クリスマスだからリア充とは限らない



仕事は時間内に終える物。

常々自らに言い聞かせていようとも立場上多くの案件を抱えることがある身の上なだけに思い通りには行かない。

「師走は何かと忙しいものですが何故今日に限って」

せっかくのクリスマスが台無しだ。
気分が落ち込むので考え置くに止めたモニカは持ち帰っていた書類に目を通しながら自らのなすべき作業を続ける。

「処理しても終わらない作業が今日ほど苦行に感じたのは初めてです」

12月25日は恋人と過ごすべき夜だというのにどうして書類作業に専念しなければならないのだ。
軍での訓練も侯爵家後継者としての教育も険しく苦しかったが 今日のは別種の苦しみを感じさせられる。
好きな人とクリスマスを過ごせない。
恋する乙女としてこんなに辛く苦しいことはない。
降りかかってきた理不尽に世を恨む。

「枢木さんはさぞや楽しい聖夜の夜を満喫していることでしょうね」

日本の量産型第7世代KMFウィンダムの最終テストともいうべき模擬千で知り合った大日本帝国首相枢木ゲンブの子息 枢木スザク。
ブリタニア帝国皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアの事実上の恋人たる彼との会話に混在する甘い話は羨むべきものばかりだった。

いついつにデート。
どこどこへデート。
手を繋いだキスをした抱擁を交わした。
好きあっているから遠慮無く行える触れ合いは この聖夜に集大成を迎え更なる関係発展へ繋がっていくは必定。
こんなにも辛い私を差し置き彼はナナリー殿下との甘い夜を過ごしている。

リア充に天罰を。

スザクのことは恋に悩む者同士として応援してはいるが今日だけは嫉妬が勝ってしまった。
雪の降る寒いイブの24日 続く今日25日に行われていた大規模な反クリスマスデモに参加して叫んでやりたい。
恋人関係が成立しているスザクと 嶋田と恋人関係にはないモニカでは同じ恋する者としての立場が違うのだ。
仕事があろうとなかろうと嶋田と過ごすクリスマスは親しい者同士が過ごすクリスマスであって恋人同士で過ごすクリスマスには成り得なかった。
それでも一緒に過ごせれば世の恋人達など気にならないくらい心に余裕が出来るのだが今日はその限りではない。

「嶋田さん・・・・」

目を瞑り思い浮かべた初老の男性は変わらぬ笑顔を向けてくれる。
妄想でカバーするしかないのが腹立たしくも 妄想するだけで少し高揚する自分に呆れてしまった。

「失礼致します」

大使館の職員の声にモニカは妄想を掻き消した。
せっかく気分が良くなってきたところを現実に引き戻そうとは無粋な輩だ。

「モニカ様 今日はそろそろ」

まただ また来た。
これで何人目だろうか 上がらせてくれと申し出た人間は。
そんなに恋人と過ごしたいのか。
仕事よりも恋人優先か。
お前達それでも由緒あるブリタニアの騎士か。

「リア充は爆発しなさい」

「は?」

「なんでもありません 帰宅しても構いませんよ」

恋にうつつを抜かす軟弱な騎士など必要ない。

「はっ! それではお先に失礼させて頂きますっ!」

「お疲れ様でした」

なにが失礼させて頂きますだ。

「失礼だと思うのならば私の仕事が終わるまで職場待機するくらいの気概を見せて欲しいものです」

忠誠心厚き我がインペリアルガードの大半が主よりも先に帰宅とは笑いたくとも笑えない。

りり・・・ん。

いらいらしてきたところに響く内線のコール音。
取るまでもなく用件はわかっている。
此方へ足を運ぶ者もいれば内線で伝え来る者もいるから。

りりん。
りりん。
りりりーん。

「・・・・・」

出るのも腹が立つので放っておこうとしたモニカであったが一向に鳴り止まないコールに渋々受話器を手にする。

「なにようです?」

不機嫌丸出しのモニカの声は受話器の向こうにも伝わっていたが相手は意を決して切り出した。

「モニカ様・・・・ そろそろ私も」

「帰りたいのならば勝手に帰りなさいっ!!」

「なあおっさ~ん」

「なんだい?」

「なんで俺にはクリスマスを一緒に過ごしてくれる女がいねぇんだろ?」

「そんなのボクに聞かれてもしらないよ」

世のリア充が我が世を謳歌するこの日ほど虚しい日はない。
女どころか年金貰うようなジジイの家で飯喰ってるのが悲しいと玉城真一郎は思った。

「家ん中静かだけど誰もいねぇのか?」

「いない クリスマスだからってみんなして出掛けてるよ ボクは仕事の報告待ちで自宅待機してるだけ」

「仕事って おっさんマンション経営してる以外無職みたいなもんだろ?」

「まあ無職の隠居老人に近いけど完全な無職ってわけでもないよ 色々とあるのさ」

見掛けは小学生にしか見えないのに60代。
このへんちくりんな老人VVとの付き合い長い玉城はよく食事をたかりに来ていた。
クリスマスのこの日でさえも。
本音は何が悲しくてジジイと飯喰うクリスマスをすごさなけれればならないのかと失礼な事を考えていたが金無し彼女無し職無しだから仕方が無い。

「ああちょっとごめん」

VVが耳に手を当てる。
連絡だと言っていたが携帯の受話器らしき物が見当たらない。

「あの頭に付けてるカチューシャみたいなのが電話だったりすんのかよ」

足首に届くやたらと長い髪の毛を抑えているそれ以外に電話の可能性があるものはないので まあそうなのだろうと当たりを付けた彼はこたつに置いてあるみかんを勝手にとって食べ始めた。
家主のVVが咎めることもないからと好き放題。
怒られたら怒られたときに謝ればいいのだ。

「うん そう へえそれは面倒だったみたいだね で? うん 結局キミが片付けたのかい? うんなるほど わかったよご苦労様 ルルたちと合流するって? わかった行っておいで 寒いから風邪引かないようにね」

どうも電話が終わったようだ。

「何の電話だ?」

「仕事の 待っていた報告の件だよ」

「片付けってどんな仕事だよ やっぱあれか? 家賃滞納で部屋追い出したみたいな?」

「まあ 色々とね」

ぶーん
今度は玉城の携帯が鳴る。
バイブレーションにしていても静かな家ではよく聞こえた。

「今度は俺に電話か」

ジーパンのポケットに手を突っ込んで取り出したスマートフォンの液晶画面にはクララと書いている。

「おっさん クララからだけど」

「出てあげれば? というかボクの電話じゃないんだからボクに振らなくても良いよ」

「へいへい」

娘が男に電話を掛けたら普通気になるだろと思って聞いたのだが。
玉城なりの気の使い方であった。

「よォどうした?」

「メリークリスマスお兄ちゃん 浮気してないよね?」

「何が浮気だアホか お前俺のなんなんだよ」

「嫁っ!」

「で? 実際なんの用事だよ」

「ひどっ!」

こういうのは華麗にスルーが基本だろう。

「まあいいよ 用事はね クリスマスをひとりさみしく過ごしているお兄ちゃんを気遣う恋人コールに決まってるじゃない」

「恋人じゃあねぇだろ」

「間違えたゴメンナサイ 嫁だったよね」

「それも違う」

「あはっ 照れなくてもいいと思うんだけどなぁ」

「はいはいわーった好きに言っててくれ 悪いけど俺いま一人じゃねぇからあんまし長電話は困るんで用がないなら切るぞ」

飄々とした受け答えをしていたクララの声が瞬間感情を感じさせない冷たい印象に変わる。

「ねえ・・・・・・・一緒にいるのって女じゃないよね?」

なにかまずいこと口走ったのだろうか。

「女だったらいいんだけど生憎男でジジイ」

「ふ~ん ならいいよ・・・・ え? ジジイ?」

「VVのおっさんに決まってるだろ」

「じゃあお兄ちゃんいま家に来てるの?」

「まあな」

「またたかり?」

「うるせぇよ! 年末はいっぱい買うモンあって余裕ないんだからしゃーねーだろっ! つーわけでもう切るぞ」

「あ まってまってお兄ちゃん! だったらクララが帰るまで家にいてね!」

「なんでだよ?」

「いいから! 渡したい物があるの!! 絶対に帰っちゃ駄目だよ? 帰ったら酷いよ?」

「わかったわかった じゃーな」

どうせ帰ってもひとりだ。
電気代の節約で暖房も付けられない部屋では凍えてしまう。
それならここでのんびりしていたほうがよっぽどましだろう。

「なんて?」

「なんかしらねぇけど帰るまで待ってろってさ 待たせてもらってもいいか?」

「別にいいけどルルたちと合流して食事に行くらしいから遅くなると思うよ」

「そんときゃ泊まらせてくれたらいいし」

「どんどん厚かましくなっていってるような気がするのはボクの気のせいかな」

「気のせい気のせい 序でに風呂もいいか?」

「・・・・・いいよ」

「サンキューさすがは心の広い大屋様! お背中流させて頂きますってな!」

「まったく調子の良い奴だよねキミって奴は」

結局今年のクリスマスも彼女はなく過ごす羽目に。

「ああ悲しいぜ俺の青春 クリスマスだってのに大家のちっこい爺さんと風呂に入って背中流して・・・・ くそっ 来年こそは絶対にムッチムチナイスボディな女とホテルに行ってやるからな!」

「弱いよ もっと強く」

「人使い荒いぞおっさん」

「キミが背中流すって言ったんだろう?」

「とほほ」




「ふんふんふ~ん お兄ちゃんにプレゼント~♪」

精一杯のおめかしをするクララは仕事を終えてヴィ家の皇子皇女と合流するところだったが 食事の後が本日のメインだとして気合を入れていた。

「あれ?」

鏡に写る自分の顔は完璧ながらその下 襟元に赤い染みついている。

「うわ最悪 服汚れちゃったじゃない」

襟元の白い生地には本来赤いものはついていない。
となればさっきの仕事でついたものだろう。

「まったくもう! これだから大切な日に機情の仕事なんてしたくないんだよね!」

大切な日にお兄ちゃんと会えるようになったのは偶然だったがそんなの関係ない。
会える日に仕事を割り振ってきた機情が悪いのだ。
クリスマスなのにパパに無理を言ってクララを指名してきた向こうの責任だ。

「こんな汚れてたらお兄ちゃんに会えないよ あ~あ いつも以上に離れて発動させればよかったかな~」

聖なる夜に仕事を終えた少女は着替えをどうしようかと頭を悩ませるのであった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2015年06月14日 15:55