863 :ルルブ:2015/02/05(木) 07:50:52
「第十五話 責任者」



1945年9月30日 横浜港

横浜港に英国籍の客船が入港。
出航日は8月20日。経由地は大英帝国本土からパナマ運河、カルフォルニア共和国サンディエゴ、大日本帝国海外領土ハワイ、グアム島、最後に横浜。
乗船客は大英帝国が派遣した香港問題に関する正式な協議の為の特使。
イーデン元外相を筆頭に、ペンウッド卿、ファントムハイヴ卿ら大英帝国円卓会議の面々がいる。
香港は安定化している中国という意味で非常に重要であり、経済特区や航空機の経由地としての経済価値、大英帝国最後の東南アジア支配領域という意味で輝きを持つ。
その宝玉を誰に渡すか。
大英帝国の心臓にして王冠であるインドは分割が決まった。
では、その王冠を飾っている宝玉たちはどうなっているのだろうか?
スエズ運河は欧州枢軸、特にイタリアにより管理されており、シンガポールは大日本帝国が手に入れた。
マゼラン海峡は船の難所。ゴアなど西インドにある各都市は依然として欧州枢軸の支配下。
さらにラグーン、トラック、フィジーなどの諸島や港大日本帝国軍が制圧した。
この状態で香港の価値は二つの意味を持つ。

安定化している唯一のイギリス領中国。
次に、日本政府にとって最後の東南アジア勢力圏に残った残存地域。
また、法的には99年後に返還すると言う約束がある事が問題を複雑化する。
誰が、誰に、いつ、どういう形で、統治権を引き渡すのか。その際の住民の帰属はどうするか? 国籍は? 適用される法律は?
史実香港返還問題は簡単だった。あそこには中華人民共和国しかなかったのだ。
が、この世界では夢幻会率いる大日本帝国の躍進で、勢力は大きく分けて3つある。
「大日本帝国」、「福建共和国」、「華南連邦」の三つである。
まあ、国益を考えればどう転んでも大日本帝国に渡すのが一番だが、一応は「清帝国」から租借した地域。
勝手に譲渡するのは「礼儀知らず」になる。今更だが。いや、いまさらだから、か?
という訳で、表向きを理由に大英帝国は飛行機で先遣隊を、続いて船団で本隊を派遣した。
それが漸く到着したのだ。

「ペンウッドです、この度代表団の副代表を務めます」

敬礼する海軍軍人。
答礼する日本軍の儀仗部隊。

「ようこそ、大日本帝国へ。大英帝国の師匠にお会いできた事を政府を代表してお礼を述べます」

松岡洋介はそう述べた。
彼がここにいるはたまたまだ。
この時期にメンバーを派遣してきたと言う事は間違いなく「環太平洋諸国会議」に対する何らかの行動でもある。
そして、おそらくあの「みらい」という軍艦に対しても探りを入れに来たのだ。
これは事実。

(今更だが、これは敵の弱みでもある。ならば乗ってやるしかない。
一応は同盟国だ。それにアジア各国が自立するまではドイツの抑えに必要だ。
好き嫌いはあるが嫌いだからといって切り捨てるにはあまりにも惜しい。
ましてドイツを中心とした欧州枢軸が戦後の混沌から回復し、躍進した時点で英国が敵になっていたなら冗談ではない)

日米戦争の様な事態は一度でいい。
まして次に似た様な戦争が起きれば外務省は消えてなくなる。
焦りは強かった。
最後に子供に挨拶する。
だが、妙な子供だ。
眼帯に大人びた視線。これが15歳の少年の目なのか?

「セシル・サー・ファントムハイヴ伯爵です、松岡閣下にお会い出来て光栄です」

「執事のセバスチャンです、ファントムハイヴ家筆頭執事であります」

「「よろしく」」

底知れぬ外交戦が横浜の地で始まりを告げる。
だが先ずは大使館に行くのが先決だ。
態々再開したばかりの新しい大西洋航路とパナマ運河を経由して特別にハワイに寄港できた。
長旅だった。
一息つきたい。

「あれが東京タワー」

港から見えたのは赤い鉄塔。
333mであり、大日本帝国高度経済成長の象徴。

「中々素晴らしいですね」

セヴァスチャンの言葉に同意するのは癪だが、たしかにそうだ。
立派だ。まるでこの国の勢いを象徴しているかのようにそびえ建つ。

864 :ルルブ:2015/02/05(木) 07:53:56
迎えに来た車にのる。
二台。先頭にはペンウッド卿と松岡殿が、後ろには僕らが。

「ようこそ、東京へ。私はジョーンズ。ウイリアム・サー・ジョーンズ男爵」

そこには自分とは違う、穢れ無き青年がいた。
ジョーンズといえば社交界でも有名だ。
悪い意味で。極東に左遷された。
そして、その理由はおそらく彼女。
傍らには女性用スーツという日本発祥の紺色のスーツに黒いシャツを着用しているメガネの女性がいる。

「ああ、彼女は婚約者だ」

へぇ。
この朴念仁みたいなジョーンズ家の男にそんな女がいると聞いたが結構美人だな。
となりのセヴァスチャンは知っていたな。
別の車に乗ったペンウッドはどう思うだろうか?
またあんな無様な醜態をさらすかな?
いいや、彼は他人の名誉や心に関しては慮る漢だ。それはないだろう。
でなければ癖のある人間しかいない円卓会議で一番の人格者として皆から頼られていない。

(まあ、厄介事をおしつけやすいというだけかもしれないが)

お辞儀する自分。
様になっている。お互いに。ジョーンズ夫妻も、自分も。

「エマ、エマ・サー・ジョーンズ男爵夫人になります。
ファントムハイブ伯爵閣下、どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ」

そう、彼女はできる。
優雅に、しかし、確実に。正統なる実力を正統なる手段で身につけた努力の人だ。
完璧に近い家事・洗濯・料理が出来る上に日本語と英語、数学、簿記が堪能。
文字も微妙なニュアンスも全部理解している。このセヴァスチャンが半分反則をしている事を考えれば。
彼女以上の存在を探しても大英帝国上流階級にそうはいない。

「なにか?」

「どうしました?」

いかん、旦那にも奥方にも無用な関心を持たれた。
仕方ない。
会話をずらすか。

「僕も婚約者がいましてね。義兄が近衛連隊の連隊長で、家族顔負けの剣術捌きが出来るほど鍛えられていて。
輝く女性は美しいな、そう思います。エマさんは前職は翻訳関係か外務省の秘書官ですか?」

その言葉に一瞬だけ陰りが見えた。
ち、地雷だったか。
こういうところではセシルもまだまだ子供。
聞いて男女の機敏、その良いことと悪いところの判別が難しい。

「ジョーンズ様のお屋敷でハウスメイドをしておりました」

ああ、そうか。
という事は彼女は貴族階級出身ではない。
ただのメイドだった。
だが、その性格と教養の高さ、そして本人らに自覚はないが美貌。
それが、ウィリアム・サー・ジョーンズの心を射止めた。
多くの貴族階級の女性たちのアプローチ、その全てを振り切り。

「それは素晴らしい。貴女の様に素敵な女性がジョーンズ男爵のような素敵な男性と結ばれる。
将来の大英帝国は安泰です」

子供らしく見えたか?
いや、あの反応からは無理か。

「彼女は優秀な秘書であるようだ、セヴァスチャン、君はどう思う?」

が、彼は微笑むだけ。

「伯爵、その様な判断は私には無理です」

何?

「わたしはあくまで執事ですから」

笑われた。
車に乗っている全員に笑われた。
年相応だと、子供らしい競争心だと思われて笑われている。
くそ。
セヴァスチャン、後で覚えていろ。

865 :ルルブ:2015/02/05(木) 07:55:15
同日・帝都・東京・新宿・歌舞伎町

「角松ニ佐、時計合わせします・・・・3,2,1、今です」

全員の時計を合わせる。
全て新品で耐ショック、防水加工のクォーツ式電池時計。
いわゆる、G-ショックという奴だ。
草加に対して外交官特権で持ち出した数少ない存在。
まあ、実際は分解して財布に入れてきただけだが。
存在どころか、その構想さえ知らない警官隊はこれを見過ごす。史実真珠湾攻撃でもレーダー員が日本軍の攻撃を察知したが結局見過ごしてしまったように。
全てに完璧な包囲網などない。
まして、彼らの注意は桃井が持ち出す5冊の医療書に集中していた。

「アメリカ風邪対応のために必要です!!」

桃井ではなく、外出組の男が言っていたらだまされなかっただろう。
或いは先に没収しただろう。
しかし、この時点では草加拓海の威光は絶大だった。

「草加中佐に頼まれました! お願いします!!」

と嘘泣きする桃井の勢いに飲まれた。
しかも、何故か草加にも新城にも連絡が繋がらず押し問答をしている間に移動時間が来た。
兵士の一人は中を見るな、という命令を最優先にしたためと草加拓海という名前に押し切られて本の題名だけ書き残して総勢18名を外に出した。
が、他の物は没収。
特に痛かったのは囮として用意したスマート・フォン16台が例外なく没収された事だ。
しかもバッテリーの充電器を迂闊にも持っていたから、それごと。
が、没収されたこの16台とデジタルカメラ1台があったからこそ、医療書は検問を突破できた。
そして、草加の用意した現金と共に角松は隠れ家にいる。

「桃井一尉、となりの喫茶店で夜食を買ってきてくれ」

「柳一曹らは俺と一緒に来てくれ。俺は米内退役海軍大将閣下に会いに行く。
途中で尾行をまくためにバラける。
また、ここで明日の12時に会おう。それでは」

そして、彼らは新宿の誇る夜の街、歌舞伎町に消えた。
後ろから追跡する人々を感じながら。
人数は複数。

「そろそろだ・・・・・・三方向に分派する・・・・・今だ」

スクランブル交差点で三方向にバラける角松ら。
しくじったと焦る警察の尾行。
慌てて追う中でひとりの男は冷静だ。
彼には最初から目星をつけていた。
そして、角松たちは警察の備考には気がついていたが、この男、シティ・ハンターの異名をとる裏社会のトップエリートには気がついてない。
当然だ。
国家の公安委員会が総力を挙げて1年かけて漸く捕縛できたのが冴羽獠なのだ。
一介の軍人が訓練もなく煙に巻いて距離を取れるほど甘くない。

「慌てる乞食は貰いが少ない、とね」

彼は缶コーヒーを飲む。
そしてずっと待っていた。予想通りに敵が動くのを。
予想通り、彼らは戻ってくる。たった30分程度でこの駅前に。

「ほら、戻ってきた。キャッツ・アイのそばに住居を構えたくせに、わざわざ新宿駅を通り越してどっかに行くわけがない。
終電の時間も近い。なら電車かバスに乗る為にこっちに戻ってくる。
やっぱりあいつは海軍だな。
陸軍や情報機関の機関員、それに警察ならこんな子供騙しはせん。別の場所でタクシーを拾うなり徒歩で動くなりする」

冴羽獠はコーヒーを飲みながら彼を見る。
たしか、写真と資料では角松洋介という中佐だった筈。
彼は屋台のおでんで一服する。

「まあ逃げたふりだね」

冴羽はとなりに戻ってきた二人、槇村と冴子に言う。
ほかの面々はおそらく明後日の方向を探しているだろう。
無駄なことを。
だったらあのテナントとビルを見張れば良いのに。

「冴羽、どうする気だ?」

「獠、ここは踏み込む?」

熱々の肉まんを用意してくれた友人らにそれをもらう。
ニューナンブで武装している二人。が、携行弾数はそれぞれ12発。
予備弾丸が6発しかないのだ。
そして自分も30発だ。
街中で銃撃戦になった場合心ともない。
まして騒ぎをでかくするなと命令されている。

(あくまで、まだ尾行の状態。下手にドンパチするわけにはいかんしなぁ)

866 :ルルブ:2015/02/05(木) 07:57:55
しばし考える。
何がいいだろうか?
俺は今綱渡り状態。
下手な事件は文字通り首を絞めるな。
結論。

「いや、追うだけにしよう。行くぞ、二人共」

角松はそのまま何事もなかったかのように市電である場所に向かった。
市電のルート上にある政府、閣僚、軍人、企業人の重要人物の住宅にマークする槇村。
冴子がそれを確認する。
この中でマークされている人物、最優先で危険な人間とされ警察に監視されている輩を。

「なあ、どこだ?」

冴羽の声に槇村が答えた。

「この駅まで先回してくれ。あの駅で降りた以上、目標はこの家だと思う」

「りょーかい」

そして30分後。
全く違う屋外のホテル、その最上階レストランの個室にて台湾料理を注文する。
正直、胃にきつかったが欺瞞工作には仕方ない。
あいつらは全員素人だ、それが証拠に隠れ家に戻ったバカが半数いる。
だから気がついてないだろう。しかし、慎重に動く。

「アシャンと香の命がかかってる、無理はしない」

そう。
そうか。

罪悪感と共に何かを言いそうな彼ら。
だが、冴羽はそれを抑えてコンパクトな折りたたみ式双眼鏡を構えた。
見えるのは蛍光灯に照らさている角松中佐。
確かに家主を呼ぶために呼び鈴を鳴らし、中の女性が角松洋介を招き入れた。
時間は1日の22時過ぎ。かなり遅い。
営業セールの飛び込みとは考えられないな。

「あたりね、獠、槇村」

「あとは証拠固めでいいな」

「ああ、ビンゴだ。それに奴さん気がつてない」

冴羽と共にその姿を見た槇村。
米内という表札がある日本屋敷に入る男を望遠レンズで写真に収めた冴子。
何を話すのかはまだ分からん。
だが、目的地と接触した相手がわかれば後は何とでもなるな。
それにしても、さっさと終わらせたいな。
こう堅苦しい仕事はごめんだよ。

「自由に生きるには責任とお金がいる、そうだな、その通りだ」

その頃、槇村香が隣に引っ越してきた桃井という女性と仲良くパスタを食べていた事をもちろん冴羽は知らない。

867 :ルルブ:2015/02/05(木) 08:00:18
1945年9月31日 首相官邸 17時00分 別館迎賓室「旭」

大日本帝国は定例閣僚会議の後、国内有力者を集めた大規模な晩餐会を首相官邸で開くことを決定した。
民間企業から倉崎、三井、住友、三菱、日立という旧財閥に加えて、新興企業であるトヨタ自動車、ホンダ自動車、日本航空、全日空、更には海外向けながらも規模が急速に拡大しているソニー、パナソニック、シャープらなど合計312社の代表が。
官僚からは佐藤、岸、中曽根、池田など辻大臣らが育てている中堅閣僚にして次期大日本帝国指導部層らが。
軍部からは連合艦隊司令長官である小沢大将、古賀軍令部総長、山口中将、大西少将、角田少将、井上中将、伊藤中将ら海軍の国内軍政担当者を中心に、陸軍も山下中将、牟田口中将、宮崎中将らに加えて常勝将軍と言われている東条大将が。
情報部からは堀局長、田中前局長、それに村中少将らが。
経団連や各地の研究所からも若手の大半が集っている。
いないのは外国に行っている連中だけだという笑い声もはんば冗談ではない。
外務省は「環太平洋諸国会議」開催と成功に向けて忙しいのか、他の省庁や企業の代表に比べて白洲次郎らの少数だけだが、合計すればそれなりの人間が来ている。
もちろん、衆議院、貴族議院、各地の帝国大学の有名教授らも弟子や秘書を連れている。
よくもまあここまで入るな、とゲスト(表向きは海軍大佐)の梅津と菊池(彼は少佐)は思った。

「大日本帝国内閣総理大臣、嶋田繁太郎閣下よりご挨拶」

その言葉に全てのざわめきがなくなる。
全員がアルコールの入っているグラスをおく。
タバコを消す。
話をやめる。
思い思いの姿勢ではなく、最敬礼で彼を迎える。
彼は陛下の全権委任を受けて帝国を救った救国の英雄。
決して、おろそかにしてはならない。
名目上だとは薄々出席者の大半は感じているが、その実力を侮るバカは大日本帝国にはいないのだ。
他にはいるかもしれないが。

「嶋田繁太郎総理大臣より開会のお言葉を頂きます」

どうぞ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

注目する千を超す視線。思惑。意思。
無言で壇上に上がった嶋田はゆっくりとだが、しっかりと話しだした。

「帝国の危機はこれからである。
我々の国家存亡の戦いは依然として続いてる、まず、その事を胸に刻みたまえ」

冷水を浴びせるために。
現状を楽観視する連中に更なる一撃を加えておく必要があるのだった。
楽観論で戦争になった史実をなぞらない為にも。
楽観論で戦争を起こしやすい日本人の国民性を戒める為にも。

「大日本帝国はアメリカ合衆国を滅ぼしだ。
完膚無きまでに、絶対の勝利者として君臨し、帝国の安全を確保するために、情け容赦のない攻撃を行った。
その結果は諸君も知っているだろう、そう、領土拡張と勢力圏拡大だ。
東インド洋から北米と南米大陸両岸の太平洋側、南はオーストラリア大陸、ニュージーランド、ソロモン諸島、東は東南アジア各国に中華沿岸地域、ソビエト連邦の極東ロシア。
北は新領土になったアラスカ、アリーシャン列島。
更に影響力と言うだけならば北欧諸国、スカンジナビア半島、ソビエト連邦経済、中国の満州に中東地方、英領インドも含まれる。
この広大な支配領域を、我が帝国は絶対的に不足する国力で補わなければならない。ひとつの例外もなく、平等に、対等に、である」

だからこそ、と嶋田は強い口調で言う。
言わなければならないという使命感。
あの戦争を勝ち抜いた、その責任者としての義務感。
それが前世はただの技術屋でしかなかった人間を奮い立たせる。
彼自身が生きてきた証を刻んでいる。
そう、この大日本帝国の責任者として。

「我々は逃げない。責任者という立場から逃げてはならない」

演説は続く。
ヒトラーのような演技はない。だが、熱意は同じくらいある。

868 :ルルブ:2015/02/05(木) 08:01:33
だからこそ、と嶋田は強い口調で言う。

「帝国は大勝利を収めた。だからこそ、帝国軍は大幅に弱体化している。
具体例を出すならば、我が国の誇る海軍機動艦隊は太平洋各地に分散した。
戦前であれば日本近海に主力艦艇を集結していた海軍だが、今はシンガポール、トラック、ハワイ、パナマ、本土と戦力は分断されている。
これの意味するところは諸君ならすぐにわかるだろう。
そう、日本海海戦やハワイ沖海戦の様な全連合艦隊の集中運用はもはや不可能だという事を。
陸軍も数個師団が戦略部隊である軍を編成、中華民国や在中米軍相手に戦った電撃戦をするだけの余裕は無い。
彼らは広大な土地を、億を越す人口を数万の将兵だけで数十万の邦人を守るという困難がある」

更に。

「諸君らはこの国代表である。この面々でそれを一度も思わなかった人物はいないであろうと、私は思う。
が、それ故にこそ利益対立もある。面子によるこだわりもある。譲れない誇りもある。それは分かっている。
私が若い頃もその通りだった。既に過去となった明治時代もそうなのだ。
だから、全て捨てろなどという聖人君主のような発言や命令、激励はしない。
だが、大日本帝国は今、列強筆頭という名前の薄氷の上にたって非常に重い荷物を背負って見えない道を歩き続けているのだ。
多くの敵に囲まれて。
誰ひとりとして心から信頼できる味方もない。
なぜなら、我らこそが世界最先端であり、世界最強であり、世界唯一の有色人種列強である。
そうであるからこそ、我が国を狙い、引きずり下ろそうとするものは後を絶たない。
この事実を忘れないようにして欲しい。
否、忘れるな。
私の今の言葉を胸に刻め。
帝国の未来のためにも」

一区切り。
だが、すぐに再開。

「軍人は民間人を守る、民間人は安心して経済活動に従事する、結果、大日本帝国に対して様々な形で様々な人々は国家に貢献することになるだろう。
そしてその全てを大日本帝国は責任をもって守る。それが我らの使命であり義務である。
それを保証するための権利なのだ。
御国の為に戦うというのは銃を持って敵に突撃するだけではない。
企業を発展させ、従業員を養い、彼ら彼女らの生活基盤を整えることも立派な事である。
海外に進出し、日本人としての誇りを持ち、敵対するドイツ第三帝国は全く異なる国家だと言う事を知らしめてくるのも必要不可欠である。
家庭に帰れば良き夫、良き妻、良き父、良き母となり、良き息子、娘、孫を育てることが国家100年の計になる。
決して、武力だけで全てを解決しようとする三流国家ではない、文字通りの意味で先進国なのだ」

そこで嶋田は改めて周りを見る。
誰も彼もが何かに燃えているこの熱い視線。
熱気。
狂騒曲の前触れ。
それがヒシヒシと伝わる。

「諸君らが大日本帝国そのものなのだ。
もう一度言う、諸君らこそが大日本帝国なのだ、と。
そして大日本帝国とは現実に存在する、諸君らが守ろうとする日常そのものなのだ。
この掛け替えのない四季豊かな故郷と故郷に住む友人、家族、そして思い出に可能性。
これを守る事が、忘れない事が大日本帝国を守り、発展させる。
少なくとも私は御国の為にという言葉をそう捉えている。
諸君、ここに集った将来の帝国を背負う諸君、それを忘れるな」

誰かが言った。

「大日本帝国、万歳」

と。
その言葉は一気に広がる。

「「「「大日本帝国、万歳!!」」」」

「「「「帝国、万歳!!!!」」」」

歓呼の嵐で包まれる会場。
拍手が鳴り止まない。
苦笑いして壇上から去る嶋田総理。
やがて会談が始まる。
帝国の誇る魑魅魍魎といえども、今日はそれを忘れて楽しむように言われた。
それが出来る人物がどれだけいるかは分からないが、夢幻会にとっては表向きの政府掌握政策の一環であるから無下にはできない。
そして、実はこの月一回ある激励会はかなり浸透していて、内容は不明だが民間でも採用されいるそうだ。

「これが帝国」

菊池は見入っていた。魅惑に、誘惑に駆られている。
この狂騒曲にして協奏曲の中で自分たちも奏者になれたらどれほど気が楽か、どれほど楽しいのか、どれだけのやりがいがあるのか、と。
彼の心は傾く。
傾国の美女に囚われた皇帝の心の様に。

「・・・・・・・・」

梅津はそこに隠された恐るべき事に考えが至った。
彼らは誰もこの戦争で得たモノを失いたくないと考えている。それは仕方ない。
しかし、彼らはその結果、敵と呼ばれていた存在がどれだけ死んだのか、世界中で大日本帝国の軍旗を掲げた武力集団が何をしていたのか見てない、そんな気持ちに襲われた。
そう、竹林の賢者が世を憂う様に。

869 :ルルブ:2015/02/05(木) 08:02:33
実はこの会場、首相主催なのに「日の丸」がどこにも無い。
ドイツやソビエトではありそうな国旗掲揚はなく、単に大広間にて多くの人間が雑談しているだけだ。
尤も、内容は各業界、各地域、各戦線の意見交換会になっており、素人には入れず、また、素人では理解できない。
だが、多少の知識がある人間ならば分かるだろう。
この場にある情報の恐ろしいまでの価値が。
そして、敢えて国旗を掲げないことで意思統一をしない事の意味が。
彼ら参加者に安易な思考の逃げ道や言い訳をさせない、そんな思いが夢幻会が持っているから。

「総理」

「総理」

「総理」

「首相」

「元帥閣下」

と呼ばれる。
窮屈そうに見えるのは気のせいではないだろう。
ただし、それも一瞬だけ。すぐにこの国のトップの顔で会談する嶋田。

「あれが・・・・・私たちの世界では東条の腰巾着と呼ばれた嶋田」

幸いにもその声は誰にも聞こえなかった。
聞かれていたら殴られていただろう。

「艦長」

「ああ、こちらもそれとなく近づくか」

彼らが持ち込む情報、懸念、提案はどれも傾聴に値する。
というよりも、そう考えてないとやってられない。
まあ、実際問題として彼らの持ってくる情報は非常に有益である。
政府だけではわからない現地住民との軋轢などその最たるもの。
みらいの情報分析は主に電波に乗った情報解析であり、しかも比較対象がない。
新聞や雑誌は当然、帝国によって統制されていると考える。
ならば鵜呑みにはできない。
アメリカの誇ったマス・メディアグループCなどは無く、やイギリスのBBC、ドイツ、ソビエト連邦のの国営放送はプロパガンダが大半。
あとは偏見だがこの世界のNHKもやはり大本営は発表だと思えてくる。

「真実を見極めんと・・・・・80年先の未来の力を一方的に行使する。それは避けてもらわないと。
我々の力は異質で異端者だ。世界を変えてしまう」

「・・・・・・・・・・・・・」

梅津の独白を菊池は聞かなかったことにした。
そうした。

住民との軋轢を解消するべく行動し、不満の種を除くような公共工事を実施し、日本に利益をもたらしつつも多くの諸外国住民を味方につける。
この手腕を行使している事で、中国大陸分断政策は成功。
東南アジア諸国、南米、北米の太平洋沿岸諸国に太平洋の諸島諸国から続々と日本に人材が集まっており、親日家が、知日家が増えている。
外務省が自分たちの存在意義をかけて必死に工作する御蔭でその数は増え、経済産業省や厚生省、労働省が国内の労働・衛生環境を整備することで国家の安泰を図る。
最後に、軍事力でドイツ第三帝国、ソビエト連邦、大英帝国に大きなるプレッシャーを与えている。
残った列強が欧州枢軸、大英帝国ならびその傘下の国々であり現時点で大日本帝国に正面から対抗できる国家は存在しない。
認めようとも認めなくとも構わない、だが、事実を事実と知る事は誰よりも大切だった。
この国のトップに立った、あの日から。
そう、夢幻会の代表になった彼は思うのだ。

「大日本帝国内閣総理大臣嶋田繁太郎海軍元帥」

という地位は、世界の最大権力者でもある。
例え裏の方では違っても。
ドイツ第三帝国最高権力者であり、スターリンを死に追いやった、あのアドルフ・ヒトラーを上回る権力者になるのだ。
日本全体の発展。
二度の世界大戦を利用して世界最大の国家となった大日本帝国。
彼らに慢心はない。
彼らに過信はない。
彼らに恐怖はある。
彼らに焦燥はある。
彼らは希望がある。
我らに未来がある。
国に守る者がいる。
祖国に価値がある。

そう、命を尽くして忠誠を捧げる価値がこの世界の大日本帝国にはまだあると信じられる。

だからこそ今の優位を脅かす者、大日本帝国の現状を破壊する可能性のある存在を許すわけには行かない。
そう、例え。

「ええ、みなさん。
同胞であっても法律に反して国家転覆を企むやからや、帝国の安全と権益を犯す外敵は我が政府が全力を挙げてこれを排除するでしょう」

彼の、嶋田の決意。
そこへ秘書官である佐藤が来る。
岸も一緒だった。

「首相、梅津大佐がどうしても内密にお話したことがある、と」

「・・・・・・・・・・・・・・」

しばしの無言。

「閣下?」

二人の心配する声に嶋田は我に返る。

「よろしい。草加中佐と菊池少佐と別室で会見する。
102号室に来てくれ。ただし、私たち以外は部屋に入らないこと。
私が呼び出しのボタンを押すまでは衛兵は全員部屋の外で待機だ」

870 :ルルブ:2015/02/05(木) 08:04:18
1945年10月1日 未明

英国籍の貴族用ヨットには数名の男が密談をしていた。
一人はシェルビー・M・サー・ペンウッド伯爵。
一人はセシル・サー・ファントムハイブ伯爵。
一人はファントムハイブ家の筆頭執事セヴァスチャン。
一人はMI6のジェームズ・ボンド海軍中佐。コードネームは007。
一人はMI5在籍中の情報分析官であるコードネームQ。

「さて、ペンウッド卿はユダヤ人ら亡命欧州人問題対策という事でわかりますが、何故ここにファントムハイブ伯爵が?」

用意されたモーニングと紅茶に皆が皆食べる。
ちなみ、船の操舵は本来の持ち主でもあるウィリアム・サー・ジョーンズ男爵とメイドから日本語教師をえて彼の心を奪ったシンデレ、エマ・サー・ジョーンズ男爵夫人である。
あの二人は第二次世界大戦中も赤十字として日本に残った事から壊滅的な打撃を受けた英国貴族階級コネクションで数少ない存在だった。

「それは007、君にもこれを読めばわかるだろう?」

そう言ってセシルはセヴァスチャンを顎で使う。
恭しく彼は執事服の内ポケットから一枚の封が切られた手紙を渡す。
差出人は、

「ほう、アルトリア・ペンドラゴン」

消印を見ろ。

「この住所は・・・・神戸で有名な施設、テルマエ・ロマエにある郵便局ですね。
日付は先月末」

内容は面白かった。

「ペンウッド卿はこのまま彼女の要望を受け入れて日本政府と交渉する。
そして僕は007にひとつの提案を持ってきた。もちろん、表向きは壊滅した我が国と日本の貴族間の交流関係復活だ」

手紙を読み終えた。
そして、彼は英国製の高級ライターに火をつける。

「燃やしても?」

かまいませんね?
無言の確認と肯定。

「構わない。この件に関しては本国を出るときにMと円卓会議、そして国王陛下から僕に一任されている
そして、実際にその命令が遂行できるかどうかの判断は007に任せる。
現場に素人が出てあれこれ口を出しても意味がないし、害悪にしかならないだろう。
僕たちは専門家である君の意見に従う。それにだ、」

「それに?」

聞きたくないなぁという顔をしているペンウッドを傍目に、ファントムハイブは続けた。
セヴァスチャンは全員にクッキーを配る。アールグレイの紅茶を継ぎ足すのも忘れない。

「これに関わったドイツ人は処分しよう。それもこの国で。
大英帝国にとって日独対立が続くことは好ましいのだ、そうだろう?」

まさに慧眼。15とは思えないほど冷酷な考えだ。
自分からこの件をMに提案した上で、敵も味方も一緒に処分しようとしている。

「ボタンのかけ間違え、ダンスのステップを一歩間違えれば、敵もろともこの私も処分、ですね?」

007ことジェームズ・ボンドの本音であり、確認。
少年は何も言わずに紅茶を飲んだ。
それは肯定だろう。
この15歳児は見た目とは違い、非常に強い意志と言い表せない、表現したくない過去があるのだろう。
聞きたくない未来予想図もあるだろう。まあ、それは良い。

「・・・・・・では、それなりに工作してみますか。
まあ、あまり期待はしないでください。ドイツ人も馬鹿ではない」

そう言った007はQに手紙を見せたあと、綺麗さっぱりと燃やし尽くした。
Qは俺を巻き込むなという顔をしてたが一蓮托生だろう。かわいそうに。

「期待しているよ、007」

「お任せを、伯爵」

そんな中、悪魔のような微笑みを執事が一瞬だけ浮かべたのが気になったが、まあ良い。
所詮、この世は地獄。
悪魔だろうが誰だろうが使えるやつは誰でも使うのだ。

「では君の活躍を祈って、乾杯」

景徳鎮の、今は一セット辺り高級自動車並みの予算がする陶磁器がぶつかり綺麗な音を鳴り響かせた。
それはまるで幻想交響曲。

871 :ルルブ:2015/02/05(木) 08:06:34
1945年10月1日 0時00分

「梅津大佐、あなた達には最大限の便宜を図っていた、そう思うのは傲慢だったか?」

怒っている。
嶋田総理は予想以上に怒り心頭だった。
彼らの前科を考えれば目の前の存在はまぶしすぎる。
だからこそ、彼らは「みらい」に温情をかけた。
色々理由はあったが、夢幻会の転生者たちにとっても「みらい」の「未来」は決して他人ごとではない。
自分たちが生きていた時代より未来とはいえ、あの「平成日本」だったのだ。
だから。
どうしても。
冷徹に、冷酷になれなかった。
心のどこかで彼らと価値観を共有できる、そう信じていた。

「違う、信じたかったのだな。後の事など、振られた男が振った女を追うだけの幻影か」

何が言いたいのだろうか?

「梅津大佐、もう一度だけ聞きます。
いいですね、もう一度だけ「みらい」の最高責任者として尋ねます。
先にもう一度言います、貴方を一国の国家元首として扱おう。
私が責任をもって「みらい」の乗組員全員の安全と生活を保証する。
望むものは日本海軍に、或いは海軍や陸軍、政府が懇意にしている企業に就職できるようにする。
戸籍も住居も保険も用意する。ドイツやイギリス、ソ連の干渉から君らを守ると約束する。
だから、だ」

そこで苦渋の顔で嶋田は頼んだ。

「たった一言で良い、言ってくれ」

そう、

「みらいを渡す、我々の指揮下に入る、と」

だが。

「みらいは日本国の軍艦。そして、日本国は戦わない事を我々に命令しました。
その命令は生きている。
すくなくとも「みらい」の艦内では。そう信じます。
それに、貴方は先ほどこう述べた」

思い出すのは30分ほど前の会話。

『我々みらいの持つ知識、兵器、技術、物資を技術発展のために転用しますか?』

『仮に先制核攻撃を行う必要があると判断した場合、大日本帝国の首相とあなたの後継者はそれをしますか?』

『核兵器が100万人の命を奪う存在だとわかっていても、今後実戦投入は必要な場合はどうされますか?』

この問に嶋田はただ一言だけこう述べている。

『我々は必要とあれば、ベルリンでもロンドンでも核を投下する。それが大日本帝国の決定だ。
これは大日本帝国が滅びるまで変わらない。それだけは確信を持って言える』

付け足して。

『そして、アメリカ合衆国再建も統一された中国も我が帝国は認めない。
これは世界中と手を組み、断固阻止する。数百万の人間が死ぬことになっても、だ』

譲れぬ思いというのは厄介だ。
どちらも正義だ。
重いか軽いかは知らない。
正しいと思えば際限なく重くなるのが正義。
ならば、どちらも正しいのだ。
そして、誰も止められない。
もう止まらない。

会談は冒頭に、そして終局を迎える。

「では、どうあっても我々に「みらい」と「未来」を委ねる気は一切ない、と。
あくまで日本国の日本人として生きる、大日本帝国の帝国臣民としては生きることはしない、と?」

最後通牒だ。
菊池は気がついた。
彼の目線が哀れみから怒りに、そして切望と渇望を帯びたことを。

「そうです。我々は自衛隊です。大日本帝国の帝国軍ではない」

「梅津三郎殿、貴方には機会がある。そして最後の機会だ。
あの「みらい」を渡してくれ」

嶋田総理の口調は命令というより哀願だった。
そしてそれに応える梅津艦長の声は自負に満ちていた。
何故そこまでこだわるのかもう理解できない。納得もできない。

872 :ルルブ:2015/02/05(木) 08:07:35
「答えはNOです」

「艦長!!」

思わず菊池が叫んだ。

「どうかやめてください。まだ情報がない。判断を下すのは性急すぎる!!
艦長の偏見と独断でみらいに乗る全員を死なせて良いはずがない。
私はあなたに恩義がある。洋介も俺も貴方を尊敬している。
だから馬鹿な真似はやめてください。
今からでも遅くはない。嶋田総理の提案を受け入れて大日本帝国に帰化しましょう!!」

だが、梅津は何も言わない。

「艦長・・・・どうか」

それでも何も言わない。
そして菊池が力なく椅子に腰掛けた。
彼が考えを変えてそれを伝える最後の機会は終わった。
そして、それを見て嶋田総理は言った。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・残念です」

それだけ。
彼は何も言わず、ずっと黙っていた草加を連れて退室した。
そして、総理官邸首相仮眠室に草加拓海を連れ込んだ。

「君の言ったとおりだったな」

「は、首相」

受け答えする二人。

「仕方ないのだ、そう。
これ以上の妥協は不要だ。慈悲は請わぬと言い切った。彼は艦長だ。
私は彼を国家元首として扱う、そう言ったが彼はその言葉が持つ様々意味を理解できてない。
そして、この政治という世界はそれが理解できない人間を許容するのは精々一度だけ」

草加が後を引き継いだ。

「あとは滅びるのむ、ですね」

頷いた嶋田は言う。

「メ2号作戦は定刻通りに開始する、以上だ」

「撤回は?」

「ありえん」

答礼する草加が去る。何故か知らないが嶋田たちは期待していたのだ。
もう一度「平成日本」に会えるのだ、と。
そしてその為に色々な理由をつけ、色々と穏便に行動した、和解と受け入れのための努力をしてきた。
が、それもこの瞬間、終わった。

「結局、彼らの「みらい」と私たち夢幻会の「未来」は交わらない、という事だな」

873 :ルルブ:2015/02/05(木) 08:08:11
1945年10月2日 未明

情報部特別作業班、陸軍近衛師団第二連隊、海軍陸戦隊横須賀鎮守府、武装警察部隊新選組ら所属がバラバラの人間が軍用列車で横須賀基地に到着した。
物々しい警備体制。
対テロ戦争を名目に夜間外出禁止令が出ている。
闇夜の英国貴族所有に乗船するひとりの男。
誰にもバレないように寝室のカーテンをほんの少しだけあけて。
電気は一切付けずに。裸眼で。

「動いたか、日本」

007はそうとだけ呟いた。
彼の思ったとおりだ、あのドッグのある街には軍艦がある。
大英帝国が望むもの、それはあれだな。
彼は望遠レンズを内蔵したカメラを用意する。
決して悟られないように、しかし、確実に。

「さて鬼が出るのか蛇が出るのか、見ものと言うやつか」

007はQが生み出した英国史上最高の望遠仕様の小型双眼鏡とそのカメラにある瞬間を収める事に成功する。
それは「みらい」から出てきた完全装備の海上自衛官の姿。
彼らと交渉している大日本帝国の役人の姿。
惑星観測用望遠鏡のレンズで撮されたおぼろげな映像を写真に収める。
すぐに特徴をQがスケッチブックに書き起こす。
武器とヘルメット、それにボデイアーマー。どれも大日本帝国軍が採用しているが形状が違うのがわかる。

「007、あれは従来の自動小銃に似ているが、細部が違うな。これが彼らが隠したい新兵器かい?」

「さて、どうかな? この木造ヨットも横須賀基地の海上レーダーに反応している筈だから時間はない。
このまま風に乗って横浜港に向かうぞ。さて、それではまずは1枚」

カシャン。
カシャン。
三枚ほどフィルムに焼き付けれる。
だが、これだけでは決定的な証拠にはならない。

「もうしばらく様子見だ、今は」

007はそう言うと寝巻きのままいつでも水中に捨てられる様に改造した特殊金庫にカメラを戻して夢の中に戻る。
方や現地では。

「新城少佐。全員の配置、完了しました」

猪口曹長と、ひと月前のシンガポール洋上においてみらい偵察という任務担当した少尉。
みらいに接触した為に、の情報封じ込めを理由に新城の特別副官にされたかわいそうな藤堂守少尉。

「あの、少佐。自分はパイロットで陸戦の経験はありませんが・・・・いいのですか?」

新城は無言。
誰も何も言わない。
と、別の男が来た。
たしか碇玄道部長だ。

「君は表向きは案内役、それだけだ。
ゲートに入るまで情報部、警察、陸軍を案内する理由を外に説明する為だけにいる。
私の今言ったこと以外は考えないことだ。何が発生しても黙っていろ」

彼らの視線の先には訓練と面接、そいて内偵を全てパスした屈強な男たちが完全武装で整列している。
巡回予定の海上自衛官が慌ててみらい艦内に戻ったがもう遅い。

「首相官邸からの伝令は?」

藤堂はその言葉に首を横に振り答えた。

「定刻過ぎ、誰も来ませんでした。電報も電話もありません」

そうか。
頷く碇と新城。

「これより作戦を開始する。
作戦名はメ二号作戦。最重要制圧目標は私が案内する。
彼らから引き渡される兵器8発は一応信管、燃料、火薬を抜いてあるという事だが最大限の注意を支払い手に入れること。
この作戦での失敗は許さん。また、疑問もあるだろうから先に言う」

新城は陸軍近衛師団にのみ与えられている軍刀をこれみよがしに地面にぶつける。
軍刀の鞘は鉄製に金の拵え。
それが鳴り響く。
魔王の如き顔をする新城直衛の影を色とりどりに着飾った。

874 :ルルブ:2015/02/05(木) 08:09:07
「ここに停泊中の軍艦は我が国所属の軍艦ではない。
信じる信じないは好きにすればいいが、異世界の日本国という80年先の未来から来訪した日本国海上自衛隊という組織の軍艦である。
そう、異世界であり未来の世界の戦闘艦なのだ。
つまり、我々は眼前に玉手箱でありパンドラの箱を見ている。
それを開ける。
我らはたった今、他国の軍艦を武力で制圧する。これは戦争であり、軍事作戦である!!」

新城はそこで軍刀を持ち上げた。

「わかったかね、諸君。この軍艦には政府が血を流してでも入手したい80年先の技術があるという事だ。
我々の任務は、を可能な限り穏便な手段で無傷に近い状態で手に入れること。
彼らが抵抗する場合は発砲、射殺も許可する 。
ついでに言っておくが、君らはここに来る前に本任務専用軍服に着替えてもらった。
帰りはそれを着替えた場所で焼く。ガソリンをぶちまけて盛大に。
用意してある鉄ケースに回収物は全て入れた上で溶接せよ。
拒否する者、何かを持ち出そうとした者はその場で射殺する。これは決定事項である。
また、各班長は知っているが全員所属する組織が違った上で混ぜて配備したのは情報漏れを防ぎ、組織の為に抜け駆けする馬鹿を減らすためだ。
言っている意味が分からぬ馬鹿はいないと思うが、仮にバカをした場合は容赦なく僕はそのバカを殺す。
そしてくだらんバカの家族全員と交友関係がある者全員が売国奴扱いされるだろう。
その後にどんな結末が待ち受けるかわ分からんど阿呆は今ここで手を上げろ。
今なら許してやる。辞退する勇気ある誰かはいるか?」

そして刀を目線の高さまで持ち上げた。

「諸君、改めて聴くぞ、返事は?」

「「「「「了解しました、少佐殿!!!!」」」」

一斉に敬礼する。

「では諸君、作戦開始だ」

碇が静かに命令を下した。
時刻は1945年10月2日4時15分。

「総員、作戦開始!」

抜刀する新城直衛。
抜刀した銀の刃は朝日を反射する。
1945年10月2日未明。
まだ夜明けには程遠い時間帯。
この時間に「大日本帝国」は遂にその「軍靴」で「みらい」へと踏み込まんとする。

「第二小隊、第三小隊は前甲板へ前進!!」

「第四から第八までは後部甲板を抑えろ!!」

「第九、第十、第十一は左舷甲板を監視。第十二から第十五までは右舷甲板を監視、狙撃手配置につきます」

「こちら第一大隊、配備完了」

「第二大隊より司令部へ、ただいま全道路封鎖完了」

「第三大隊より第三大隊所属の各部隊へ、全道路ならび外出者を一時拘禁せよ、以上」

「第四大隊より新城少佐へ。こちらの部隊は第13号ドッグ出入口を再度封鎖。正面ゲート以外を隔離しました」

「周辺守備の二個連隊は小隊ごとに散開。通路を確保しております」

「明かりのある民家、ホテルの部屋には新選組が令状を持って突入。順次制圧中」

「正面に第51大隊集結完了。少佐、満州平野での如く我らに命令を!!」

「東京=横須賀幹線道路、県道、市道、国道、高速道路、各路線を封鎖。
各駅閉鎖、新選組より閉鎖完了。随行車両部隊ならび囮部隊準備完了とのことです」

「横浜港、東京湾、船舶の入港受け入れに問題なし。横須賀出航予定の便にも影響なし」

「航空隊より連絡、本土上空に機影なし」

「索敵班、レーダー員より連絡、周囲に不審な反応なし、以上」

「隔離したみらいの半数は睡眠薬にて行動不能。
みらい艦内も同様と判断します」

報告は順調。
そう、新城直衛は自ら抜刀して言った。

『全軍、突撃!!』



 第十五話 第二部 完 

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最終更新:2023年04月04日 01:19