502 :ルルブ:2015/02/11(水) 10:53:08
第十九話 「 祖国 」



1945年10月25日 大日本帝国 帝都 東京 東京湾

「あれだな」

菊池少佐は呟く。
大日本帝国政府はその威信をかけて捜索網を狭めた。
米内退役海軍大将を任意の事情聴取を行い、朝鮮半島にいる石原莞爾中将を査問会に呼び出した。
結果、「平安丸」という船舶が容疑者候補になり、角松洋介らの姿を冴羽?の裏社会ネットワークが確認する。

「よろしい、作戦を決行する」

「制圧部隊を出動させろ」

碇玄道が命令を下したのは10月24日の朝8時。
それから36時間以上。大日本帝国の警察と軍は目の前に停泊する大韓帝国所属の輸送艦「平安丸」を完全に包囲下においている。
海軍陸戦隊3個中隊360名と武装警察「新選組」が3個中隊360名、それに新城直衛中佐指揮下の「剣虎」大隊の第1中隊120名。
完全武装の840名の兵士が港を包囲する。周囲には制服組の警官がいる。
そして、菊池も。

「マイクを貸してください」

ただ、現場にいるのは草加拓海中佐、新城直衛中佐、冴羽?に野上冴子警部補らであって、事務方や、とっくの昔にやる気のない碇玄道などはいなかった。
誰もが知らない、そう草加拓海と夢幻会以外は詳細を知らない事象。
1945年8月15日のインド洋沖で発生した超常現象と「みらい」漂流が、まもなくひとつの結末を迎えようとしている。

「銃は?」

新城の言葉に菊池は首を横に振る。
拷問で受けた傷跡が生々しい。
だが、足どりだけはしっかりとしていた。
それが、今の彼の立ち位置なのだ。
彼が着用しているのは海上自衛官ではなく、大日本帝国海軍の制服、いいや、軍服。
あの時、梅津三郎が最期まで拒んだものを着ること。
これが銀貨30枚で同志を売った「みらい」のユダである菊池雅行という男の覚悟。

「行きます」

集音マイクと盗聴のためのマイクをつけて。
と、平安丸の甲板にスーツ姿の男がパナマ帽とネクタイをした状態でこっちを見ている。

(洋介か・・・・お前はどこまで知っていて、どこまでがお前の意思だったんだ?)

あの防衛大学から一緒だった三人。
が、一人は殉職し、一人はテロリスト容疑で指名手配、もう一人は海上自衛官ではなく帝国海軍の軍服姿。
あの三人の誰もが既に生きて海上自衛官の服を着てないのが何故か可笑しかった。
それとももう「未来」に「戻る」事はできないという事を「現在」が自分たちに突きつけているという皮肉なのだろうか?

「聞こえるか、菊池」

ああ。
頷くの見た。
そしてまだ帝国に拘束されてない自衛官、或いは自衛官だと思い込んでいる数名とともに船を降りる。
既に港は海軍の駆逐艦2隻が完全に封鎖しており、海上からの脱出も不可能だろう。

「どこにいく?」

「・・・・・こっちだ」

古びた倉庫の一角に案内される。
互いに言いたい事がある。
どうしても聞きたい事がある。
だから、角松洋介は盗聴の危険や他の乗組員への危害が加えられる可能性を無視し、あえて電話で菊池雅行を呼び出した。
その真意を確かめるために。

「まだ「みらい」から離れて一ヶ月も経過してないのに、もう何十年も離れていた、そんな気分がするな。洋介」

「ああ、俺もだ、雅行」

集音マイクで二人の会話を聞く男たち。
すっと、冴羽?が周囲の闇に溶け込んでいなくなる。
誰も止めない。誰にも止められない。
彼の復讐の手伝いをする事がこの作戦の意義でもある。
また、現実問題として日本人同士の殺し合いで最初の火蓋を切るのを誰もが嫌がったという現実があったのだ。
「みらい」制圧作戦は、新城直衛が宣言したように「国家と国家の戦争行為」として強弁して行った。
次の対テロリスト作戦もなんとかなったが、今回の場合は第一発目を誰が撃つかで悩んだ。
誰だって国内で銃弾を発砲した男、或いは女という陰口を叩かれたくない。
結果、様々な要因から菊池か冴羽のどちらかになる。
そう決めた、そう皆で決めたのだ。
勿論、角松らはそんなことは知らない。
帝国が今どうなっていか、世界がどうかなど関係ない。
気になるのはたった一つ、「みらい」だ。

503 :ルルブ:2015/02/11(水) 10:53:42
「菊池、あの放送はどういう事だ?
一体何があった。お前は何をしている?
みらいは無事なのか?」

角松が聞いてきた。
あえて本題には触れないようにしている。
そう、本当は知りたくないのだろう。
だが、いつかは知らなければならない。

「みらい、が、洋介の言う「みらい」という言葉が俺たち全員の安否と自治権を指し示すなら無事じゃない。
尾栗も梅津もほかにも30名が死んで、残りもこれからの選択次第ではマリアナ諸島の軍刑務所で一生軟禁かもしれん。
俺たちの海上自衛隊イージス護衛艦「みらい」は先日の会談決裂以後、武力制圧されて大日本帝国政府の管理下にある。
梅津三郎らが守ろうとした「みらい」はもう存在しない、回答はこれで満足か?」

菊池は努めて冷静に言った。
冷静に角松へと情報を伝達したつもりだが、マイク越しにも彼ら二人の動揺が包囲する兵士たちや冴羽らに伝わってくる。
角松の両手が怒りで震え、菊池も角松を怖気ずに冷静にその目を見据える。

「じゃあ、あれも事実なのか?」

あれ。
そう。
あれ。

「あれというのは、俺が梅津三郎を射殺したという事か?」

敬意も何もない。
呼び捨て。
侮蔑の一言。
それに角松が怒る。

「そうだ!! 何故艦長をお前が殺した!!! 誰に唆された!!!! 
そいつを教えろ!!!! 俺がお前と艦長と尾栗の仇をうってやる!!!!」

角松の激怒が倉庫内に響き渡る。
日本の38式歩兵銃で武装している柳一曹、柏原一尉、桃井一尉らもそれを聞いた。

『仮に菊池が艦長を殺していたならばこの国最高責任者を俺は許さない』

相手が誰かは全員が分かった。
それほどにまで深い怒り。
彼は本気で首相官邸の嶋田繁太郎を殺す気なのだ。
あの時の、あの第一報に触れた時の発言のように。
だが、私たちはそれについていっていいのか?
これでは単なる「兵隊蟻」じゃないのだろうか?
放送が言う「抗日ゲリラ」や「反日テロリスト集団」ではないか?
しかし、もう戻る場所はない。

「誰に示唆された、か?
それは誰が俺を追い詰めた、という事を聞いているのか?」

菊池はあえて主語を除く。
頷く角松に菊池は語る。
ずっと誰にも言えなかった事を。
一歩前に踏み出て。
さらに踏み込む。

「俺を追い込んだのは俺自身だ。それは誰にも否定できないだろうし、俺は否定しない。
だが、洋介、「みらい」を追い込んだのはいったい誰だったんだ?
お前はあの8月15日から今日までそれを考えていたことはあるのか?
本当に「みらい」と「みらい乗組員252名」を追い詰めていった存在は一体誰だったか、考えていたのか?」

更に一歩前に出る。
角松も前に出る。
最早、殴り合いも出来るほどの間合い。

「なに? どう言う意味だ?
誰が「みらい」を追い込んだ、だと?
話を逸らす気なのか?
俺の質問に答えない気なのか!?」

違う。
そう。
そうじゃない。
冷静になれ。
いいや、冷静ならあんな馬鹿な真似はしないか。
くそったれが。

「そうじゃない、俺は真剣にお前に聞く。
あの日のインド洋から横須賀まで来る航海の途中でいつでも大日本帝国に帰属する、或いは交渉する機会はあっただろう。
2週間だ。外からのラジオ放送も各国のものを受信できたし草加も乗船していた。
情報源はあったのだ。
シンガポールでも現地をその目で見てこれた。
そして俺はずっと戦艦伊吹の中で考え続けていた。
この世界から帰れるか、それはできそうにない。無理だろうな、何故来れたのか分からないのだから。
ならば今後「みらい」は一体どうするべきか、それを」

もう角松と菊池は前に進まない。
ただどちらも相手を殴りつけられる位置にいる。
菊池は今だから逆に聞いておきたい事がある。
梅津艦長には聞けなかった、彼にとって悔恨を。

「みらい砲雷長の菊池三佐としてみらい副長角松ニ佐に質問する。
あのシンガポール沖で帝国の使節を追い払い、大日本帝国に帰属せず、交渉もせず、帰る方法がわからない状態でインド洋を彷徨う事態になっていたらどうする気だった?」

504 :ルルブ:2015/02/11(水) 10:54:48
それは。
大日本帝国が即座に大艦隊を派遣することで彼らの選択肢を決めた。
最初の一手で嶋田ら夢幻会の政策決定部門と草加拓海らの実行部隊は「みらい」に対して先手必勝を仕掛けており、選択と時間を奪うことに成功している。
結果、彼らは抵抗せずにインド洋を西へ進み、シンガポール沖からなし崩し的に大日本帝国の勢力圏内部に引きずり込まれ、更に彼らの思惑通りに横須賀の第13号ドッグへと案内された。
また、菊池という「みらい」の中でも最も現実主義者であるNo3を帝国寄りの人間にするべく分断工作を実施。
他の乗組員は酒・女・食物・娯楽で懐柔し、実際にメ2号作戦発令時に外出していた人間の8割は「みらい」を捨てて「帝国」で生きることを選択、或いは視野に入れて行動していたという。
嘘か真実かどうかはまだ不明だが、ありえそうな話だ。
拘束された人間、射殺された「みらい」の乗組員に対する彼らの世論は完全に二分化されている。

『仕方ない、最期まで抵抗した連中は自業自得。
それよりさっさと恭順して大日本帝国の一員として生きよう。
俺たちの価値を彼らが認めている間に。
この「みらい」制圧作戦と銃撃戦を招いたのは、大日本帝国側からの報告だと梅津艦長の帰属要請の一方的な拒否が最大の理由だろう?』

『ふざけるな、何人も殺されておいて今更だ。
お前らは外で飲んだくれていたからそんな事が言える!!
俺たちは「みらい」を守る為に銃をとって帝国軍相手に死闘を演じた!! 
尾栗三佐だって俺たちのために戦って死んだし、梅津艦長も騙されてそれを拒否したから一方的に処刑されたに違いない。
角松副長と合流し、みらいを奪い返してこの国を脱出する。全てはそれからだ!!』

片方は達観と諦観の気持ち。
片方は激怒と激情の気持ち。
既に「みらい」は大日本帝国の完全なる管轄下にあるのだから、「現代・平成の日本」に戻るのは諦めて、「異世界・昭和の大日本帝国」で生きようとする現実論の多数派。
方や、今亡き梅津三郎艦長や同僚を、武装して突入してきた大日本帝国軍に射殺されて怒り心頭の、「打倒帝国、帝国脱出」を掲げる過激な少数派。
つまり、菊池がこの数日間で冗談抜きに死を覚悟して説得した面々の結果であり結論だ。
過程はいろいろ。
梅津の軽率な判断に呆れたり怒りを覚え、角松の起こした行動に唖然として菊池に同情的な面々。
菊池を裏切り者、「みらい」を売ったユダ扱いして彼に集団で殴りかかろうとして警備兵と同じ「みらい」の乗組員らに取り押さえられた者たち。
当然ながら前者は監視付きとはいえ大日本帝国本土に残ることが決定し、その知識を提供するという事と菊池少佐の指揮下に入る事で監禁生活ながらもそれなりの生活を保証されている。
一方で、少数ながらも断固反対した人間は「処置無し」として、大日本帝国政府ならび夢幻会は陸軍の731部隊に引き渡すことを決定。
既に国内某所にある研究施設に危険分子、反菊池派閥と決定された人間38名全員が送られた。
抵抗したものには容赦なく銃で殴打した。
殺してしまっては実験動物としての価値が激減する、そう言いながら。
既に彼らは大日本帝国の国体を破壊せんとするテロリスト集団であった。
菊池が文字通り銃口に身をさらしてまで作った最後の機会を、今度こそ自分の意思で自分の道を選び、この世界で生きる事を結果的に自分で諦めた人々だったから。
「みらい」で帝国に屈しないと判断した人物ら。
彼らは最初から存在しなかった、そんな人間はこの世界のどこにもいなかったということにされたのだ。
夢幻会が極秘裡に研究をすすめる「憑依」や「転生」という様な事象を研究する又とない機会ととらえられて。

「・・・・・・それは・・・・・今考えてる・・・・・・情報が足りないんだ」

とたんに菊池が殴る。
角松を思いっきり。
右ストレートでぶっとばす、というアメリカ的な表現が一番相応しい一撃だ。
双眼鏡でそれを見ていた草加と津田、それに新城が思わず拍手したくなる程に。
因みに既に周囲に隠れて倉庫内部に侵入している冴羽は口笛を吹いた。
まあ、吹き飛ばされてドラム缶の倒れた衝撃音から誰も気がつかないが。

「洋介、お前、いま、なんて言った?」

505 :ルルブ:2015/02/11(水) 10:56:30
菊池の底冷えする声。
それを見る冴羽はそっと、近場にいたひとりの海上自衛官、つまり「みらい」から外に出た8名のうち一人に近寄った。

(二人目)

手に持ったアーミーナイフを首筋に当てて横に流し、音もなく殺す。
そのまま死体を隠し、次の標的に向かう。

「洋介、あんなことをしておいて、あれだけの被害を出しておいて・・・・俺たちは何も決めてなかったんだぞ?
決める時間はあった。少なくともシンガポールから横須賀までの2週間は俺たちの意思で逃げ出すこともできた。
だが、決めれなかった。決めなかったんじゃない。
決めるべき立場にいた俺たちが決められなかったんだ。それは俺たちの責任だ。
それは士官であり幹部として果たすべき事をしなかった人間の責任、義務から逃げていた卑怯者が俺たち4人なんだよ。
なのに、お前、今なんて言った!!」

さらに殴りかかる。
一撃が角松に加えられる。
が、角松もボディーブローの一撃を菊池に加えた。
さらに左足の飛び膝蹴りが菊池の、尋問という名の拷問で失われた右目、つまり死角からはいる。
地に倒れ付したのは次は菊池の方。

「お前こそ梅津艦長も尾栗も殺しただろ!?
俺にそんな事を言える立場なのか!?
お前が大日本帝国政府に迎合しなければ俺たちは自由意思で平成日本を守れた!!
俺たちの存在意義を奪っただけでなく、帰る場所も守れずに、しかも艦長を殺した!!
お前こそ反逆者だ!! お前が一番「みらい」を裏切ったんだ!!」

さらに一本背負投げで投げ飛ばす。
菊池の被っていた海軍帽子がどこかに飛び去った。角松のパナマ帽も。
さらに馬乗りになって殴りつけようとする角松を菊池が蹴り上げる。

「俺が尾栗を殺しただと? 洋介、貴様、ふざけるなよ!!
理想を守るといえば聞こえがいい・・・・だが、梅津艦長はあの日、あの帝国との会談で、俺の真横で嶋田繁太郎という独裁者に何ら策もなく感情論で彼の手を払い除けた。
彼らの、この大日本帝国の最後の救いの手にあろう事か自分から唾をはいた!!
艦長が自論の核戦争防止、核兵器廃絶とかいう理想を掲げた為に!!
結果として帝国軍が動いたんだ!! 俺たちは何もしなかった。艦長に全て押し付けた!!
そうやって何も知らない乗組員全員に死ねと言ったんだぞ!!」

殴る。
殴る。
殴られる。
襟をつかみ転がる。
近場にあった角材で角松を殴った菊池も、懐に隠してあった警棒で角松から反撃を受ける。
両者の顔面から血しぶきが飛び、骨が折れるような嫌な音がする。
互いに正面からぶつかり合い、肩の骨を砕き、砕かれる。

「洋介、お前が起こしたテロで俺たちは全員この国でまっとうに生きていく方法を失った。
俺だって悩んださ!!
それこそ一睡もできずに、何故艦長を止めなかったのか、本当は尾栗たちを助けられたんじゃないのか!?
なんであの時!! なんで何もしなかった!? 何故だ!! なぜ俺は!! くそったれ!!
あの独房で俺だって何度もそう叫びたかったんだよ!!!」

左パンチ。
視界がにじむ。
カウンターの足蹴りが顔面に入った。
さすが数日前に拷問を受けていた。
万全の角松とはそこが違う。

「じゃあ何故帝国に抵抗しなかった!?
どうして無条件降伏するような真似を!!」

角松がさらに殴る。
が、菊池は立ち上がり、それに耐えきる。
双方とも一歩も引かない。
意地と意地のぶつかり合いだった。技もなにもない。ただ、相手に拳を叩きつけるのみ。

506 :ルルブ:2015/02/11(水) 10:57:22
「抵抗? ビルを爆破するのが抵抗だというのか!? 
あれが自衛官としてやって良いことだと思っていたのか!?」

理想を掲げる存在はなんでもする。
そう。
あのオーストリア出身の伍長であるナチス・ドイツ第三帝国総統の様に。

「仕方なかった!!
俺たちの平成日本にみんなが戻るには旧軍の包囲を何としてでも突破する必要がある、そう判断した!!
お前だってそれが分かるだろうに!? 何でそれなのに艦長を殺した!?」

勝つためならなんでもする。
そう。
自国の存亡のためなら億単位の人間を犠牲にしても、と決断する夢幻会の様に。

「貴様こそ!! それは俺たちの時代の過激派テロリストが自己肯定の為に使っている方便だと言って嫌っていた筈だ!!
それを忘れたのか?
何が「みらい」を守るだ。お前は「みらい」じゃなくて、単に自分自身を守りたかっただけじゃないのか!?」

生き残るためにはなんでもする。
そう。
共に戦った戦友を一方的に裏切って、さらにまた寄り添おうとした相手を後ろから指す紳士のように。

「どうしても俺の言うことが理解できないか! 菊池三佐!!
俺はお前を信じていた!! 草加に惑わされたな!?
言え、てめぇ、あの野郎に何を約束された!?
女か? 旧軍の将官の地位か? それとも金や国会の議席か!?」

「ふざけんな!!
ああ、俺だってお前を信じていたよ!!
だが、お前の新宿でやったことが俺に梅津艦長殺させる最後の引き金となった!!
俺とお前が艦長を殺し、「みらい」から「未来」を奪ったんだ!!」

だから角松もある意味では正しい。
それは認める。
実は怒り心頭だった夢幻会や草加拓海でさえ、彼の行動には一定の理があると思っているのだ。
マキャベリの言う事に従えば、角松は正しかった。ただ、勝利者になれなかったから全てを否定されているだけ。
それは菊池とて同じだった。
彼に詰め寄られるあの瞬間までは。

『あんた、どう責任を取る気だ?』

そう言った冴羽?。
彼の冷たい視線に、角松が起こした爆発で切り裂かれた家族の、その幸せな時の写真。
それを見せられて菊池は観念したのだ。
これ以上、彼らを欺いて自己弁護で生きてはいけない、と。
写真にある冴羽?の幸せそうな笑顔と、目の前の銃口を突きつけた男が同一人物とは思えないほどに彼の醸し出していた雰囲気は違う。
彼は、殺し屋だった。
彼は、死神だった。
自分から大切な存在を奪ったモノ、「みらい」へ復讐を果たす、神の放ったメギドの火であったのだ。
だから菊池は決めてしまった。
自分が。せめて自分の手で梅津三郎に引導を渡す。
それがユダとして「みらい」を売る代償の第一歩であり、これからも歩み続ける贖罪と罪の道の果てしない過程。
もう、逃げない。そう決めた。
そして、角松と最後の話をしたかった。
だが、どうしても。

「梅津さんを殺しておいて!!」

「新宿でテロを起こしたお前に言えたことか!!」

507 :ルルブ:2015/02/11(水) 10:57:52
殴り合いの最中だった。
柳一曹はゆっくりと銃口を向ける。
柏原一尉と麻生一尉もだ。
狙いは菊池三佐。
彼らの中で既に菊池三佐は聞き及ぶ情報を判断するに、「みらい」を「大日本帝国」へと引き渡した裏切り者。
銀貨30枚で自分の出世を買った売国者。
だから三つのスコープ付き38式小銃を構える。

「狙えるな?」

「次に離れた時に一斉射撃だ」

「目標は?」

「菊池三佐の胸だ」

「了解」

うん?
と、麻生の反応がない。
柏原一尉が後ろを見ると、ワイヤーに吊るされて首を絞めらている麻生の姿がある。
慌てて下ろそうとして、ナイフが柏原の喉元に突き刺さる。
絶命する二人。
柳が慌てて銃口を向けたが誰いない。

「お前で6人目だな」

後ろ!?

咄嗟に振り返った先には麻生一尉の持っていた38式小銃の銃剣、その矛先が自分の左目に迫り、そのまま貫通。
三人の死体ができた。

「これで生き残りの男は角松だけ、か。
そういえば、女の桃井とかいう奴はどこに?」

と、中央で、月明かりが照らしてる倉庫で動きがあった。
殴り飛ばされる角松。
が、それを逆手に取り角松が距離をとって、一丁の拳銃を引き抜いた。
その銃は。

「洋介、そこまで堕ちたか!?」

「お前こそ、理想を忘れたのか!?
平成日本に戻るためには俺たちは俺たちでいるしかないのに!!」

狂気。
そうか、角松も梅津も自分が部下たち全員を故郷に返さなければならないという義務感が強すぎた。
尾栗は二人に依存しすぎていたし、外部との接触を殆どしてない。
逆に自分は大日本帝国とこの世界に関係を持ちすぎたのだ。
そう、恐らくは草加拓海の策略、各個分断と撃破作戦の為に。
だから道を違えた。
立つ角松。
先ほどの一撃で右足の感覚がおかしく上半身しか起こせない菊池。

「それで、その銃はどうした?」

銃。
そう、角松は当然ながら「みらい」を離れる角松が平成の拳銃を持ち出せたはずがない。
なのに、彼は拳銃を持っている。
それもドイツ第三帝国の士官が好んで使う『ワルサーP38』という有名な拳銃を。

508 :ルルブ:2015/02/11(水) 11:01:38
「関係あるか?」

「ああ、大ありだ」

そう、という事は。
ここは大日本帝国。
欧州じゃない。ドイツではない。なのに。

「理想のためにドイツに身を売ったのか?
あれだけ俺を殴りつけておいて、偉そうな事を言っておいてそれか?
笑えるな。お前の意思は・・・・・お前の気持ちはその程度だったか!?」

無言で引き金を引こうとする角松。
ふと、そこに苦渋と後悔が満ちているのが分かった。

「俺はもう引き返せない。誰にも理解されないだろう。
だから、俺はどうしてもお前ともう一度話をしたかった。
そうだな、俺はもう自衛官でも日本人でもない。テロリスト角松洋介だ」

わかっているなら!!
わかっているからさ!!

「だから俺はやってしまった事のケジメを生きている間はつけ続ける。
俺が生きている間なら、俺を恨むことで「みらい」の連中は生きる理由ができる。
角松洋介のせいで、菊池雅行も尾栗康平も梅津三郎艦長も、ほかのみんなも死んだ、そうだ、俺が全て悪い、と」

だから。
菊池。
お前には悪いと思う。
俺とお前は絶対に死後は会えない。
お前は天国へ、俺は地獄だ。
だが。最後は俺が引導を渡してやる。

「それがお前なりの後悔であり、贖罪なのか?」

菊池の問いに答えることはなかった。
ただ、角松はかつての「親友だった」存在に、ドイツ人から渡されたワルサーの引き金を引くために人差し指に力を込める。

「すまん、雅行」

「謝るな!! 俺を殺してまで生きる道だろう!! なら謝るな!!!」

思わず怒鳴る菊池に角松は苦笑いする。

「そう、そうだな。それでこそお前、だ」

そして。

「ふん、いまさら気がついたか?」

最後の友人としての会話。
これで最後になるだろう。
もう角松も菊池もお互いに友人として認め合うことはない。
終わりなのだ。
何もかも狂ったあの8月15日から約3ヶ月。
ついに二人は羅針盤の先に到着した。
銃口が黒光りした。
ワルサーP38をスライドして弾丸を装填する

「俺はお前を殺すしかない、悪いな」

509 :ルルブ:2015/02/11(水) 11:02:30
同時刻・埠頭

「Q、これで7人だが残りは?」

埠頭に向かっていたドイツ人グループを一人で殲滅する007。
はっきり言って地の利と大日本帝国の情報部である村中少将と碇玄道、ツァーラ株式会社の後方支援があるとは言え異常である。
狙撃銃で3名の巡回組を始末すると、そのままアストンマーティンで突入。
真夜中にも関わらずカーチェイスの末、車載機関砲で2台にドイツ人が乗ったベンツを蜂の巣にした。
そして、今も。

「後ろか」

直ぐに振り向いてワルサーPPKから3発弾丸を相手にめり込ませる。
倒れ伏すドイツ人。

「8人目。事前の情報では残り6名だ」

全く、これが大英帝国史上最高の問題児にして最大のプロフェッショナルである007か。
感心する。

「007、聞こえるかい?
埠頭にあのドイツ人が車にのって突っ込んだ。数は三台。
一台は日本軍と戦闘中だけど、二台は、あ、今漁船を奪って例の平安丸に向かってるよ。
少なくとも警察無線の傍受した情報ではそうだ。
あ、女がひとりドイツ人に捕まったらしい・・・・どうする?」

Qの情報分析は的確だ。
それは間違いない。
問題はその女の国籍だが。

「相手は? 日本人?」

正直、日本人以外を助ける必要は感じない。
アンネローゼ・フォン・グリューネワルトとアルトリア・ペンドラゴンの情報操作にデブの国家元帥の名前を利用した偽装電文でこうも踊らされた馬鹿だ。
バカとハサミは使いようだが、それ以上に危険だ。

「そうだね、ドイツ人の無線通信の内容だと日本人のようだ。で、どうする?」

洒落っ気たっぷりな007は言った。
いつのまにか周囲に集まっている日本人とイギリス人に対して。

「では決まりですな。
大英帝国の紳士は淑女は見捨てない。
私が彼女を救出に行きます。
ああ、さきほど東方の蛮族どもの無駄玉のせいでアストンマーティンはちょっと穴だらけで優雅さにかける。
よって、女性を迎えに行くには相応しいとは言い難い。
そこの青い86をお借りするが、よろしいか?」

返事を聞かずに86に乗り込む。
うん、いい感じだ。
これこそ男の車。
後の証拠隠滅や裏工作、適当な理由のでっち上げは本国のM局長と可哀想なペンウッド卿らに任せよう。

「さて、ファントムハイブ伯爵。好きにやらせてもらいますよ」

一気に車は加速する。
慌てて、

「ゲートを開けろ!!」

「海軍と陸軍に緊急連絡!!

「通信、急げ!!」

「8、86を通せ。ぶつかるぞ!!」

「そうだ、いまから突っ込む白人は味方だ、イギリス人だ!!
絶対に撃つんじゃない!!!」

という報告が飛び交う。
それを見るのはクラウス・フォン・メレンティン社長。
実戦経験を手に入れるまたとない機会(そもそもツァーラ社はあくまで対ゲリラや対テロ作戦の為に結成された日本政府のダミー会社)として部下を観戦させているだけ。
ユーリアを危険な事に巻き込みたくないという新城とクラウスの思惑は一致していた。
だから、ここにはいない。

「さて、ジェームズ・ボンド中佐はどうでるか。
イギリス人のお手並み拝見と洒落込みますかな、ねぇ」

クラウスはタバコを吸いながらそう思う。

510 :ルルブ:2015/02/11(水) 11:03:31
同時刻・倉庫

「じゃあ、俺があんたを殺しても問題ないな?」

後ろから聞こえた声に角松は咄嗟に振り返り、見えた。
回転式拳銃を構えている男。
情報工作員上がりと思わるプロフェッショナルの心臓を鷲掴みする殺気。
振り向きざまに引き金をひこうとして、ワルサーが右手の指ごと吹き飛ばされる。
コルト・パイソンがその力を無慈悲に、そして冷酷に、正確に行使した。

「痛いか?」

右手の指を全て失った角松に銃口を向けて近づきながら冴羽?は努めて冷静に言う。
そう、彼はこの瞬間だけをこの一ヶ月の間静かに待っていた。

『パーパ、どうしたの?』

『?、あたしたちは無事なのよ、命に別状はない。だから無茶なことも危険なこともしないで』

『冴羽、娘と妹の元にいてくれないか?』

『?、あとは私たち警察がケジメを付けるわ。だから二人と一緒に』

『・・・・・俺はお前が好きにすれば良いと思う。?、お前がそうしなければならんだろうと思うなら止めん。
あの満州平野のように、だ』

あいつらはそれぞれ俺を心配してくれた。
だが、これは仕事である。
竹中らが「消せ」と言った相手が目の前にいる。
俺が「消したい」と心底思っている相手が目の前で跪いている。
そうだ、痛いだろう。だが。

「香の傷は一生残る。そしてアシャンの受けた心の傷はそんなもんじゃない」

冷徹に。
冷酷に。
残忍に。
残酷に。
ああ、笑いが止まらん。

「さようなら、自称未来人の「みらい」副長、角松洋介。
あんたさ、あの日の新宿で俺の家族を傷つけなかったらこうはならなかったんじゃないかな?」

まあ、今はどうでもいいか。
引き金を無造作に引いた。
コルト・パイソンは撃鉄が落ちて、回転した新しい薬莢に着火。
一発の弾丸が角松洋介の右肺を、次の一弾は左肺を撃ち抜く。
倒れる角松を一瞥する冴羽。

「俺はあんたに死んでほしい。
虫のいい事を言っているのはわかっている。
だが、あんたも虫のいいこと言っていただろう?
だったらお互い様だ。俺は俺の家族のために。
角松洋介、あんたはあんたの理想のために。
互いに銃を持ち、引き金を引こうとして、たまたま俺の方が運と実力が良かった、そうだな?」

仰向けに倒れた角松。
その近くにあったワルサーP38から弾倉と銃弾を抜き、投げ捨てる。バラバラの方向へ。
コルト・パイソンの回転マガジンを開き、空薬莢二発を捨てて、新弾を装填。
血だまりの中、菊池が立ち上がる。
角松に近づこうとして、止めた。
彼にはその権利はもうない。
そして冴羽?がそれを許さないだろう。

511 :ルルブ:2015/02/11(水) 11:04:15
「悪いが大口径の弾丸で肺を左右それぞれ潰した。
その出血に血液が逆流しての窒息だ。
もう長くはもたん、そして苦しみもがいて死ぬだろう」

だが。

「が、俺はとどめを刺してやるほど慈悲深くない。
俺の慈悲は俺の家族と仲間の為だけに使う、そう満州で決めた。
だが、あんたが生きていたという事位は覚えてやるよ」

苦しそうな呻き声を上げるな、馬鹿が。
せっかくの復讐劇が興醒めだろうに。

「き、く、ち。お、くり、か、ん、ちょう。みら、い。おれの、こ、きょ、う」

死んだ。
角松洋介は平成に生まれ育って、昭和20年に死んだ。
矛盾した存在。
異世界であり「過去」の「大日本帝国」に来てしまった、「未来」の「平成日本国」に所属する「自衛官」たち。
彼らの数奇な人生はこれから始まり、或いは、ここで終わる。

「さて、俺は帰る。
あとは知らん。勝手にしろ。
死体をどうしようと俺に興味はない。
俺が興味があるのは生きている人間だ。
だから・・・・死んだ人間にさらに鞭打ちする気はない」

冴羽?はそのまま竹中らのいる司令部に乗り込む。
そこで報酬とキャッツ・アイの再建費用とあの土地の地主としての権利を獲得する。
それに、大日本帝国国民として「冴羽?」、「冴羽香」、「冴羽香瑩」の三人分の戸籍証明書に25年間使用可能なパスポート、香と自分の運転免許があった。

「お勤めご苦労様」

竹中は笑顔で、あの胡散臭い笑顔で冴羽?をねぎらう。

「それとボーナスだ。大日本帝国の国家栄誉勲章。それと嶋田首相直筆の感謝状。
あとは三井銀行、三菱銀行、住友銀行、倉崎銀行、農協銀行の口座に2000円分ずつ、合計1万円を分散して入金してある。受け取ってくれ」

確認する。
たしかに香のハンコだ。
俺のハンコもある。
見た限り問題はない。
それに5つともつい先日に入金が確認されている。俺も試しに引落してきた、各銀行で合計100円ほど。
政府の身分証としては最高クラスのカラー証明写真付きパスポートにカラーの運転免許証がある。戸籍証明書も。政府の感謝状も。

「これで俺はひもつきか?」

「まあ、そうだな。
それと後払いの金額が多くなったのはせめてもの情けと謝罪だと思って欲しい」

竹中は否定しない。
だが、菊池と角松の対決は5分にも満たない。
その間に小銃と拳銃で武装していた軍人を音もなく6名殺した手前は賞賛に値する。
冗談抜きに首相官邸爆破くらい出来そうだった。ならば彼の腕を買おう。
この混迷期に、先日協力すると言って来た、そして先ほどの報告でも圧倒的な戦果を出しているあの007に匹敵する男。
手元におけるなら1万円もキャッツ・アイの修繕と地権の譲渡も、身分証明も安い出費だ。

「そうか、で、こいつはどうする?」

冴羽は銃弾を抜き取ったコルト・パイソンの銃架を竹中に見せる。

512 :ルルブ:2015/02/11(水) 11:06:02
が、竹中は一通の書類をさらに渡してきた。

「その銃はあんたの相棒でありジンクスだ。
そして、あんたを守る。
だから俺たち公安委員会はその銃の携帯許可を許すことにした。
だが、弾丸は合計30発まで。
使用分は槇村警部か野上警部に言えば支給するようにしておく。ああ、あの二人も昇進だ。
それと、ファルコン軍曹もツァーラ株式会社の契約社員として身分保証人がつく。
相手はユーリア・ロマノフ・ツァーラ子爵だ。まあ、これで俺たちの報酬は終わりだ。
で、そのコルト・パイソン。
仮にそれが俺たちが依頼する仕事以外で殺人に使われれば・・・・まあ、あんた程の男なら分かるな?」

冴羽は頷いた。
そしてイギリス製のMINIに乗る。

「じゃあな、竹中さん。また会おう」

「ああ、シティ・ハンター。あんたとはまた会おうだろう。いろんな時に」

そう。

「会いたくないが、な」

「それはお互い様だよ」

警備兵がゲートを開ける。
そのまま許可書を持って冴羽?は家族がいる街に戻っていた。
自らの復讐を完遂して。

「さて、こっちはどうするかねぇ」

竹中が武装警官らと共に倉庫に入る。
既に新城が平安丸を制圧。
抵抗した反日ゲリラ22名全員を射殺していた。
手際がいい。

「あー、嫌だねぇ。現実を見れない共産主義の残党どもとか、全く、馬鹿馬鹿しい。
もっと健全なことにその知能と能力を使えなかったんだかなぁ?」

死体を始末しろ、そう命令する。
そして倉庫だ。

「菊池さん、で、こっちの死体はどうする?
可能な限りあんたの要望には答えたいんだが?」

それは彼の周りにある7つの死体。
また、死体安置所にある梅津三郎ら死んだみらいの乗組員ら処遇。
国土への埋葬はしてもいいが、ちょっと手続きがかかる。
日本人には死んだ人間にはとことん甘い。
そういう事だ。

「菊池さん?」

菊池はそって角松の目を閉じさせる。
何かを耐える。
いいや、涙を耐えていた。
だが、数秒後に立ち上がった菊池。
両足が角松の流した血で濡れいているが、それに臆面なく振り返った。

「申し訳ないが、みらいの乗組員の死体は全員火葬にしてこの横須賀に散骨してくれ」

それでいいのか?

「ああ、私たちはこの横須賀から出港し、横須賀に、いいや、日本列島に帰ってきた。
そう思いたい」

過去も現在も、これから歩む未来がそれぞれ全て違っても、あの平成には戻れなくても。
ここは日本列島であることには変わりがないのだから。

「だから、この日本の海に眠らせてくれ」

俺も、いつか、この横須賀の海で。

513 :ルルブ:2015/02/11(水) 11:06:36
1945年10月25日 日付変更間際

アドルフ・カウフマンは完全に追い詰められていた。
人質にとった桃井という女を無視して、残りの部下三人が殺された。
銃声は三つ。
そして、全員が額に一撃。
とんでもない技量の持ち主だった。

「ど、どこにいる!?」

こんなはずじゃない、こんなはずではない。
アンネローゼという女の手配は完璧だった。
そして計画は緻密に練り上げた。
どこでイギリスの裏切り紳士どもにバレたのだ?
どこで。

「そうか、内通者だ!! あのポーランド系ドイツ人!! 怪しいと思っていたの・・・」

銃声がした。
右膝が打ち抜かれた。
拳銃じゃない。
スナイパーライフル。
さらに一発。
次は右肩。
モーゼル自動拳銃を落とす。

「さて、お嬢さん、どうぞこちらへ」

道路から声が、そしてハイビームの明かりがカウフマンの視界を奪う。
いきなりの明るさで目をやられた。
ぼやける視界に、イギリス人が逃げ出した桃井という女を取り戻したのがかろうじてわかる。

「そうか、そうか!!
あの女が・・・・アンネローゼとかいう売女がスパイだったんだ!! 畜生!!!」

今更気がつかされた。
あの女に縋ったのが間違い。
全てイギリス人の手の内。
恐らく、英独共闘の情報収集作戦を日本で行うことを提案した時からずっと。
カナリス提督に提案したM局長は最初からドイツ人を日本で武力衝突させるつもりだった。
まあ、実際は大日本帝国の皇室まで動いた程の大事件。
これだけの事件だったので結局は闇から闇へと葬り去られるだろうが現場の彼らには関係ない。
彼も、アドルフ・カウフマンのドイツに対する想いにもドイツ本国は報いる事はないだろう。
ジェームズ・ボンドにとってのサー・ペンウッドはアドルフ・カウフマンにはいない。
と、アドルフ・カウフマンは気がついた。

「ドイツは、ドイツは、俺の祖国は最初から俺に期待などしてなかった?」

そうかもしれない。
少なくとも、彼が何かできるとは思ってなかった。
むしろここまで事態を悪化させたことで確実に失望し、彼らを切り捨てている。

「俺は・・・・あ、あははは」

笑う。
と、さらに銃弾が腹部を貫通。
倒れる。

「あ、ああ、そうか、僕は日本で生まれてドイツで生きて、日本で死ぬのか」

冷たい。
唐突に理解できた。
自分のくだらない人生の終末を。

「な、なぁ、イギリス人」

洒落た紺色のスーツを着たイギリス人にアドルフ・カウフマンは最後の頼みをする。

「そ、れは・・・・僕の国の・・・・ドイツの銃だな?」

一般親衛隊に配備されはじめているワルサーPPK。
それを朦朧とする中でなんとか確認する。

「ああ、ワルサーPPK、君の国の銃だ」

514 :ルルブ:2015/02/11(水) 11:07:06
そうか、ならば。
ボンドの回答に満足できた。
少なくともこの瞬間は。

「愚かな僕を撃て」

イギリス人はゆっくりと額に銃口を向けてきた。
もうすぐ死ぬ。
だから、言っておこう。

「エリザ、お母さん、僕は二人を愛している。本当だ。愛している。
でも、なぜなんだ?
何故エリザはユダヤ人で、お母さんは日本人なんだ?
どうして僕は生粋のドイツ人として生きれなかったんだ?
日本でドイツ人として生まれたんだ?
ドイツ人の父さんは何故日本人のお母さんを愛したんだ?
こんなにドイツに忠誠を尽くして・・・・こんなにドイツから離れた異国の地で寂しく一人死ぬのに」

引き金が引かれ、何故か発砲された弾丸が向かってくるのがわかる。
数秒もない。
しかし、アドルフ・カウフマンは少しだけ満足した。

「僕はドイツ人としてドイツの銃の放つ銃弾で死ねる。イギリス人と戦って名誉の戦死だ。
お母さん。エリザ。
だから、僕はドイツ人なんだ、そうだよね、ドイツに忠誠を尽くした立派なドイツ人でいいんだよね?」

衝撃。
そして、意識は暗転する。
その後、86に乗る前に007は彼の死体を写真に取り、桃井に手錠をして司令部に送り届けた。
何もかも終わったのだ。

2025年7月10日、中東混乱とこれによる第三次世界大戦の発生を真剣に議論する国連総会と安保理は日本自衛隊のインド洋展開を要請。
2025年8月15日、日中関係の極度の悪化に加えて、日本国海上自衛隊所属の最新鋭イージス護衛艦「みらい」が遭難。
1945年8月15日、インド洋で発生した遭難事故に「みらい」という大日本帝国海軍新型巡洋戦艦が救助活動に従事。

そして、約三ヶ月間、「みらい」という軍艦を巡った戦い、日英独がしのぎを削った諜報戦争に一先ずの幕が下りる。

515 :ルルブ:2015/02/11(水) 11:07:40
1945年10月26日 日本大使館

「では、こちらにサインを。ラプラス」

そう言われて女性はサインする。
内容は「大日本帝国帰化申請手続き」という書類。
既に大日本帝国政府の国家印章を捺印されていた。
女はそれを受け取るとそのまま東京のある屋敷へと向かう。
屋敷の表札には「駒城」とあった。

「ではこちらでお待ちください、アンネローゼ・フォン・グリューネワルト様」

そう言われて庵のある日本風茶室で待つこと1時間。
ひとりの赤いドレスシャツとパンツにサングラスをした金髪のロングヘアの女性が入ってきた。
腰には古風なショートソードをおびている。たぶん、勢いだ。

「ここでは、はじめまして、だな、奏者よ」

そう相手は。

「はじめましてです。アルトリアお姉さま」

アルトリア・ペンドラゴン。
白人だという以外は一切が不明だった人物。
しかし、イギリスではなく第一希望の日本に亡命できたことから相手は日本の要人だったことが今なら分かる。

「アンネローゼ・フォン・グリューネワルト、先ずは本名を名乗ってくれるかな?」

アンネローゼは深々と日本式にお辞儀をする。
両手を畳の上において、腰を曲げて頭を下げる。

「エリザ・カウフマンと言います」

そうか。

「奏者よ、そなたは最後まで音楽を奏で切った。素晴らしい演劇であったぞ」

はい。

「余も奏者の一人としてイギリスの友人らに神戸の華族、それに亡命ロシア人コミュニティと欧州からの離脱者を華麗に指揮した甲斐があった。
あの男らも心から祝福してくれた、愛してくれたのだ。だから余は満足である」

女は上機嫌に言った、あと、急に真顔になる。

「これが貴女の新しい勤め先です。
そして、あなたの新しい名前は恭子・ツェッペリン・ラングレー。
アメリカから亡命したポーランド系であり、日独の混血児という設定。
あとはこの書類を読むこと。辞書並みの厚さですが、その文穴がない身分経歴になります。
それで、役職だが・・・・この会社の副社長秘書室に配属になります」

一枚の名刺を渡される。
その会社の名前は「ツァーラ株式会社」という。

「さて、奏者よ、そなたの新しいマスターの名前を伝える」

ごくりとつばを飲み込むエリザ・カウフマン。
そして、アルトリア・ペンドラゴンは悪戯が成功した悪ガキの笑顔で言った。
すごくいい笑顔で。

「私、アルトリア・ペンドラゴンことユーリア・ロマノフ・ツァーラ。
ツァーラ株式会社の副社長です。
その妊娠している子の国籍と面倒も見るという意味で、私の義理の父であるクラウス・フォン・メレンティン社長が身分保証人です」

クラウス、入りなさい。
ロシア帝国軍風の軍服を着た男が入ってくる。
一緒に大日本帝国陸軍中佐と大日本帝国海軍中尉、そしてロシア系の兄妹も。

「私が社長のクラウスです、フロイライン・恭子。
そしてこちらがユーリア姫様の伴侶である新城直衛。
所属は大日本帝国陸軍近衛師団第一連隊連隊長にして特務部隊「剣虎」の指揮官」

敬礼する新城。
それがあまりにも様になっているので思わず赤面するエリザを笑うユーリア。
そして。

「アレクセイです、新城中佐の副官をしております。
こちらは妹の藤堂サーシャ。隣の大日本帝国海軍のエースパイロット、藤堂守中尉の妻であり、私の実の妹です」

なぜ彼らを紹介したのか?
そんな事を目線で訴えるエリザにユーリアは言った。

「決まってます、貴女は今日から私たちの新しい家族なのです。
ほかにも結や蓮乃を紹介したいのですがみんな妊娠中なので。
ごたごたが終わってから、また紹介しましょう。それではアンネローゼ」

516 :ルルブ:2015/02/11(水) 11:09:32
「新城直衛ほどではないですが、アルトリアとして私はアンネローゼとしてのエリザを愛している。
今度は一緒に朝日を見ましょうね、お互いに生まれたままの姿で、あの太平洋から昇る太陽を」

え?
な?
嘘!?
げ!?
あ?

「アンネローゼ・フォン・グリューネワルトはこれで解放された。
エリザ・カウフマンは死んだ。
これからは恭子・ツェッペリン・ラングレーとして生きなさい。
お腹の子には罪はない、貴女は苦悩しながらも勇気を出してそう決めた。
貴女は勇者の中の勇者です。
だから、私たちは新しい奏者を歓迎した。
私たちローゼンメイデンの後継サークル、ネルフの一員として、ね」

長い口づけ。
名残惜しいという表情を浮かべてしまったエリザ。

(あれ、まさかわたし・・・・そっちの方面に目覚めた!?)

そのまま、ユーリアは自分の男に押し倒された。

「ははは、直衛。
お前は奏者になりたいか? それとも魔王になりたいか? 
麗しき姫君を犯す悪の大魔王に?
だが、私を辱めるならせめて誰もいないところで夜やってくれ、我が主よ」

赤面する若い連中と呆れ顔のクラウスを後ろに、ユーリアと新城は部屋に去っていく。
そしてクラウスは皆が帰った後に、ひとりのユダヤ人の泊まっているホテルにきた。
ドアを閉めた。ウィスキーを彼と自分の分を注ぐ。
外は初雪が観測されていた。あの大津波の影響か。

「ありがとう、アドルフ・カミル君。
君のおかげでペンウッド卿やイギリスに貸しを作ることができた。
これで大日本帝国がすすめる亡命ユダヤ人の自治都市建設計画は進展するだろう。
ご苦労だった、それで話とは何かな?」

クラウスはいつでも懐のニューナンブ回転拳銃を引き抜ける姿勢でソファーに腰掛けている。
かたや、アドルフ・カミルは苦痛の表情で聞いた。

「アドルフ・カウフマンは・・・・あのナチス・ドイツ武装親衛隊大尉は一体どうなりましたか?」

そうか。
彼は彼の親友だったか。
新聞では事故死扱いだった。
詳細は闇の中で、ドイツも彼らを引き取らないと言っている。
彼らは人知れず無縁仏として日本の国立墓地のどれかに埋葬されるはずだ。
故郷を遠く離れて。祖国から見限られて。

「死んだ。最後まで戦った。勇者の如く、と、思ってくれ」

そうですか。
なら。

「カウフマンはドイツ人として死ねたのですね?」

「ああ、それは私とその相手であった人物が保証しよう。
彼はドイツ軍の軍人として義務を果たした」

ただ、とクラウスは思う。

(それをナチス・ドイツ上層部が、アドルフ・カウフマンの祖国が認めるかどうかは別だが)

それに気がつかない。
だが、カミルは一通の手紙を出した。

「これはエリザ宛にカウフマンが僕に渡した遺書です。
中は・・・・・・見ました。
そして、これを焼いて欲しい。
申し訳ない、僕はエリザもカウフマンも彼の母も知っている。
だからどうしても共犯者が欲しいんだ。お願いします!」

頭を下げる。
封が切られた便箋を受け取るクラウス。

「読ませてもらおうか」

かたんと、ウィスキーに入っていた氷がおちる。

517 :ルルブ:2015/02/11(水) 11:10:05
『エリザ、君には酷い事してきた。君の両親と弟を密告したのは僕だ。
そうすれば君は助かるとアイヒマン中佐はおっしゃった。
だから君を僕のものにするために君の家族を殺した。
虫の良いことを今から伝える。愚か者の言い訳だと思ってくれ。
僕はどうしてもドイツ人になりたかった。パパの誇りでありたいと願い続けた。
だけど、もう駄目だ。
僕は純潔じゃない。僕の祖国はどこにもない。
日本でもドイツでも僕は受け入れられないだろう。
僕は漂流者だ。どこにも帰るべき故郷がない。
だから君を帰る場所にしたかった。強引にでも。
でも、それが間違っているのは知っていた。
許して欲しい。
だけど、許してくれないだろう。
軽蔑してくれ。罵ってくれ。罵倒してくれ。心から憎んでくれ。そして哀れみを向けてくれ。
愚かなアドルフよ、所詮お前は半端者だったのだ、と。
お母さんにも悪いことをした。お母さんは売国奴になる覚悟で僕を助けようとしたのに。
僕は祖国ドイツとドイツ人に縋り、その手を何度も振り払ってしまった。
もしもお母さんに会う時があればたった一言だけで良い、こう伝えてくれ。
「ごめんさない」、と』

二枚目だ。
クラウスは無言でドイツ語の遺書を読む。
ところどころに血が滲んでいる便箋を。

『結局僕の人生はなんだったのだろうか?
祖国ドイツに認められたいと思っていた。だけど、それに、僕のドイツ人としての『祖国』にそれほどまでの価値はあったのか?
もうわからない。
僕の人生はいったい。
そして、巻き込んでしまったエリザ、貴女の人生を狂わせたのは僕だ。
生きる目標ができないのなら、僕を嘲笑う事で生きて欲しいと願う。それともこの考えもやはり傲慢だろうか?
ただ、最後にこの手紙をアドルフ・カミルに、恐らくはもう彼は僕を親友とは思ってないだろうけど、僕はまだ友達だと思える最後にして唯一の友達に渡した。
僕は死ぬ。
もう生きているのが辛い。
さようなら。
願わくば、僕の汚れた血などが、綺麗な君に受け継がれないことを心から願う。

アドルフ・カウフマン』



クラウスは無言でその手紙にマッチの火を近づける。
手紙はアドルフとクラウス以外知ることなく燃え尽きた。
そして。
アドルフ・カミルは退室する。

「祖国、か。
君も、彼も、彼女も、そして姫様も私も、ああ、新城直衛が関わった「みらい」の人間も失ったな」

祖国。
ああ、祖国。
もしくは、故郷。
だれもが持つ、たった一つの生まれた場所。
選ぶことのできない場所。
しかし、そこに戻れるとは限らない。
だが、多くの人間は思うだろう。

『できるならば生まれ故郷、そこで死にたい』

と。

「帰りたい、でも、帰れない、カントリー・ロード、か」

この世界ではあまりにも多くの国が一度に滅びさり、あまりにも多くの人が祖国を失い、あまりのも多くの人間が新しい祖国を探している。
それはまるで迷子の子猫の集団がもう死んでしまった、或いはいなくなった親猫を探し求めて闇夜を彷徨い歩いているようだった。


「第十九話 祖国 完 」

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最終更新:2015年02月12日 12:07