁止も行います」

妥当な案には聞こえる。
だが、何故だ?
どうしても裏があるような気がするのだが?
しかも、今年?

「それと木戸宮内大臣。
理由を知りたいと思うでしょうからこれを後ほど読んで頂きたい」

最後の方は本当に小さな声で言ったから聞こえた相手はいなかっただろう。
事実、残りのメンバーは聞き逃しており、見逃した。
いや、クラウスだけが気がついていたがわざと知らないふりを、見なかった事にした。
渡されたのは一通の便箋。
それだけ。

「さて、駒城の方々と妻の実家、そしてユーリア殿らにも手伝ってもらいたい。
慰霊祭は厳かに、だが、国をあげて行うのだ。
戦争はもう終わったのだ、それを国民に理解してもらうために」

413 :ルルブ:2015/01/26(月) 23:39:47
1945年8月30日 シンガポール 

「総員、第一警戒態勢に移行せよ!」

ある兵士は愚痴った。
自分の先輩に。
この赤道直下の、故郷の東北地方とは全く違う場所で。

「ああ、もう。暑いし、コメはまずいし、大陸人どもはいるし・・・・・はぁ、早く帰りたい」

ボヤく。
まして目の前にはお偉いさん達の歓迎式典に呼ばれた現地の住民らがいる。
自分たちが戦勝国なのに、占領せずに何故か解放した人々。
無邪気に独立万歳を叫ぶ人々。
これが所謂「国策」だ。
だけど、頭で分かっていても何となくだが嫌な気分になるのは仕方ない。
俺たちの流した血で、と。

「だいたい、上の連中は空調効いている部屋で女侍らせて贅沢三昧。なのにこっちは炎天下の中で・・・・」

何かいいたそうな同僚に気がつかずに愚痴る男。
二等兵がふと、顔を上げると青い顔している同僚がいた。

「ほう、貴様。司令官閣下の目の前で上官批判とは、な」

慌てて敬礼する。
だが、遅い。
曹長の階級をつけた男は怒りの形相でこっちを見ていた。

「今なんと言っていたか!」

「は!! 帝国の為に貢献できて自分たちは光栄である、そう申しておりました!!」

「ふざけるな!!」

鉄拳制裁。
二等兵は思いっきり尻餅をつく。だが、まあ、これを見過ごすわけにはいかない。
更に殴る曹長。

「上官批判の嘘の申告とは何事!! 貴様は敗北主義者か!? 我が軍が勝利したからこそ!!」

さらに三発目を殴ろうとしたところでここにいる最高位の軍人が仲裁に入る。
軍規を正すという意味では曹長は間違ってない。
仮にこの二等兵の言う事を音声で今見逃して、別の誰かが真似をして、それを処罰するならば軍内部に私的な判断を持ち込んだ事になる。
逆に彼を処罰して、別の誰かを処罰しない事も論外だ。
我らは軍隊であり、民間企業でも慈善団体でもない。
だが、もういいだろう。
そう思った。彼も反省しているのはわかったからな。

「ふむ、一発目は軍規を正す意味で正しく、二発目は今後の彼が同僚に虐められない為にしっかりと罰したという意味で正しい。
だが、三発目はどうかな?」

司令官、つまり栗林忠道中将はそこで止める。
彼は軍人で、軍隊とは暴力機関である。
そして閉鎖的であった。
仮に下手な温情をこの二等兵に与えては彼の周りが嫉妬してしまい、彼にとっては良くないだろう。
事実、下手な噂、例えば軍部上層部と繋がりがある等と言われては一兵卒にとっては百害あって一利なし、だ。

「曹長、君の判断は正しいが・・・・現在の帝国陸軍の現状でこの地から兵士二人を内地に送るために輸送機なり輸送船を手配するのは現実面でどうか?
実践経験豊かな君なら本心では良いとは思わないだろう?」

巧妙な人心掌握。
相手の立場を全てに配慮しつつも自分たち上層部の権威を傷つけない。
それは相手にも伝わったようだ。

「は、思いません!」

気をつけ、の、格好で言う男に彼は言う。

「そうだな、全てを水に流すというのもいかんから・・・・彼らは今日の休憩時の飯半分、という感じでどうかね?」

幸い明日は休日だろう?
言外にそれで勘弁しろ、見逃してやる、次からは気をつけろ、と言っている。
批判するのも良いが、場所は弁えるべきだ、とも。

(まして帝国と現地有力者で構成されたグ=ビンネンらとの会合がある当日)

だから栗林はそこで手を打たせた。
弱みを見せず、かと言って反発させず。
この操り方が誰にとっても難しい。

「ではな」

414 :ルルブ:2015/01/26(月) 23:40:19
1945年8月31日 シンガポール

「それで、新城少佐、私に話があると聞いたが?」

菊池はこの男に呼ばれた。
ホテルのプライベートビーチで行われている歓待。
みらいの乗組員もハメを外している。
さっきも浮かれた奴が自分の所属、つまり、「日本国海上自衛隊海上自衛官」というセリフと自分の経歴を自慢げに話していた。
怒鳴りつけるわけにもいかず、何とか話を空したが冷や汗がでている。
そんな中、昼間に見せられたこの世界の歴史書。
特に幕末からサンタモニカ会談終了までの大まかな概略を、軍上層部ではなく内務省と外務省、経団連がまとめたものを見せられた。
それに見入る自分。

(怖い。これが世界を知るということか)

本来の世界では当然だと思っていた。
だが、この世界で初めてわかった。

(歴史を知るという事は決して簡単なことではないのだ。もっと重い何か、だ)

そう感じるしかない。
加え。
菊池の心にある一石を投げたのはあの草加が渡した一通の手紙。

『角松洋介は世界を見たいと思っていた。だが、私は彼と同行して思う。
彼は自分の見たい世界をみたいのではないか、自分の理想とする世界をあてはめたいのではないか?
その為なら、この世界を否定する事に疑問さえ抱けない、そう、持つのではなく、持つことを否定するのでもなく、持とうという気持ちさえないと、私は思う。
では、菊池雅行、貴方はどうする?
貴方が思い描く未来と、この世界の未来はどうだ?』

そして、彼は渡す寸前にこう述べている。
あれはみらいを離れる寸前だった。
紺色の海軍軍服を来た彼は菊池に言ったのだ。

「私は日本人だ。貴方も日本人だ。
そして、だが、私草加拓海はここに生きている日本人として、みらいの日本国という国が存在する21世紀は興味がない。
それは私が、いいや、私たち大日本帝国としてあの戦争を生き抜いた人間全てがそう言うだろう」

そう、彼は言った。

「負け犬としての21世紀の平成という御世を生きる日本国に私は興味がない。
そして、現実を知る者にとり、『この』大日本帝国が『みらい』平成日本国にはなれないのだ』、それを知ってほしい」

神の啓示か、悪魔の契約なのか。
幕末からサンタモニカ会談という世界の流れを知った。
知るはずもないが、これは草加拓海という男が別の世界で体験した事と同じ。
そして沸き起こる疑問、自分への問い。

「俺はどうしたい・・・・どうすればいいんだ」

そう砂浜に仁王立ちしていた中。
新城直衛は話しかけてきた。

「貴方は迷っているな?」

この男!
見かけに騙されるな。
こいつは軍人であり狂人である。
そうだ、自分で言っていたじゃないか、「世話になる」と。
改めて考えれば無能な人物をこの世界の大日本帝国が未知の存在と接触させるはずもない。
彼らは、大災害を味方にしたとはいえ、あのアメリカ合衆国をこの世から消滅させた文字通りの「帝国」なのだ。
そこで特使の一人として派遣された人間が決して。

「ええ、迷っている」

だが、言葉が。

「ほう? やはり?」

態度が。

「ああ、貴方たちの世界と我々の知る世界は・・・・・・・」

思考が。

「世界は?」

そう、

「違う」

止まらない。

(洋介。
お前はこのシンガポールで何を見ていた?
ここに生きる日本人を見て、何を感じた?
この世界の有様を知って何を考えている?
そして、草加拓海たちは何を思っている?
俺は・・・・)

知らずうちに言葉になって俺は言った。

「俺はどうすれば良い・・・・何を目的にこの霧の中を進めばいいんだ・・・・」

415 :ルルブ:2015/01/26(月) 23:41:12
返答など期待してなかった。
誰にも理解できるとは思ってない。
が、答えは・・・・返ってきた。

「菊池少佐。
私は貴方たちの境遇はわからない。だから貴方が何をしようと不干渉を貫く」

当然だ。
この男は大日本帝国の軍人であり、この世界の一員。
どこまでいっても異邦人にして漂流者である自分とは全く異なる。
だけれども。
彼は、うつむきながら続ける。

「だが、菊池少佐。逆にとおう。
ならば「みらい」は、ありとあらゆる道徳を守って勇敢に戦うとでも?」

悪魔は囁く。
人間に。そう、人間に。
「もしそうならば分かるはず。貴方は優秀だ。頭も良くて現実が見れる。
半年後には、みんな揃って討死にだ。餓死だ。
誰にも知られずに、誰にも見送られず、そして自分自身が自ら進んで望んだと欺瞞に満ちてこの世界で漂流したまま死ぬ。
そんな運命、少なくとも僕は御免こうむる」

天使は誘う。
人間に。そう、人間に。
「死して無能な護国の鬼となるより、生きて姑息な弱兵と誹(そし)られたほうが好みだ。
どのみち地獄に落ちるにしても、せめてものこと、納得だけはしていたい」

人間は伝える。
人間に、そう、人間に。

「兵を自らの指揮し、誰かの大切な存在を殺し、殺させ、殺される。
僕は決してその事で許しは乞わない。だが、後悔だけはさせない」

何かの決意。
魔王か?
勇者か?
それを述べるのは、ただ、彼の存在。



「川本兵曹長だ。今回の給油作戦の現場責任者となる。
あんたらの事は部隊機密だと聞いた。よろしく頼む」

尾栗らは「東進丸」の補給を開始する。
用意されたタイ米に文句をつけるもの、先にシンガポールへ上陸した人間を羨む者、警戒するものなど様々な思惑を胸にみらいは手に入れる。
『日本列島』という大地へと戻る為の力を。

「尾栗三佐。あ、少佐だ。よろしく」

こちらこそ。

草加拓海の命令で物資の艦内部へ搬入は半分になったみらい乗員のみで行われている。
中には先に上陸した者への不公平感を持つものもいた。
それでも作業している間はいい。
忘れられるから。
だけど、それを忘れられないとき、自分たちはどうなるのだ?

「出港間際まで勉強か。それが次席卒業の誇りか?」

資料室にこもり、既に数日。
このみらいが持っている書籍の位置をすべて把握し、読破しようとしているとしか思えない草加に角松は問う。

「熱心だ。熱心すぎて何を考えてるのかわからん程に・・・・草加、何故そこまで勉強する?
この世界の戦争は終ったはずだ。それはこの間のお前たちの資料が裏付けしている、違うか?
違わないだろう?」

草加は、平成の歴史を記した書類と変動した世界情勢の書かれた地図、この世界にもある日本経済新聞のスクラッチのまとめを机に開いた状態で椅子をまわす。
缶コーラを一口飲むと彼は言った。

「角松ニ佐、君は勘違いしているな」

「何?」

扉によりかかったいた角松に草加が語る。
友人と会話する気楽さで。
そして、友人を諭す真摯さをもって。

「戦争は終わってないのだ・・・・・少なくとも・・・・・・私の知る限り、な」

416 :ルルブ:2015/01/26(月) 23:41:42
1945年9月1日 イギリス領香港 香港総督府

「やあ、遠路はるばるようこそ。
私は総督のウェザビー・スワンだ。で、彼らが」

総督府で英国海軍中佐を出迎えたの4は人。
男3人に女1人。

「ウィリアム・ターナーです。この総督府でウェザビー・スワン総督の主席秘書官をしてます」

「丁寧な挨拶をどうもありがとう、ターナー君。
おや、中々洒落ている剣を持っている・・・・一目見て只者ではないと感じるが見たことない様式美だ・・・・もしや自作かね?」

腰に差してある短剣のこと。
礼儀正しい目の前の男は聞く。
彼は実は長いあいだ、イギリス本国で刀鍛冶に弟子入りしていた。
そこは衣食住が保証されていたからだ。
15年間修行し英独停戦時、現在の新総督に就任した、当時は副総督候補であった、ウェザビー・スワンに見出されてここにいる。

「ええ、趣味が刀剣作成ですから」

中々洒落ている趣味だ。
ついでに肉体を見るからに毎日三時間程度は鍛えているな。
そう判断する。

「中佐は海軍だったと聞いてね。彼の父親であるビル・ターナー氏も航海士なんだ。
無くなってしまったが、大津波と大戦前夜はインド洋航路の船舶で高速船に乗船していた・・・・名前は・・・・なんだったかい?」

総督の補足説明。
ウィリアム・ターナーはその問いに誇らしげに答えた。

「ブラック・パール号の一等航海士です、総督」

「そうだった。パナマ近海かカリブ海に今はいる筈だよ。向こうは新植民地開拓で最近忙しいからね。で、もうひとりが」

階級章を見て中佐は敬礼する。

「存じております総督。
お久しぶりですね、ノリントン提督」

「そうだな、君とは同じジェームズだったか。
君も少尉時代に私が君を指導したことを忘れてないようで結構だ。
さて、あまり長話をしてここに来た招かざる客のドイツ人らを自由にさせるわけにはいかん。
まあ、君の性格からして不服だろうが・・・・・少ない時間だが歓迎しよう、中佐」

で、こちらのお嬢さんは?
目線で彼女に挨拶を求める。

「スワン、エリザベス・スワンよ、で、貴方は誰?」

ふむ、どうやらお怒りのようだ。
挨拶をしなかったのが不快だったのだろう。
理由は知らぬが怒る女性を包み込むのは好きだがなにせ時間がない。
楽しみはあとに取っておくとしよう。
そう判断する。

「ボンド、ジェームズ・ボンド。よろしくお願いします、エリザベス」

おやおや。
露骨に嫌な顔をされた。

「スワンよ、ミスター・ボンド」

「これは失礼、ミス・スワン」

うん、男全員が嫌そうな顔をしているな。
面白いな。
が、仮の宿とはいえ、家主を怒らせるのは良くない。

「ああ、そこまでにしょう。明日には日本航空の飛行機が手配できる。
日本航空を使う理由は明白だ。
大日本帝国政府は自国領土への民間機侵入を許してない。
まして我が国は手酷い裏切りをしてしまったのだ。
特に植民地人とここの匪賊らに対する日の丸の下にいる人々の心情を慮ると、ユニオン・ジャックをペイントした機体が日本列島上空を飛ぶなど自殺行為だ」

ましてドイツ人とイギリス人が一緒に日本に入国する。
民間とはいえ、英国の航空機を強行して送り込む。
宣戦布告扱いされても文句は言えず、その結果、あの富嶽が原爆をロンドンに投下されてしまったら全くもって笑えない。
勘違いする人間が多いが、生き残るために戦い、生き残る環境を良くする為に謀略を祖国イギリスは巡らせているのである
断じて滅びるためではない。

「ええ、お願いします。それとドイツ人たちですが」

頷く。

「ノリントン提督らだけではない、ヒューイットら我々警察も監視してる。
日本本土までは無理だが可能な限りの情報収集を行おう。
それに、彼らが何を目的に日本へ向かっているのかは探る。無論、香港内部でイイ気にはさせんよ」

「安心しました、総督。それで・・・・」

「?」

「カジノはどこですかな?」

第九話 完

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最終更新:2023年03月02日 18:47