752 :ひゅうが:2016/07/19(火) 04:44:38
艦こ○ 神崎島ネタSS――「来島者」



――「天皇ハ帝國ノ統治ニ当リ 其ノ権能ヲ代行セル者トシテ帝国議会並ニ重臣会議ノ協賛ヲ得 内閣総理大臣ヲ任命ス」

     日本帝国憲法(昭和第一次改正)第四条第二項


――「内閣総理大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ権能ヲ代行ス」

     同 第五五条第二項




――西暦1937(昭和12)年3月8日 神崎島 神崎島鎮守府本庁舎


「本日付をもって、大日本帝国高等弁務官として着任した山下奉文中将であります。」

「同じく堀悌吉中将であります。」

「神崎です。お二方の着任を歓迎いたします。」

敬礼をささげられた神崎は緊張していた。
よりにもよってこの二人が着任されるとは…と。

山下奉文については言わずもがな。
陸軍皇道派の俊英として知られ、史実ではマレー電撃戦を指揮した「マレーの虎」である。
史実では2.26事件の際に決起将校を擁護したことから昭和天皇の怒りに触れてしまう。
辞職の覚悟をかためたものの、逆に慰留を受けて軍にとどまった彼が顕職を歩むことはなくなった。
この頃は朝鮮・竜山の歩兵第40旅団長として現地に赴任しているはずの人物であった。
おおかた、その毀誉褒貶の激しい評価から扱い兼ねた陸軍中枢が、これ幸いとばかりにへ送り込むことに決めたのだろう。
新たな陸軍戦術についての報告をまとめるという役割を任せ、その成果をもって中央へ復帰させる糸口とするつもりなのかもしれない。



堀悌吉は、海軍きっての俊英をうたわれたが、ロンドン海軍軍縮条約の締結に尽力した「条約派」として国民の敵意を一身に受けたことからスケープゴートとして予備役に編入されていた。
いわゆる「大角人事」である。
この結果、将来の連合艦隊司令長官や海軍大臣となり得る俊英たちが軍を追われたことから史実の太平洋戦争においては軍上層部の「劣化」を招いたことはよく知られていた。
これによって実験を握った「艦隊派」は伏見宮元帥という皇族の権威をもって彼らののぞむ軍拡を実現しようとした…のだが。
くだんの人事を推進した大角海軍大臣は、2.26事件でその対処能力のなさを露呈。
米内横須賀鎮守府長官らが陸戦隊を編成していつでも帝都へ介入する態勢をとっていたにも関わらず、言を左右にしてその受け入れ態勢を作るまでもないという醜態を演じた。
このことで大角が失脚したこともあり、艦隊派にすら「尋常ならざる」といわれた大角人事は彼を逆に葬り去ることとなっていたのだった。
実際は、東郷平八郎や伏見宮、とりわけ当時存命だった加藤寛治らからの尋常ならざる圧力に屈した形であったのだが、これが第一のきっかけだった。

第二のきっかけは、言わずもがな。神崎島の出現と「たどるかもしれない歴史」の開示である。
これにより「艦隊派」は厳しい批判にさらされる。
ことに東郷平八郎死後に名実ともに艦隊派のトップとなっていた伏見宮の受けた衝撃は大きく、結果的に「条約派」の意図、すなわち国力に比して大きな割合を勝ち取り仮想敵国の海軍力に足かせをはめていたという意図を認めることとなっていた。
頂点は陥落した。
伏見宮は新たな海軍再建計画の策定方針を奏上するとともに軍令部総長からの辞意を表明。
これに伴い、軍部大臣現役武官制の再度廃止も奏上した。

焦ったのは陸軍と、政府だった。
まだ2.26事件の記憶が冷めぬ今、クーデターを起こすような危険な予備役軍人たちを閣内から排除するべく復活させられたこの制度をはいそうですかと再度廃止にしては極めてまずいという意見が彼らにはあったのだ。

ならば、と海軍の条約派はいった。
人事への介入によって予備役に編入された人々を現役復帰させてほしい、と。

753 :ひゅうが:2016/07/19(火) 04:46:44
これもまた激しい議論となった。
現役復帰させるということは、逆に言えば簡単にやめさせることができなくなる。
これでは逆に海軍は条約派の天下となり、報復人事が吹き荒れることになりはしまいか――と。
幾度かの応酬の末に妥協が成立した。

軍令部総長に新たにつくことになったのは、ロンドン会議でその活躍を知られた山梨勝之進大将。
艦隊派にすらその予備役編入を惜しまれた上、昭和天皇の信任も厚い人物である。
しかしながら海相は中道派の永野修身が留任。
彼のもとで艦隊派と条約派の双方が混在するというかつての状況へ戻ることとなったのだ。

ここで問題となったのが、山本五十六海軍次官と同期である堀の処遇だった。
浦賀ドック社長として現役復帰を辞退した寺島健中将や、海軍兵学校長となった坂野常善中将と違って彼に適当なポストがなかったのだ。


ここでようやく、神崎島という存在がクローズアップされる。
新設された神崎島駐在高等弁務官職は、親任官職である。
神崎島周辺の島嶼における兵力駐留に加え、資源供給や軍関係の調整のためには、一定以上の権限が必要。
そのため、職制上は連合艦隊司令長官や軍令部総長と建前上は同格であった。


こうして、堀は「復帰前の実績づくりのため」に神崎島へ送り込まれたのだった。

754 :ひゅうが:2016/07/19(火) 04:47:17
「お二人のオフィスは鎮守府内にも用意してありますが、鎮守府庁舎に隣接して公邸も用意してあります。空調など設備は万全にしてありますが、ご不便などあれば遠慮なくおっしゃって下さい。」

「質問ですが。」

堀がいった。

「工廠などの視察の際はこちらへ連絡すればよろしいのですか?」

「基本的には。しかし軍事機密以外にも危険なところなどがありますので、案内をつけるのが前提です。」

堀は頷いた。
下手な士官などなら、同じ日本海軍同士に軍事機密などあるかと激昂するところだが、さすがに彼は心得ていた。

「陸軍としても」

今度は山下がいった。

「上陸演習などを見学させていただくことは?」

「それはもちろん可能です。しかし案内が必要ですが。」

「軍人稼業でありますから野良歩きは慣れておりますが。」

少し不快そうに山下がいう。

「そういうことではなく――この島の特性として時間が歪んでいると称されることはご存知ですよね?」

二人は頷く。

「人間などの高等生物や、特殊な処理を行った――たとえばこの町や鎮守府などを例外として、植生や物体などはこの島の時間にしたがって急速に劣化します。
これが植物に適用されるとどうなると思われますか?」

しばしの間をおき、山下が得心した顔になった。

「なるほど。下手に森林地帯に入れば、迷ってしまいますな。」

「それだけでなく。」

神崎は再びいう。

「レントゲン線などについてはご存知かと思いますが、あのたぐいの有害な放射線を出す物質などがあれば、その毒が数十倍の速度で放出されます。
そういう場所はあらかじめ知られておりますが、やはり定期哨戒を経ていない場所に迷い込んでは危険な個所が多々あります。」

なるほど。と山下は納得顔で頷いた。

「機密だけでなく、我々の生命を守るためでもあると。」

「御納得いただければ幸いです。それ以外、たとえば公開資料などについては図書館などをご自由に利用してください。
鎮守府内部の機密資料閲覧などは、やはり私か責任者を通してくだされば。」

「了解しました。」

「公開資料などはありますか?」

今度は堀がいった。

「もちろんです。広報部に行けばパンフレット以外にも。
勤務中の艦娘にひとこといっていただければ、連絡がいくことになっております。」

「要約すると」

堀がなんでもないことのようにいった。

「秘密はあるが、見せるように努力すると。」

「まさにその通り。ほかに何かありますか?」

「はい。――昼食はどちらでとればよろしいか?いささか腹が減っております。」

「ご案内しましょう。食堂、甘味処についてはちょっとした自慢なのです。」

「夜については。」

山下だった。

「よい居酒屋があります。」

「なお結構ですな。」

755 :ひゅうが:2016/07/19(火) 04:49:14
【あとがき】――というわけで投下。
このあとめちゃくちゃ歓迎会した(by艦娘一同)

766 :ひゅうが:2016/07/19(火) 08:19:37
【おまけ】

「堀さん。」

「山下さん。」

「若いのはこの島にあまり連れてこられませんな。」

「同感です。酒も食べ物もうまいし住民の気質もフレンドリィですが…」

「「あのスカァト丈は目の毒だ」」

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最終更新:2023年11月12日 15:34