369 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:08:30
「第十八話 家族」



1945年10月5日 首相官邸

草加拓海中佐は昇進したばかりの新城直衛中佐と共に首相官邸に赴いた。
首相官邸周辺は新選組を中心とした武装警察が厳戒態勢を敷いている。
動員している警官総数15000名という都道府県警察・警視庁の威信をかけた大規模な捜索態勢にアリの子一つ逃さぬ警戒態勢を敷く。
あの新宿歌舞伎町のガス爆発は、ガス爆発の規模の拡大こそ複数の要因が重なった(つまり角松の思惑を超えて)。
しかし、そもそもの最初の切っ掛けになったのは小型の爆弾だったと警察は結論を下した。
つまりである、小型爆弾を使った犯人、いいやテロリスト集団は依然日本国内に潜伏中。
これに対して大日本帝国帝国政府は第一級の警戒態勢と全警察機構の連帯を命令。
阿部内務大臣は「国内問題」と「治安維持の第一責任者」、更に「教唆疑惑のあるのが上級軍人」という理由から軍内部への条件付き査察権を海軍大臣山本と陸軍大臣杉山から勝ち取る。
まあ、夢幻会どころか日本の歴史上でも珍しい突っかみ合いの喧嘩が閣議室で起きたほどこの事件は大事件だ。
皇居に至っては近衛師団第二連隊が完全装備で24時間警戒態勢に移行している。

「碇さん、あなたの部下は角松中佐を逃がしたのか?」

先に控え室に待っていた碇玄道へ新城直衛の乾いた笑みが突き刺さる。
受付の女性が顔を引きつらせながらそそくさと逃げる。

「ああ」

そうか。
それだけか。
ふん。

「で、君はどう責任を感じている?」

碇玄道。
彼は聞き及ぶに僕や草加と違って事件発生の報告を聞いても終始無言だったという。

(待てよ?
もしかしたら碇玄道にとって「みらい」を巡る事件は既に終わっていたのではないか?)

例えるならこれは映画におけるエンドロール。

(映画本編は好きでも、内容には期待して気になっても、別に俳優の名前に興味がない人間はさっさと席を立つ、そんな感じではないか?)

実際そうだった。
新城の碇に対する推察は的を得ている。
碇玄道にとって「みらい」の持つ情報を草加拓海が開示した時にもっとも恐れたことはせっかく手に入れた大日本帝国情報部国外情報分析局部局長という地位が無意味になる事。
正確には自分の身分を保証し、給料を払ってくれていて、安全な生活と豊かな未来を提供する国家が無くなってしまう事のみ。

(真司と結は非常事態宣言と共に東京の碇家宗家に帰った。
先ほど警察の護衛隊と情報部の用意した警備隊も配置につき、暫くの間は碇の家の者も護衛につく。
なら問題ない。もう私にとって恐ろしいことはない)

碇玄道は彼の「家族を失う事」を恐れていた。
新城直衛は「国家の最優先命令」だったから従った。
草加拓海は己の理想に近いと言える「第三の日本」の道を賞賛していた。

この三人はそう言う関係だ。
新城直衛と草加拓海、碇玄道にとって「みらい」捕縛は義務である。
しかし、「みらい」捕縛後の事は碇玄道にとってそれ程関心が高いわけではない。
あれが、真司と結を脅かすもの。
それは「宮城」の奥深くに搬入され、保管された。
以上の事柄をその冷徹な頭脳が計算するに、もう家族に害はないだろう。
彼の家族に何らかの障害や危害が与えら得ない限り残りの「みらい乗組員」が縛り首になろうが、電気椅子に送られようが、銃殺されようがどうなろうと知ったことではない。

「ああ、それなりに、な」

だから殆ど気にしてない。
一方、新城直衛は違う。
彼は軍人だ。
実は誰よりも命令に忠実な、それでいて自分に課した己の義務を果たす事だけは忘れない典型的な職業軍人なのだ。
彼にとって「みらい」奪取とは、その乗組員全員の捕縛も意味し、守るものとは「大日本帝国の臣民」も含まれる。
彼自身がかつて上海暴動で駒城家次期当主に義姉蓮乃と共に日本軍に救われた経験を持つのだ。
故に。

「そうか、大した心臓だ。心底軽蔑するな」

「ああ、どうとってくれても構わん。君らの批評など私には何の価値もないのだから」

新城直衛。やれと言われれば無抵抗の民間人殺害もする。
しかし、守れと言われれば我が身を盾にしても対象を守る。
まして、爆発が起きた場所はユーリアと蓮乃らがいた帝都。
彼は自分が爆弾を爆発させた自責の念に囚われていた。

370 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:11:44
最後の一人、草加拓海はより複雑だった。
彼は終始無言。
作戦は順調であり、「みらい」全て掌握。危険な書物類は全て「天皇陛下」の「お手元」である「宮城」に持ち込めた。
そして誰にも見ることができない。それこそ大日本帝国が滅亡しない限り閲覧不可能な場所と条件で保管できた。
もう安心だと思っていた。
だからだろう、津田が慌てて駆け込んできた時の驚愕の表情を浮かべたのは。

『なんだと!?』

『は、たった今、帝都の新宿にてテロが発生しました。
警察からの連絡によると死傷者30名前後、周囲の家屋6棟が全損、3棟が炎上中です。
なお、主犯格は角松洋介ら「みらい」の乗組員と考えられます』

あの冷静沈着な草加拓海が絶句したのはあとにも先にもこの瞬間だけ。
彼の複雑な胸の中は誰にもわからない。
そして退出する際に津田は一度だけ振り返り、草加を見る。
津田はその瞬間を報告書の自由記載欄(これは情報を思い出しやすくする為の夢幻会の小さな提案)に書き残した。
後の政権文章にまで引用された名言。

『あれを見たか? 自分は一生忘れられないだろう。
あの草加拓海中佐(当時)が泣いていたんだ』

これは後に知将として世界中にその名前を轟かすカルフォルニア共和国のヤン・ウェンリーと比較される程の草加拓海の数少ない謎のエピソードだった。
だが、それはどうでもいい。
今の時点で草加の心の中にはたった一つの感情があった。
泣いている事に彼自身は気がついてない。
だが、心中は激流だった。嵐に投げ出された小さな小舟。台風の中のゴムボートの様に進路が定まらない、

(失望したな、角松洋介。
違うか、君は私が知っている、私をミッドウェイの海に沈みゆく水偵から助けた角松洋介ではない、最初から異なる別人だったのか。
ふふふ、偉そうなことは言えん。
失望されるべきは君を友人だと勝手に思い込み「みらい」を穏便な形でこの「帝国」に帰属させようとした愚かな賢人気取りの男。
私、草加拓海本人だったという事か)

「笑えてくるな、過去にみらいからきた未来の過去にも縛られないと思っていた。
そう行動してきて理想の国を作ろうと努力していた。
目前に見えていた「みらい」に踊らされていたのに」

草加は自嘲する。
それは彼の本心からの悔恨。

「私は貴方を友人だと信じていたのだぞ、角松洋介。決してあんな真似をする様な人間ではない。
信頼に値する友人だと信じていたのだが・・・・黄金の国であるジパングに惑わされたのは私か?」

とにかく再び黙っている三人が首相執務室に呼ばれたのはそれから30分くらい後のことだった。
中で嶋田総理らが険しい表情で待っている。
さて、誰にとって本当の意味での針の筵になるのだろうか?
草加か?
新城か?
碇か?
それとも「みらい」にとってか?
後に運命の20分という極秘会談が起きる。

371 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:13:45
1945年10月6日 深夜  大日本帝国帝都ドイツ大使館

「敵の狙いは分かった、この男たちだ」

アドルフ・カウフマンは吠える。
自分宛に送られた速達の手紙が深夜に到着した。
差出人はアドルフ・カミルであり、内容を書いた人物はアンネローゼ・フォン・グリューネワルトという女。
内容は以下の文。

『大英帝国MI6エージェントである007ことジェームズ・ボンド中佐の狙いは角松洋介、梅津三郎という人物。
同封した書類と写真が彼ら履歴書と思われる。
彼らは大日本帝国情報部と海軍技術部に勤務しており、大日本帝国軍の最新技術を集結させた新造艦MIRAIの艤装委員会所属。
彼らは自己の待遇に不満を持ち、第三国への亡命を図っている。
先の新宿の爆発は角松ら上陸班が意図的に作り出した偽装工作』

書かれている内容に信頼性は全くない。
ゼロだ。
だが、アドルフ・カウフマンにはそれに縋るしかない。
彼は追い詰められていた。
母親から、「私が何とかするから今すぐ日本大使館に行き、亡命しなさい」という電話を何度も受け、更に直接説得されていた。
それを誰かに写真で取られて脅迫された。宛先不明の封筒には「亡命申告書」という最悪の書類が同封されて。
これを母から預かったエリザ以外は誰もまだ知らない。
しかし、エリザにも言えない。
加えて、ヒトラー総統が日本への宥和政策を押しすすめる気配が濃厚だという。
先のイラン演習大敗北の影響が遂に外交に出てきた。
しかもなぜか知らないがゲーリング国家元帥が自分ら特別潜入作戦部隊「ワルキューレ」に命令してきた。
正確には助言というか、忠告、或いは嫌がらせだったが。

『ドイツ人は日本人に屈しない、諸君らにもそのドイツ民族の誇りがあると信じる』

なんとまたバカバカしい。
それを最初に見た在日駐在武官のヴァルフ・シュルツ陸軍少尉とガル・ディッツ海軍中尉は失笑したという。
彼の国家元帥殿こそが、電報にあるその「大敗北」を東洋の島国に喫して、劣等民族に屈辱的に「屈した」筆頭格であり代表ではないか。
なのに、若造の武装親衛隊大尉に指揮された部隊を追い込んでどうするのか。
だが、最大の問題はゴミ箱に丸めて捨てたはずのその電報をエリザ・カウフマンが夫との情事後に見せたこと。
だから、作戦に参加しているエリザら女性陣を除いた14名(全員が特殊訓練を受けた者たち)を集めた。
因みにシュルツ少尉もディッツ中尉も彼の監視役。
彼が本当に亡命しようとするかもしれない、という危機感からではない。
ヒトラー総統お気に入りの武装親衛隊に、イラン大演習で面子を傷つけられた陸軍上層部の嫌がらせと、絶望的な差がある大日本帝国の情報をこの厄介者どもが少しでも回収すれば儲けものだと思っている海軍上層部の負の足の引っ張り合いが一致しているだけ。
彼らふたりは会議の準備に参加するだけで絶対に実際には行動しない。
その権限もないし、義務もないのだ。ついでに義理もない。
今も部屋の前で護衛と称して必死に弁舌を振るう年下のアドルフ・カウフマンを笑っている。
その理由は彼らの経歴。彼らは第二次世界大戦で常に最前線にいた。
シュルツは東部戦線で同じドイツ軍なのに一般親衛隊にオーストリア人として差別され、監視までされ、恋人との逢瀬の内容と回数まで報告させられた。
ディッツはカナリア沖で観戦武官という名目のスペイン・フランス連合艦隊の内偵をしていたが、日本軍相手に地獄をみて乗っていた乗艦を沈められ、三日間部下たちと共に大西洋を彷徨ってサメに襲われて数名の部下を失った。
実践経験豊富な矛盾する世界を知っている若い両名。
彼ら二人にとってはアドルフ・カウフマンの様に安全な国内(彼の東部戦線配属先も比較的安全だったポーランド・ソビエト連邦国境より西)。
そこで治安維持と不穏分子弾圧の名目で民間人を殺す事だけしかしなかった連中なぞ片腹痛いのだ。
むしろ最前線で戦った軍人らにとって治安維持の名目で後方にいた一部の武装親衛隊や一般親衛隊など侮蔑の対象でしかない。

372 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:14:17
「聞いたか、シュルツ少尉?」

「何がでありますか、ディッツ中尉?」

二人がタバコを蒸す。
日本産のタバコで「光」という。
この国ではこれらが主流だ。
パイプタバコや葉巻は少ない。
ましてこの世界規模の異常気象と大西洋大津波にアメリカ風邪の拡散の脅威ではそういう嗜好品の作物・植物類を作るよりもジャガイモの方など実際に食える作物を優先する。
今吸っているタバコも軍人だから比較的簡単に手に入るのであり、イギリスやドイツ本国辺りでは一般向けの酒類でさえ配給の動きがある。
ソビエト連邦に至っては聞きたくないが人を、いや、考えたくない。
だから、まあ、多少物価が高く、ほぼ全ての日本人に敵意を向けられるとは言え、この日本は文字通りで楽園であり天国だ。
適正価格で市場に商品が庶民が買える値段で流通している。
これだけでこの国が事実上の世界最大の列強だとわかる。
それを、あの阿呆な大尉は。

「ゲーリング国家元帥の腰巾着だったグレムト・ゲールが降格させられてテキサス共和国に流されるらしい。
しかもパナマ運河経由だから一度も本国には帰らん、日本から直行だ」

ゲール、ああ、あいつか。
嫌味な野郎だ。
栄光あるドイツ陸軍軍人でありながら軍を役所仕事であり、自分たちは役人だと言った戦友とは到底呼べんおべっか野郎。

「それは喜ばしい」

シュルツは彼のあの態度が我慢ならない。
自分だけならともかく、軍とも彼とも無関係なオーストリア人の恋人であるライザをオーストリア人だと貶なすだけでなく、更には伝統あるプロイセン軍人の誇りを持たない役人軍人。
たしかに正規軍といえども突き詰めてしまえば役所だ。
それは否定しない。
だが、同僚、いいや戦友らが今もなお世界中で銃を持って戦っている中でこの安全な極東の島国の、しかも更に治外法権が確立している大使館で酔って自慢げに言っていい言葉ではない。
それは海軍でエリート士官でもあるディッツ中尉も同じ。
彼も清々している。

「それと、あそこの部屋で演説に全身全霊を込めている大尉の事なんだが、知っているかね?」

「は?」

シュルツは聞く。
ゴシップの類、だな。
そう直感が告げる。
そして直感は当たる。

「ああ、あのカウフマン大尉だがな、彼は武装親衛隊大尉のくせに実は日独混血児らしい。
だから、オーストリア出身の君よりも立場が悪い。
私や君は大ドイツ主義の括りとヒトラー総統の出身地からみれば一応は「純潔」のドイツ人だ。
ああ、悪くしないでくれ、私はオーストリア人や東プロイセンだからと差別したくない。
だがな」

そうか。
ディッツ中尉の言いたい事がわかる。

373 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:15:27
「そうですね、中尉。
彼は混血児であるが故にあそこまでこの大日本帝国と日本人を否定するのですか。
オーストリア人の私や私の恋人、先の大戦で敗北した海軍にユダヤ人らを目の敵にするのは、そうしないと自分のアイデンティティを確保できないから」

そういう事だ。
可哀想な人物ではある。
そう考えれば。
ならば尚更だ。
尤もそれ以上に不幸な人間はこの世界には数多いる。
というかそちらが絶対多数派になる。
だから同情はしない。
深入りもしない。
当たり前だ、彼は腐っても差別主義のナチス・ドイツ武装親衛隊所属。
これが免罪符にはならん。

「だからお互いに深入りはしないでおこう」

「ええ、中尉の言うとおりですな。
下手に密命を帯びた親衛隊に関わるとろくなことにはならない」

それはシュルツの東部戦線での経験。
ディッツもカナリア沖海戦で大日本帝国の恐ろしさを知っていた。
その恐るべき東洋人の本国で20名未満で武器を持って軍事作戦。
しかも重要人物であろう日本人強制拉致を企てるなど、はっきり言って頭が狂ってるとしか言い様がない。

「おや、そろそろお出かけのようだ」

「では、この寒い廊下での見張り番、もとい、護衛任務も終わりですか。
ああ、そうだ実は娘ができたらヒルデと名付けるつもりです」

気を紛らわす言葉。
シュルツもドイツ本国から連れてきた恋人ライザがいる。
夜の相手には事欠かない。

「知っているかね、シュルツ少尉。そういう事をこういう場で言う、日本人は「フラグを立てる」と言って忌み嫌うそうだ」

ちょっとからかうガル・ディッツ中尉。
あの日本人が忌み嫌うという事は本当にまずそうな気配がするな。
下手な預言書よりタチが悪いし本格的だ。

「そ、そうですか」

流石はドイツ大使館に派遣された海軍軍人。
その海軍比率と戦力火が絶望的な劣勢ゆえにか、よく日本の習慣を知っている。
開き直りか?

「因みに私はメルダと名付けるつもりだ。
何故か知らんが将来名前通りに空軍に入りそうなんだが・・・・まあ、空軍が如何に実力主義でも女パイロットなど選ばんだろう。
それにまだ婚約発表をしてもいないが、帰国したら相手を問答無用でベッドに押し倒すつもりだよ」

「中尉は気が早いですね、そして男らしい」

二人の軍人が去る。
そして深刻な表情をしてアドルフ・カウフマンが部下たちと共に立ち去っていった。
彼らは一隻の船を目指す。
その名前は「平安丸」。
大韓帝国の国籍を持つ、今のところは大日本帝国も強制接収してない船だった。

374 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:15:58
同日・首相官邸・特別尋問室

本来であれば一生使われない筈だった。
増築工事と建設時に夢幻会の建築設計士のどこかのだれかがノリで設計に組み込んだ、「24」をモチーフにした特殊ガラス張りの部屋。
そこには菊池雅行が一人座っている。

「彼か?」

部屋のガラス越しにいるのはシティ・ハンターである冴羽?。
冴羽?の監視役にして案内役である新城直衛中佐。
「みらい」担当の最高責任者となっている草加拓海中佐。
情報部と警察からは碇玄道に冬月幸三。
その冷たい視線を浴び続ける菊池。

『私は大日本帝国と取引したい』

そう言った。
は、何を今更。
もうお前にそんな価値はない。
バカを言うな、テロリスト集団に妥協すると思うか?
などなど。
だが、警察の尋問の中で必死に弁護した。
自分ではない。
梅津艦長でも爆破事件の犯人である角松ニ佐でもない。
死んだ尾栗でもなかった。

『俺じゃない! 俺は殺されてもいい・・・・だが、みらいの乗組員で生き残った人間には最後の機会を与えてくれ!!
あれは、あの発言もその後の抵抗も何もかも俺たち幹部の責任だ、幹部だけの独断だ!!
残っていた人間は何も知らないんだ!! 本当だ!!
信じてくれ!!!
爆破事件があった事も。梅津の暴走も、角松の凶行も何も知らない・・・・責任は艦長を止められなかった俺にある。
だから頼む、生き残っている部下たちだけは・・・・最後の温情を与えてくれないか!!』

ふざけるなぁ!!
黙れ売国奴!!
貴様、恥を知れ!!

竹刀が彼の胴体に、頭に何発も叩き込まれる。
だが、同じことを気絶するまで、いいや、気絶から覚めても彼は訴え続けた。

『俺は死ぬだろう。
だから、草加中佐に伝えてくれ。
俺の知識を全て草加中佐に渡す。全てだ、全て。
そのあとで殺されていい。
だが、その前に頼む。
乗組員らに最後の説得する機会をくれ。どこでもいい。
俺は流刑地に送られてもいい。ソ連に奴隷として売られれても文句は言わない。
だが、あいつらは何も知らなかったんだ・・・・知らない・・・・だから!!』

その言葉は心からの叫び。
魂の叫び。
胸の中から出てきた菊池の咆哮。
尋問官達は焦った。ここまで言うのだ。ここまで頼むのだ。ここまで願うのだ。
我々一般の職員は国家の秘事を何も知らない、知ってはならない。
だが、それで知りませんでしたと言って一時の感情で彼を殺して大丈夫なのだろうか、と。
少なくとも彼は反乱を起こすまでは海軍少佐なのだ。
軍内部でもエリートだと聞いた。
その彼が艦長を止められなかったのならある意味で仕方ない状況ではないのだろうか?
そう思うと殴りつける竹刀も少しずつ弱まる。
血が出ている。
腕も折れている。
足も内出血で紫色だ。
歯もかけた。
それでも菊池は部下たちの無実を訴え続ける。
そして。
それはある意味で実を結ぶ。
夢幻会転生者の大半は民間人。それも平成の民間人であり、平和な日本国国民だ。
拷問や超法的処置など実はしたくない。というか、どうして良いかわからない。
だから専門の碇に丸投げして、彼は妻と息子が無事に碇宗家の屋敷に避難できたから殆どもうやる気は無い。
つまり、どうでも良かったのだ。
彼の愛する息子、碇真司と妻である碇結の将来は少なくとも四半世紀は安泰。
辻大臣からも報酬として息子宛に学習院学園の幼年学部から大学部まで入学・在籍許可、つまり特待生としての待遇を手に入れた。
辻と碇、彼らの重視する教育も問題はない。
だから、碇玄道にとっては「みらい乗組員」の「未来」など心底どうでも良かった。
それが、つまり、碇の無関心が、ここで菊池を助ける。

375 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:16:29
「草加中佐、私は海軍の造詣は深くない。
だから「みらい」を知っている君が判断をくだせ」

碇が言う命令のような口調だ。が、そこに真剣味は感じられない。

(ふむ、最後の後始末はしておくが、真司と結のためだな。まあ仕方ないか)

菊池への対処は草加に委ねた。
また、竹中も義理と責任を果たす。
守るといったのに守れなかった、その責任を果たすのだ。竹中と冬月も彼らなりに。

「彼をどうするか、それは君が決めてくれ」

草加拓海は「みらい」艦長室に保管してあり、私物として自分が没収したアメリカ合衆国のベレッタを隣で無言の冴羽?に渡す。
冴羽は無関心を装いつつも、部屋に入る。
ベレッタを見る菊池は一瞬で理解した。
この銃は本来誰の持ち物で、この男が何故これ程冷たい視線を俺に向けているのか。

(そうだ、これはあの大震災で見た目だ。
テロで家族を失った人々がそのテロ組織の犯行予告や宣言に対して向ける復讐の炎を宿した冷徹な目)

なんとか視界を回復させる菊池。
それに冴羽あるものを突き付ける。
冴羽が全焼したキャッツ・アイ。
思い出の家で、なんとか奇跡的に焼けなかった写真、キャッツ・アイとファルコン、自分、香、アシャン、槇村、冴子の集合写真を菊池に見せる。
ドアを閉めた。
スピーカー越しに尋問官らが冴羽?の独白を聞くことになる。
菊池は両手を後ろで縛られ、ひび割れしたメガネをかけたまま、パイプしかない座る場所が空洞のクッションがない椅子に固定されている。

「俺を見ろ、この写真も」

冴羽が菊池に言う。
なんとか冴羽の顔を見る菊池。

「この女性は香、子供はシャンイン。
俺の妻と娘だ。どっちも軍人じゃない。
銃を握ったことさえない。
香は赤十字として戦争の最前線で人間を助ける為に地獄を見て、それでも今も生きて前を向いている。
アシャンは本当の娘じゃない。でも俺の娘だ。
あの子は両親と叔父を満州平野の戦闘で亡くした。まだたったの3歳で、だ。
親と死に別れるにはまだ若すぎる。
なのに、神様って理不尽で非情で、残忍なんだな。
アシャンは親を失った。それも自分の目の前で。
その記憶は・・・・幸か不幸か知らないが、忘れている。
ただ、それでも夜中にうなされ、泣きながら香や俺に抱きついてくる。
怖い、怖い、怖い、パーパ、マーマ、助けて、どこにもいかないで、私をおいていかないで、一人にしないで、と泣きそうな顔で」

そう、あの日も。
香が爆弾テロにあってアシャンを庇ったあの瞬間も同じ。
知らず知らずの内に銃口が菊池の額にまで持ち上がる。
押し付ける。
力の限り。
その顔は無表情。
なにも写してない。
瞳も焦点が定まってない。
虚ろな声、虚ろな瞳。

「お前、どう責任を取るつもりだ?
あの二人の顔に一生消えない傷跡をつけた。
香は娘を失う恐怖を知った。
アシャンはもう一度母親を失う恐怖を知ってしまった。
恐らく本当の父親たちの最期も思い出すだろう。
俺はいい。俺は仕方ない。どこでどんな死に方をしても仕方ない。
覚悟が出来てるかどうかは知らん。だが、納得はする。
だが、あの二人にそんな責任もあんな傷をつけられる理由も謂れもない、そうだろう?」

激情に駆られて冴羽は持っている銃の引き金を引き、その弾丸を菊池に発砲するだろうか?
それはガラス越しにいる草加や碇、冬月らにはわからない。
ただ言えること。
それは彼を止める気はないし、止められるはずもないという事実のみ。

「答えろ、菊池さん」

376 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:16:59
沈黙。
いや、直ぐに菊池は言った。

「あなたの問いに答える」

そうか。
撃鉄が引き起こされる。
引き金に指がかかる。

「全て私の責任であり失態だ。だから」

「だから?」

菊池は一言だけ言った。
冴羽の目を見て。
躊躇なく。

「撃て」

と。

「・・・・・・・・・・」

冴羽の無言。
一瞬だが永遠に近い空白。沈黙。
恐ろしいまでの表情がない表情。
冴羽は、引き金に指をかける。
力を込める。

「そうか、分かった」

ダン。

銃声が鳴り響いた。
銃口から銃弾が発射され、空薬莢が地面に転がる。
菊池は微動だにしない。
何人かは席を立った。
急いで部屋に入る。

「なら、あんたには責任を俺の前で取ってもらう」

「こ、殺さなかったのか?」

冬月が尋ねる。
そう、菊池は生きていた。
弾丸は彼の顔から数センチ右にそれて、いいや、敢えてずれて着弾。
生きた菊池雅行を確保する警備員。
冴羽は碇に向かって言う。

「勘違いするなよ、冬月さん。
俺は角松洋介という男だけは直接殺す。必ず殺す。
そして、こいつにも梅津三郎とかいう理想しか知らないクズにもそれ相応の責任をとってもらう」

銃の安全装置をかけて、冬月に返す冴羽。
彼はさろうとしていた。
もう、ここには用はない。
今のところは。

「責任?」

「ほう?

好奇の視線や様々な困惑が周囲を満たす。

「どうする気だ?」

「何が願いだ?」

「何を望むんだ?」

周囲の雑音がやかましい。

「何を望みますか? 冴羽さん」

草加が帰ろうとする聞いてきた。
冴羽?は悪魔も逃げ出すような、いいや、悪魔が見惚れる様な笑顔で言った。

377 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:21:00
「この菊池という男に、あの銃を使わせて、本来の持ち主である梅津三郎を殺させろ」

底冷えするような声が草加の鼓膜に到達する。

「俺の眼前で」

それで菊池は生かしていい。
でなければ首相官邸が閣僚もろとも半壊するだろうな。

「はは、下手な脅しか、シティ・ハンター?」

呟きが、本気の独り言が聞こえた新城や草加たち。
いち早く回復した新城直衛の楽しそうな質問だった。
シティ・ハンター冴羽?はポケットに手を入れて同じく楽しげに言う。

「違う、純然たる事実だ。新城中佐」

素晴らしい、この男、国家を、しかも世界最強となった不気味な巨大帝国を敵にしても己の復讐をやり遂げる気だ。
実に素晴らしい。
糞のようなクズどもの集まりである我々には相応しい最高の舞台俳優だ。
ああ、それに毒されている自分もクズだな。

(家族、そう、家族のため、に、だ。
ここにいる人間が自分の家族のために生きている。
僕も、草加も、殺されかけている菊池も、碇、そしてこのシティ・ハンター冴羽?も)

だからかな。
冴羽?も草加拓海も碇玄道も心底嫌いになれないのは。
新城は葉巻を取り出して火をつける。
キューバ産。もう生きている間には再建されない国家の一つだろう。
或いは永遠に消えてなくなった国家かもしれない。
歴史にしか存在しない国家だな。

「草加中佐、あの軍艦の乗組員全員にはまだ利用価値がある。
この菊池少佐の頭脳にある情報にも利用価値と付加価値はあろう。
ここは全て利用してから、その功績で「みらい」の阿呆の幾人かには情緒酌量の余地をつけても問題ないのではないかな?」

新城は草加に言う。
言外に、これ以上国内で大規模テロなどされてはマズイ。
特にこの狂犬を野に放つのだけはやめろ、と。
彼は嗅ぎ取っていた。
シティ・ハンターという男の裏にある自分と同じ狂気を。

「私も同意見だ。彼を捉えるだけで何人もの公安委員会の腕利きが再起不能に追い込まれている」

「それに、OSSといえばアメリカ合衆国が誇った最優秀な情報工作員。冗談抜きに「みらい」の素人は比べ物にもならないでしょう」

冬月と新城の意見に草加も賛成する。
わかっている。
あの目は本気である。
かつて、「大和」に乗り込んできた「角松洋介」と同じだ。

「ええ、少なくとも彼の納得する環境を作ることだけは最低限しないと。
私も今の首相を暗殺されるのだけは嫌ですから」

草加はこうも思う。

(ジパングの為には彼も、首相も、ここにいる誰もが欠けてはならない家族なのだから)

378 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:21:45
1945年10月6日 駒城宗家 客間 夕刻

「周囲を新選組が囲んでいるとは、物騒な世の中ねぇ
あ、なおちゃん、それまだ熱いわよ?」

客間の茶室で抹茶をたてるのは駒城蓮乃。
目の前には軍務を終えて久しぶりに千早と遊びに来た新城直衛と愛人のユーリア、それに苦労性にしてツァーラ株式会社(亡命欧州人主体の民間軍事会社=傭兵の下請け会社)の社長がいる。
クラウス・フォン・メレンティンが社長となり、副社長にして最初の教え子がユーリア。
彼ら二人から始まった会社は第二次世界大戦で一気に拡大。
特に北米分割と白人優位主義と日本台頭という矛盾に加えてカルフォルニア駐留軍を用意する可能性が出てきたと判断した夢幻会。
だが、黄色人種の正規軍を恒久的に駐留させることは白人社会の反発を招く。これは感情論であり理想論や理性では最早どうしようもない。
ならば、亡国となった国籍の白人らで負担を肩代わりさせようというのが外務省から提案されて、密かに閣議で可決された。
その尖兵となるのが海援隊が母体で、この陸戦部門を統括している帰化した亡命ロシア人部隊司令官のクラウス・フォン・メレンティン少将が、彼が自ら訓練と指揮をしていた義勇亡命ロシア人部隊。
今は大日本帝国客員大佐の身分で後輩の指導にあたっていたが、この度大日本帝国情報部のダミー会社の社長に就任した。
まあ、彼の危機感と趣味で鍛えた副社長のユーリア・ロマノフ・ツァーラは白兵戦で大の男、しかもアメリカ海兵隊の鬼軍曹を失神させた。どうでもいいが。
人殺しの経験もないし、その覚悟も気概もないが、逆に言えばそれだけの実力はある。
実は英国諜報部はMI機関の00エージェント、空席になっているロシア系イギリス人として009にスカウトしたいほど逸材だった。
まあ、新城直衛の愛人なのだ。悪いが推して知るべし、だろう。
ただ、駒城蓮乃、新城直衛、碇結、クラウス、愛称がサーシャという後輩、子猫の千早以外には本音とその本性はを見せない、深淵の淑女である。

「はは、蓮乃のお茶なら例え沸騰していても直衛は飲むわよ」

今も護衛の兵士や警備員が日本庭園の庭にいる。
せっかくの景色が台無し。
白い息を吐いている拳銃と日本刀で武装した黒い制服に「誠」の腕章をつけた新選組に、駒城家の雇った退役軍人中心の警備員が数名巡回しているのだから。

「結は息子さんがいるから碇宗家から外出禁止なのね」

碇ら各地の華族や大企業も似た様な警戒態勢。
それ以外にも日本最先端技術を支える下町の中小企業にも警察と軍が人員を派遣している。
予算を食うが、現政権らは知っていた。
彼らこそが日本の至宝であり、代わりがない大日本帝国の屋台骨である事を。

「そうよ、私も結ちゃんもユーリアちゃんみたいに強くないし。
結ちゃんの息子の真司君はまだ1歳にもなってないから。
それに私もそろそろ外出を控えないと」

そういって自分のお腹を撫でる。
それが分からぬマヌケはこの場にはいない。新城直衛以外。

「え?」

新城は何が何だか意味がわからないという顔をする。
呆れたのは全員。

「新城殿」

「何です、クラウスさん?」

クラウスが当たり障りのない言葉で説明した。
曰く、蓮乃様はご懐妊されているのだ、と。
その言葉に一気に赤面する蓮乃と直衛。
何故あんたが赤面するのだ、とはクラウスは思ったが全く表情にさえ出さない。

「あ、いや、そ、それは、それはすごい!!」

新城が立ち上がって、深々と頭を畳につける。

「おめでとうございます、義姉さん」

ここまで改まった上に恐縮する新城直衛は蓮乃以外見たことない。
だから、だろう。
蓮乃が呼んだ人物らが案内してきた警備兵と一緒に唖然として、自らの持っている印象とは数万光年は彼方にある陸軍近衛師団特別連隊「剣虎」の指揮官である中佐の姿を唖然と見ている。
全員、一切の例外がなく。

「あ、え?」

新城が顔を上げると見知った顔が数名。
そう、数名の知っている顔。やばいな、これは。

(口を封じるか)

物騒な思考回路。

379 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:22:18
「は、はは、ひ、久しいな、新城中佐」

「あ、あの、僕は何も見てませんから、ね? 
だからその視線をやめてください! 僕はいいからサーシャは殺さないで!!」

「ま、ま、ま、守、お、落ち着け、落ち着くんだ!!
これは罠だ。あの「みらい」艦橋で尾栗を殺そうとした時と同じだ!! 油断するな!!」

相手は海軍軍令部艦政本部本部長の笹嶋定信大佐。
次にいるのは副官であるアンドレイ・バラノヴィッチ・コンドラチェンコ中尉(新城が自身のコネを最大限に利用して赴任させた、明治以降、近代日本軍史上初めての純粋な日本人以外の近衛師団所属、ただしこれ以上の昇進はない)。
それに「みらい」制圧時に偉そうに説教をした相手である、藤堂守中尉。
藤堂守のとなりにいる女性は副官の妹アレクサンドラ・スターリナ・コンドラチェンコ、通称サーシャかな?。
それに藤堂守の父親であり戦艦大和の艤装官最高責任者である藤堂明大佐。

「君らは・・・・」

僕に喧嘩を売っているのだな?
僕に喧嘩を買えというのだな?
よろしい、ならば戦争だ。一心不乱の大戦争だ!!

「「「「「「ま!!」」」」」

一気に殺気を込めて立ち上がった新城に威圧される面々。
拳に力が入る。
だが、今にも殴りかかるべく、軍隊教育で鍛えられた体が動き出した瞬間。

「待ちなさい、なおちゃん」

静かな声。
お茶を飲む女性はゆっくりと憂いを帯びた表情で新城直衛を止めた。
そう、誰もが止められない狂気の沙汰を身にまとう中佐を。

「私の前で暴力を振るうの?」

それは新城直衛にとって原爆を数千発落とされるより威力がある。
ただ一言。
たった一言。
それであの悪魔の化身と大陸で恐怖を撒き散らした「剣虎」の指揮官が止まる。

「ごめんなさい、義姉さん」

「わかればいいのよ。私は知っている、なおちゃんは優しいから」

これはダメだ。
はぁと全員がため息や安堵の息をする。
指定されていた座椅子に座ると、全員の前に鍋料理が持ってこられる。

「ちゃんこ鍋ね。みんな、早く食べましょう。警備の人たちも交代してくださいね」

蓮乃の声。
そこから平和な日常が始まる。
日本酒やウォッカ、ワイン、焼酎、季節のジュースを女中たちが配る。
箸が進み、様々な話題で盛り上がる面々。

「そう言えば何故ここに笹嶋大佐が?」

彼は駒城や華族らとは関係ない平民出身の軍人だが?
新城の疑問に笹嶋は隠すこともなく答えた。

「ああ、実は駒城家と実家が懇意にしているんだ。
日本海運の課長の兄が大陸の物資輸入の件でお礼の挨拶に行くからお前も付いてこい、と。
既に知っているだろう?
例の爆破テロ事件以来夜間交通規制が敷かれていて民間人が8時以降外出するにはどうしても軍か警察の許可書ないしは同伴が必要だからな」

そうか、あの事件はそんな影響を。
角松らの足取りが未だつかめない。
警察も軍も必死だ。
いや、政府上層部は掴んでいるかもしれないが、僕が制圧したあの「みらい」関連なら慎重になるか。
だから笹嶋さんは兄上殿にダシに使われた訳だ。

「で、先程から親しそうな彼は?
海軍の礼装ですが、階級から見て大型戦闘艦の艦長でしょうか?」

僕も草加を見ているし、陸軍とは言え同じ帝国軍。
だからわかる。
彼は海の男で海上勤務が長い海軍の佐官だ。

「はじめまして、新城直衛中佐。
詳しくは知らんが息子の藤堂守が世話になったようだ。
帰ってきたバカ息子は男の顔をしていたよ。甘えが抜けていた。
ありがとう。
私は藤堂明大佐。
軍機につき名前は言えんが数年以内にある軍艦の艦長になる予定だ。
笹嶋大佐とは同期であり現在の仕事仲間だ」

380 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:22:50
藤堂守、ああ、あいつか。とういうか、あいつはこの如何にも切れ者みたいな人間の息子なのか。
それにしては情けなかったが?
いいや、パイロットだから空だと違うのかもしれない。
というか、軍の発表ではインド洋演習でスピットファイア6機を撃墜しているし、ハワイ沖海戦でも戦艦に魚雷を命中させていた。
ならば、海や空だと違うのだろう。
そして僕の隣でそわそわしている白系ロシア人の副官を紹介しておこう。
彼の出世や保身のためにもパイプは多い方が良いしな。

「彼はアンドレイ・バラノヴィッチ・コンドラチェンコ中尉です。
コンドラチェンコ中尉、目前で酒を飲んでいるのが笹嶋大佐で、サイダーを飲んでいるのが藤堂大佐である。
付け加えるならば二人共に海軍主流派閥で、遠くない未来に我らが帝国海軍の将官になるだろう。
お二人共、彼は特殊部隊上がりの叩き上げで、いざと言う時の陸戦には非常に頼りになる。僕と違い。
君も顔を売っておいて損はない御仁だ。中尉、さあ挨拶を」

立ち上がり敬礼する中尉。
同じく立ち上がり答礼する二人の大佐。
着席。

「アンドレイ・バラノヴィッチ・コンドラチェンコ中尉です、笹嶋大佐、藤堂大佐。
藤堂大佐とは以前にもお会いしております、新城中佐。
特に藤堂大佐のご子息とは浅はかならぬ縁です」

何?
そいつは初耳だが?
困惑する僕の顔を見たのだろう、藤堂大佐が助け舟を出す。
息子に。
端の方で中尉の妹とイチャついてる。
全く。

「あ、ああ。そうか中佐は知らんか。うん、当然だな
よし、おい、守、彼に自分で説明をしろ」

そう言われて藤堂守らが来る。
僕にタバコを渡して火をつける。
一服。

「中佐、こちらがサーシャです」

「アレクサンドラ・スターリナ・コンドラチェンコです。
兄と夫がお世話になっております。
ユーリア先輩の会社で日本人向けにロシア語教師と翻訳の仕事をしております」

あれ?
何か言い方を間違えたのか?
たしかに流暢な日本語だと思ったと思えたが?

「夫?」

この間の藤堂中尉の醜態を見るからに、まだ単なる女性だと思っていたが?
あれから一週間も経過してないのに?
え、夫?
家族なのか?

「実は昨日入籍しました。12月に正ロシア教会で結婚式を挙げます」

あ、なるほど。
こいつ。

「ほう、そいつは素敵だな」

珍しく心か賛辞を送る。
祝い事を貶すほど新城直衛は腐ってない。

「それに私は今妊娠しております。医者の見立てでは2ヶ月です。
その事をユーリア先輩と蓮乃先輩に申したら、せっかく東京に行くのだから報告会を兼ねて女同士でお話をしようと」

見かけによらず藤堂守は手が早い、という事か。
妹もまだ20代で叔母さんだ、弟に至っては10代で叔父さんだ。
小遣いをせびられるだろう。
と、藤堂明大佐は思った。

381 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:23:22
まあ、辻大臣らの政策でこの国は英独に比べて女性の社会進出は遅れている。
英独は人口の半数を「仕事をしない、国家にとっての無駄飯食い」として家庭にとどめるという発想が無い。
彼らにはそんな贅沢など許されないのだから。
既に国家財政は火の車。日本ほど余裕はなかった。

「さて、蓮乃、サーシャ、行きましょう。いわゆる女子会よ、直衛」

「ああ、それはいい」

そう言ってワインとウォッカ酒瓶片手に去ろうとするユーリア。
肌着が汗ばんでいる。
女中がタオルを渡す。
それみて、クラウスが一言。

「はは、姫様も早くこのクラウスに孫を見せて頂きたいものです。
そう、性格が穏やかで親に似てない孫の顔を見たい、気難しい男女に気苦労で殺される前に」

と。

「・・・・・・・・・・・・クラウスさん」

「クラウス、だからいつも聞くのだけれど」

「「どう言う意味?」」

しれっとして彼は述べる。

「無論、悪意はありません」

382 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:28:58
1945年10月7日 15時00分 警視庁 特別監房

「?」

ドアが開いた。
そこには海軍少佐の軍服を、そう、彼にとっては旧軍の軍服を来ている海上自衛隊佐官である菊池がいる。

「梅津一佐、お時間です」

後ろには数名の警察官。
官僚、軍人。
そして、冷たい目線でこちらを見るトレンチコートの視線が鋭い男。

「彼は冴羽と言います。
そして、警察の方々に公安委員会の竹中さん」

「何の話だ? 菊池三佐? 何の真似だ?」

彼は無表情にこう告げた。

「梅津、いいえ、梅津一佐、大日本帝国は貴方に最後の敬意を評します。
海上自衛官、つまり日本国の軍人として処遇する」

それは違う。
そうだ、そこを違えては「みらい」が「みらい」としてなくなる。
我々がこの世界で「みらい」を守る意味が無くなってしまう。

「待て、菊池。海上自衛官は軍人ではないぞ!!
我らは自衛官だ、軍人じゃない。大日本帝国に毒されるな!!」

やつれた男のしゃがれた叫び。
だが、誰にも届かない。
菊池にも、永遠に。

「梅津三郎、あなたの言う「みらい」とは何です?」

え?

「聞こえませんでしか?
それとも聞きたくないのですか?
もう一度だけ聞きます」

あなたにとって「みらい」とは何ですか?

「な? 菊池三佐、それは決まっているだろう?」

言うまでも無いことだ。
我々の中でそれは決まっているはずだ。

「菊池三佐、何を言うんだ? 
何故旧軍の軍服を着て私の前に立つ?
「みらい」の一員である君にも分かるだろう?
いいや、分からなければおかしい。
それに、角松はこの世界を見てもわかっていたではないか?」

「我々の異質さと恐ろしさ、そして守るべき「みらい」という存在を、そうではないか!?」

目の前の男は自分に同意を求めている。
だが、共感も同意もしない。
それはそうだ、彼の決断が「みらい」と「帝国」を「戦争状態」に追い込んでしまった。
だから、もう、彼を艦長とは呼ばない。
顔を横に振る菊池。
彼は言った。
そう、遂に彼も決断した。

(これが私のルビコン川だったか。後は最後まで征くのみ)

383 :ルルブ:2015/02/10(火) 01:36:22
今はなき防衛省は過ちを犯していた。
思想的に問題のある人間を軍艦の艦長に就任させたりミサイルの発射ボタンを預けてはいけない。
国家や思想に忠誠を尽くすまでは仕方ない。
しかし、自ら描いた理想郷にたどり着く為に、「理想」と「信念」に溺れて溺死する。
仲間もろとも。
死ぬなら「たった一人で誰にも迷惑をかけない場所で」死ぬべきなのだ。
決して、一隻の船を預かる人間がやって良いことではなかった。
俺も、この男を殺してでも部下を守るべきだった。
シンガポール沖で新城直衛が言ったように。
シンガポール沖で草加拓海が頼ったように。
もう、何もかも遅かったが。

「梅津一佐の言う、或いは望む「みらい」とは結局何だったのですか?
我々がいた世界の日本ですか?
軍艦としての「みらい」ですか?
252名の乗組員と一緒に乗っていたカメラマンの人生ですか? 
彼らの未来、現在、過去でしたか?」

ガチャン。
何の音かと目を細める梅津はようやく気がついた。
菊池が自分の拳銃、シンガポールで預けていたあのベレッタを持っていた事を。
そして。

「理想ですか?
憲法ですか?
宗教ですか?
経典ですか?
それとも本来存在するべき「平成」へと繋がる「未来」という預言書でしたか?
あるいは航路図ですか? 
あなたの頭の中だけにある「みらい」の「未来」への航海予定表ですか?」

菊池はゆっくりと銃口を上げる。
構える。
梅津が息を呑む。
冴羽が見る。
何故か冷静だった。これほど冷静なのはこの世界に来てから初めてだ。
菊池はそう思った。

「あなたのせいで尾栗を含む31人があの夜に「みらい」で死んだ。
あなたがあの決断をあの時に下したせいで、「みらい」は戦争に巻き込まれ、敗戦し、占領され、大日本帝国に無条件降伏した。
まるであなたがこだわった歴史通りの大日本帝国、その太平洋戦争の過程そのままに」

冴羽の視線が痛い。
さっさとやれ、と。

「梅津三郎、もう「みらい」は存在しないのですよ。この世界のどこにも」

ま。

「ですがあなたの嫌う大日本帝国、その帝国軍のあなたに対する最後の温情です。
海上自衛官、いいえ、この世界ではあなたが最後まで認めないであろう軍人として責任をとってもらいます。
梅津三郎一佐、私、菊池雅行大日本帝国海軍少佐があなたに対して銃殺刑を執行する。
軍人として人生を・・・・」

構える。
狙う。

「終えてください」

ダン。

空薬莢が排出され、銃声が響き、銃がスライドされた。
ベレッタから火薬が燃焼した独特の匂いがする。
そう、弾丸は椅子に座っていた梅津三郎の額を貫いた。
血しぶきが壁一面に広がり、血の湖ができた。
既に物言わぬ死体となった梅津に背を向けて、菊池は最後の最後で「みらい」に乗艦していた海上自衛官として別れの挨拶を述べる。

「さようなら、艦長」

この日、菊池雅行という日本国海上自衛官三佐は死んだ。
そして、菊池雅行という大日本帝国海軍少佐が生まれた。

「冴羽さん、これでいいか?」

「ああ、とりあえずは一人目だ、だ」

ベレッタを返す菊池。受け取る冴羽。
梅津三郎の死は大々的に報道される。
NHKの公共放送は夜の定期ニュースで発表する。

『大日本帝国政府公表です、さきほど梅津三郎なるテロリスト容疑者を横須賀で拘束。
が、脱走を試みた為、止むなく帝国海軍少佐、菊池雅行氏が射殺。
詳細は翌朝の海軍省の公式見解を待っていただきたいとのことです』



「第十八話 完 」

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最終更新:2023年04月18日 19:41