818 :ひゅうが:2016/07/13(水) 23:22:39  
 幕間「内閣総理大臣の憂鬱」


――1937(昭和12)年2月27日 首相官邸 執務室


「御裁可があった。神崎提督。昭和12年勅令第100号により、君の鎮守府は、内府管轄下における総督府扱いとなる。
律令制上の鎮守府と同様に、軍事はもちろんのこと域内での政治・国境および通商において無制限の権限を有する。
君は親任官としての総督扱いだな。
行政府としては『大宰府』が君たちの名称となる。
軍事組織としての鎮守府と、行政府としての大宰府を分離しておかないと諸外国がうるさいのでな。こらえてくれるとありがたい。」

廣田総理大臣が一気に述べた。

「お受けします。」

神崎は一礼し、御名御璽の押された勅令を受け取る。
大日本帝国においては、通常の法律と共に天皇の名で制定され、内閣の副署にて効力を発揮する勅令が存在する。
裏を返せば、議会を経ずに施行できる法律的なものが存在するのだ。
加えて、行政組織などの制度設計は勅令によってなされた。
今回の勅令は、要は現状の追認。
しかし、制度上は一から行政・軍事組織を設置したことになる。
手続き上の詐欺のようなものだったが、それでも鎮守府は公式の行政組織へと移行するのだ。

「君のところの大淀君だったか。あれには参ったよ…土壇場でひっくり返そうと詰めかけた内務官僚を一言で切って捨てたのだから。」

「総理。選挙のたびに人事を左右されている今では、ほかに地盤を求めるのも当然です。」

「耳が痛いな。」

廣田は、苦い顔をした。
帝国内務省は、選挙のたびに時の政権により、警察組織を管轄するがゆえに選挙干渉を行っていた。
それに加担した官僚たちは、派閥によって勝者と敗者に分かれ、選挙のたびに左遷や栄達が繰り返される。
ことに大正期から続く政争は熾烈を極め、これに対する反発と大恐慌が重なったことから彼らの中から「革新官僚」という国家社会主義者を生み出すことになる。
革新官僚たちが頼ったのは、同じくシベリア出兵の失敗によって日陰者となっていた軍の改革派。
身分保障のなかった官僚たちにとり、統帥権の独立から政界から離れて独自の勢力を保っていた軍の後ろ盾は大きな魅力だったのだ。

かくて、彼らのエネルギーは満州という外地で開放された。

それは、日本の病根そのものだった。


「君は親任式を経た後は、陛下にのみ責任を負うことになる。政府としてはうらやましい限りだ。超然政治のようなものだからね。」

皮肉交じりに返す。
明治半ば、黒田内閣がとった議会無視での勅令乱発を例に挙げたのだ。

「しかしながら、そのかわりにわが鎮守府は帝国政府に全力で協力する所存です。」

実際、その通りだった。
すでに鎮守府側から提供された資源地図と探査機器を用いた地震探鉱法によって、満州内に複数個所の油田地帯が発見されていた。
さらに彼らの話が本当なら、九州南部には極めて高品位な金鉱山が眠っているという。
軍事的にはそれ以上。
すでに性能を見せつけられている航空機に加え、海軍では高性能なボイラーも早々に導入を決めているという。
帝国の未来のためには、この差し伸べられた手をとる以外の選択はない。

だが。

「政府の文民統制のもとに外征を目的とせず運用される防衛的軍隊。自衛隊だったか。その実現のためにとられた手段が統帥権を盾にした『幕府』いや『総督府』の設置というのはなんという皮肉なのか…」

外交官上がりの廣田はいかにも無念そうだった。

「むしろ明治維新からこれまでよく踏ん張ったものかと。
新興の列強としては、とても立派なものだと思いますよ。」

「外部から見ると、帝国は新興列強か。」

そうだなぁ、と廣田は呟く。
御一新から70年。
たった70年なのだ。
徳川の武断統治が文治政治にかわるまでの年月、3世代をしか経ていない。
してみると、あの青年将校とやらは、京都の町で暴れていた浪士たちの当代版か。
急速な近代化は、結局のところ――


「閣下。」

内心の虚無感を見透かしたかのように神崎がいった。

「我々が変えられるのは、未来だけです。」

819 :ひゅうが:2016/07/13(水) 23:24:18
ちょこっと追加。

820 :ひゅうが:2016/07/13(水) 23:31:27
【補足】 内府――内大臣のこと。天皇を常時輔弼するのがその役割とされるが、特殊で曖昧な地位から、元老が次々に世を去る中で重臣会議の主催者として徐々に実権を持ち始める。
とりわけ後継首相の推奏にあたっては中心的な役割を果たすことになっている。史実ではそのあいまいさゆえに、宮中での終戦工作に威力を発揮した。

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最終更新:2023年11月05日 16:56