40 :ham ◆sneo5SWWRw:2016/03/06(日) 15:42:53
1941年8月
この月、日英の運命を分けた事件が起きた。
サー・ウィンストン・チャーチル首相死去。
この日を境に日英の関係は悪化の一途を辿り、望まぬ日米開戦を迎えることとなった。
もし、彼が生きていたらどうなっていただろうか?
歴史に「もし」も「たられば」も無い。
だが、しかし………




   提督たちの憂鬱 ネタ作品 「続・第二次世界大戦」




「チャーチル首相が爆撃に巻き込まれた!?」

夢幻会の会合の席にて突然届けられた凶報に嶋田が驚愕した。
いや、彼だけではない。
会合の席に参加している全員が驚愕し混乱した。
何せイギリスが今でもドイツの抵抗を続けられるのは、チャーチルが要になっているからだ。
頻繁に爆撃を受けたロンドン市民を慰安する等して英国の軍民、老若男女に至るまでを激励し続けた彼の行動により、英国は継戦意欲は保たれていたのだ。
その彼が倒れたとなれば、英国に厭戦気分が蔓延し講和を、最悪降伏を選択するかもしれないのだ。

「皆さん、落ち着きましょう。
 まだ、どうなるかわかりません。
 まずはチャーチルの容態を確認しましょう。」

辻の言葉で幾分か冷静さを取り戻した彼らは続報を待つ。
それらは彼らにとって半分は喜ばしく、半分は悲しい知らせであった。
「チャーチルは一命を取り留めたようですが、片足切断と裂傷及び火傷等で入院、ですか…」
投下された爆弾がチャーチルから離れた位置で爆発したり、車に同乗していた護衛が身を挺したこと等の要因が重なり一命を取り留めた彼であったが、その傷は大きかった。
それでも、チャーチルが生き残ったことに安心した彼らは今後の戦略について討議する。

「チャーチルが重傷を負ったとすれば、英国はこれまで以上の援助を求めてくるのではないでしょうか?」
「あり得るな。何せ英米で我々の力を削ごうとしたのだ。今度こそ要望通りの戦力を寄こせと言ってくるに違いない。」
「まいったな。こちらは以前の要求を断った過去がある。また断るのは問題だぞ。」

日本が対独対戦した際、英国は地中海とアフリカの両戦線で戦うために6個師団と2個艦隊の派遣を要請した。
この時、日本側は国防に大穴が開くとして一度拒否したが、英国は諦めずに粘り、米国がこれに同調した。
夢幻会はこれを英米が日本の強大化を危惧したために弱体化を図っていると判断して、中央情報局に中国共産党やソ連の脅威を利用して何とか断らせたのだ。
しかし、今度は同盟国の首相が負傷するまでの事態となった。
ここで難色を示そうものなら、日英関係に大きく影響する。
故に夢幻会は大きく頭を悩ませることととなった。
しかし、問題はそれだけではない。

「連中、増援が来たら来たらでジブラルタル攻略を強行して、日本軍の主力にするのでは?」
「あり得るな。ジュピリー作戦なんて訳のわかんない作戦おったててカナダ軍1個師団を消し飛ばしやがったからな。日本を弱体化するには絶好の手段だろうな。」
「ジブラルタルが重要なのはわかるが、だからといって俺たち消耗品に使用するなんて…」

ドイツ軍がフランコ率いるスペイン国粋派を支援してスペインに軍事介入したために、スペインまでもが敵に加わったため、スペインに囲まれた要衝ジブラルタルはドイツ軍の猛攻により陥落。
これによって、地中海の出口は枢軸圏の支配下に置かれ、英国は植民地からの資源の供給路を喜望峰回りに大きく迂回せざるを得なくなった。
そのためにイギリスはジブラルタルの奪回を切実していたのだ。
だが、旅順要塞攻略戦でもわかるように、要塞とは非常強固である。
ましてや、海からの攻撃強い名立たる要塞ジブラルタルを攻略するとなれば、相当の犠牲が強いられることが予想された。

41 :ham ◆sneo5SWWRw:2016/03/06(日) 15:43:28
夢幻会が頭を悩ませているその頃。
イギリスでは駐英日本大使の吉田茂と第二遣欧艦隊司令長官の古賀峯一中将や日本陸軍遣欧軍司令官ら陸海軍の遣欧軍司令部の人間が、チャーチルが入院している海軍病院へと見舞いに訪れていた。
しかし、彼らの顔は少々浮かなかった。
彼らもチャーチルから援軍について要求をされることを予想していたからだ。

「(はてさて、どんな難題を吹っかけられるのだろうか?)」

病室前のSPに自分達の名前とアポの了承有無、見舞いに来たと目的を告げ、吉田らはチャーチルの病室へと入った。

「失礼します。
 閣下、御加減はどうでしょう?
 おや、ハリファックス外相にイーデン陸相も。」

吉田らがチャーチルに体の具合を聞きながら入ると、そこには外務大臣のエドワード・ハリファックスと陸軍大臣のアンソニー・イーデンがチャーチルのそばに居た。

「やあ、Mr.ヨシダ。わざわざありがとう。
 ナチどもが忌々しすぎて血圧が高すぎる以外は平穏無事だよ。」
「いえ、閣下。それでは困りますよ。」
「その通りです。せっかく助ったのに高血圧で倒れられてはどうするのですか?」
「ははは、そうだな。」

挨拶をしながら病室に入った吉田にチャーチルがジョークを交えて答え、エドワード・ハリファックス外務大臣とアンソニー・イーデン陸軍大臣が合いの手を入れる。
布団に隠れて見えないが、輪郭から右足が無いことが容易に想像でき、痛々しくは感じるが、当人はそれを感じさせぬ元気に振る舞っていた。

「それよかった。こちらはお見舞いの品です。」

と吉田は、花束の他、チャーチルが愛用するハバナ産の質の良い葉巻などを渡す。
なお、この見舞いの品にとある転生者が椿油はどうかと言ったのは御愛嬌である。
当然不敬であるとして却下されたが。

「ほう、これはいい葉巻だな。ありがとう。
 早速使わせてもらうよ。」
「よろしいのですか? 御体に障るのでは?」

吉田が心配してそう言うが、チャーチルは大丈夫だと手を振る。

「私は吸うより噛むほうが好きでね。噛むだけなら文句は言われんだろう?」

そう言って彼はシガーケースから葉巻を1本取り出し、それを口に咥えた。

「うむ。やはりハバナ産はいいな。良い葉巻をありがとう。」
「そう言われると、プレゼントしたこちらとしても嬉しいです。」
「プレゼントと言えばだが、私としては別のプレゼントについて気になるのだが…」
「(来たか…)」

吉田らはどのような要求が来るかと身構えた。

42 :ham ◆sneo5SWWRw:2016/03/06(日) 15:44:03


「日本からはレーダーを始め、
 タイプ96ファイター(九六式艦上戦闘機)やタイプ97タンク(九七式中戦車)等の様々な援助を受けましたが、
 なお我が大英帝国は苦戦を強いられています。」
「それは重々承知しております。
 現在我が国で開発されていた新型戦闘機が完成し、貴国への供与も含め本国から輸送中です。」

チャーチルが更なる支援を要求するために前振りを置いたことに対し、古賀が新たな支援の決定した意向を伝え牽制する。
古賀が伝えた新型戦闘機という言葉にチャーチルが目を剥いた。

「新型戦闘機ですと?
 タイプ96を上回る戦闘機があるのですか!?」

日本から供与された九六式艦上戦闘機は、独空軍の主力戦闘機であるMe109DやMe110よりも優位に戦えており、英国空軍や亡命政府軍に非常に好評であった。
その九六式艦戦よりも優秀な新型戦闘機があることにチャーチルは驚きを隠せなかったのだ。

「はい。
 新型ということで生産ラインなどの数の都合から、今まで廻せなかったのですが、
 ようやくこちらに廻せる分を確保することが出来ました。」

チャーチルの問いに古賀が答えた。
本当は日本の対独参戦が始まる前の冬戦争が終了した時点で採用され生産がスタートしていたが、あえてそれを出さないで言った。

「性能はどれほどですか?」

分野が違うが、軍の高官としてイーデンが尋ね、古賀が答えた。

「新型戦闘機はタイプ0(零式艦上戦闘機)とタイプ1(一式戦闘機)の2種類です。
 タイプ0は最高速度672km/h。
 タイプ1に至っては700km/hを超えます。
 また航続距離もタイプ96の25%増し以上となっています。
 武装はどちらも20mm機関砲を4門備えています。」
「なんと…」

現在ある九六式艦戦二二型が最高速度550km/h、航続距離2,050km、武装が20mmと12.7mmを2門ずつ備えている。
それに比べれば、今度供与されるであろう烈風と飛燕の性能の高さが容易にしれよう。

「大変ありがたいことです。ですが…」

チャーチルは新型戦闘機について喜びつつも本題はこれからと言わんばかりに、真顔になる。

「我が大英帝国は勝利を望んでいます。」

そう言ってチャーチルは、一通の手紙を取り出した。

43 :ham ◆sneo5SWWRw:2016/03/06(日) 15:44:33


「先日、ヒトラーから見舞いの親書が来たのですが、読んでみてください」
「よろしいので?」
「構いませんよ。むしろ読んでもらいたいのです。」

そう言われて吉田は、チャーチルからヒトラーの親書を受け取った。

「拝見します。」

そう言って吉田は、英語に訳されたその内容を読み、そして唖然とした。
史実では、ルーズベルトの死に対して「ざまぁみろ」と罵倒したヒトラーである。
その彼が、ルーズベルトとともに嫌っているチャーチルに対して送った内容は凡そ似通った内容であった。
要約すれば、「いい気味だ。これ以上痛い目にあいたくなかったら、とっとと降伏しな。」というものである。
とても国家元首に対して…いや、人に対して見舞いに出す手紙ではなかった。
吉田が読んだ後、渡された古賀中将らもその内容に唖然とし呆れかえった。
日本人達が一通りその親書を読んだのを確認したチャーチルは言葉を続けた。

「私は英国市民を、国王陛下をこのような礼儀も知らない無法者の下に跪かせる訳にはいかないのです。」
「………」

チャーチルの言葉に吉田らは無言になり、そして共感した。
たしかに、こんな上から目線でものを言ってくる相手に屈するわけにはいかないであろう。

「かつて前任者のチェンバレンが貴国の支援を断り、やっと参戦が叶った時に我々は無礼にも日本の事情を知らずに無茶な要求をしました。」

その言葉に、古賀ら軍人達は内心苦々しく感じた。
かつて対独戦には早期参戦して早い内にドイツを潰そうと計画していたが、対独融和を積極的に支持したチェンバレンが拒否したことにより土壇場で計画が破綻してしまった。
やっと参戦したとなれば、今度は陸軍の総戦力の1/4、海軍の空母丸ごとにもなる規模の艦隊を寄こせだの、一緒にジブラルタルを攻略しろだの、無茶苦茶な要求をされたのだ。

「ですが、今回はそのようなことは言いません。
 増援の戦力も作戦も貴国にお任せします。
 ですので、どうか…英国民を勇気づけるためにもどうか…」

チャーチルは吉田達に対して頭を下げて言った。

「どうか…どうか英国に勝利をもたらし、英国を救ってほしいのです。
 軍についても貴国軍を出来うる限り支援させます。
 お願いです。英国に勝利をもたらしてください。」
「私からもお願いします。
 どうか英国を救ってください。」
「陸軍についても本土防衛がありますが、出来うる限り戦力を出します。
 作戦についてもお任せします。
 ですので、どうか宜しくお願い致します。」

チャーチルが頭を下げたのに続いて、ハリファックス、イーデンとその場にいる英国の政府高官らが吉田達に頭を下げた。
これに慌てた吉田が、頭を上げるように言う。

「頭を上げてください。
 閣下に頭を下げられたとなれば、私の立場がありません。」
「本国に連絡して出来うる限り支援するようお願いしてみますから、どうか頭をお上げください。」

吉田に続いて古賀も、出来うる限りのことはすると言った。
日本側はチャーチルから再度謝辞を受けつつ、病室を退室した。

44 :ham ◆sneo5SWWRw:2016/03/06(日) 15:45:07


「失礼いたしました。」

病室を退室した吉田らは、帰りの車へと歩きながら今後について話し合った。

「予想以上に英国は苦しいようですな。」

吉田が懸念の声を上げ、古賀と陸軍司令官がこれに答える。

「第三航空隊が英国南部で激戦を続けていますが、独軍の執拗な攻撃に参っているようです。
 度々船団護衛にも私自ら出向いていますが、これも…」
「近衛首相に、夢幻会に何とかするように頼む必要があるでしょうね。」
「大使。いくら日本語で話しているとはいえ、ここでは…」
「と、そうだった。」

吉田は周囲を確認し、続きは車の中でと早足に病院を後にした。



「あんなのでよかったのでしょうか? 戦力の規模、作戦計画ついてはこちらの意思を明確にしておいたほうが…」

吉田大使らが退室し、病室の窓から車で帰るのを確認したイーデンが不安そうにチャーチルにそう尋ねる。
だが、チャーチルは「これでいいのだ」とばかりに不敵な笑みを浮かべて言った。

「君、私は怪我人だよ。
 そんなことを言えば、怪我人ではなくただの強欲な人間なってしまうよ。」
「しかし、日本は戦力を送ってくれるのでしょうか?
 支援物資だけという可能性も…」

ハリファックスもイーデンと同じく懸念を示すも、チャーチルは気にせずに言う。

「最近はアメリカがチャイナできな臭いことをしているだろう。
 日本としてもアメリカと対抗するためにも我々と勝利して英雄にならなければならないんだ。」

チャーチルはそう言って不敵な笑みを浮かべ、ハリファックスのほうを見た。

「それに、もし総研が戦力を出し渋ろうと考えても、そうさせないように流れを作ればいいのだよ。
 MI6等を使って日本の世論を英国支援に誘導させるのだ。
 日本人の情を誘えば世論に押され、戦力を出さざるを得ないだろう。」

そう言って、チャーチルは便箋を用意して手紙を書き始める。

「誰に出すのですか?」

外務大臣として自分の仕事になるかもしれないと気になるハリファックスが尋ねた。

「最近、アジアで火遊びをする若造に、『静かにしていろ』と言い聞かせるだけだ。
 我が国もだが、日本にも頑張ってもらわないいけないからな。」

こうして日英上層部の様々な思惑による混沌を示すかのように、第二次世界大戦は更なる混沌へと進んでいくのであった。

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最終更新:2016年03月06日 19:55