519 :俄か煎餅:2016/07/12(火) 16:17:47      
イギリスのインターネット無料小説掲示板『ストーリーテラーズ』より抜粋
   『英日同盟よ永遠なれ』


 1959年、12月末。冬らしく寒波で冷え込むこの日、イギリスで一人の老人がひっそりとその生涯を閉じた。
 その老人の名は、エドワード・ウッド。通称ハリファクス子爵。イギリスの貴族である。
 だがその名声は、御世辞にも良いものとは言えなかった。敵と味方の区別もつかない無能、大英帝国凋落の元凶、帝国史上最低の宰相。まさに罵詈雑言のオンパレードであった。
 それゆえ、彼の葬儀はひっそりと行われ、そしてメディアに載る事も無かった。イギリスは、手酷く裏切ってしまった日本との関係改善を図るためにも、出来る限り彼の所業を風化させたかったからだった。


 『願わくば、私が大英帝国最劣の宰相である事を』 死後大分経ってから公表された、彼の手記より抜粋。



「ん……?」

 ふと、もう覚める事も無いだろうと思っていた意識が覚醒し、エドワードはそう疑問の声を漏らした。
 確か、自分は加齢による体の衰えと、病による衰弱で、もう余命など無いはずだった。意識が途切れる前も、これが今際の際なのかと妙に納得したはずだった。
 なのに、目が覚めた。もう死ぬだけだと思っていたが、この病床の老体が持ち堪えたのか。

 いや、その割に妙に体が軽いような。
 おもむろに顔を拭おうとして、エドワードは何気無く持ち上げ視界に映った自分の手を見て、ピシリと固まった。皺が無い。血色が良い。というか、明らかに肌が若い。
 何なのだこれは。どうなっているのだ。もしや、ここは神の御許か。召されたのか。
 いや、ここが天国であるというのなら、妙に懐かしさを感じるこの部屋は何処だ。身体を起こして部屋を見回すと、内装も、そして寝具も、明らかにエドワードの記憶の奥底に存在するものだった。
 どこかで、見た事がある。見覚えがある。これは、既視感、ではなさそうだ。
 そうだ。思い出した。昔、自宅の寝室をこんな内装にしていた事がある。確かそう、大体五十年ぐらい前だ。

520 :俄か煎餅:2016/07/12(火) 16:18:27  
 昔の幻でも見ているのか。そう思いながら、エドワードは寝具を抜け出し、部屋の中を歩き回った。どれもこれも懐かしい。そして同時に、それら全てにきちんと触った感触がある事に気が付いた。
 夢や幻というには、現実味がある。感触があり、皮膚を抓れば痛覚もある。死の間際とは思えず、また最後の審判の前に寝惚けているだけだとも、到底思えなかった。
 昔に戻ったというのか。では、今までの人生は全て夢だったとでもいうのか。しかし、これまでの出来事は夢にしては酷く臨場感があった。脳裏に色濃く残る記憶の数々は、それが単なる夢であるという推測を否定している。これは、人生をやり直してイギリスをもっとマシに導けという神からの思し召しなのか。
 そもそも、今はいつだ。西暦何年の、何月なのだ。一体今何が起きている。
 エドワードはほぼ居ても立っても居られず、部屋を飛び出す様に後にした。

 1909年12月。それが、エドワードが手に持つ新聞に書かれた年月だった。まだ真新しい、今朝の朝刊。古びていない事から、これが最新だろうと当たり付けた。
 病床のエドワードの意識が消えたのが、1959年。とすると、きっちり半世紀前であるというわけだ。
 確かエドワードが初めて庶民院議員に選出されたのが、1910年。つまり来年である。政治活動はこの頃から勿論していたが、議員になる前である今はまだ、時間に僅かばかりの猶予がある。今の内に使える知識を掻き集め、自分の記憶が正しいのかどうかを確かめる必要がある。
 エドワードは、死去前のかつての自分の過ちを正すべく、休日返上での活動を開始した。


 1910年、イギリス国王エドワード7世が崩御。新国王にジョージ5世が即位。国王崩御によりイギリス全体が喪に服す中で、英日博覧会を開催。夢幻会の重鎮である伏見宮博泰王の父親、伏見宮貞愛親王が日本側主催者として参加。少し遅れて、イギリスは南アフリカ連邦を成立させる。
 1911年、ヴィッカース社にて、後にジュットランド沖海戦の英雄となる戦艦金剛が起工。伝え聞く話を纏める限り、やはり攻撃防御速力全てのバランスを重視する日本側と、速力重視で防御軽視のイギリス側で大分言い争った模様。
 日米通商航海条約の締結を確認。日本の関税自主権の回復をアメリカに先を越される。イギリスがその後を追うのは、一ヶ月半遅れとなる。
 1912年、豪華客船タイタニック号が北大西洋で氷山に激突。しかし、付近で練習航海中だった日本海軍練習艦隊が救助に成功。真夜中に、大型の豪華客船が僅か三時間で真っ二つに圧し折れて沈没したにもかかわらず、死者を僅か数名に抑える。
 バルカン同盟が成立し、第一次、第二次バルカン戦争が始まり、そして終わる。

 庶民院議員として精力的に動き回る傍らで、あちこちの情報収集だけは怠らなかったエドワードは、自分が再び目が覚めて以降の歴史が、かつての自分が身知った物と同じである事を確認していた。
 二度の世界大戦で激しい戦いを繰り広げたドイツの相変わらずのきな臭さも。そして、一次大戦が大規模な国家総力戦となる遠因となった、欧州各国の複雑怪奇な国家間関係も。
 これまでの流れは、すべてエドワードが知る歴史と合致している。ならば、この流れの通りに行けば、恐らく第一次世界大戦も記憶の通りに勃発するのだろう。とすると、オーストリアの皇太子が凶弾に倒れるサラエボ事件まで、残り二年も無かった。

521 :俄か煎餅:2016/07/12(火) 16:19:11  
 1913年、ようやっと完成した戦艦金剛が、イギリスを離れて日本に向かって回航を始めた。またアメリカで大統領選挙が行われ、これも記憶通り、ウィルソン大統領が選出された。
 その間、エドワードも情報収集に資金集めにと東奔西走していたものの、世界情勢に関わる機会など、ましては世界情勢を操る機会など、一度たりとも訪れなかった。
 尤も、それは考えてみれば当然の事だった。エドワードは、自分ではやり直した二度目の人生だが、傍から見ればただの新人議員でしかない。議員という事でそれ相応の権力はあるが、所詮は新米。外相や首相の時のように、国軍や他国に積極的に口出しする機会など無い。
 加えて、現時点で遥か未来を見据えた行動をすると、怪しまれ、疎まれる可能性が高かった。今のエドワードには、何よりも大事な人脈が無い。ペリー艦隊が日本を開国させる前から暗躍していたとされる夢幻会とは違うのだ。まずは、自分の影響力を確保するために人脈作りから始めねばならなかった。
 そのためエドワードは、第一次世界大戦を記憶の通りに進行させる事を決断するしかなかった。


 1914年6月、オーストリアのボスニアでサラエボ事件が発生。二重帝国の皇太子夫妻が暗殺される。
 7月、サラエボ事件の背後にセルビア王国の存在が露見。オーストリアはセルビアに宣戦布告。これが引き金となり、次にロシアがセルビア側に付いてオーストリアに宣戦を布告。これに対し、ドイツがオーストリア側に付いてロシアに宣戦を布告。ここで三国協商が発動し、フランスとイギリスもまたロシア側に付いてドイツに宣戦を布告し、第一次世界大戦への参戦が決定した。
 と同時に、地球の裏側にある大日本帝国が日英同盟に基づき参戦。日本に対して送り出した戦艦金剛が、援軍としてイギリスに舞い戻って来た。

 大規模な国家間戦争となれば、貴族であるエドワードは国家のために奉仕する義務がある。エドワードはイギリス陸軍軍人として、ヨークシャー竜騎兵連隊に所属。最前線にこそ送られなかったものの、軍人としての義務を全うする。
 その間、ドイツから飛行船がやって来てロンドンが爆撃されたり、ガリポリの戦いで無茶をして大敗したりとイギリスも叩かれたものの、それも記憶の通りに過ぎなかった。
 そして、1916年。ドイツ海軍は北海進出を目論見、その阻止に動いた王立海軍と激突。ジュットランド沖海戦が発生した。日英合同の巡洋戦艦部隊がドイツ艦隊を吸引し、主力戦艦部隊のキルゾーンへの誘導に成功。ドイツ艦隊を撃退した。
 しかし、歴史に名を残すその大海戦も、所詮は第一次世界大戦という巨大な戦争の内の一つの戦いに過ぎなかった。海戦に勝ち制海権を盤石にはできたものの、戦争は終わらず、結局は1917年のアメリカの参戦と、1918年のドイツ革命が戦争を終結に導いた。

522 :俄か煎餅:2016/07/12(火) 16:19:49  
 それにしても、と思う。やはり、日本の活躍ぶりは異常だ。
 例えばジュットランド沖海戦を巡り、英日海軍間で言い争いがあった事を小耳に挟んだ。信号旗に頼るイギリス側と違い、日本は無電や発光信号を含め複数の手段を同時に使うべきと主張した。結局この言い争いは物別れに終わったそうだが、結果、海戦当日は濃霧で視界が悪く、大事な実戦で進行旗が機能不全に陥った。日本の指摘が正しかった事が証明されたわけだ。
 また、フランスでの塹壕戦の際、イギリスを真似して戦車を投入したドイツに対し、火炎瓶、集束手榴弾、対戦車地雷等、何処よりも早くその対処法を見付けだしたのもまた日本だった。
 こうして彼等の挙動に注意を払っていると良く判る。日本がいかに戦争に対し用意周到に準備を整え、また不測の事態を考慮しその対処法まで考えてきているのかを。
 どうして戦車に対してあれだけ素早く対処出来たのかはこの説明でも少々疑問が残るが、戦車に限らず自動車という存在自体を警戒していたと考えれば、そう不自然な事でもない。
 この時はまだ出現しなかったが、後に小型トラックの荷台に重機関銃をポン付けし、機銃掃射しながら一撃離脱を仕掛けるテクニカルトラックという存在が出て来たのだ。装甲の有無に関係無く、自動車が使いようによっては強力な歩兵支援兵器となる事を、この時点で既に見抜いていたのだろう。
 恐らくは、これも夢幻会の先見性、か。

 自分達が対峙しなければならないプレイヤーの強大さを改めて思い知り、エドワードは深く溜め息を吐いた。巻き戻し前の記憶があろうとも、彼等を侮ってはならない。彼等には、油断も隙も無い。迂闊な隙を見せると、情け容赦無く喉笛を喰い千切りに来る。
 そんな彼等との距離を上手く調整し、このイギリスを大国のままで後世に託さねばならない。
 既に、エドワードは記憶の中の未来でとんでもない失敗をしでかしている。賢者は歴史に学び、愚者は失敗に学ぶという。既に失敗しているエドワードには、同じ失敗を二度も繰り返す事は許されない。
 没落は許されない。しかし、衝突も出来ない。英日を、出来る限り対等の関係で位置付け、敵対する事無く、世界大国同士という地位のままで友好的中立を保たねばならない。それが、巻き戻された自分に与えられた使命にして、記憶の罪の唯一の贖罪なのだから。

 パリ条約に向けて慌ただしく動き回る、ウェストミンスター宮殿の片隅。そこでエドワードは、人知れずにひっそりと、未来への戦略を練り直し始めた。

523 :俄か煎餅:2016/07/12(火) 16:24:27
以上。

憂鬱世界の2000年ぐらいにイギリスのネット掲示板で書かれた小説、という想定。
なお、作者は無名のイギリス人なので、当然津波の真相は知らず、あれを自然災害扱いしています。
また、後の躍進を後知恵として知ってるため、日本を持ち上げ気味な事、夢幻会の存在が既に暴露され公的機関化している事等が裏設定として前提にあります。

イギリス目線の手強い日本とどう付き合っていくのか頭を悩ます、政治家人生二周目のハリファクス卿の一人称、という設定です。

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最終更新:2016年08月07日 20:41