151 :名無しさん:2015/03/31(火) 19:07:13
ミ○四駆とは元々高価で子供には手の届かなかったラジコンの代わりに作られた小型動
力付き自動車模型であり、史実では1980年代、90年代、2000年代と何度もブームが起き
た競技玩具の元祖とも言うべきものである。この玩具は当然転生者達も遊んだことがあり、
また電気を扱う改造玩具の入門として適当であるということもあり、ビー○マンから数年
遅れで開発が始まった。
史実では競技玩具のパイオニアだったミ○四駆だが、1940年代当初はまだモーターも乾
電池も高かったこともあり(庶民的には買えなくはないが、気軽に子供に買い与えることは
流石に難しかった)、憂鬱日本での競技玩具第一号をビー○マンに譲ってしまったが、1950
年代初頭に発売されてからはそんなことが気にならないくらい爆発的な人気を博した。
ビー○マンと同じく雑誌で連載された漫画と共に売り出されたミ○四駆は様々なボディ
があり(レーサーやフルカウル等)、ギヤを交換するだけでスピード、トルク等を変更でき
ること、そして子供でも接着剤を使わないで簡単に作れることからあっという間に売り切
れが続出。ビー○マンに続く競技玩具としてその地位を確立する。
だがミ○四駆はそれだけにはとどまらず、日本はもとより東南アジアや北欧等の友好国、
そしてさらにはイギリスや敵対的な関係にあるはずの枢軸国各国まで普及した。
これを知ったタ○ヤはなんとイギリスやドイツ、イタリアの自動車メーカーにミニ四駆
のデザイン設計を依頼し、これに応じたベンツやフェラーリ、ジャガーなど名だたるメーカ
ーがデザインしたミ○四駆が登場した。
こうして日本のみならず世界中に普及したミ○四駆だが、意外にも専用コースで走るこ
とを前提としたオンロードタイプより、オフロードタイプのミ○四駆のほうが売り上げが
良かったという。その理由として……

「……なあ、“戦車”ってミ○四駆の分類で良いんだっけ……?」

「さあ……?」

 日米戦争で勝利したこともあり、各種兵器が広く国民に知られるようになった憂鬱日本
では兵器の模型――この場合戦車や装甲車――をモーターライズ化したものがいつの間に
かミ○四駆として認識されるようになってしまったのだった……。

152 :名無しさん:2015/03/31(火) 19:07:56
というわけでミ○四駆について考えてみました。ビーダマンと違い、いつのまにか話が広が
って列強各国の自動車メーカーまでもがデザインを考案することになってしまいました。
でも実際に車を製造しているメーカーがおもちゃをデザインするというのも面白いかなと。

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最終更新:2015年06月10日 21:38