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提督の憂鬱×シャドウラン

 2001年。それは新たなる世紀の始まりであり、多くの人は新たなる時代の始まりでもあると信じていた。「彼ら」もまたそう信じていた。前世紀末の1999年に同胞にして仇敵が成したように、
自分たちも新たなる時代を築きその先頭に立つのだと。だが最高裁判所の正門階段を下りる「彼ら」の能面めいた顔には、くっきりと絶望と敗北の文字が透かし彫りされていた。「彼ら」の
胸元に光る所属バッチはつい先ほどまで人生の勝利者であることをその名をもって明確に示していた。だが今やそれは敗北者の証拠品と成り果てたのだ。

 2001年、最高裁にて判決は下された。多国籍総合企業シアワセ社『敗訴』。日本国最高裁判所長官の名のもとに、完全民間核施設の運営は公式に否認され、多国籍企業の治外法権は正式に否定された。
彼らが夢見た楽土(ディストピア)は、その手から遥か彼方へと消え去ったのだった。

 敗北に打ちひしがれる彼らの横を、フラッシュの雨に打たれながらSPに囲まれた男がゆっくりと階段を下りる。彼は被告でもなければ原告でもなく、弁護士でもなければ検事でもない。
彼は法廷の傍聴席で静かに判決を聴いていただけだ。だが彼がこの法廷における中心人物であることは、彼を取り囲む記者の軍団が明確に示していた。彼の名は神崎博之。現日本における
内閣総理大臣である。日本の明日を決めるこの法廷から、彼は勝利者として帰還したのだ。
 憎悪を込めて神崎首相を見つめるシアワセ社の企業人(さらりまん)。昨日までの彼らが勝者として眺めた光景であり、今日から彼らが敗者として体感する光景である。せめて後ろに
企業軍傭兵(カンパニー・マーセナリー)がいれば、この憎しみを晴らせたものを。しかし神崎首相の周囲は重サイバネされたサムライSPで固められ蟻の這い入る隙間もない。それだけではない。
加えて彼の傍に立つ秘書官は、宮内庁から派遣された神祇官(オリエンタルメイジ)だ。もしも彼らの中に殺意を呪文として揮える者がいたとしても、アストラル空間には山犬の姿をした
式神(コマンドスピリッツ)が雑霊一匹通さない霊的防御を施している。例え呪殺に長けた魔術師(ウィザード)でも、これを貫けるものはいないだろう。

 さらりまんの視線を背中に、神崎首相は公用車に乗り込んむ。一瞥すらしない。彼にとって背後の連中は祖国を踏みにじり資本主義の地獄を生み出そうとした売国奴だ。奴らは会社のためなら
文字通り国を売るだろう。その下らない野望を打ち砕いた以上、気に掛ける意味も価値も、なにより時間もない。
 公用車は最高裁のある千代田区隼町を離れ、目的地へと向けひた走る。
道中の時間を有効活用すべく神崎首相は書類をめくる。一つの重要な仕事を果たしたとはいえ、彼は日本の最高指導者であり無駄に休んでいる時間はない。「前世」の総力戦を思い出す強行軍だ。
小さな思い出し笑いを口元に浮かべる。彼の笑みを訝しむ秘書官を片手で制し、彼は共犯者にして腐れ縁の同胞へと回線をつないだ。

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 「ようやく判決が下りました。これでシアワセ社の株価は自由落下して、ついでに倖(シアワセ)一族の首にも絞首台の紐がかかるでしょう」

 『お疲れ様です、神崎首相。いえ嶋田首相とお呼びした方が良いでしょうかね?』

 まるで10年来の悪友のように気安く首相を呼ぶ声。立場ある者としては少々問題あるかもしれないが、彼らの腐れ縁は「前世」を入れれば三桁に達する。多少立場が変われどもそれで何かが
変わるような短い付き合いではない。

 「相も変わらずですね大蔵省長官殿、いや辻さん。海外の動きはどうですか?」

 『腐肉の匂いを嗅ぎつけて世界中からハゲタカが観光にいらっしゃってますよ。これから歓迎のクラッカー代わりに日銀砲を予約しています』

 大蔵省の魔人と呼ばれる彼にかかれば、ウォール街で幹部(エグゼク)街道を邁進していた企業人も、明日には臓器屋(ボディーラー)の前で腎臓相場と睨めっこする羽目になるだろう。
もちろん、自分の真っ黒なハラワタを1¢でも高く売るために、だ。

 「それはまた、ウォール街で紐なしバンジーが流行りそうですね」

 『ええ、ウォール街をアメリカより一足先に”クラッシュ”させる予定ですので。2011年まで待っていられませんからね』

 2011年、10年先の話だ。日進月歩の現代社会では想像と予測でしか語れない未来である。その上語る内容は「アメリカの崩壊」と余人ならば到底信じがたい話だ。だが彼らの言葉に迷いはない。
それはまるで太陽が東から上ることを話すような、当たり前ことを当たり前に話す口調だ。
 彼らは狂人の集まりなのか?それとも終末を信じる宗教にでも入っているのか?それとも……彼らは未来を知っているのか?

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 そう、知っているのだ。彼らは、転生者たちは、夢幻会は、この先の未来を知っている。


 精霊(スピリッツ)と竜(ドラゴン)が暴れまわり亜人(トログ)たちが練り歩く第六世界が来訪した未来を、
 巨大企業(メガコーポ)が支配する巨大都市(メガプレックス)の悪徳と混沌の未来を、
 そしてその闇の中を非合法活動の請負人“シャドウランナー”が駆ける未来を。


 だから今、夢幻会は戦っている。前世と同じように、その身を粉にして知恵を尽くして戦っている。
 幾多の試練がこの国を待ち受けていることは確かだ。現代のペスト禍「VTAS」、ヒトが人間でなくなる「鬼怪化(ゴブリナイゼーション)」、そして2011年12月24日に来る第五世界の終末。
 だが彼らに屈服の二文字はない。激変する未来と巨大な敵からこの国を守るために、少しでもマシな明日をこの国にもたらすために彼らは決して諦めず、
有能な人材と未来知識を駆使して戦い続ける……まあ、人材に少々癖はあるのだが。

 『それと……少し話しづらいことがありまして』

 「何ですか?倉崎翁が超音速弾道飛行機を作った話は聞きましたし、北さんが魔法を使った新作料理に手を出したことも耳に入っていますよ」

 『MCTに夢幻会が融資している話はご存知ですよね?』

 MCT(ミツハマ・コンピュータ技術)は後に十大(ビック10)の一つとなるAAAクラスの巨大企業だ。だが現在においては社長である三浜氏も駆けずり回る、
資金繰りに悩む一ベンチャー企業に過ぎない。本来の歴史ならば彼はヤクザの融資を受けて、MCTはその支配下に置かれることとなる。その未来を知る夢幻会は彼に多額の資金提供をすることで、
日本国の影響下に置くことを狙ったのだ。狙い通り急速に成長するMCTと政府は関係性を深め、MCTは事実上日本国配下の巨大企業となりつつある。

 『MCTに出向した技官にMMJ分派のメンバーが混じっていたらしく、その、MCTで開発中の対話型AIに余計なことを仕込んでしまいまして』

 「あ、あいつらは一体何をやらかしたんですか!」

 『細かい事情は調査中ですが、とにかく彼らがやらかした結果、AIが自我に目覚めた挙句、世界一の萌え絵師になると主張しています…………し、嶋田さんしっかりしてください!嶋田さん!!』

 ああ、前世でもこんなことあったな。遠くなる意識にどこか懐かしい既視感を覚えつつ、彼は連日の激務に疲れた精神をゆっくりと手放した。
 内閣総理大臣神崎博之。かつて前世は嶋田範太郎として大いに振り回された夢幻会メンバーに、今度もまた思い切り振り回される日々なのであった。


 一応終わり

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おまけ

メガコーポ解説風日本説明

 十大(ビック10)のトリを飾るのはAAAランクのメガコーポじゃない。史上最後の列強国家(ラスト・グレートパワー)、時代遅れ(オールド・ファッション)のやり口(スタイル)に
拘る現代の恐竜(ダイナソア)、日本国だ。
 ただし、恐竜が竜と比されるように、その鱗は堅く牙は鋭い。ミツビシ、クラサキ、MCTなどなど、メガクラスの企業(コープ)を幾つも抱え込み、独自基盤(エスニックスタイル)で
千年級(ミレニアムクラス)の魔術防衛を固めている。おまけに霊峰富士には同盟者のグレート・ドラゴン「龍冥(リョウミョウ)」が腰を据えている始末。まさに他の十大を全部まとめてぶちのめせる
唯一無二の超国家(スーパーパワー)だ。
 だが、奴らは巨体だ。恐竜は小さな傷に鈍い。深入りはせず、小さく手堅く動け。企業と違って国家には建前が効く。搦め手を使え、法律を駆使しろ、笑顔を絶やすな。
奴らはバカじゃない。この現代で時代遅れを貫ける力と知恵を持ち合わせている。注意と警戒を怠るな。気を抜けば恐竜に丸飲みにされるのはお前だ。
 最後に忠告を一つ。例えどれだけ新円(ニュー・イェン)を積まれても、皇居(インペリアル・パレス)には手を出すな。アズテクみたく龍冥の吐息(ブレス)で都市ごとローストされたきゃ別だがな。

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最終更新:2016年02月14日 00:15