89 :ルルブ:2015/02/06(金) 21:38:36
「第十六話 幻想崩壊」



1945年10月22日 大日本帝国 帝都 東京 首相官邸

定例記者会見。
史実大日本帝国が虚構の果てに滅び去ったことを夢幻会は忘れなかった。
情報を軽視し、情報に振り回され、情報によって止めを刺された第二次世界大戦への道。
この憂鬱世界も同じ。錯綜する情報が真実になり、国家の総意として後押しを受けて大戦争と大災害を世界中に引き起こし、その影響は今も続いている。
が、情報とは取り扱う者が適正に取り扱うことで逆の結果を生み出す。
特に日露戦争の故事がこの世界でも後押しする。
当時の明治政府は圧倒的優勢とは到底言い難い戦況そのものを、ある程度素直に公表した。各界の反対勢力を押し切って。
結果、東洋の弱小島国日本と世界一の軍事大国ロシア帝国の戦争は、なんと圧倒的に劣るはずの日本側の善戦で終わる。
欧米の誰もがロシア帝国帝都サンクトペテルブルグを制圧し、クレムリン宮殿に日章旗を掲げ、日本人がロマノフ王朝らの人間を捕縛できるとは考えなかった日露戦争。
しかし、逆にロシア帝国軍が東洋の生意気な島国の猿どもの軍隊を粉砕し、時の明治政府の閣僚の何人かを見せしめに処刑する可能性は大きく論じられていた。
この圧倒的劣勢を覆してた裏にはたしかに夢幻会の存在がある。
しかし、夢幻会の戦略を受け入れ、国民への真実、結果を流す事で国家全体から「義憤」を駆り立てるという高度な情報操作を行っていた明治政府の功績も大きい。
ながながと何を言いたいのかというと、平成でもそうだが日本政府は情報操作は下手だと言われていた。
が、逆にどんな残虐な事件やテロ事件でさえ対岸の火事にして、時の政権は平和な日常を保障していると国民に思わす技術。
それは決して派手ではない。露骨でもない。
しかし、かなり優秀な情報操作の一環ではないかと、私は思う。

「それでは質問をお受けします」

担当者の笹嶋軍令部艦政本部本部長が聞く。
陸軍への質問は終わり、海軍への質問の番だ。
これが終われば今日の仕事は終わり、明日は数週間ぶりの休暇になる。
まあ、まだ「あれ」が残っているから横須賀のホテルで休暇だ。
東北の実家からは一度里帰りして欲しいとは言われているが。

「どうぞ」

何人目かの質問のあと、ある人物が聞く。

「海軍では新造の軍艦を複数同時に建艦中と聞きましたが、事実ですか?」

意図的に夢幻会らが流した情報。
木の葉を隠すなら森の中。
本を隠すなら本棚という。

「事実です」

間が置かれる。
そして。

「差し支えなければ英独ソに発表できるもので構いませんから教えてもらえませんか?」

そう言う彼に笹嶋大佐は答えた。

「超弩級戦艦と我々が呼んでいる戦艦が2隻以上、大鳳型3番艦、4番艦が呉、横須賀のドッグで建造されております。
特に大鳳級は疾風の常用配備を、新型戦艦Y型は一撃で伊吹型、長門型戦艦を轟沈できる火力をもたしてあります。
それとは別に多目的情報収集指揮専門艦M-1号という船も建造中ですが、それ以上のことは軍機につき申し上げられません」

90 :ルルブ:2015/02/06(金) 21:41:45
超弩級戦艦が2隻。
大鳳型航空母艦が新たに2隻。
それも40cm砲対応の重防御戦艦である、あの「伊吹」「鞍馬」を一撃で沈めれる火力の戦艦。
海軍省の軍人が初めて公表した事実は新聞の一面を飾るだろう。
あとで付け加えるように言われた「M-1」号という軍艦の名前などはあまり論じられない。

「帝国海軍省からの公式見解であります。
戦争は必要悪であるが、我が海軍は国民を守るために全力を尽くす。
いかなる時も、海に面する土地である限り、我々大日本帝国海軍は国家と国民、そして陛下への義務を果たす。
日本海海戦やハワイ沖海戦のように。その為の海軍拡大政策である。
が、これは英独ソに対する軍拡競争をしかけるものではない。
あくまでアメリカ合衆国亡き後の混沌とする世界情勢に秩序をもたらし、平和の為の軍備、その最低限の艦隊配備である、という事を強調します。
メディアの一員として世界に正しい情報を送る義務を持つ皆様はこの点を必ずお伝えください。
既に政府首脳部と議会の許可はあります。
これは決して海軍の独断独走ではないです。
日本全体の決定として我が国は海軍拡張と行っています。それも平和を目的として」

まあ、それで納得する英独ソではない。
それはこの場の誰もが思うだろう。特に英国代表として来ているジェームズ・ボンド中佐のグループは。

(ドイツとイギリスは厄介だな。
あの手この手で妨害してくるし情報を集めようとする。
それを有効に活用するには時間がかるだろうが)

そこでずっと海軍席に座っていた中佐は思う。
が、あの「みらい」に関する十分なカムフラージュになる。
世界最大最強の艦隊を保有する国家の面子をかけた新造艦隊。

(まさか、この国でも極秘中の極秘である戦艦大和、武蔵を囮に使うとは思ってないだろう
大英帝国もドイツ第三帝国もそこまで想像力豊かではない、と思いたいが)

さて、それでは。

「なお、誰がその艤装責任者か、また詳細な建造計画は防諜の理由からお答えできません。
それでは他の質問もあるでしょうが、ここで定例報告会を終了します」

お疲れ様でした。
その言葉に一斉に記者たちが号外を出すために去る。

『帝国に新たなる鋼鉄の城!!』

『超弩級戦艦、大型空母合計6隻体制へ移行を正式に発表』

『史上最強最大の戦艦の建造計画、政府が承認せり。独英海軍を牽制か』

『躍進する帝国、新造艦隊で独英ソを圧迫!!』

『大鳳型空母4隻体制。従来の空母部隊と合計して帝国海軍機動艦隊の所有正規空母の総数20隻以上!』

という見出しが新聞各社に乗った。
その中で数社だけこのような小さな記事が載ったのだが、大部分の世界中の人間はそれを忘れた。

『戦艦、空母とともに実験艦を建造開始。詳細不明なれど期待する新兵器なり』

という記事は殆ど読まれなかった。
少なくとも世界は、大日本帝国自身が機密と言い切った新型の超弩級戦艦2隻と大鳳型の追加建造に意識が行く。
読み通りだな。
新聞を読み終えた草加拓海は先日の会見をそう結論づけた。
まあ、不安定要素がないわけではない。

「みらいは我らの手に入った。しかし」

そう、彼らは、いいや、彼は諦めが悪い。
多くの日本人のように諦めに美徳を感じることはない。
それは羨ましい。
そして妬ましい。
まして愚かしい。

「どう動くのか。まだまだ我々の舞台は終曲を迎えたとは思えん」

草加は人知れず首相官邸の与えれた自室で笑った。

91 :ルルブ:2015/02/06(金) 21:42:37
1945年10月2日 みらい

一斉に乗り込んでくる大日本帝国軍。
彼らは暗視ゴーグルを使わず(敵が80年先の軍隊なら逆に味方部隊の危険度が増すと草加が助言した)にドッグ内部の全人工照明を点灯。
昼間のような明るさで「みらい」を照らし出す。
それを合図に全方角から突入部隊が一斉に進撃する。

「作戦は順調。メ2号作戦は開始です」

「敵の抵抗微弱」

「現在、ドッグ周辺の隔離は成功」

指揮所が置かれている特別車両。
そこに碇玄道が入ってくる。護衛の新選組数名を引き連れて。
内部にはいくつものモニター画面が設置され、各小隊長ごとの映像が映し出されている。
今のところは順調だった。
急いで艦内に戻ろうとした3名は捕縛。
外部のホテルで帝国の経費を使い、どんちゃん騒ぎさせてアルコールと睡眠薬で完全に眠らせた連中は既に手錠をかけた上で大広間に纏めて軟禁状態。
恐ろしかったのは電話か電信で外部と連絡を取られる事だったが、今のところそれもない。
電話線遮断もいつでも行える。

「・・・・・・・順調、だな」

今なおひっきりなしに入る連絡。
碇は各部隊の連絡をきいてほくそ笑む。
そう、順調なのだ。
彼らの敵は壊滅状態。
少なくとも外部への連絡は物理的にも電子的にも遮断した。

「あとは「みらい」内部での抵抗がどれほどになるのか、それだけか」

碇や草加にとって最悪なのは自爆される事だ。
これだけは絶対に避けたい。
否、避けなければならない。
既に自沈してもいい、という段階では無かった。
みらい艦内で現状把握できたのは、彼らが見せて良いと判断したもの。
流石に武器弾薬庫には近づけなかった。
だが、

「草加の言う通りなら、この軍艦には予め確実に自沈するための細工がある。
そして当然ながらそれを解除するのは突入前の我々には不可能。
ならばこそ、電撃戦で「みらい」全てを掌握するのだ。
ドッグ内部での爆発は人目をひきつけすぎる。
英国の動きが不穏な上に彼らの動向が不明、そして内通者が未だに沈黙している以上、これは一気にカタをつける必要がある」

そうだ、時間がないのは彼らではない。
突入する我々なのだ。
彼らが自爆してしまえばせっかくここまで準備し、隠蔽工作をしてきた努力が全て水泡となるだろう。
ドッグ内部のサーチライトが艦橋を照らす。甲板を照らす。
周囲からは続々と援護のための後続部隊を送り込む。
先に突入した部隊を少しでも援護する為に。

「新城直衛少佐の第51大隊第1中隊に連絡を繋げるようにしておけ。
現場での判断は彼が下すからな」

碇の命令に無言で反応する部下たち。
既に突入させた先遣隊の第1小隊と第2小隊は艦内奥深くに達しようとしていた。
その頃。

「いいから、貸せ!」

尾栗は自分を罵倒しつつ、医務室にあった覚せい剤を自分へ注射。
強制的に朦朧とする意識を覚醒させた。
だが、その使用量も危険値の数倍。
それだけ帝国の用意した酒に混入されていた睡眠薬と麻痺薬は強烈だった。

「肩を・・・・貸してくれ・・・・急いで上に行く」

「は、はい」

「周囲の警戒を・・・・・怠るな・・・・・」

そのまま艦橋へと向かう。
既に左舷甲板から100名以上の武装兵が乗船してきた。これは上陸戦じゃない、陸上戦闘だ。

「拳銃一丁であの橋頭堡を奪回する?
無理だ!! 相手は特殊部隊なんだぞ!!」

誰が言ったのか、いや、俺が無意識に言っているのか?
艦橋はまだ誰も来ていない。
俺たちのグループが最初のようだ。
いや、艦橋要員の当直が倒れている。
昏睡状態にあるという事と大きな対戦車ライフルの様な弾痕にガスの散布した形跡。

「睡眠ガス弾か麻酔ガス弾。こんなもんを用意していたとは。
これは独断で、じゃないな。草加が、何が同じ日本人だ!」

尾栗が思わず艦橋の羅針盤に拳を叩きつける。

(これで何か変われば・・・・そんなわけないよな。現実ってのはときにすごく残酷なんだよ)

92 :ルルブ:2015/02/06(金) 21:43:10
ふと、艦内放送が流れる。
なんだと皆が騒ぎ出す。
ここに敵はいない。
いや、そもそも敵とは誰だ?
俺たちをこんな風にしたのが敵なら。
本当の敵はいったい誰だったんだ?

(何も決断できなかった俺たち自身が「みらい」にとっての最大の敵だったんじゃないのか?)

なんとか回復する意識。
そして、混乱する艦内。

「誰だ?」

「知るか!」

「二尉?」

「どっからの放送だ?」

「後部甲板に敵兵上陸! 数は最低でも一個中隊以上!! 全員完全武装です」

「ま、おい、伏せろ!!!」

狙撃。
双眼鏡を構えていた誰かの頭蓋骨を貫通。
血しぶきが飛ぶ。
それを合図にドッグ内部の各地から何発もの狙撃銃が艦橋外縁に向けて発砲される。

「外に出たやつ全員艦内に戻れ!! 早く」

最後の奴がみらい艦内に戻ったのを確認。
急いで扉を閉めた。
直後、扉に何か金属がぶつかる音が数度した。
狙いが正確すぎる。相手は軍内部で選抜された最精鋭部隊。

「危なかった」

「おい、一体何が起きたんだよ!!」

「知らねぇよ!!」

「あいつ頭を撃たれたんだ、助けに・・・・」

「死んだ!! 武田は死んだ!!!」

「でも、もしかしたら」

「脳みそに銃弾ブチ込まれた人間が生きていられるか!! 
不死身の吸血鬼やバチカンの武装神父じゃないんだ!!!」

「じゃあどうする!?」

「考えてる!!」

「な、なぁ、あいつらいつ来たんだ?
俺、昨日の朝ドッグを見たときにはいなかったぞ?
あんな重武装の帝国軍なんて一人もいなかった!!!」

「艦長たちがいないのに・・・・・副長も!!」

「だだだだだ、誰が指揮を取る? 俺か?」

「ええい、くそ、前部甲板で発砲光を複数確認・・・・あん、俺だ・・・・通信が・・・・ば、ばか、諦めるな!!
今から助けに行く、だから・・・・おい、上田、上田二曹聞こえないのか!! おい!!」

と、通信室が陥落。
通信回路の一部が大日本帝国側に落ちる。

『こちら大日本帝国軍第51大隊第5小隊、抵抗した敵兵二名を排除、これより150mm単装砲内部へ侵入する』

『こちら、総司令部、了解』

『こちら後部甲板の第二仮設司令部より碇司令へ。
抵抗微弱、こちらの損害は重軽傷者3名のみ。重傷者も後送完了。
これよりハッチを切断、艦内へ突入する、以上』

93 :ルルブ:2015/02/06(金) 21:43:50
それを契機に艦内各地で嫌な音が、そう銃弾が飛び交う音と手榴弾程度の爆音がなる。
銃声の数は圧倒的に自動小銃ばかり。
すでに艦橋の窓から見える景色は敵兵ばかり。武装した黒ずくめの兵士が甲板を埋め尽くしている。
明らかに現場の独断じゃない。
外部との連絡も取れず、半分以上の人員が外に出て隔離され、しかも当直以外には酒を振舞っていた大日本帝国の補給班。
今ここにいるすべての人間がひとつの結論に到達する。
到達はしたくなかったが。

「これって・・・・まさか」

「計画通り、ってやつじゃないか?」

「だったら・・・・だったら俺たちハメられたんじゃないのか・・・・最初から皆殺しにするつもりで横須賀に呼び込んだんだ!!」

その米倉の言葉に皆が沈黙する。
とにかく、一応護身用にシグ拳銃を1マガジン分だけ持っている。
だが。
最低でも自動小銃で完全装備の熟練した歩兵部隊で数で圧倒され奇襲してきた敵の大部隊相手にそれだけで何ができる?

(みらいが奪われる・・・・こんな時に洋介も雅行も梅津艦長もいない。
あいつらな正しい判断をできたハズなのに・・・・なんで俺が!!)

尾栗は汗を垂らしながら思った。
使った覚せい剤の副作用で幻覚症状がでそうだ。
艦橋の艦長席の真下にある金庫を開ける。
怪訝な顔をする連中を無視して一つの大型無線機を持ち出す。

(そうだ、これを押せば・・・・・みらいを奪われることはない・・・・・だが、押したら艦長たちや外にいる仲間は確実に殺される)

そうだ、俺の指にみらいの乗組員全員の人生がかかっている。
自分の決断で、252名の命を終わらせる。強制的に。
その時だ。

「尾栗三佐!!」

後部甲板制圧がされたのか?
いいや、違うみたいだ。
モニターがつながり、通信がオンラインと表示されている。
画面に映像が出た。

「通信です!! 格納庫から!!」

それは最後の抵抗をする人々。
見知った仲間たちの絶望的な戦い。

『こちら佐竹、誰かそこにいるな?
報告をくれないか!! 一体何がどうなっているんだ!!
こっちに向けて重火器で武装した一個小隊が突っ込んできて・・・・くそったれ、撃たれた!!』

反撃の拳銃弾。
黙らせるべく撃ち込まれる多数の小銃の火砲ら。

『敵の数はわからんのか?』

『残弾なし!!』

『弾がない、弾がない!!』

『阿藤、弾持ってこい、阿藤!!』

『り、了解』

『一尉、海鳥のガトリングを使います・・・・操縦席までいけばあいつらなんか敵じゃない!』

なんだ、何をする気だ?
たしかに海鳥とシーホークの燃料は入ったままだが。
まさか、20mmバルカン砲を使う気か?
敵がそれを許すとでも?
いや、小隊という事は銃口は最低でも30前後。
これが一斉に向けられるぞ!?
ざわめきがみらい艦橋につながる。
慌てて尾栗は佐竹に電話を繋いだ。

「俺だ、尾栗三佐だ!! やめろ!!! 投降しろ!!! それを使ったら後には戻れんぞ!!!」

そうだ、ガトリングを使えば最後だ。
連中は重砲や横須賀基地守備の要塞砲の砲撃もしてくるだろう。
そうなれば停戦交渉どころじゃない。投降云々の話ではなくなる。
なんとしてもこれ以上の被害を抑えないと。
だが、現場は修羅場になっている。

「尾栗三佐、あんた何を言っている!?
あんたは一体に何がしたいんだ!?
何が言いたいんだ!?
現に飛行科の中村が死んで、大神も重傷で死にかけてる!!
相手は俺たちを殺す気だ!」

発砲したのは恐怖に駆られた森。
その反撃で仲間が死んだ。即死だった。
怒りにかられた飛行科と巡回中の富岡二等兵は89式自動小銃で反撃。
これをヘリ内蔵の軽機関銃による徹底抗戦と第20小隊は誤断する。

「黙って死ねるか!!
お前たち上がさっさと決断しなかったからこうなったんだろうが!!!」

94 :ルルブ:2015/02/06(金) 21:48:39
一方で、圧倒的優勢を確保したものの、格納庫で敵が自動小銃で反撃した。
その報告を受けた新城は、即断即決する。

「軽機関銃もしくは自動小銃で反撃か、まあ予想通りだな。
全突入部隊に再度命令を徹底。
火炎放射器を除く全兵装使用自由と反抗する素振りを見せた者を全員射殺せよ」

血で血を争う戦いは一気に佳境を迎えていく。
そうだ、圧倒的優勢だからと過信してはいけない。
敵は軍艦なのだ。
どこにどんな兵器があるのかわからない。

「し、新城少佐」

藤堂守少尉は震える足をなんとか意志の力で抑えて目で言う。
これからどうしますか?
と。
新城は藤堂にきっぱりと答えた。

「何も変わらん。
藤堂少尉、僕らの戦争へようこそ。
これは君たち空で戦う男たちの戦いではない。
しかし、人類が古来より続けている最も古い伝統ある儀式だ。
これが戦争だ。これこそが戦争なのだ」

「そんな・・・・ことは・・・・・」

違う。
これでは虐殺ではないか?
圧倒的多数でみらいを囲む。
しかも外部との連絡を立つ。
止めに艦内部の情報を事前に入手し、燃料を抜き、陸に上げて一切の自由を奪う。
おまけに乗組員の3分の2を何らかの形で分断、戦闘不能に追い込み残りを何倍もの数で押し殺す。

「一切の慈悲もなく、一切の容赦もない。そして宣戦布告も事前の降伏勧告もない。
少佐、これが戦争なんですか!?」

泣きそうだった。
彼にそんな自覚はないだろう。
だが、義理の兄になるであろう人物も決して表情は明るくない。
圧倒的な優勢なのに、だ。
そして唯一この場で楽しそうなのは目の前の少佐のみ。

「降伏勧告を!!」

そう、少なくとも日米戦争は正々堂々とアメリカ海軍機動艦隊へ攻撃した。
互いに全力を尽くした。
敵を見つけ、勝つために訓練し、そして戦術を駆使して戦い、最後は彼らも伝統と名誉ある死を遂げたのに。

「これではこの軍艦にいる反乱分子があまりにも可哀想ではありませんか!!
少佐、今からでも降伏勧」

殴られた。
思いっきり、軍刀の柄で顔を。
ドンと扉にぶつかる。
周囲がこちらを見るが、すぐに新城に睨まれ作戦に戻る。
流石は新城直衛とともに第二次世界大戦を戦い抜いた第51大隊。
通称、剣虎大隊、だった。

「藤堂少尉、君は馬鹿かね?」

そう言った新城は無表情。
しかし、彼は思い出した。
今殴った青年になったばかりの男は空で戦った。
日米戦争も最後のハワイ沖海戦にしか参加してない。
大陸でゲリラ相手に悪逆非道、悪鬼羅刹の如き存在だった自分とは違う軍歴を歩んでいる。
そうだ、僕は。

「ああ、そうだな。これは草加中佐にも感じたのだが。
僕は君が羨ましいな、藤堂少尉」

え?
皮肉ではない、本心からそう思う。
そう彼は述べて、言葉を紡ぐ。

「君にとっての先の戦争は単純明快だったのだ。
弱い祖国に守るべき家族たち。
敵は強力で、長年雌雄を決するために腕を磨きあった宿敵。
そんな彼らとの一大艦隊決戦。
空なら人の死を身近に感じることもない、な」

95 :ルルブ:2015/02/06(金) 21:49:14
藤堂守は気がついた。
自分はとんでもない誤解をしていたのではないか、と。
彼は、新城少佐は決して非道なのではない。
残虐なのではない。
むしろ、むしろ。

「新城少佐・・・・その・・・・少佐?」

新城直衛は自分が予想する以上に慈悲深いのかもしれない。
だからかな、彼は歩きながら続けた。

「制圧作戦を続行。部隊の犠牲を最小限に抑えろ、無理はするな。
負傷者は即座に前線から下げ交代。後方で治療しろ。
敵? 余裕があれば治療だ。延命は無理と判断したら安楽死させたまえ。
それくらいしか敵である僕らにはできん」

新城の命令に各地から力強い反応が返る。
そうだ、彼は指揮官だ。
僕のような青二才にいちいち意識を割いていてはいけないのだ。。
僕のような青二才を死なせないように最大限の努力をしなければならない。
なのに、彼は戦場で黄金より貴重な時間を浪費してしまった。
バカの、後ろから味方に銃殺されても問題ない理想主義者の戯言のために。

「畜生、大日本帝国海軍のエースと持て囃された男の本性がこんなんだとは」

サーシャ、君が僕のこの醜態を見たら軽蔑するか?
それともいつもの様に優しく肌のぬくもりを与えてくれるのだろうか?

「サーシャ」

思わずつぶやくが新城は無視する。

「僕の第51大隊、いいや、剣虎大隊の第1中隊は僕に続け、艦橋へと向かう。
工兵隊、防水扉を爆破しろ。それくらいは許す。
それと、回転翼機類なら多少の銃撃では重要区間は壊れん。
乗り込む素振りを見せた奴は最優先で射殺だ、第4小隊、格納庫へ突入せよ。以上」

さて、と。
第51大隊には藤堂の義理の兄がいる。
彼も愛用の二式小銃を構える。

「コンドラチェンコ少尉、藤堂少尉、いくぞ」

ああ言い忘れた。
新城は振り返らずに言う。
既に先遣部隊がみらい艦橋の手前で待機している。

「藤堂少尉、これが戦争だ。
忘れるな、これが戦争に飲まれた狂人だ。
戦争以外ではクソの役にもたたんクズだ。
こうはなるな。僕はこうなってしまった」

しかし、新城はあえて言葉を区切って続ける。
力弱い言葉で。
震える歯をガチガチと言わせて。

「だが、君らはこうなるな。決して僕にはなるな」

無線は切っている。
本来なら指揮官としてはあるまじき行動。
だが、新城はあえて無視した。
二人の少尉に彼らしい彼の授業をする為に。

「これは人生の先輩からの忠告だ。
今の僕と僕が生み出している何か、これを覚えていろ。
自分の女の味を戦場で思い出すほど強い意志を持つなら、特にな。
覚えておく自信がないならば、これは上官からの至上命令だと受け取れ。
命令だ、君らは僕になるな」

それ以外、新城は彼らに私的な事を述べない。
ただ、背中が述べている。
自分の狂ってしまった人生と狂った男の最後がどうなるのか、を。

「さあ、諸君。ほう、なるほど、反撃か?
徹底抗戦か? そいつは素敵だ。そいつは楽しくなってきた。
全突入部隊に厳命、見敵必殺(サーチアンドデスロイ)、見敵必殺(サーチアンドデスロイ)だ!!
僕は命令を下したぞ!!
これは変わらん!!
帝国を舐めるな自衛隊!!
我らは前へ進む、何があっても、何であっても、誰が相手でも。
全兵に伝達!!
我らの前に立ちふさがるすべての障害は押しつぶし、粉砕しろ!!」

「「「「「了解!!!」」」」

狂気の宴が今上がる。

96 :ルルブ:2015/02/06(金) 21:51:16
『森!! やめろぉぉぉ!!!」』

佐竹の叫び声とその直後に発砲音が複数。
そして。
近寄った森に複数の銃弾が彼をボロ雑巾にしてしまった。
血と糞尿がつまった最早人間ではない存在へ。

「貴様らぁぁぁ!!!」

銃声。
銃声。
そして、爆発音。

『佐竹一尉!!』

『衛生兵!! 衛生兵は!?』

『ま、まて!! 行くなぁ』

くそ、銃弾が無い!!
89式を貸せ! 俺が行く!!
全員大田を援護しろ。
任せろ、森の仇だ!
な、なぁ降伏しよう・・・・なぁ!!
今さらだ!
それでもみらいの乗員か!?
仲間を見捨てて!?
既にあいつは死んだんだ・・・・もう嫌だァ!!
あ、反対側から敵が!!
ちく・・・・
逃げ、
待って、俺は・・・・

複数の銃声の一斉射撃の音。
奇妙な行進曲。
10秒程度続いて、そして。
銃声は止んだ。

『こちら艦橋の尾栗だ、誰か聞こえるか?
聞こえないのか?
応答しろ!! 佐竹一尉、誰か、誰でもいいから反応しろ!!』

返信はない。
返事がない。
誰も返事をしない。
銃声もない。
だが、聞き取りにくいが、近くで誰かが誰かに向かってなにかを通信をしているのがわかる。

『新城少佐、碇司令。こちら第3小隊ならび第4小隊、後部甲板ならび格納庫内部の敵兵を全て排除。制圧完了しました。
なお、回転翼機の主要部は2機とも無傷。外部装甲以外に弾痕なし。
これより防衛陣地作成に入る。
追加連絡、工兵第1小隊、第2小隊ならび歩兵部隊の第22小隊、第23小隊と合流完了、以上』

通信が切れた。
誰もが唖然となる。
あの通信からわずか2分程度。
格納庫も制圧された。
少なくとも佐竹らは無力化された。
戦死したとは言いたくない。

(もしかしたら「日の丸」掲げて「日の丸」相手に戦って、「殉職」したのかもしれない。
いいや、或いは「事故死」扱いになるのか?
だったら俺たちは何の為にここに来た?
何故この世界に飛ばされてきた?
誰も望んでないのに。
何故だ?
何故こうなった?
誰が悪い?
誰が最後の引き金を引いたんだ?)

指揮を取れ。
お前はこのみらいに残った唯一の佐官であり最上級指揮官なのだ。
動け、俺の体!
それでも士官か?
これが洋介や雅行、梅津艦長からみらいを託された男の姿か?

「情けないぞ、このくそったれ!!」

なんとか立ち上がる。
そのあいだにも悲鳴が、死を奏でる歌声が響き渡る。
死の行進曲だった。

97 :ルルブ:2015/02/06(金) 21:52:00
『狙いは後部甲板じゃない、場所は格納庫だ』

『敵の狙いは海鳥? シーホーク? どっちだ?』

『こちら突入部隊総司令の碇玄道である。各員の健闘に敬意を評する。
作戦を継続せよ、以上』

外部マイクからの通信。
いやがらせか?

そして。爆発。

「・・・・・しろ」

「一箇所に・・・・めろ」

「立て・・・・・」

「銃を・・・・・こちらに」

目を開けた。
なんとか舵に捕まって立ち上がった。
目の前にはあのシンガポールまで話し合えた、分かり合えたと思った男が拳銃を向けてこちらを見ている。

「し、新城。新城直衛」

米倉の足の上に艦橋の扉が落ちていた。
完全に足が潰れていて出血している。
助かるかどうか怪しい。平成の医術でも無理かもしれない。
なんとかかすれた声でいう。

「おま、え、の、負け、だ」

その言葉に歩みを止める新城。
何故だ?
という心底不思議そうな顔をする新城に俺は、尾栗はなんとか手放さずにいた無線機を掲げる。

「これは・・・・み、ら、い、の自爆システムだ。
このみらいの弾薬庫にプラスチック爆弾がある。俺が暗号を押せば・・・・それで」

そこまでだった。
新城は尾栗の前で拳銃を下げた。
安全装置をかける前にマガジンを地面に落とし、そのまま銃身をスライドさせ弾丸を排出。

「ほう、そんなものがあったとは。
これは騙された。
では、それを渡してくれるかな?
そうすれば攻撃を中断しよう」

新城が近づいてくる。
あと数歩、という所で尾栗は言う。
叫ぶ。

「止まれ!!」

と。

「手を上げろ!! そして攻撃中止命令を出せ!!」

とも
新城は苦渋の表情で両手をあげ、次の瞬間。
左小指を一気に折り曲げた。
と、右袖に隠してあった二連装小型拳銃が右手に飛び出る。

「バカが」

嘲りとともに二発の弾丸が、右肩に、左足の太ももに直撃する。
すぐに新城のベルトにあった「駒城蓮乃」という名前が刻印された短刀を引き抜き、尾栗に突進、彼の右脇腹に突き刺す。

「藤堂!!」

その言葉が伝わる前に藤堂は動いた。
アンドレイも。
彼らはすぐに無線機を奪い取り、バッテリーを外した。
更にアンドレイが銃剣で貫通させる。

98 :ルルブ:2015/02/06(金) 21:53:08
「この銃は護身用にとユーリアという女性がくれた。
そして、この短刀はお守りとして蓮乃義姉さんがくれた。
君がさっさとボタンをおしていればこんな無様な事にはならなかったのだ」

藤堂守がその拳銃に視線を送ると、「我が愛しき存在へ」というキリル文字の刻印が読めた。
そして短刀にも「守護」というたった二文字の漢字が。

「・・・・・・・なにか言い残すことはないか?」

新城は知っていた。
彼の放った銃弾は動脈層を撃ち抜き、短刀は確実に内蔵たちを切り裂いた。
再生技術や万能細胞が実用化寸前の2025年とは違う、1945年の世界。
彼は助からない。

「みらい・・・を・・・・裏切った・・・・・な」

「それだけか?」

ああ、そうだ。

「主語が抜けている。それは僕に対してか?」

藤堂らが油断なく小銃を突き付ける。
それに対して尾栗は苦しそうだが、はっきりと口を動かす。

「違う・・・・・新城さん、あん、た、じゃ、ない。
俺は俺たちを裏切った・・・・・だから、それは・・・・俺自身に対して・・・・・だ」

尾栗はそう言うと立ち上がり、マイクを取った。
誰も止めない。
体中から力が抜ける。
血が湖を作る。
いつの間に藤堂や新城の軍靴をみらいの乗組員の血が染め上げていた。

「か、艦長代行の、お、尾く、りだ。尾栗艦長代行としてみらい乗組員全員に告ぐ」

そして。

「全員武器を捨てて投降せよ、くりかえす、全員武器を捨てて投降せよ。
これは命令だ・・・・・全員戦闘を中断せよ。大日本帝国に投降しろ」

それから数刻。
散発的な銃声もなくなり、みらいのCICを制圧していた第19小隊から伝令が来た。

「みらい残存戦力0。87名を捕縛。31名を射殺。以上です。抵抗なし、みらいを掌握しました」

よろしい。
ふと、外をみる。
気がついたら太平洋に朝日が出ていた。

「見えたのか、尾栗さん。
あの朝日は今、日本国の「みらい」という軍艦ではなく、大日本帝国の「未来」を照らし出したのだ」

新城はそう言うと失血死したが、それでも最後の最後で指揮官として正しい判断をした男に敬礼した。
艦橋にいるアンドレイも藤堂も、他の兵士らも新城に続く。
だが、それも数秒間だけ。
彼は艦橋とCICを掌握。生き残ったみらい乗員を強制下船させると回収班を乗船させる。
その中には碇玄道の姿もあった。

「おめでとう、新城中佐」

「中佐? 僕は少佐のはずですが?」

ふと笑った碇司令は珍しくサングラスを取り外して言った。

「君はこの作戦を成功に導いた。その口止め料も含めて功績を称える。
無論、この作戦参加者全員が一階級特進であり一時金もでる。
我々は義務を半分果たした、そして今、これで残りの義務を果たす」

彼らは部下たちを連れてひとつの部屋にきた。

「開けますよ?」

新城がそう言う。

「ああ、開けろ」

碇が促す。
新城がドアを開けた。
そこには禁断の実がある。
部屋の名前はとても単純。

『みらい資料室』

99 :ルルブ:2015/02/06(金) 21:54:48
だが、これこそ草加拓海が最優先で回収するように求め、夢幻会の総意で決定した場所。
周辺には「菊の御紋」と「昭和20年 第一級特別極秘資料」と言う打刻印。
加え、その下にも刻印がこう書いてある。

『天皇陛下のご裁可ならび同席なき場合の開封・観閲は一切不可』

『これに反するものは国家反逆の徒として3親等内の親族全てを含み一切の例外なく極刑に処す』

と。
それも日本語で大々的に。
戦闘用装甲車に使用される強固な鋼板で作られた箱を室内に入れる。

「さて、これで部屋には私と新城中佐、そして」

ひとりの海軍中佐が入室してきた。

「私、草加拓海だけだ、な」

三人は手分けして資料を入れる。
次々と。
それから数時間。
1945年10月2日、午後5時。
草加、碇、新城の三人は資料室にあった資料と各部隊が押収してきた書類を仕分けした。
その中でも最重要書類として鉄の棺に入れられたのは以下の資料。

『日本国の公式文章』

『明治維新から2025年8月15日までの歴史を記した編集された書籍資料』

『資料室に保管してあったすべての書類』

『航海日誌、個人的な書物媒体の日記、自衛隊の報告書』

大型の鉄の棺17つ分はその場で新城と草加自ら鉄のバンドで固定し、溶接。
ドッグ外に運び出す。
興味津々という顔していた者も、この、

『天皇陛下のご裁可ならび同席なき場合の開封・観閲は一切不可』

『これに反するものは国家反逆の徒として3親等内の親族全てを含み一切の例外なく極刑に処す』

という文言を見て例外なく息を飲み、早く仕事が終われ、俺は関係ないと心の中で自分に言い聞かせながら駐車場の「日章旗」を掲げた政府専用特別車両17台にそれぞれ載せる。

「準備は出来たか?」

外で後片付けとみらい乗組員らを数箇所のホテルへとバラバラに隔離する指揮をとっていた碇玄道が確認する。
頷く草加。

「連絡する」

政府専用車は新選組の先導と徹底した交通整理下にある高速道路を車列はある一箇所に向かい走り出す。
一方で分解回収された10発のミサイルは横須賀港から呉へ向けて。
海鳥とシーホークも総研の直轄である国家統合航空技術局へ送るため海路横浜港へ。
更にはそれぞれ持ち出しが可能だったデスクトップ型パソコンとノート型パソコン、USBメモリー、電子タブレット、ウォークマンや携帯電話、スマートフォン、デジタルカメラら電子機器、CD、DVD時計、電卓などの未来技術の塊をそれぞれ1ダースずつ鉄ケースに入れる。

「碇司令、軍用列車への積み込み完了しました」

「接収した兵器の信濃丸への積み込みも完了です」

そう無線連絡が入る。
最後に。

「指示された物体全ての水没処理、完了。これより溶接開始します」

選抜されなかった所謂21世紀の電子技術内蔵の製品は真っ先に海水を貯めていた大型貯水槽に水没させ、それごと第13号ドックの特別格納庫に隔離。

これらはシンガポールから2週間かけた航海で草加拓海がしっかりと概要をメモし、みらい制圧後に何人かの協力者を使って判別し、接収した。
もちろん、嘘を言おうとした者もいたが、彼らはそれを言えなかった。
一番先に嘘をついたものが問答無用で殴打された。
そう、「みらい」乗員は既に大日本帝国の「客人」ではなく、未知の国家の、大日本帝国国内に明治幕末時代の混沌期以来絶えてなかった「武器を持って抵抗した敵軍の軍人」だった。
全てが終わった後、格納庫も溶接され、みらいの発電に使える燃料は全て抜かれた。
武器庫も鍵をかけて、その鍵は叩き壊された。

「制圧作戦終了。これより我々は横須賀基地を離れる
首相からの別命があるまでは作戦は継続する、以上だ」

碇司令のこの地最後の命令。
横須賀基地は厳しいながらも従来の警備体制に戻った。
違いは、たった一つだけ。
しかし大きな違い。

「日本国海上自衛隊イージス護衛艦みらい」に一人も「日本国海上自衛隊自衛官」が一人も存在しなくなった事。

この日、みらいは本来の日本国海上自衛隊所属の乗組員が全員揃うことはなくなった。
永久に。

100 :ルルブ:2015/02/06(金) 21:58:33
1945年10月2日 19時00分 首相官邸 首相執務室。

部屋には堀情報局局長、辻大臣、近衛元首相、伏見宮元帥、杉山元帥、阿部大臣、そして嶋田総理がいた。
山本大臣らは定例の会議でいない。
全員が集まればそれだけ怪しまれるのだ。
だから本当の最後まで気が抜けない。

「総理」

電話が鳴っている。

「とろう」

嶋田が汗をかきながら取った。

「私だ」

『首相、草加拓海です』

『そうか、中佐は今何をしていた?』

『陛下との謁見が終わりました。あれも搬入しました』

『施錠は?』

『先ほど牧野侍従長と木戸宮内大臣、駒城貴族議院議長三名の下、完了』

『ではあれは?』

『はい、これであれは独英ソは無論、外国人は絶対に見ることはできません』

『作戦は成功した、という事か? では例の言葉を述べたまえ』

『・・・・・・・・』

『それを持って本作戦、メ2号作戦を終了とする、いいかね?』

『トラ・トラ・トラ、以上です』

そう言って電話を嶋田は切った。

「みなさん。
草加からたった今あの話を聞いた。
トラ・トラ・トラ、以上だ」

我奇襲ニ成功セリ。
転生者として集っている夢幻会の面々は思う。
戦艦一隻を除きすべての軍艦を損失する大敗、冥王星会戦の最初の通信、つまり宇宙戦艦ヤマトの「バカメ」から始まり、史実では歴史に名を残す一大奇襲作戦である真珠湾奇襲成功伝文の「トラ・トラ・トラ」で終わったこの作戦。
夢幻会の、いいや、草加拓海の「メ2号作戦」。

夢幻会と「みらい」にとっての長い一日が終わる。

しかし。
物語はまだ終わらない。

101 :ルルブ:2015/02/06(金) 22:00:19
1945年10月2日 早朝から昼過ぎにある船が航行していた。

「007、そろそろ横須賀基地から見つかる」

そう言われてヨットは海流に乗り、千葉港に向かう。
だが。

「さて、上手くいけよ?」

007は10匹の伝書鳩に青い布を巻いて空へと飛ばす。
その内の数羽は無事に帰れなかった。
猛禽類に襲われたり、迷子になったり、別の巣に帰ったり、日本軍や日本警察に拿捕された。
まあ単に青い布が巻いてあるだけで何の変哲も無かった。
しかし、2羽は東京のイギリス大使館に帰巣する。
帰巣した伝書鳩から青い布を受け取ったセシル・サー・ファントムハイブはセヴァスチャンに一言命令した。

「お前は今から外出する。
東京の銀座百貨店の公衆電話からラプラスに電話しろ、新宿歌舞伎町のこの住所に電話をしろ、と。
内容はこうだ、ミライ拿捕される、だ
他に余計なことは伝えるな、以上だ。さっさと仕事をしろ」

恭しく礼をするセヴァスチャン。

「イエス、マイ・ロード」

シエル・サー・ファントムハイブは知っている。
彼の最も利用している執事に失敗はありえない。
そして、角松洋介に一本の電話が繋がったのはこれから約2時間後。
発信源となる電話先を特定した日本の新選組は頭を抱えた。
場所は東京湾に停泊中である、ある客船内の固定電話。
その船は国外への電話通信で生計を立てていた。
イギリス領香港総督府で改装を受けている。このため時間を食った。
乗組員名簿はあるが、乗組員も船長も食い詰めの中国人らしく金さえ積めば誰でも好きな時に好きなだけ電話させる。
その時間には35名の外国人が電話していた。
しかも半分は金髪白人でドイツ系。日本人も多用していたし、名簿にない人物もいただろう。
早い部隊の到着も1時間はかかった。その間に関東圏へと散った人数は数千人。
当然だ、東京湾の最も人通りの多い場所で極秘作戦ゆえに部隊を横須賀、横浜方面に動かしすぎていた。
ちなみに船の国籍は中華民国重慶政府という。
いくらなんでも相手が悪すぎる。
相手をすぐには探ろうにも無理がある。
内容もこの程度。

『私、ドイツ人のアンネローゼ・フォン・グリューネワルトと言います』

『ヘル・角松ですね?』

『そうです、そのまま無言でお聞きください』

『信じる信じないは自由です』

『では言います』

『ええ。ご伝言があります』

『横須賀のミライがなくなりました、以上です』

『嘘と思うか真実と信じるかはお任せします』

『それでは、ごきげんよう』

『良い日を』

『さようなら』

102 :ルルブ:2015/02/06(金) 22:05:19
草加拓海は「日本国海上自衛隊イージス護衛艦みらい」発見の一報から危惧していた。
それは情報の拡散。
この世界では個人レベルのパソコンなどで拝見する電子書類は見る手段が物理的にない。
が、書物なら見れる。誰でも、簡単に。
ならばどこかに隔離する必要がある。
しかし、そこで問題になるのは場所。
絶対に見ることができない、戦争になっても辞さないという覚悟を全日本人が持つような場所であり、尚且つ見るには何百もの許可を必要とする場所。
夢幻会の誰もが悩んだ。
それは嶋田や辻も例外ではなかった。
が、草加にはひとつの提案が最初からあった。というか、ここしかないと彼は確信していた。

それは、大日本帝国が最後まで、そう、史実でも落日を迎えた帝国が最期の最期まで守り通した場所。
誰もが陥落させる事はできなかった、平成の御代でもできない難攻不落の要塞。

『皇居』

しかも1000年以上の歴史を誇る皇室の家宝や国宝を保管し、原爆の研究が開始されてから極秘裡に建設された地下5階の対核兵器シェルター。
存在は裏の情報網で知れても、入室や使用だけは絶対に不可能。
例え嶋田繁太郎といえども、この場所を私物化すれば下手をしなくても家族もろとも粛清される。

『皇居 皇室専用 対核兵器用地下防空壕 特別保管室』

そこに17つの溶接された鉄の棺桶は保管された。
皇室の一族の手のみで。
彼らが出てきたとき、幾重にも確認され、陛下自ら立ち会った。
誰もなにも持ってないこととすべての鉄のケースが溶接された状態で保管され、施錠された事を。
絶対に外国人が侵入できず、日本人でさえ絶対に無許可では入れない、「竹の簾」の最深部。
仮に侵入すればどんな言い訳しても最低は国交断絶、最悪は中華民国やアメリカ合衆国、メキシコ合衆国の二の舞は覚悟しなければならない場所だった。

『バカメ』

から始まり、

『トラ・トラ・トラ』

で、終わった、

『メ2号作戦』

彼が親族、新城直衛や笹嶋、軍上層部、ロマノフ王朝の遺産たち、各地の名家、華族、軍属、軍人、財界、警察、夢幻会上層部に大日本帝国政府と宮中。
それら全てを動かしていたのはこの瞬間、「みらい」の持つ「未来の歴史」を過去から続く最も「伝統ある神聖不可侵な場所」へと永遠に封印するため。
仮にこれが敗れるとき、それは

『大日本帝国と日本民族の滅亡』

だろう。
少なくとも夢幻会と草加拓海、彼に協力した全ての人間はそう判断している。

草加拓海の強硬手段にして最大の物理的な情報遮断作戦はこうして終わった。

「第十六話 完」

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最終更新:2022年11月27日 10:22