VV「愛娘と義理の息子になるだろう馬鹿の行く末が心配」




ふらりと顔を出すなり居住まいを正した彼がめずらしく真剣な顔つきで向き合ってきたので耳を傾けてみようと思ったのはほんの気まぐれ。
表企業経営と裏の顔であるギアス嚮団嚮主としての仕事時以外は自宅にて隠居生活を送る傍ら愛娘や甥姪の成長を温かく見守る事を生き甲斐としている今日この頃。
その中にこの馬鹿が入り込んできたのはいつ頃のことだったろうか。
己の分を弁えずに官僚から政治家への道を目指すという無謀な挑戦を生温かく見守ってきた。
見守る必要もないのに見守らざるを得ないのは愛娘がこのお馬鹿に惚れてしまったから。
対象者の身体を操る強力なギアス能力の持ち主であり優秀な暗殺者ながら男を観る目がない娘はこのお馬鹿を婿にするといって聞かない。

(恋愛は自由だからと放置したのは間違いだったかな)

悪人ではないがこの分を弁えない男は将来何かしらのトラブルを持ってきそうなので親としては不安極まりないんだ。
今更反対するつもりもないけど誰かが見張っていないと変な方向へと進みかねない危うさが見て取れるので娘の婿として相応しいかといえば難しいところ。

(あの子に見張られてるような物だけどね)

しかし娘は良い悪い関係無くこのお馬鹿の味方をするので少しくらい道を誤っても見過ごしてしまうといった懸念がある。
特にこういう時期の時は要注意だろう。
気まぐれで話を聞いてあげたのはやはり正解だったようだ。

「東京都議会議員選挙に立候補するだって?」

大学はどうした大学は。
叱り付けてやろうかと思ったけどいつもの優柔不断な悪い癖に付き合っていたらキリがない。

「また国政は難しくても地方議会選挙なら当選するかもなんて甘いこと考えてるんじゃないだろうね」

「んなわきゃねーだろ 俺だってなあ勝算もなく立候補しようなんざ考えたりしねーよ」

「ふーん勝算? 勝算ねえ」

コネはない。
人脈はない。
魅力はないし頭悪いし顔も悪い。
簡単に流される優柔不断な性格というオマケ付き。

(それなのになんなのこの自信)

根拠のない自信は昔からだから気にしないけど勝算があるという確信の部分は捨て置けない。

「じゃあその勝てるっていう理由を聞いてもいいかい?」

「へっ おっさんはいつも夢想だのと馬鹿にしてくれてるがなぁ 分かる奴には分かるんだよ俺の才能が」

悪い予感は見事に的中した。

「公民党の大沢先生の秘書の部下ってやつが俺を指名してくれたんだよ 我が党から立候補してみないか 大沢先生が全面的にサポートすると約束している我々には君の才能が必要なんだってな いやぁ参っちゃったぜ俺」

(なるほど公民党がね)

日本公民党。
野党第一党にして売国政党として名高い日本政界の病巣だ。
清と繋がっていたブリタニアの売国貴族の日本版といっても過言ではなく腐っても大政党な分余計たちが悪い。
そんな連中がこのお馬鹿に声を掛けてくる それも大幹部の大沢二郎の関係者が。

(狙いはボクやルルーシュたちとの接触かな?)

ボクとボクの親族についてなにも知らないこのお馬鹿にもそれなりの利用価値はある。
こちらとの接触やパイプを築くための橋渡し役としてのね。
同盟国の皇族との繋がりを持てば発言力が増すとでも考えているのだろうけど 生憎ブリタニア皇家は日本の与党と友好関係にある以上公民党に目はない。
ボク個人としても公民党とはお近付きになろうともなにかに利用してあげようとも思わないし ましてや娘や甥姪にちょっかいを掛けさせるつもりもない。
日本の皇室や夢幻会から睨まれている彼等の事態打開の策としての日本在住のブリタニア皇家と繋がりを持ちたいという考えは分からないでもないけど そのためにこのお馬鹿を担ぎ出そうとはご苦労なことだ。

「五月からは玉城センセーになってるかも知れないけど気にせず今まで通り接してくれたらいいからな」

おめでたいね。
そんなだから売国奴に利用されるんだ。
ほんとに馬鹿は気楽でいいよ。

(クララぁ ボクだけどちょっといいかな)

〈なーにパパ?〉

コード保持者とギアスユーザーの間でだけしか成立しないのが難点だけど離れていても会話ができるのは普通に便利だ。
聞かれたくない相手に聞かれる心配もなく盗聴される恐れもない。

「玉城センセー ああなんていい響きなんだ」

(このお馬鹿に接触を試みている人間の身辺を洗ってほしい 可能なら不正の実態を自白するように誘導してもいいから)

公民党は叩けば幾らでも埃の出る身体をしている クララの持つ身体命令権を奪うギアスやその上位互換である絶対遵守のギアスを用いるまでもないほどに。
そのぶん蜥蜴の尻尾切りも上手いようで幹部が捕まらないけど 不正を働く輩は誰もが皆捕まるリスクを考えて対策しているから仕方が無い。
それに目に余るような段階になればマサノブたちも動くだろうし そうなった時は日本中に逃げ場はなくなる。
皇家と夢幻会が本格的な排除に乗り出せばこちらも相応の対処を採ることになるからブリタニアへ逃げる手段も封殺されEU圏、中華圏、オセアニア圏へ逃げるしかない。

(お馬鹿が道を誤らないようにしてあげて)

クララが捕まえた獲物を手放すような子じゃない以上はこんなのでも近い将来ボクの息子になるだろうからね。

「ふ ふふふふ俺が議員先生 この俺が政治家先生に!」

〈はーい でもさパパ〉

「都議会議員玉城真一郎センセーの華麗なる一歩がいま踏み出されるんだ!」

〈べつに死んでもらっちゃってもいいんだよね?〉

「都議の給料っていくらだっけ?」

(ダメだよ勝手に殺しちゃ なんども言っているように相手が日本の公党である以上は日本の法で裁かれるか日本の暗部に処理してもらうか または日本側に許可をもらってからでないと外交問題になる)

「手取りで月100万くらいあんのかな?」

〈りょ~か~い でもお兄ちゃんを利用しようとするなんて許せないなあ お兄ちゃんって馬鹿だからすぐに利用されちゃうしそこをついてるとしたら卑怯だよぷんぷんっ!〉

「美人で巨乳な秘書が玉城センセーに惚れて」

(利用したところで殆ど意味はないんだけど一応の後見人であるボクへの接触は可能になるから)

このお馬鹿だけなら自己責任で無視してもいいけどこの子が家族と見なしている以上はそうもいかない。
この子の家族と見なす者への執着心はボクの想像を超えている。
万が一にもお馬鹿が公民党の汚泥に飲み込まれたりすればこの子の暴走を招くだろう。
ボクの言う事も聞かずにギアスを乱発させて関係者の不審死が相次ぎ日本の面子を潰すことにも繋がる。

〈そうだパパお兄ちゃんにいっておいてね〉

(なにを伝えるんだい?)

〈巨乳な秘書とかいう女に浮気したら殺すって 殺してクララだけの物にするからって〉

(・・・・)

殺せば永遠に自分の物。
浮気されることもなければ他の女に盗られる心配もない。
この子はボクや兄妹たちに抱く家族愛とは別に女としての感情を彼に向けているから本当にやってしまう可能性がある。
性格的にもやる方向に向いかねない。
でも自分で殺しておいて自分の物にした気になった後きっと泣きじゃくる。
泣きじゃくって殻に閉じこもりそして最後は手に掛けてしまったことの後悔に死ぬまで苛まれることになるだろう。
この子は好きな者を殺してでも自分だけの物にしたい思いと 好きな者と一緒にいたい思いの二つを持ち合わせているから。
最悪後追い自殺まで有り得るだろう せめて自分と一緒に死んでと殺したりしたその後に。
親としてそれだけは避けたいものだ。
この子には幸せになってもらいたいし この子の幸せにはどうしても彼が必要だというのならボクは彼との結婚に反対するつもりなんてない。
それには彼の心をこの子に向けさせないとダメだけどさ。
親としての贔屓はあるけどクララは充分可愛い 身体も歳相応に成長もしてきたことだし脈はあるだろう。
この馬鹿はクララに興味なさそうに見えても時々この子に接触されて照れているし この子を異性として意識し始めてるんじゃないかと思うんだ。

(大丈夫だよ この底抜けのお馬鹿に本気で惚れ込むのはキミくらいなものさ)

マリーベルだけは怪しいけど多分大丈夫だろう。
仮にあの子までがこのお馬鹿に好意を抱いていたとしても自分の身分と立場を理解しているから気持ちを封印するはずだ。
それに殺したいほど好きだというこの子の思いの強さに勝てる人間はそうそういないと思う。
狂愛っていうのかな? 恋愛に対してここまでの思いを持つのは知る限りマリアンヌとユーフェミアくらいだろう。
マリアンヌはシャルルへの。
ユーフェミアはシゲタロウへの。
共に強い愛情を抱いている。
クララとの違いは二人ともに愛する相手と結ばれていることくらいだ。

まあマリーベルには早く婚約してもらえると心配事が一つ減って助かるというのは本音だけどね。

(キミは魅力的だしキミと張り合えてシンイチロウが浮気できるような女なんてそうはいないよ)

〈ホント?お兄ちゃんが浮気できるような相手はいない現れないってパパはホントにそう思う?〉

(絶対とは言わないけど多分大丈夫 それに今から美人秘書を作れないようにするんだから浮気がどうのと考える必要なんてないじゃないか)

いずれにしてもお馬鹿には気を付けてほしいものだ。

「うわははは!玉城センセー万歳だぜ!」

キミがしっかりしてくれないとクララが悲しむことになるんだから。
いい加減にしてくれないとボクの堪忍袋の緒もキレるよ?

統一地方選挙。
都道府県知事 政令指定都市市長。
都道府県議会 政令指定都市市議会。
合計立候補者数三万人以上。

市区町村議会の席を掛け戦うこの選挙はチュコト・アリューシャンから台湾・南洋までの全地方の地元が戦場となるのだ。
帝都東京の都議会議員選挙も与野党共に候補者の選定を急ぐなか清国、高麗との繋がりを指摘され公安にマークされついでに此処最近の不祥事続きで苦戦が予想される野党第一党日本公民党では使えそうな者。
またコネの有りそうな人間ならば誰でもいいから掻き集めろという党執行部と代表剣尚人の檄に党員サポーターたちがかけずり回っていた。

そして最高幹部の一人代表代行の大沢は帝都の住宅街に佇む一軒の家に出入りしている一人の男を担ぎ上げようとしていた。


「この間抜け面がブリタニア皇家と近しい関係だというのは本当なのだろうか」

大沢の公設秘書は写真付きリストに載る赤バンダナを巻きガンを飛ばしているやから丸出しの男を候補者として勧誘しろとの指示を下した大沢と執行部に ネット上の公民バッシングでとうとうぷっつんしたのかと疑いの目を向けていた。

「大沢先生は間違いないと仰っていたがこんなのを口説き落とせなどと 狂ってるとしかいえんよ」

小中高共に成績は並以下。
大学受験に落ちること複数回。
政治家志望でありながらなにを学んできたのか政治経済には疎く歴代総理経験者の名前すらまともに記憶していない馬鹿。
政治を語らせることなど不可能 犬の方がまだ利口。
官僚を目指しながら日本の政治機構について何も知らない意味不明な男。
事前の調査結果では正真正銘バカの王様としかいえない散々な人物像があげられていた。


しかし命令は命令だとして部下を接触させ某料亭で会食の場を設けたのだがいつまでたっても来ない。

「遅い!」

約束の時間は一時間前だというのに一向に来る気配を見せないフリーターの男にエリートたる彼は苛立たしさを覚えていた。

「大沢先生の第一秘書であるこの私を待たせようとはいったい何様――」

苛立つ彼が煙草に火を付けたとき。

「こんにちは」

部屋の障子を静かに開いてピンク色の長い髪と目を持つ可愛らしい少女が入って来た。
ブリタニア人らしき少女は無論知り合いではない。
この店の関係者かという線も少女が着ているアッシュフォード学園の制服からして違うと思われる。

「だ 誰だねキミは」

待ち人の間抜け面ではなく自分の知り合いでもない正体不明のその少女の右目に赤い光が浮かび上がる。

「○○さんですよね?」

「ああそうだが キミは誰――」


〈さようなら○○ あなたが知ってる公民党の不正を証拠付きで全て警察に喋った後 舌をかみ切って死になさい〉


日本公民党大沢二郎第一秘書が警視庁にて公民党の汚職の一部を謳い舌をかみ切り自決したのはそれから間もなくのことであった。

「~~♪ ~~♪」

少女が歩く。
闇夜を歩く。
長い髪を夜風になびかせながら鼻歌交じりで歩き行く。

「あはっ♪ 警察できちんと喋らせたことだし 殺っちゃってもいいよね」

てくてくと帰路に就く少女は理由を付けて正当化する。

「それにどうせ喋っちゃった以上は日本の暗部か公民の幹部に始末されちゃうんだから罪を悔いての自白と自殺のほうが名誉も保たれるだけましってものだよ」

私はいいことをしたのだ。
お兄ちゃんを利用しようとした人間を始末し 始末した人間にも花を持たせてあげた。

「パパは不正の実態を自白させろっていったけど 自白させたうえでの始末なら日本の面子も保たれるし万事オッケー♪」

自分に都合よく考えながら微笑みてくてく歩く少女がパパに怒られるまであと三十分。
お馬鹿のお兄ちゃんががっかりするまであと三十分。

大沢二郎第一秘書が公民党の不正を自白し自殺した事件。
この影響をもろに受けた公民党は統一地方選挙にて多くの地方議会で現有議席を失い離党者が続出し党勢は大きく衰退した。

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最終更新:2015年06月14日 15:58